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第四章

 

 「昨日は、徹夜だよ。おかげで、文字を見るのが気持ち悪い」

隣で単語帳を握っている吉田が言った。顔色は悪く目が充血している。吉田は私と同じで頭はあまりいいとは言えない。教育相談で先生にもかなり説教されたらしく最近疲れ切っていた。ちなみに今日の1時間目は自習だ。

「何時間したの?」

という私の質問に

「10時間、親の見張り付きだよ。ああなんで、こんなに俺バカなんだよ」

と気弱に答えた。

「ふん、そんなの君自身がいけないんだろ?あの時、僕の忠告通りに夏に始めておけば良かったのさ。

今頃になって自分はバカだの何だの、君は、計画性がないだけだろ。まあ、手遅れな話だけど」

と嫌みっぽく話に割り込んで来たのは、福本だ。メガネをかけたその姿、いかにもガリ勉の雰囲気。こういう奴って、理屈っぽくて暗くて、だいたい友達がいないもんだよ。

「うっせ−よ、ガリ勉眼鏡野郎。嫌み言うなら口開くなよ。だから友達もいねぇんだよ」

 彼は充血した目で『ガリ勉眼鏡野郎』を睨みつける。

「君のためを思ってだ! 何が悪い?」

そういい返す『眼鏡野郎』は、少し怯んでいる。ああ、余計に怒らせちゃった。

「ふざけんな! 勉強しか取り柄がないくせに」

 吉田は福本の襟をつかむ。だが特に止めようとは誰もしなかった。もうこんな状況に皆なれたもん。今この時期教室の雰囲気は最悪だから。

「はあ、早く終わらないかなあ。こんなため息ばっかの毎日」

 私は2人のやり取りを無視してそうつぶやく。

「まあまあ、あと数カ月の辛抱じゃないの」

 パッと振り返ったのは前の席に座っている佳奈だ。

「何? 今の独り言聞いてたわけ?」

 私があきれ顔で言うと佳奈はクスッと笑う。

「聞こえたのよ! そんなことより窓の外見てよ、ほら」

 佳奈は興奮した様子で窓の外を指さした。私は言われるがまま外を見た。校門の目の前にこのド田舎に似合わない車が二台止まっている。

「あれって、金持ちとかお偉いさんが乗るような車よね。リムジンだっけ?」

 私の一言に

「え〜、なになに!?」

 数名の生徒達が気づき身を乗り出す。今までの雰囲気は消え去り教室はざわつき始めた。

「どこのお偉いさんだかねぇ」

 佳奈は頬杖をついて言った。今や全員が窓の外を見ていた。しかしそれも一瞬だった。

「何してるんだ! 自習だろうが」

 教室のドアがいきなり開いて、あの嫌われ者の担任が入ってきた。静まりかえる教室。

「川下、お前に高校の先生が会いにいらっしゃったぞ」

 その一言で謎は解けた。

「へえ~お偉いお方はあんたに会いに来たわけね」

 佳奈の一言には答えず私はまた注目を浴びながら教室を出た。



 「失礼します」

 私はゆっくりと担任の後に続き職員室に入った。

「あ、いらっしゃったようですね」

 校長は私と担任に微笑んだ。隣には一人の男が立っていた。私たちは校長とその男の前に立った。

「こんにちは、初めまして」

そう挨拶してきた男は、スーツ姿でサングラスをかけていた。サングラスの奥に見える目に私は思わず硬直した。何だか見透かされてる気がする。

「はじめまして」

 私は、差しのべられた手に握手する。彼が例のリムジンに乗ってきたのだろう。でも教師というよりはボディーガードの人みたい。

「私は、『タイムガード育成校』の教員の1人、山田と言います」

 男はハキハキと自己紹介をした。とりあえず私も

「えっと、三年の川下……」

「みゆさんですよね」

 男は素早くそう言った。冷めた口調、まるで愛想がない。

「は、はい」

 私は慌てて返事をした。

「まあ、立ち話というわけにもいきません。椅子をお借りして話しましょう」

 と男は言うと、先生に目を向ける。

「よろしいですかね?」

 なんだか怪しい雰囲気。この人本当に教員なの?

「はい、もちろんです。どうぞ校長室の方へ」

 校長が優しく答えた。


 私とサングラスの男は校長室のソファーに座った。向かい側に座った男は怪しげな黒いカバンを持っている。

「いきなりで本当に申し訳ないです。私どもも何かと都合がありまして、なかなか挨拶の方が出来ずにいました。すいません」

 男は頭を下げる。私は慌てて首を振ったが、それに対して男は何も反応しなかった。

「このたび、みゆさんの才能を知り、代表として私が学校にお邪魔させていただいております。さて、さっそくで申し訳ありませんが、今の段階でご入学を少しでもお考えになられました?」

