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ナナシノゴンベエの異世界召喚

作者: わんわんこ

 気づいたら、俺は豪奢な石造りの噴水の中で水浸しになっていた。

 顔をあげると、なにやら彫りの深い顔の連中が俺を見てざわついている。ローブを着た「いかにも」な魔導士や白いケープを纏った「いかにも」な神官やらが、俺を囲んでいるのだ。「とうとう成功したのか?!」なんて日本語を発している様に違和感がありすぎる騎士っぽい隊服のやつらには、俺の学生服とは違って、煌めかしい勲章やら飾りやらがついている。


 偉人風の格好。

 扁平が基本の日本人顔とは一線どころか何千線も隔てた奥行きある立体顔。

 中学の修学旅行で行ったスペインのなんちゃら大聖堂によく似た見慣れない高い天井。


 もしや。これが巷で噂のあれ、なのか……?


 その場で座り込んで固まっている俺の予想の通り、白いケープを着た一番偉そうな初老の男性が俺に声をかけてきた。


「あなたが……」


 あぁ、間違いねぇ。あれだ。

 ネット小説やらライトノベルで流行っているあれだ。


 予想が確信に変わったまさにその時、金髪の、いかにも位の高そうな、俺よりは年上だがまだ年の若そうに見える男が部屋の奥からこちらに走り寄ってきた。


 こいつはきっと王族だな。魔王を倒す勇者の俺を労いにきたってあれか。

 こりゃのちのちのためにもちゃんと挨拶しねーと。


 姿勢を正して立ち上がった俺に近づいてきたそいつは、俺の左手の甲に書かれた「明日ヨウに1000円」の黒マジックの文字を見た途端、なぜか笑顔で両腕を広げ――俺の肩を抱き、目を潤ませながら叫んだ。


「ようやく会えた!!ずっとずっと会いたかったんだ……!君があの、『ナナシノゴンベイ』なんだな!」


 あ。こいつ、近づいちゃだめなやつだ。

 俺の冷静な判断力が機転を利かせて返事をする。


「いいえ、俺はトイレの花子さんです」


 欧米挨拶だって言いてぇのか、悪いが俺はパーソナルスペースってゆーものを大事にする繊細な今時の日本人男子なんだよ!


「ってゆーか!初対面で抱きつくってどーゆーことだ!放しやがれ!」

「すまない、普段はこのような礼を欠いたことはしないのだが……ようやく『あの』ゴンベエに会えたと思うと嬉しくてつい、な!」


 挨拶じゃなかったのかよ!文化の違いだと思って許そうと思っていた寛容な俺のこめかみに浮かび上がった青筋に気づかない王子らしき人物は、喜色満面で呟いている。


「……それにしても。そうか、ゴンベエは私と同じでどこやらの王族だったのだな」


 なんでそうなる。俺は地元県立高校に通う血液型A型、彼女無し(イコール)年齢のどこにでもいる日本在住高校一年生男子だ。


「ちげぇよ」

「隠さなくて構わない。ナナシ=ノ=ゴンベイ・トイレ=ノ=ハナコ=サンなのだろう?これだけ長く、『ノ』で繋がっているのだ、異世界であっても国名だということくらい私にも分かる」

「ちげぇよ!俺の国はサン、なんかじゃねぇ!」


 いやある意味サン(日本)だけど、違うはずだ。この場面では断じて違うはずだ。

 せめてライジングサン的なところまで持っていかないと誤解を――


「最後まで云わずとも分かっている。トイレが国名なのだろう?トイレ国か……。一度行ってみたいな」

「俺は行きたくねぇよ。ぜってぇ行かねぇから」

「なんだと……!?ゴンベエは自国が嫌いなのか……?」

「んなわけねぇだろ」

「なんだ、嫌い嫌いも好きのうち、というやつか」


 それはね、今時はツンデレって言うんだよ。

 ってちげぇ!


