第五章
見学会前日!
「三日間もですか?」
「はい、三日間です」
さまざまな説明を終え、サングラスの男は私に見学会の話を持ちかけてきた。どうやら三日間、実際に学校に宿泊して学校の施設を体験できるらしいのだ。
「我が校の見学会はとても充実しています。おそらく全国一でしょうね。多くの体験ができるので良い刺激を受け勉強になりますよ。それに推薦を受けることに対し、大きな決め手になるのではと思います」
男はそう言ってまた違う資料を差し出した。それには『保護者の承諾書』と書かれている。
「学校の先生には、もう渡しておきました。あなたが行きたいと言えば先生方は必ず承諾書にサインするでしょう。ですが一番重要なのはご両親の承諾です」
私は両親の怒り狂う様子を思い浮かべた。推薦の話しをしただけで、あんなに怒鳴ったのだ。承諾書にサインなどするわけがなかった。
「あの、うちの親は承諾しないと思うんですけど……どうしてもサインがいるんでしょうか?」
私はうつむき加減でそう尋ねた。男は少し考えてからゆっくりと首を振った。
「一日限りならまだ許されますが、三日となれば厳しいですね。ご両親は推薦に関して反対なのですか?」
その問いかけには頷くしかなかった。私の頷く様子を見た男は意外にも驚くことはなかった。むしろ
「無理もない」
と納得する。それを見た私は思わず尋ねた。
「どうして、無理もないんです?」
すると男はサングラスをクイッと上げ私から目をそらした。
「どうしてって……危険なことですからね。三日も遠くに行かせるなんて親なら反対する方がも多いのではないかと」
これまでの落ち着いた様子が少し乱れたように感じた。不信にも感じたが今はこの承諾書にどうやってサインをもらうかが問題だ。
「それでもサインは必要ですから、もし本当にご参加いただけるのでしたら、もう一度よく話しあってみて説得するしかないですね」
男は机に並べられた資料を片づけながらそう言った。私は承諾書を握りしめ小さくため息をついた。
その日の夜、承諾書を鞄から出し、にらめっこを始めた。数分たってもサインをもらえるような良い案は浮かばなかった。
明日考えよう、そうしているうちに承諾書を机に置いたまま数日が立っていた。しかし、私と父はあの日から口を利いていなかった。そしてそんな日が数週間続き気付けば、見学会前日である。資料には迎えの者が家まで来てくれ、案内はその者に任せる形であると書かれていた。その時に承諾書を手渡さなければ見学会不参加という流れになるらしいのだ。
「ああ、絶望的」
私は自分の部屋で頭を抱えていた。サインなんてもらえっこない。
『プルルルルルル』
といきなり家の電話が鳴りだす。私はゆっくりと立ち上がると、部屋を出た。
「もしもし、川下です」
『おう、おれだ』
電話の相手は翔平だった。
「どうしたの?」
私はここ最近翔平と会っていなかった。母の話では家にこもって一日中受験勉強をしているという。
『最近会ってなかったろ、受験勉強は順調か?』
翔平の声は元気がないように感じた。
「う、うん、まあね」
私は勉強があまり手に付いていないことは黙っておこうと思った。
『そうか、良かった。俺、ずっと言ってなかったけど、S高校行くんだよ。だからお前と一緒に来年も学校行きたいんだ。言ってることわかるか?』
そのことなら私はすでに聞いている。『三人で合格したい』翔平はそう言ったと佳奈は言っていた。
「う、うん。お互い合格したら一緒に……」
『みゆ、俺本気で言ってるんだからな? 絶対に合格しろよ』
いつになく真剣な翔平の声。私は余計に推薦の話で迷っていることが言えなくなってきた。
「ねえ翔平、いきなりどうしちゃったの?」
不思議に思いそう尋ねた。少し間があって翔平は口を開く。それは思いもよらない一言だった。
『推薦受けるな』
私は驚きで言葉を失った。
『佳奈から無理やり聞き出した。勝手なことして悪いと思ってる。でも頼む、推薦受けないでくれ』
翔平にはいずれ言おうと思っていた。そして翔平なら認めてくれて、私に行けと言うだろうと思っていた。でも違った。翔平までもが今、推薦を断るように頼んできている。
『みゆ? 聞いてるのか?』
私の気持ちも知らず翔平はそう尋ねていた。そして私は黙って受話器を下ろした。どうして皆私のチャンスを奪おうとするのか分からない。私は無表情のまま部屋へ戻り、承諾書に偽のサインをした。両親にサインをもらえないのなら、勝手に書くしかない。私は誰に何と言われようが、自分の好きなように生きたい。今まで見下されてきたからこそ今こそ勇気を出すときだと思った。
翌朝、大きなスーツケースを持ち、黙って裏口から出た。机の上には書置きがある。それには『三日間、見学会に行ってきます』とだけ書かれている。




