第三十三章
「ぼ、僕の計算でいきますと、こ、これではバランスが崩れてしまいます」
匠は賢が描いた図案を指差した。
「ねぇ、船なんてどう?」
心も図案を匠に見せる。
「い、いい感じの仕上がりですが、ふ、船では後れを取ってしまうのでは?」
匠がためらいつつ言うと、心はため息をついた。
「もっと他のクラスに負けない乗り物ってないかな」
真妃も頭を抱えていた。
「くっだらねぇよ、クラスマッチなんて無駄なイベント」
トムは興味なさげに、机に足を乗っけた。
そう、五月に入り、私たちタイムガード生はクラスマッチというイベントが待っている。
先週の月曜の朝の事だった。
「今月の末は待ちに待ったクラスマッチ。わがクラスも一致団結で」
日本史の教師であり、クラス担任の細田先生は弱々とした細い声で言った。
「クラスマッチ?」
トムは不満そうに声を上げた。
「そうさ、クラスマッチだ。これは毎回盛り上がる。今回は競争」
細田先生はいつものごとく、『競争』と黒板に書き腕組みした。
先生は黒板にわざわざ書くのが好きなのだ。
「え!? 先生、そんなに学校の敷地ってすごかったの?」
心はいきなり驚く。
「コラ! 心君、勝手に人の心を読むんじゃない」
最近はしょっちゅうの事で、授業がつまらない時は、心が勝手に能力を使い、先生の秘密もすぐに話してしまう。
今回は先生にとって知られたくない内容ではなかったが、いつもなら相当恥ずかしいことらしく怒鳴り散らしていた。
「ごめんなさい、先生」
心は舌をだし、いたずらっぽく微笑む。
「全く、君は毎度毎度と……。さて、何の競争かというと、聞いて驚くな」
先生は声を落とした。
「実はな」
教室が静まる。
「あ〜、じれったい! この学校の中に生徒用の電車があってね、それにのって海岸に行くんだって。すごいよね、敷地内に海まであるんだよ!? さらに海のずっと先に島があってね、そこにある自分のクラスの色のついた旗を探し出し、それを先に持ち帰ったクラスの勝ち」
心はそこまで言い終え満足そうに微笑んだ。
「島!? この学校はそこまで大規模だったか」
賢は感心している。
「だが、ここからが問題なんだ。その競争には乗り物が必要だ。そのためクラスで知恵を絞り乗り物を作らなければならない。船でもいい、ボートでも飛行機でもジェット機でも何でもだ。材料は先生に言ってくれればすぐに取り寄せられ準備可能。操縦は自分たちで行うことと全員がスタート地点に戻ってくることがルールだ」
心は嬉しそうに飛び跳ねる。
「先生、作るって設計もですよね? 飛行機とか船とかって作ったことありませんし、作り方なんて分かりませんよ」
私が挙手すると四人は頷いた。
「そう、それがこのクラスマッチの面白いところだ。どのクラスも作り方なんて知らない。でもタイムガード生は普通じゃない。クラスマッチは能力を大いに発揮できるイベントの一つだ。どんな手を使ってでもゴールする。クラスマッチはハードなものだ」
これは難題だった。
私たちは一週間たってもなお、いい案が思いつかない。
「時間もそんなにないし、残り後三週間で作るって厳しいんじゃないか?」
トムは紙飛行機を作り賢の頭に当てる。
「いてっ!! お前」
賢が机をたたき、怒鳴ると紙飛行機を拾い、トムに投げる。
しかしトムは能力を使い、すごい速さで簡単によけた。
「今、そんなくだらないケンカしてる場合なの?」
真妃は呆れていた。
「ねぇちょっと、真面目に聞いて! まずはどんな乗物にするか考えないと」
私も正直かなり焦っていた。
「あ、あの〜」
匠が遠慮がちに手を挙げた。
全員が匠に目線を移す。
「今、トム君と賢君の様子を見て、お、思ったんですけど、そ、それぞれの能力を十分に生かすには、そ、それなりの役割が必要だと思います。も、もっとじ、自分たちにしか操縦できないものです」
匠は自信なさげに続ける。
「た、たとえば、ト、トム君は足が速い。つ、つまりスピードがあるんです。と、というのも、理科で習ったとは思いますが、こ、この運動エネルギーを電気エネルギーに変えることが出来ると思うんです。お、おそらく、こ、これでどのクラスよりもスピードは上がります」
賢と真妃は頷く。