 俺の話を聞かずに「ゴンベエは恥ずかしがりやなのだな」とうんうんと頷いている目の前の王子を横目で見やる。


「何を勘違いしてるか知らねぇけど、俺は『ゴンベエ』なんか知らねぇよ」


 初対面から俺のこいつへの印象は海底3万マイルくらいまで落ちている。今更敬語を使おうなんて気にもなれない。

 さっきと同じことをかっわいい王女様がやってくれたなら、俺のテンションは山頂付近まで飛び上がって何でも言うこと聞いちゃう!になるのだが、性別が違うだけでこうも違うとはな。世知辛いぜ。


「俺の名前は――」

「そんなことはないはずだ、これを見てくれ。見覚えがあるだろう?」

「これは……」


 王子が見せてきたのは数枚の少しごわついた紙だった。それには見覚えがありすぎた。

 王子は懐かしそうにそれを見て目を細める。


「ちょうど数年前だったか。あの時の私は新しい魔法を生み出す任を父から申し付けられていた。魔法は言葉が命だ。混濁の闇、混沌世界、破壊の魔手、魔界の邪眼……どれもこれも、既に使われているか、決め手に欠けるものばかり」


 この国の呪文は厨二病まっさかりらしい。


「発想力に乏しい当時の私は悩みに悩み、追い詰められていた。……そうして過ごしていたある日、私の執務机の引き出しに忽然と現れたのがそれだ」

「これを……呪文にしたのか?」

「あぁ、その赤字は新しい呪文だったのだろう?書き綴られた勢いを表すために語調を強めてな。叩き付けるように叫ぶのだ」


 あれは中学二年の時だ。俺はテストで17点なんていう点数を取ってしまった。それがちょうど三者面談の前で親にあっさりばれたせいで、俺は塾に行かされることになり、ゲームをする暇がほとんどなくなったのだ。

 むしゃくしゃして、俺は、元凶であるテスト用紙の裏に赤字で大きく文句を書き連ねた後、ぐしゃぐしゃにして自分の机の中に突っ込んだ。後から確認したときになくなっていたが、どうせ捨てるつもりだったテストだ。特に気にもしなかった。


 それの裏にあるのは、当時中二だった俺が、浮島風ハゲになっていた齢50の現国担当教員に向けて書いた言葉。


『クセェ』、『ウゼェ』、『キメェ』、『ハゲロ』


「わずか三文字の中に他人の心を抉る凄まじい破壊力を感じた。実際それを利用すればあっという間に敵が翻弄されていったぞ。ゴンベエの世界はすごいな。今は唯一無二の魔導書として国の指定重要文化財になっている」


 俺がぐしゃぐしゃにしたテスト用紙は、きちんと伸ばされ、丁寧にパッキングされていた。

 忌まわしき過去――「境内⇒けいない」「工夫⇒くふ」と読んで、大きなバツをつけられた隣に「授業中何聞いてたんだ。書き直し10回」と書かれた、ゴミ箱で焼却処分を待つのみしか道のないそれが、今や異世界の国の指定重要文化財。


 くらくらと眩暈がした。


「国を襲っていた魔物たちを片付け、礼を述べようとそれを書いた主を探したのだが、城内の者ではなかった。いや、そもそもその赤字と、表の黒い字以外は読めなかったのだ。それで私は分かった。これは異世界の救世主からの贈り物なのだと」


 いや、ただのゴミ以下だ。

 ちなみに、俺の字だけが読めた理由は、なんとなくわかる。

 担任の字は国語課らしく、綺麗なモノだが、俺の字は汚い。

 よく使う表現で言うなら、ミミズがのたくったような字で、親や兄貴には、「幼稚園男子くらいが頑張って書いた字だな、こりゃ。読解というより翻訳が必要だ」とよく言われている。

