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第三章

 校長室を出た後、思わずガッツポーズ。それと同時に掃除時間の始まりの鐘が鳴った。箒を手にしていた後輩たちが驚いた表情でこちらを見ていたがそんなことお構いなし。私は弾んだまま階段を駆け上がった。階段を降りてきたときの私とはまるで違う。教室の目の前に来た時、

「川下!」

 横から慌てた声で呼び止められた。坊主頭の少年が息を切らして走ってきた。

「しょ、翔平? そんな慌ててどうしたの?」

 私は驚いて言った。翔平は目の前まで来て立ち止まる。

「どうしたのってお前……校長室に呼ばれたんだろ?」

 翔平は珍しく真剣だった。

「さっき佳奈が心配してた。みんな放送聞いてたし他の連中もお前のこと話してて、だから俺も、心配で」

 意外な発言だった。そりゃあ、私だって成績の悪さが原因かと思ってたけど。

「まさか私が怒られたとでも?」

 心配していた翔平に対する言葉がこれか! こういうときは、まずありがとうでしょ? と心の中では自分に怒鳴りつける。

「その様子だと違うなぁ」

 翔平はようやく落ち着いた様子で答えた。

「残念ながらあなたの期待はずれ! いい報告だったの」

 と冷たく言ってしまう自分に内心腹立つ。「人が心配してやったんだ、その言い方はないだろ?」と返事が返ってくると予想していた。しかし……。

「そうか、ならよかったよ」

と翔平は一言だった。あまりに素っ気なかったので

「それだけ?」

 と私は尋ねてしまう。翔平はそれに対しても「ああ」と冷たく返事をして私に背を向けた。

「なんなのよ、アイツ」

 翔平の背中に向けて小声でつぶやく。いつもとは違う翔平の態度に思わず首をかしげる。と、

「心配してたのに、その態度とは」

 後ろからの呆れ声が聞こえた。サッと振り返るとそこには腕組みをした佳奈が立っていた。

「か……」

 私が名前を呼び終わらないうちに、佳奈は私の腕を引いた。何も言わず階段を上った。私も引っ張られ後に続く。私のことはお構いなし、佳奈は階段をのぼり終え、前にあるドアを思いっきり開ける。そこは屋上だった。

「掃除はサボれ」

 佳奈は私が口を開く前に声を張り上げ、屋上の隅に私を連れていく。無理矢理座らされた私は驚くばかりで声が出なかった。

「いきなり何? って顔してる」

 佳奈は立ったまま言った。私はようやく口を動かすことができた。

「そ、そりゃ、そうでしょ」

 すると佳奈は顔をしかめた。

「翔平にあの態度。あたしが説教しなきゃ誰がするの?」

 思わず彼女の勢いに身を縮めてしまう私。ああ、情けない。

「ご、ごめん」

 しかし私の困った表情を見て

「あたしに謝ったってね。翔平あんなに心配してたのに。っていうのは冗談よ。あんたが素直じゃないのは昔からだし今さら説教なんて無駄よね」

 と佳奈は厳しい表情を和らげ優しく言った。

「そんなことより! いい報告って?」

 彼女の本当の目的はこれだったらしい。佳奈がいきなりしゃがみ込んだので同じ目線の高さになった。私は間をおいてから校長室に入ってからのことを話した。佳奈は真剣に聞き入ってくれた。きっと喜んでくれると思い私の口調は弾んでいた。

「ふーん」

 なのに、彼女の反応はこんな感じ。思わず

「今の聞いてたの?」 

 と聞いてしまった。佳奈は表情一つ変えずに口を開く。

「聞いてたわよ、バカ。それにしてもあんたを推薦したいだなんて変な学校ね。それにタイム何とかなんて嘘くさいじゃない。どっかのバカ集団がやってる学校じゃないの? あなたに才能があるとか何とか言って、その気にさせて、最終的には金を取るだけとって退学、みたいな。聞いたことない話だけど、推薦のことそれぐらい怪しい話よ」