「そ、それと、真妃さんは記憶の天才です。こ、この学校の図書館に行った人は分かると思いますが、か、かなりの分野の本が置かれていました。船、飛行機、潜水艦。ま、真妃さんがその手の物を頭に入れ、せ、制作においてあらゆる手段を見出せば、装置、部品、操縦の仕方においてたくさん案が出せる」
「なるほど」
心が呟いた。
「ぼ、僕は計算が得意分野です。ぼ、僕らの難関は海。こ、これを速く越える必要があります。そ、それには最短ルートがあると考えられます。そ、操縦と実際に作る作業は僕が中心になります。こ、この計算力を存分に生かしたいです。そ、そして、心君に賢君。き、君たちは聞き込みでいきましょう」
賢と心は顔を見合わせる。
「ルール違反じゃないの? 他クラスの事を探るなんて」
賢は不満そうに言った。
匠はこれに冷静に答えた。
「い、いえ、ルールの中に探ることはいけないという項目がありませんでした。そ、それどころか、どんな手を使ってもいいと言ったんです。け、賢君は耳がよく、心君は、こころが読める。こ、これは一つの大きな武器でしょう」
心はフフフと不気味に笑みを浮かべた。
一方トムは不服そうに眉間にしわを寄せていた。
「俺だけ労働だな!」
それはもっともだった。
「す、すいません。しかし……」
匠は頭をペコペコ下げる。
トムは鼻で笑うと、
「そういや、何か忘れてるぜ匠君。失礼じゃないか?」
と私の方を見て言った。
「この子、どうしてクラスメイトなのに役割ないのかなぁ?」
全員の視線を浴びる。
私はゾクッと冷たい物を感じた。
「役に立たないって言うのかい? 匠君」
トムはにやけている。
殴ってやりたい気分だが、賢や真妃でさえも言葉に詰まっている姿をみて、私は大きなショックを受けた。
「み〜んな、能力を引き出してきて、だいぶ生活に生かせるようにもなってきてるのに、誰かさんはちっぽけだな。何の変化も見えないし、こういうイベントで能力を生かし助け合おうという時に君は、忘れられるほど力を持っていない。ストレートに言おうか。役立たずだって事だよ! みんなだって気づいてた。でも言えない。あわれで、可哀そうな大事なクラスメイトの一人だからな」
グサリと刺されてしまった。
気にしてはいたが、ここまで言われるほど考えていなかった。
匠の申し訳なさそうな目線も腹がたった。
「私は役だ立つなんて思ってない。ただ、少し心配だったけど。このクラスマッチは、みゆも参加する権利があるし、それにそれだけの力持ってるよ。出来る事なんて、まだまだいっぱいあるし」
真妃は必死になって言っていたが、私はただの慰めに聞こえた。
「そうだ。こんな奴の言うこと聞いてたってくだらない」
賢はトムを睨みつけて真妃に続いた。
「1年生は、なかなか協力性に欠けているようですね。まだまだ、知恵が足りない未熟者ばかりです」
ドアに立っているサングラスの男は腕組みをしている。
どれぐらい前から観察していたのか。
「タイムガード生は形だけの能力が全てじゃない。それをご存知でしたか?」
山田先生は私の前へ歩み寄ってきた。
「君はなぜここにいると思います? このクラスのチームメイトだからです。一人いるだけでそれ自体が力となる。言っておきますが能力だけが関係するようなあまい競争じゃありませんよ」
鋭い口調だが優しさが含まれている。
先生は今度はトムに近寄る。
「むしろ、君のようにクラスにダメージを与えるのは足を引っ張るようなもの。役立たずなど言っていましたが、もし彼女が役立たずだといえたなら、君はそれ以下になってしまうでしょう。いいですか? 能力だけで学校は判断しない。タイムガードにとって協力するかしないかは生命にかかわる大事なポイントです。しっかり視野を広く持つ事ですよ」
心は笑いをこらえていた。
また誰かのこころでも読んだようだ。
「グッドラック」
先生はそんな言葉を残しクールに去って行った。
「時間ないし、やるぞ! 心読んでるそこのマヌケ!」
賢は心に言った。
「ナルシスト君、了解です!」
心は賢とハイタッチした。
「じゃあ、みゆはみんなのアシスタントお願い。なかなかまとまりないクラスだから。あなたがまとめて」
真妃は優しく微笑んだ。
私もスッとして頷いた。
そう、私はまだ成長が遅れてるだけなのだ。
形だけの能力じゃない。
「ト、トム君、では早速スケジュールを作らせていただきます」
匠はメモ帳を取り出した。
「何言ってんだ? 俺様がやるわけねぇだろ」
トムは腹立たしげにそっぽを向く。