 汚すぎて同じ世界(日本)で読んでもらえなかったあれが、異世界(こちら)では読んでもらえたとは……。


「あの後礼を書いた紙と名を尋ねる紙を送っておいただろう?覚えていないか?」


 テスト用紙を見たことで、俺もなんとなく思い出してきた。

 あの忌まわしき紙がなくなった数週間後、丁寧な文字が書かれたやたら古めかしい便箋が入っていたのだ。


『このたびはあなたのおかげで助かった。名前を教えてほしい』


 なにをしたかも覚えてないがお礼を言われて嫌な気はしない。

 そして俺は当時、重度の厨二病をこじらせていたから、こういう時に本名を名乗らないことがかっこいいと思っていた。

 その俺が返した答えがあれだ。


『名乗るほどのものじゃねぇ。ナナシノゴンベエとでも呼んでくれ』


 あ、俺がナナシノゴンベエだ。



#######


 金髪の王子が俺を見て首を傾げる。


「どうだ、ゴンベエ、思い出してきたか?」

「あ、あぁ……」


 他にも段々思い出してきた。

 それからしばらく、奇妙な手紙のやり取りは続いたんだ。


 俺の中学は共学だったから、俺のなんらかの活躍のおかげで助けられた内気な女の子が俺に直接話しかけられないせいで、俺の机の引き出しを介してコミュニケーションを取っているんだと超ポジティブ解釈をしていたのだ。


 卒業式の時には告白してくれるんだろうと、皆が二次会に行った後、日暮れまで教室で待った。

 誰も来なくてもそれでもまだ期待を捨てきれず、最終的に日が完全に落ちて教室が真っ暗になった辺りで首を捻ってカラオケ(二次会)に遅れて行った当時の俺、カムバック!



 ごほん。それは後悔してもしきれない黒歴史だとして忘れるとして。


 当時、奇妙な文通の相手が女の子だと思いこんでいた俺にも、少しばかり常識くらいはあった。

 「俺は標高6000メートルの雪山の頂上付近の絶壁にいるようなもんだ。危険に怖気づいた凡人どもはこの高みまで到達できないから話しかけてこないんだろう」

 というノリの厨二病全開で行くとおそらく引かれてしまうだろうという事実(社会通念)は認識していた。

 これは多分、正しかった。



 女子は小まめなメモのやり取りが好きだってことは、クラスの女子が授業中にメモのやり取りをしているのを見ていて分かっていた。

 だから、濡れた後に乾いたようなごわごわした紙がほとんどだったし、それほど頻度は高くなかったし、文字が掠れて読みづらいこともあったし、たまに土で汚れてたりしたし、稀に見てはいけない赤い擦れた跡があったようななかったような気もするけれど、それでも丁寧に毎度毎度俺の手紙に礼を述べてくれる相手を労うことを忘れなかった。

 これも多分、合っていた。



 こんなに遠回りなやり方しかできないようなシャイな女の子なんだから、相手を特定するようなことを訊いちゃいけないよな、と無駄に空気を読み、内容もぼんやりとした世間話だけにとどめた。

 ギリギリ正しかった、と信じたい。


 結局相手は男だったけどな!それも異世界の王子様で金髪碧眼のイケメンだったけどな!

 くそ、死ねよ!




 が、俺はその途中でただ一つ間違えた。


「女子って頭いいやつが好きだよな。よし、頭いいアピールしておくか」


 こじれた厨二病患者だった俺が目を付けたのが、ことわざだった。

 ちょうど親に現国の成績が悪すぎて読めと命じられ与えられた「ことわざ・慣用句辞典」を持っていた俺は、それについていた四コマ漫画を「だせぇ」と思いつつ、ないよりはましだと捲っていたから、せっかくならそれを生かそうと思った。

 知ったかぶりで恰好をつけようと思ったのだ。




 そこまで思い出してさぁと蒼ざめる俺の様子に気付き、

「いつまでも濡れたままでは寒いだろう、着替えて温かい部屋で話をしよう」

 と妙にずれた優しさを見せた王子のおかげで、場所は豪奢な歓談室に移された。


 異世界風の毛布にくるまれた俺の前に座った王子は嬉しそうに「あぁ、本当に本物のゴンベエなんだな……」「感無量だ」などと呟いていたが、俺はそれに反応を返せるほど元気を取り戻していなかった。