 私は喜んでくれるとばかり期待していたため、ショックを受けた。

「なんでそうなるわけ? あたしがバカで取り柄がないから?」

 だって信じられない。佳奈なら私と一緒に喜んでくれるって、『推薦で行っちゃえ』って明るく背中押してくれるって、信じてた。

「そうよ、バカ」

 ガンと一撃。私は次の言葉が見つからなくなった。

「バカなあんたがなんで推薦よ。まさかOKするつもりじゃないでしょうね?」

 彼女の言葉に私は本気で傷ついた。これも冗談とは言わないだろう。

「OKしちゃだめなの?」

 私が声を張り上げると佳奈は眉をつりあげた。驚いた様子で私を見つめている。

「だってあんた、S高校行きたいんでしょ?」

 その発言に私も驚いた。

「まさか私が本気で行きたいと思ってたわけ!」

 すると佳奈は頭をかかえた。やれやれといった様子で首を振る。

「じゃあ今までの努力はどうなるのよ」

 いつもよりも小さい声。落胆している様子だった。

「そんなの無駄にしない。まだ分らないけどこの努力も生かしてタイムガード高校に行くつもりなの」

 私は強く主張した。頭を抱えていた佳奈はいきなりバッとこっちをまっすぐに見た。

「だめよ、そんなの」

 予想もしていなかった彼女の反対意見。なんで? 私がそう思ったのが顔に出たらしく、佳奈は大声をだして答える。

「そんなの決まってるでしょ? 三人でS高校行くって決めたから」

 え? そんなの初耳。私はさらに驚いた表情が顔に出た。

「三人って私と佳奈以外に……」

「翔平よ」

 佳奈に怒鳴られて私は口を閉じた。翔平? 私の頭の中に彼の姿が浮かんできた。あの珍しく心配そうな顔。

「あっちゃー、あのバカはまだ言ってなかったみたいね」

 佳奈はしまったといった様子だった。

「どういうことよ?」

 思ったままを口にする私。すると佳奈は少し困った表情を見せた。

「それは、その、もお! 鈍いわね本当に。翔平はね、あんたと同じ高校に行きたくて誰よりもあなたを応援してたのよ。誰よりもあなたのことが心配で」

 彼女があまりにも早口に話すので頭の中で整理できない。

「ちょっとまってよ、何よそれ」

 途端に佳奈は気まずそうにこっちを見た。

「翔平はね、もっと高いレベルの学校進められてたの。親だってそっちに行けって。でも翔平はS高校に行きたいって言い張ってたみたいよ。それ聞いた時、正直あたしもびっくりしたわよ? でもよく考えたら納得した。翔平、あたしに言った。三人で合格が目標だからなって。だからあたしにも頑張れって言ってくれてたの。あなたにはまだ言ってなかったみたいだけど、翔平もあたしもあんたと一緒に合格したいって望んでる。だから推薦が来たからって何? ずっとそのために頑張ってきたなら推薦なんて今さら必要ないでしょ」

 佳奈の沈んだ口調に嘘はない。私、佳奈の言うとおり鈍いのかも。佳奈は私の表情を窺っていた。

「でも翔平そんな奴じゃないじゃん。気付けなんて難しいよ」

 しかし私がそういうと佳奈はさらに悲しそうな表情をした。

「あんたの鈍さに、翔平きっと泣くわよ」

 わけがわからない。正確には何が言いたいの?

「清水! 川下! ここにいたのか」

 怒鳴り声にビクッとする。私と佳奈は同時に入ってきたドアの方に顔を向けた。うわっ先生!?

「この大事な時期に青春気取りか、バカども」

 はげ頭の教師がズカズカやってくる。私たちは慌てて謝ると掃除に戻った。




 私はその日の帰り道、翔平とも佳奈とも帰らなかった。1人で考える時間が欲しかった。まさか2人がこんなにS高校に一緒に行くことを望んでたなんて思ってなかった。ただただため息をつくばかりだ。


 帰宅した私は、いつものように自転車を家の裏に止める。商店街にある二階建ての八百屋が私の家だ。

夕方になると、客はどしどしやってくる。うちの野菜の安さと両親のサービスが売りで、主婦や近所のおばさん達が毎日野菜を買い世間話をして帰っていく。私は2階に上がって、自分の部屋に入った。少し散らかった部屋は、勉強した後のままで、あまりきれいだとは言えない。カバンをベッドに放り投げると居間へ向かいテレビをつけた。動く画面を見つめ徐々にうとうととし始める。


 パッと目が覚め時計の針を見たとき驚いた。もう八時を回っている。

「あんた勉強は?」

 母は、ボサボサ髪の私に不機嫌に尋ねた。

「いいじゃない、少しぐらい寝たって。今からやるとこよ」

 私は伸びをすると母とは目も合わさず立ち上がる。

「余裕ねぇ全く。翔ちゃんは頭がいいのに毎日勉強してるわよ。あんたは頭悪いのに少しもしないし、成績は悪い」

 でたでた、また翔平と比べる。

「母さんが思ってるほど、あたしだって馬鹿じゃないわよ。才能だってあるんだし?」

 今日の推薦の話を思い出し、胸を張ってそう言った。すると母はあからさまに目を丸くした。

「じゃあ、この間のテストは? 3者面談は? 毎度毎度の通知表の成績は? あれは嘘? いつだっていいもの見せてくれないじゃないの。結果に出てるの結果に」

 母さんも結局は結果にこだわる。

「結果結果ってもぉうんざりなのよ!」

 ついに私も大声で怒鳴った。すると母も負けじと声を張り上げる。

「そんなこと言うならいい結果出しなさいよ」

 私は今まで我慢してきた怒りが一気に湧き出た。

「あたしはね頑張ったって結局はダメなのよ。他の子は伸びるけどあたしは根からバカだからどうしても無理なの。結果結果って、せかしたって何一つ変わらないのよ」

 いつの間にか顔は真っ赤になっていた。

「努力もしないでグチグチグチグチ、そんなんじゃ世の中やってけないのよ」

 母が吠えるように言い放った。

「なんだ、仕事で疲れてる俺の目の前で、ギャーギャー喧嘩しやがって。少しは黙っとけよ、親子揃ってよ無駄な争いだ。そんな事してる暇があったらよ、勉強しやがれ受験生!!」