「で、では、結構です。ぼ、僕たちだけでなんとかしましょう」
匠が初めて強い反発を示し、トムは少しひるんでいた。
私たちはその後休み時間を工夫してそれぞれに匠の指示に従った。
毎日毎日がバタバタで、先輩達の間でもその話題でもちきりだった。
私と真妃は図書館に向い、参考になりそうな本を積み重ね読みあさる。
真妃には必要個所を全て覚えてもらう予定だ。
「船だとやっぱり出遅れちゃうよね? でも飛行機なんて大変そうだし……」
真妃は文章を読んでは首をひねり、本から様々な事を吸収した。
その後匠の所へ向かうと匠はちょうど地図を広げ、頭を抱えていた。
「さ、最短ルートはここなんですが、ひ、引っかかることがいくつかあります」
匠の指さす個所を見た。何か白い点々がいくつかある。
「こ、これは障害物だと思うんです」
匠は下がってきた眼鏡をクイッと上げる。
「岩です。さ、先ほど賢君が情報を持ってきてくれました。せ、先輩方がおっしゃるには、ど、どうやら、障害物を乗り越えなければならないとかで」
匠は赤ペンで白い点をなぞる。
「ふ、船も厳しいですが気候によっては、ひ、飛行機も十分厳しい。ポイントは速さと安全性ですね」
昼食時間になると賢と心は無駄に歩き回り、情報入手に力を入れた。
「嫌な知らせが1つあるよ!」
心は小声で報告を始める。
「三年生は武器を持ってるらしいんだ」
匠は顔をしかめる。
「これは競争ですよね? そんな乱暴な争いじゃないでしょう?」
賢は首を振った。
「ルールの項目にないからさ! だけど、二年生もコソコソと考えてるみたいだよ。おそらく去年、先輩達の攻撃にかなりの打撃を受けたようだ」
真妃と匠は顔を見合わせた。
今までは競争の事ばかりで、安全性と速さにこだわっていたが、今後は攻撃手段とその防御法を考えなければならない。
真妃は今まで以上に図書館へ向かう回数を増やし、匠は頭を悩ますこととなった。
一方、最近やけにトムはおとなしくなっていた。
今までは会話の空気を壊すほどに、嫌みな態度ばかり取っていたというのに、そんな面影もなく押し黙っているのだ。
何かあったのか、この頃イライラしていた。
貧乏ゆすりをしながら、ボーっと考えている光景は、変な感じだ。
賢は「あのままでいてくれたら助かる」と言ってはいたが、何か気になった。
心はこころを読もうと努めるらしいが、トムのこころは読みにくいらしい。
読もうとすると、壁のようなものを感じ、跳ね返されるのだという。
みんなは忙しくクラスマッチの準備をしているのに、1人だけ相手にもされていないのは気の毒で仕方ない。
ある日トムは中庭で何やら考え事をしていた。
石ころを手の中で転がしている。
「ねぇ、意地はってないで少しは手伝ったら?」
私は声をかけてみた。
トムはムッとしてその場を去ろうとしたが、立ち止まる。
トムの目線の先には和先輩がいた。
和先輩は鉄の兄であり、生徒会長である。
先輩は他の生徒会メンバーと笑い合いながら外廊下を通り過ぎて行った。
「どうかしたの? 和先輩と何かあった?」
私が不思議に思い尋ねると、トムはやけに動揺しはじめた。
「な、何も別に、お前になんか関係ない!」
明らかに何か隠している。
「そんなに1人で考えるのが好きなの?」
と私が言うと
「俺は……俺は、そうだ! 1人で十分だ」
トムは怒鳴り、手に持っていた石ころを地面に投げつけた。
「何怒ってんだか知らないけど、今楽しむべき時なんだから、楽しめばいいでしょ! クラスマッチ、一緒にさ」
トムは表情を曇らせ押し黙る。
沈黙が起こり、私も少し不安になった時、トムは小さな声で語りだした。
「昔から苦手なんだ。誰かと仲良く笑い合ったり、ふざけたり協力し合うなんて。友達なんていらないし、そんなの裏切られるための存在だってこと知ったから。だけど最近のお前らは、今まで以上に仲を深めた。いつかは誰かに裏切られる事も知らずに、俺だけを置いてった。でも俺はな、いいんだよ別に。知ってるんだ、友達なんてくだらないってな。笑い合ってるお前らが憎くて仕方ないさ」
私はトムの暗くさびしげな姿を見た。
いつもの嫌みな笑みは想像もつかない。
『憎い』という言葉がズシリと私のこころにのしかかる。
私は何も言えず黙っていた。
「憎いのか? この僕が」
どこで聞いていたのだろうか賢が現れた。