「お前は幾度も私を助けてくれた。お前の言葉にいつも助けられたのだ。覚えているか?」

「いや……具体的には……」

「例えばこれだ」


 差し出してくる紙には

『猫の手も借りたいってか』

とある、俺の特徴的な字で。


「国内に入り込んだ魔物退治が終わったのはいいが、城下は荒れ果て、人損も少なくなかった時だ。『忙しさのあまり、倒れそう』だと書いた私に対する返事はこれだった」


 死んだ魚のような目をする俺の代わりに、その紙に向けて目を細めるのは王子の側近らしき魔導士だ。


「最初はなんのことか分からなくて困りましたね」

「でも皆で頭を突き合わせて考えて分かったのだったな」

「え、分かったのかよ?」


 俺が顔を上げると、王子は自信を持って頷く。


「あぁ、獣人を取り入れろということだったのだろう?」

「確かに獣人は人よりも体力がありますしね。我々は魔物でいっぱいになっており、彼らがちょうど我が国に永住権を求めていたということをうっかり失念しており……。なんと慧眼だろうと御見それいたしました」


 ちげぇ!

 あの時はちょうど文化祭の季節で、どのクラスも忙しかったんだよな。それでお互い頑張ろうぜって意味で書いたんだよ!


「だが粗野な性質を持つ獣人をそのまま入れることにも抵抗はあった。安易に入れていいか迷っていた時に追加で書かれたのがこれだ」


『でも無理すんなよ?俺、こないだ寝不足のまま相手してたら飼い犬に手を噛まれてさ、怪我しちまったんだから』


 ことわざですらない、そのままの事実だ。


「そうだ、獣人はやはり危険は大きい。そのことによって慎重な立ち入り制限と、身分登録を求め、国の復興に貢献した者には永住権を認めたのだったな」

「罪を犯した時には厳罰に処することも決めたのでしたね。そのおかげで町の不穏な箇所の捜索の際に力を入れるべきところも分かりましたし、国の治安維持はかえって良好になりました」

「あぁ。オオカミの獣人を飼うなどとてもではないがこの国の人間にはできない。それを成し遂げたゴンベエの貴重な経験談のおかげだ」




 突飛な解釈をされ続ける俺の手紙の公開処刑は続く。


『昨日さ、兄貴が俺が長年欲しがってたもの(ゲーム)をくれたんだぜ!こないだ道端で困ってたばーちゃんにしてやったことがかえってきたのかも。情けは人の為ならずってほんとなんだな!』


「獣人と人間の関係は微妙だった。助けてもらった礼もあるし、魔族との関係もあったからな。そんな時に重罪を犯した獣人の子供に厳罰を課していいか、で大揉めしたのだったな」

「はい。子供だからと厳罰を課すことに躊躇もあり、獣人へ不安を持っていた国民はここぞとばかりに放置して一律追い出せと言っておりましたね」

「そんなときに、老人だろうがなんだろうが関係なく接するゴンベエの態度が書かれたこの紙を見て、やはり人間と同じ厳罰を課すべき、公平な裁定を行うべきと思わされたな」

「そのおかげで国民の不満も減り、獣人も自分たちの人間への見通しの甘さを知ったようでした。獣人への差別は減っておりますよ。ゴンベエ様は自他を律する公平なお方なのだと思わされました」


 ちげぇって!やっぱり意味ちげぇよ!

 その解釈だと、俺、困ってたばーちゃんをぼこぼこにしたことになるだろ!