 父も相変わらずである。

「勉強勉強って言うけど、私のことなんか何も知らないんでしょ!!ガミガミガミガミ言ってるだけで、ほんとはどうだっていいと思ってるでしょ?」

 私は、2人に向かって言った。もう我慢の限界。すると次は父も怒鳴りだす。

「お前父親にそんな口きいて、いいと思ってんのか? もうちょっと、働いてる俺たちに感謝して、優しい言葉の1つ2つかけてみろよ」

 何その言い方。私は耐え切れず自分の部屋に入ろうとする。しかし……

「待て、話はまだ終わってないだろう?」

 父は、私を呼び止めると

「ここに座れ」

 と指示した。私は黙って言われたとおりにする。父は咳払いをすると私の向かい側に座った。

「で? どうなんだ本当のところは。自信あるのか?」

 父は探るようにこちらを見る。私はできるだけ目をそらした。

「実は父さんと母さんに言わなきゃいけないことがあるの」

 私はようやく推薦の話をすることにした。私は今日校長室で受け取った封筒を黙って取り出した。それをこたつのテーブルに置くと私は読んでとばかりに父と母を交互に見た。父が封筒をゆっくりと顔の前に持って行った。

「これは!?」

 父は宛先を読んだ瞬間顔をあげた。これまでとは一変青ざめた表情。父は口をあけたまま母に黙って封筒を差し出す。母は不安そうに封筒に目を向けた。

「タイムガード育成って、あなたこの手紙……」

 母の表情も一変していた。2人は互いに顔を見合わせ改まって私を見た。

「推薦の手紙なの」

 私は両親の反応に少し驚いていたがあくまでも冷静を装った。2人は眼を丸くし同時に瞳に恐怖を交えていた。

「学校側に送りつけるとは卑怯な校長だな」

 父が低い小声で母にそう言ったのを私は聞き逃さなかった。

「この学校のこと知ってるの?」

 私はすばやく尋ねた。父は眉間にしわを寄せた。少し間があって父は静かに答えた。

「ああ、知っている。この学校はやめておけ。ろくな所じゃない。恐ろしく危ない場所だ」

 どういうこと? 何かが怪しい。私は今度は母を見た。

「一体何を隠してるの?」

 母は戸惑った。目を泳がせて、顔をこわばらせている。私は不審に感じたのでさらに母に問い詰めた。

「何かこの学校と母さんたち関係があるんでしょ?」

 この問いかけには素早く父が答えた。

「関係はない。ただ知ってるんだ、この学校がどれだけお前にとって危険なところかを」

 父の反応も母の反応もあまりにおかしい。封筒を持った母の手は震えていた。

「一体何?」

 私はもう一度同じ質問をした。しかし2人は答える気はないらしい。黙って封筒の中身を取り出し、手紙を読み始めた。私はただ黙って2人の表情を窺った。文章を読むにつれ表情は一層険しくなった。

「みゆ……ダメだ」

 父は手紙を素早く乱暴に封筒にしまった。まるで二度と見たくないというかのように。

「ダメってなんで?」

 私は父の手から封筒を奪い取った。

「それにあたしに来た手紙よ! そんな乱暴に扱わないでよ」

 母は私と目を合わさないようにしていた。一体何を隠しているの?

「そこに行くことは許さん」

 父はいきなりテーブルを叩いて怒鳴った。

「だからなんでって、さっきから聞いてるじゃないの!」

 私も負けじと怒鳴り返した。父は大きなため息をつくとチラッとつらそうな表情の母を見た。

「分ってくれ、みゆ。俺たちはお前をそんな場所へ入学させたくないんだ。父さんも母さんもお前に健康に普通の学校で普通の高校生として楽しい学校生活を送ってほしい。そんな特別な学校へいけばお前は必ず後悔するぞ」

 なだめるように言われると、私は余計に腹がった。理由も教えてくれず一体何なのよ。

「まだこの学校のこと名前を聞いたばかりで何も知らないの。なのにいきなり行くなって言われても困る。説明を受けたうえで入学するかしないか決めたいの」

 私はまっすぐに父を見てそう主張した。父は困った様子で頭を抱えた。

「はあ、もういい、勝手にしろ!」

 そう言い残し立ち上がると乱暴にドアを閉めて部屋を出た。私はポツリと座ったまま母と2人っきりになってしまった。母は黙って私を見ている。私は視線を感じてはいるが無視した。

 母は一時するとエプロンを脱ぎ部屋を出ていった。



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