 男の目がこちらに向けられた。私は一瞬ビクッとした。男の目はなんだか恐ろしい物を感じるのだ。

「いえ、今の段階ではまだ」

 私は苦笑いでそう答えた。しかし私の苦笑いにも何一つ表情を変えない男。それがまた怖い。

 「そうですか、では詳しい説明をしましょう。まだ何も知らないうちから、行くも行かぬも答えようがないでしょうし」

 男はそういうとカバンから何やらファイルを取り出した。

「では、いろいろと説明させていただきます。ですがまずはあなたの聞きたい事から1つ1つお答えしましょう。知りたいことは、きっと山ほどおありですね」

 たしかに、聞きたいこと、知りたいことはたくさんある。でも質問がまとまりそうになかった。

「あの、いきなりはちょっと」

 私がそう戸惑っているのも気にせず男はつづられた資料に目を落とした。

「分りました。そうですね、いきなりでは質問もまとまりません。では私から説明させていただきます。国の都合上、まだ詳しくは、ここで軽々お話しできませんが、大まかな事なら説明いたしましょう」

 そういうと、男は校長と担任のほうを振り返った。

「あの申し訳ありませんが、校長先生と担任の先生のお2人は席をはずしていただけますか? ここから先の会話は慎重なもので、一般の方には口外出来ないものですから」

 担任と校長は目を丸くして顔を見合わせた。

「はぁ、分かりました。し、失礼します」

 2人は頭を下げて出ていく。男はそれを確認すると資料をテーブルに置いた。私はその様子を黙ってみていた。先生たちがいない今、この男と二人っきりだ。何を言われるのかとビクビクせずにはいられない。

「一応念のためですが」

  そう言って男は急に立ち上がる。私が怯えていることも無視して。胸ポケットからライターのようなものを出した。

「それはなんですか?」

 私が慎重に尋ねると、男はシーっと人差し指を口元にあてた。手に持っていたライターから青い光線が出る。それをドアに向け上から下へと光線をあてた。

「盗聴防止ですよ」

 ドアは光線によって青く光っている。男は何事もなかったかのように落ち着き払ってライターをしまい、同じ場所に腰を下ろした。

「さて、私は先ほども言いました通りタイムガード育成校の教員です。ですがただの教員ではありません。タイムガードマン、通称タイムガードという組織で働いております。もちろんタイムガードマンという者たちは秘密組織ですので、その存在は世間に知れておりません。このタイムガードマンになるためには三年間のタイムガード教育と国家タイムガード特別試験の合格によって取得した資格が必要です。そのため、この三年間のタイムガード教育に関しては我が校で学ぶ必要があるわけです」

 と男があまりに淡々と話を進めているので私の脳はもうパニック状態だ。

「あの、その組織とあたしとの関係は?」

 私はためらいがちにそう尋ねた。男はそれについても特に表情も口調も変えなかった。

「タイムガードという組織は必ず国に必要不可欠な秘密特別組織です。よってこの組織に入るためには、国を守る上でタイムガードにふさわしい素質が必要です。隠された能力、才能。国際法に基づいてこの素質ある子供達には三年間のタイムガード教育を受ける権限が与えられています。教育を受けた者たちは試験に合格したのち我々のように国を守る役割を担うわけです。つまり何が言いたいのかというと、あなたがその一人ということです。タイムガードの素質を持っているあなたは、三年間のタイムガード教育を受ける権限があり、さらにはタイムガードの組織に入るチャンスを与えられています。あなたは自分自身の力で組織と共に国を守ることができるのです。私がこうしてあなたに会いに来たのは、あなたにその与えられたチャンスを自覚しもらうためです。世の中の数少ない者たちだけが与えられる権限であると、あなたの持つ素質は驚くほど素晴らしいものであると理解していただき、このチャンスを逃さないためにも我が校への推薦入学をお勧めしに私は参りました。これは決して冗談ではなく、あなたの人生を左右する大きな話だと思ってください。お分かりいただけますか?」

 男の真剣な眼差し。私は組織の存在が本当かどうか疑うのをやめた。男の変わらぬ真面目な表情と話し方から本気だと分かったからだ。でもどうして? そんな大きな秘密組織が私を選んだの? 素質なんてこんなあたしにあるわけないのに。

「素質ってどんな素質ですか?」

 ただただ不思議で仕方がない。どうしようもないバカなのに、こんなこと。そう思っていると私の質問に男は素早く答えた。

「あなたの中には才能が秘められています。それは自分で見つけ出し自分で発揮し、それを鍛えあげ自分でコントロールできるようにならなくてはなりません。あなたはまだ自分の才能をみつけられないでいる。しかしその才能こそがタイムガードの素質なのです。我々はすでにあなたの才能を知っていますが、今言ったように自分で見つける必要があるんです、みゆさん。ですから今はまだあなたの才能についてはお話しできません。しかし大いに期待してますし、自分に自信を持ってほしいと思います」

 今までとは違い男の口調にどこか優しさを感じた。この人は嘘なんて付いてない。私は確信した。それと同時に今までずっと求めてきた自分に対する希望が見え心が躍った。

「じゃああたし……」

 私が嬉しさで言葉に詰まっていると男は優しく口を開いた。

「あなたは特別なんですよ」

 初めてだった。初めてそう言われた。思わず目がうるんだ。親にも先生にもダメだしばかりだったのに、こんなふうに言われる日が来るなんて夢にも思ってなかった。私、ダメな子じゃなかったんだ。たまっていた喜びの涙が眼からあふれ出した。そしてそんな私に男は初めて微笑んだ。ただ頷いてくれた。全てを見透かしているようなあの目で私のこの気持ちをまるで知っているように。




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