『氷山の一角。これがなんか怪しいって思っちまう俺って、変かな?』


「あれは、魔王の直属の配下の鬼を探していた時のことだ……あやつらは姿を隠すのが上手いからな。どこを探しても見つからなく、途方に暮れていたその時にゴンベエに助けを求めたらこう帰ってきたんだ」

「べリリウス氷山に隠れていたとは、盲点でしたね。ゴンベエ様は千里眼かと思いましたよ」


 ちげぇって、隠しきれない厨二病が出ただけだっつの。



『あの、俺への課題の量が尋常じゃなかった担任がさ、お前もやればできる子だったんだなって言って泣きやがったんだ!そんでこの調子でいけば志望校も行けるから頑張れって缶ジュース奢ってくれたんだ!まさに鬼の目にも涙って感じでさ、俺、感動しちまったよ!』


「見つけた鬼が強すぎて困っていた時だったな。弱点がどこか探していた時に発見された、この手紙」

「読み解く時間が少ないながらも、最後の一言『鬼の目を狙え、血の涙を流させろ』と分かりやすく教え諭してくださるとは。ゴンベエ様の思いやりに満ち溢れていましたね」


 感動秘話が血みどろの戦いになってるぜ!



『身を粉にするってすげぇことだよな。今日、俺、親父の背中見て思ったよ、こうやって生きていくんだって。俺もいつかああいう父親になって、ああして働こうと思うよ』


「最後の魔王戦……実は私の父の体が乗っ取られていたと気づき、呆然とする私に対して、父は人間としての全てを忘れて容赦ない攻撃をしてきたな。私たちはもうこれまでかと何度も思った。そうだったな?」

「はい。回復力が尋常でなく、破壊してもすぐに再生する弱点のない魔王でしたね。心臓を貫いても、頭を砕いてもダメで、もうどこを狙えばいいかと我々の気持ちが潰えそうになったあの時の起死回生の一言」

「あぁ。身を一気に粉々にしろというのは、斬新な発想だった。例え元父親だったとしてもためらうな、その気概で行け……とあの一言がなければ……この国は今頃……!」

「えぇ。もう、ゴンベエ様がいてくださらなかったらとこの国の国民全てがゴンベエ様という軍師の存在をあがめた瞬間でした」


 いやー俺の親父、粉々になってねぇから。ピンピンしてっから。

 あと俺、親殺しとかしてねぇし。


 ダメだ、こいつのペースに合わせたら話が進まねぇ。俺は早く魔王退治に出かけるための訓練をしながら女騎士と意気投合して、この国の王女様と仲良くなって、聖女様と楽しくおしゃべりして、それから三人を連れて外に出て奴隷の猫耳の女の子を助けてうはうはのハーレムの旅――もとい魔王退治に出かけるんだ……!


 ん?魔王戦?


「おい、ちょっといいか?その話しぶり――俺、魔王を倒す勇者として召喚されたんじゃねぇの?」

「何を言っているんだ。ゴンベエ。魔王はもういない。お前も共に戦っただろう?」

「いやいやいや、俺いねぇじゃん。光の聖剣とか抜いて、特訓して、可愛い女の子たちはべらして――じゃねぇ、王女様や巫女様や女騎士やらと旅とかして魔王をぶち倒して――じゃねぇの?」


 王子は金髪を揺らして首を横に振る。



「違うぞゴンベエ。剣術など、その道に長けたものがいる。破壊の魔法など王族に近しいものであれば誰でも使える。でもお前は、他の誰も持ちえないかけがえのない力を与えてくれたのだ。そう、戦術と言うな……!」


 いや、俺にとっては女の子との文通もどきで俺かっけーだろ?を見せびらかしたい病の末期症状を現しただけだからな。


「つーか、俺、顔も出てないから。それ全然メリットねぇから」

「そんなことはございません。ご覧ください、ゴンベエ様」


 魔導士が部屋の中央にある石像を指さす。


「あなたの名前はきちんと勇者一行として飾られ、この国のシンボルになっているのです」


 立ち上がって傍に行って目を凝らすと、確かに、聖剣を持った王子がまたがった馬の鞍のところに

『この国の安寧は、ナナシノゴンベエによって保たれた。国を代表して陳謝する』

と彫られていた。


 彫られているとこ微妙すぎだろ!