トムは少し驚いたようだったが、すぐに眉間にしわを寄せた。
「別にお前だけじゃない」
いつもケンカしている2人が顔を見合わせる。
賢は鼻で笑う。
「友達が何だって? 裏切る存在? 良く言うよな、全てを知ったかのように」
トムは賢を真っ向から睨みつける。
だが、賢は少しも表情を変えず続けた。
「お前は全てを知ったと思ってるんだろ? たかが数年の経験でね」
私は挑発する賢を止めようとするがトムがその前に声を上げる。
「お前もいつかわかるだろうな。どこかのお坊ちゃんはまだ経験が薄い」
賢はそれでも微動だにしない。
「だから何だ? 現実から逃げただけだろ? ただ、周りにいた連中がたちが悪かったってだけなのにな。君はそれを世の中どうせこうだから、周りの人間はこうなんだ。だから信じちゃいけないって自分に押し付け、思い込み、逃げ道をつくった。戦う事を見いだせずに、関わらないでいようと逃げたんだろ? カッコつけたってそんなの仕方ないのに!」
賢の言葉がトムをひるませた。
さらに賢は言い続けた。
「僕は君が気に入らないし、君も僕を嫌いだろうね。喧嘩ばっかりして、嫌味言い合ってさ。でもね、僕らは正々堂々戦えない未熟者なんだ。相手の悪いところだけしか指摘できず、アホみたいに。でも僕は気づいた。暴言を吐くのが戦いじゃないって事をね。もっときれいな戦いをすべきなんだ」
トムは拳に力を込めた。
体が震えている。
「きれいな戦い? まるで意味が分からないな」
必死に落ち着いた様子を見せようとしている。
「意味が分からない? じゃあいいさ、教えてやろう。トム、僕と勝負するんだ」
賢は微笑を浮かべ、腕組みをする。
「勝負? 俺と?」
バカにしたようなトムの言葉に賢は頷く。
「一対一の男の勝負」
と自信満々の表情の賢。
「いいだろう、何をするんだ? 決闘か?」
トムも挑むように腕組みをして見せた。
「決闘は僕が不利になる。前々から得意じゃないからな。勝負はクラスマッチで行う」
賢は声を落とし、真顔になった。
トムも真顔になり『望むところだ』とばかりだ。
「クラスマッチのルールによれば、島に到着したら自分のクラスの旗を探し出さなきゃいけないんだ。その時、僕と君の2人で旗を探そう。そして先に見つけた方が勝ち。どうだ? 簡単なルールだろ」
賢はニヤッとして見せる。
トムも続いてニヤッとすると
「いいのかい? 僕のスピード、分かってるよね?」
と低い声を出す。
「僕には耳がある。旗のなびく音は聞き逃さない」
2人の間に火花がちる。
「その勝負のった」
「さあ、みなさん!! 今日は待ちに待ったクラスマッチです」
学校中に放送委員の声が高々と響いた。
「準備はできましたか? 今から我々は電車に乗り、海岸へ向かいます。乗物はすでに運んであります。ルール説明は現地でいたしますのでご心配なく。では皆さん! しっかりとした格好に着替えたら、駅の方へ」
私たちは慌ただしく動き回っていた。
匠の姿が見えないのだ。
「こんな時に一体何してんだ?」
トムは腹立たしげに腕時計に目を向けた。
賢は目をつぶり、周囲の音に耳を傾けていた。
「おい、君たち! 急ぎなさい、こっちだ」
細田先生が大声で呼んでいる。
「それが、匠君が見つからなくて」
心が大声で返す。
先生は肩を下ろす。
「仕方ないですねぇ、この力をつかうしかない」
先生はスゥーッと息を吸い込む。
「耳をふさいだほうがいいと思うよ」
心がなぜそんな事を言ったのか、すぐに分かった。
「しょ〜うく〜ん!」
その声は大きさの度合いをこし、耳をやられてしまいそうだ。
体の細部まで響き渡り、耳をふさぐしかなかった。
するとヨレヨレになった匠が現れた。
「いや〜良かったよ匠君。まったく君はレース拒否でもするのかと」
先生はやれやれとばかりだ。
しかし、細田先生の能力はこんなに迷惑なものだったとは……。
「これが電車!?」
私たちは校舎の奥まで来ると、まだ来たことのなかった駅に着いた。
真っ赤な電車で、ピカピカの出来立てのように輝いている。
電車の中に入ると、これまた真っ赤なシートの前に真っ赤なテーブルが置かれていて豪華な朝食が並んでいた。
私たちは電車にゆられ朝食をとりながら、海岸へと向かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