 しかもナナシノゴンベエなんだな!ナナシノゴンベエって、名無しだからな!当たり前だけどな!



「じゃあ、もしかして……今の王って……」

「私だ」


 胸を張る王子――じゃない、王。

 勇者兼王様とかどこの召喚勇者より格上じゃねぇか!おーい、召喚チートはどうしたー?



「じ、じゃあ、王女様とか、巫女様とか、女騎士とか、猫耳女奴隷とかは……?」

「一団の一部には、巫女と騎士はいたな。獣人奴隷は開放したからもう当時はいなかった。巫女は神と婚姻する存在としてベールをかぶったままだった故、顔は見ていないが、四六時中神への祈りをぶつぶつ呟いていたな。騎士の方は、魔王退治に出かけるだけあって、来たものはほとんどが筋肉ムキムキだったが……ゴンベエは筋肉が好きなのか?それなら是非紹介したいとびきり筋肉質な女性が――」


 全力で首を横に振る。


 いやいやそれはいいわ!誰得だし!


「王女……は、おらん。私はまだ子がいないからな。だが妻である王妃はいる……あぁ、ベルチェ、いいところに来たな。この方がナナシノゴンベエ。私の唯一無二の心の友だ」

「初めまして。ナナシノゴンベエ様。王にいつも名前を窺っておりましたわ。いつかお礼を申し上げたいと思っておりましたの。王にいつも豊かな知見と知恵を授けて下さる方がこんなにお若い方だったなんて。驚きましたわ」

「見かけは関係ないぞ。ゴンベエはこの一見ひ弱そうに見える外見に相反し、内面は誰よりも深く強く、私を教え導いてくれる」

「えぇ、分かっております。そのおかげで愛しいあなたが生きて戻れたのですもの。ゴンベエ様。これからは私共々どうぞ、よろしくお願いいたしますわ」


 金髪に紫の瞳の、顔がちっちゃくて胸がでっかい超美人がやってきて、イケメンの王の隣で俺に微笑み、そして優雅に俺の前で礼をした後、王を見てはにかむように笑う。


 イケメンリア充め、爆ぜろ!!

 そこは俺の本来いるべき位置だああああああ!


 つうかなに、王女生まれてもベイビーじゃん。俺、そんなロリコン趣味ねぇよ!


「じゃあ、俺、なんのために召喚されたわけ……?」

「よく訊いてくれたな、ゴンベエ!」


 王の顔に問いかけると、王はぱっと花開くように顔を輝かせた。

 うっ、イケメンの笑顔なんて眩しくて俺には直視できねぇぜ!


「ゴンベエと言えば、この国で知らぬものはおらぬ、私の唯一無二の友となっている。私は友と会い、共に語らい、生きていきたかったのだ!」

「ただの友人召喚かよぉぉぉぉぉぉ!!!!!」



 絶叫してぜぇはぁと肩で息をきらす俺に、王が目を潤ませる。


「いけなかったのか……?私は、友と語らってみたかったのだ……。二年前のあの後、異世界――『トイレ国』だったな――への門は閉ざされ、二度と会えないと絶望していたところで、ようやく会えた、この私の喜びは計り知れないものがあるのだが……!」


 いや、友じゃねぇし!男が目ぇ潤ませんなキモイつーの!


「てかトイレ国じゃねぇ!そんな理由で召喚して、俺を元の世界に帰れない立場にしたとか、無責任すぎだろ、ふざっけんな!」

「何を言う、もちろん帰れるぞ」

「……へ?」

「帰れる、と言ったのだ。当たり前だろう、大事な友の意思も確認せずにここに無理やり連れてきたりなどしたら……お前の妻なども泣くだろう?」


 そう言って、美人巨乳の王妃様の肩を抱く王。

 非リア経験しかない俺にそれを見せつけるとか、恩を仇で返すって言葉の体現を見たぜ?


「妻とかいねぇよ、16歳の男は結婚できねぇし、そもそも彼女もいねぇっつの!……だけどな、俺には父も母も兄も……家族がいる。俺を待ってる友達も……いる、多分。あとな、俺は毎週欠かさず読まなきゃいけねぇもんがあんだよ」

「読まなきゃいけないもの……?」

「そうだ、俺には週刊少年ジャン○っていう、購読誌があるんだ……ワンピー○がなんなのか……最近すっかりシリアス展開の銀○も目が離せねぇ……あいつらの勇姿を見届けねぇと俺はあの世界を離れられねぇんだよ!」


 俺の絶叫に

「そうだな……」と眉を曇らせる王。

「おっしゃられた言葉のほとんどが私の理解を越えていました……その書物はきっと難解な軍事書か魔導書なのでしょうね」と呟く魔導士。――そうだ、あれは日本の若者の何人もが虜にさせられている恐ろしい書物だ。

悲し気な王を宥めるためか、胸を擦りつける(ように見える)巨乳王女。――生まれ変わって日本に来てくんない?


「それならば……やむを得ない」



 そう言った王は、俺が元から出てきた噴水まで連れて行った。

 どうやらここに潜れば帰れるらしい。

 背を向ける前に、王は俺の腕を掴んで止める。


「実は、ゴンベエを送り返すことはできるのだが……魔導士や神官の負担になるが故、もう一度召喚することは難しいのだ。これで、お前を見納めになるのだ……だからもう一度顔を見せてほしい。……艱難辛苦を乗り越える言葉を常にくれた、心は常に傍にあった友の顔を忘れぬように」


 寂しそうに俺の背中を見やる王。

 そうか、これで帰ったらこの王ともこれっきりか。

 どこか抜けたやつだけど、俺のことを本当に友だと思って歓迎しているのはよく分かった。

 そうなるとなんだか寂しい気もする。


 が、俺も男だ。後ろは振り返っちゃなんねぇ。


「そうか。元気でな……ベルチェさんと仲良くやってくれ」

「待ってくれ!な、なにか、記念になるものをくれないか?その黒い上着とか……」

「立つ鳥跡を濁さずっつってな、何も残さずキレイにいなくなるのが、一番いいんだよ」

「……ゴンベエ。ゴンベエらしいな……」

「王様、あんたことは俺も忘れねぇよ」


 噴水の台に足をかけた俺に、寂し気な声がかかる。


「では文のやり取りも、もうやってはくれないのか……」

「……ん?」

「文などの小さなものなら行き来可能なのだ」


 王の手が俺に救いを求めるように伸ばされる。


「……仕方ねぇなぁ。……また気が向いたらやってやるよ」

「っ!ゴンベエ!!」


 王が俺を抱擁する。

 ま、最後だから仕方ないか、と俺もその背を撫でてやる。


「陛下。そろそろ兵士たちを待たせるのも限界です」

「まだかまだかと催促が来ているようですわ」


 魔導士と王妃の言葉に、王が名残惜し気に俺を離した。


「あぁ。……ではまたな、ゴンベエ」

「またな。王。手紙、待ってろよ」

「いつまでも待っている」

「そうだ、俺の名前は――」

「止まらぬよう、私が手ずから落としてやる。そこに入るのは勇気が要るからな。なにせそこは――」


 とん、と背中が押され、水の中に身体沈み込み、水が否応なしに俺の喉に入り込んで、意識が薄れていく。


 最後に聞こえた言葉は――



「そこは、用足しの場所だからな」




 おいっ!!!二度と手紙送んねぇからな! 



一発ネタ。ふざけてごめんなざい。

最近たまに浮かんでは私生活の邪魔をするので書いてみました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 笑わせて頂きました。 意味なく召喚、素敵です! そして、「やはり厨2は世界を救うのだ!!」と再確認した次第です! 最後に一言…… 天然馬鹿は最強!ですねー
[一言] 面白かったです。 話がぶっ飛んでますが、コメディですからいいと思います! 手紙で文通? して異世界を救うって話、初めて読みましたです。
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