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第二十九章

タイムガード生は3時から5時までぶっ続けで実技授業が入っていた。


私と心と真妃の3人は売店で話し込んでいたため時間を気にしていなかったが、チャイムが鳴ったとたんに『授業に遅刻する』と飛び上った。


バーチャル映像室のドアを開けると、そこには細田先生の機嫌の悪そうな顔が待っていた。


「君たち3人! 遅刻するとは何を考えているんだ?」


先生は何か気に入らないことがあったらしく、眉間にはしわが寄っていた。


「すいませんでした」


私たちは謝った。


「次、遅刻すれば、罰則が待ってるからな」


先生はそう言ってバーチャル映像室の電源をつけた。


部屋中が前来たときのように、薄いブルーの光で包まれた。


「ではではでは、トム君。3Dメガネを着用してくれるかい?」


細田先生はメガネをトムに渡した。


「何するんですか?」


そうだった……トムは見学会に来ていなかったから知らないんだ。


「敵を見出せ!」


先生は一言で説明し、壁に映像が映し出された。


トムは声もあげずに鼻で笑うと、明治時代の映像をジッと見つめた。


「1人だけですよね」


トムが先生に聞いた。


「ああ、たった一人だけだ」


先生はこれぐらい簡単だろうといった調子で頷く。


しかし、次の瞬間先生は声をあげて驚いた。


「トム君! もうわかったのか?」


トムが手を挙げたからだ。


「楽勝だろ! こんなもの1年だからって簡単すぎやしないか?」


トムは建物の小さな窓から顔を覗かせる、若い青年を指差した。


「正解だ……よくやった。では次は真妃さん行こうか」





しかし真妃は見つけることが出来なかった。


その後、心も惜しかったが見つけられず、匠は時間はかかったがなんとか見つけることができた。


「次、みゆさん」


私は3Dメガネをかける。


弥生時代だろうか。


この特殊なメガネはその場に立っているかのように見せてくれる。


ここにいるみんなは見えなくなり、自分はまるで弥生時代に迷い込んだようになるのだ。


私は目をこらし、集中して1人だけ怪しげな人物を見つけ出した。


「よく出来た」


見事正解。


賢はというと、トムに背後で馬鹿にされ続けなかなか集中できていない様子だった。


最後まで映像を必死に眺めていたが、結局は見つけ出すことができなかった。



その後、細田先生の指示に従い、私たちは集中力を高めるために、いろいろな訓練を行うことになった。


まずは先生が10匹動物の名前を言っていく。


それを暗記して、すばやく答える。


という暗記力も身につけられる訓練だ。


「この訓練には、暗記することへの意味ではなく、暗記しようとする集中力を高めるのが狙いだ。だからよ〜く耳を澄ませて、覚えるんだ」


この分野は真妃が得意なはずだ。


「覚えるんだぞ! いいな? 猫、シマウマ、キリン、犬、ライオン、猿、鳥、イルカ、牛、ゾウ」


覚えにくい順番に私は戸惑った。


こういうのは、少し苦手だ。


「さあ、心君。覚えられたか? 答えてみなさい」


心は少し間をおくと頷いた。


「猫、キリン、犬……」


「残念! 何か抜けたぞ」


私は必死で動物の名前を頭の中で繰り返す。


「次、真妃さん」


「猫、シマウマ、キリン、犬、ライオン、猿、鳥、イルカ、牛、ゾウですよね?」


さすが真妃だった。


スラスラっと答えた。


「その通り! 満点」


先生は満足した様子で、微笑んだ。


「次は……みゆさん」


私の番だ!


「猫、シマウマ、キリン、犬、ライオン、鳥、猿、イルカ、牛、ゾウでしょうか?」


緊張して早口で答えた。


「おしい! 順番がどこか入れ替わっているぞ。ではトム君」


「楽勝だな、こんなの。猫、シマウマ、キリン、犬、ライオン、猿、鳥、イルカ、牛、ゾウだろ?」


トムは足を組んで、自信満々に答えた。


「満点だ。じゃあ、匠君いこうか」


「え……、猫、シマウマ、キリン、犬、ライオン、猿、鳥、イルカ、牛……最後は」


匠は頭を抱える。


「分かりません」


やがて悔しそうにそう答えた。


「ゾウだ! もう少しだったな。最後に賢君」


「はい、猫、シマウマ、キリン、犬、ライオン、猿、鳥、イルカ、牛、ゾウです」


賢は堂々とした態度で答えた。


トムが馬鹿にしたかったらしく、完璧に答えた賢を見て舌打ちした。


「正解だ! いい感じだな、今年の一年は」


先生は手元にある手帳を見て、頷いた。




続いて、植物、食べ物、乗り物、色など暗記に挑戦した。


私と心は暗記が苦手なので、色以外は覚えられなかった。


しかし、真妃、賢、トムは3人とも完璧に答えていた。


匠は時々間違ってはいたが、ほとんど暗記できていた。




「これで少しは集中力がついたはずだ。少し休憩しよう」


細田先生はそう言って、何やら急いで教室を出て行った。


「賢君たちすごいなぁ! 僕はうらやましいよ」


心が言った。


「それほどでもないよ……」


賢は照れ笑いをした。


「それほどでもって、必死だったくせにな」


トムは机に足を乗せる。


賢が言葉を返そうとしたが真妃がそうさせなかった。


「それがいいのよ! 先生が言ってたように集中することが大事なんだから」


しかしトムは動じることもなく言い返す。


「先生先生っていうけどな、全て正しいと思ってるなら教えてやるが、タイムガードは集中力だけがあればいいって物じゃない」


「自分が全て正しいと思ってるなら教えてやるが、君みたいに威張りくさるのがいいかっていうと、そうじゃないさ」


心がサラッと言った。


私は少し感心する。


「1年生! 今から外に行こう」


細田先生がいきなり現れて呼びかけた。




外へ出ると、先生が汗を流してやってきた。


「何かあったんですか? そんなに慌てて……」


私は先生の顔色が悪いのに気づいていた。


「ああ、少し仕事が増えたもんでな」


先生は聞かれたくなかったのか、顔を曇らせてそう答えた。


「先生! いきなり外なんかで何するんですか?」


トムが嫌そうに聞く。


「決まってるじゃないか! 基礎体力」


細田先生はトムにポケットから取り出した紙を手渡す。


「声に出して、読みなさい。今からこれを行う」


トムは戸惑いがちに読んだ。


「腹筋、背筋、腕立て、もも上げそれぞれ50回、ランニング校庭30周、ストレッチ!!! こんなに……今から??」


「え〜!」


全員が一斉に声を上げた。


「当然だ、文句あるならその二倍っていう方も選べるが?」


意地悪な先生の目が恐ろしく光ったように見えた。


「基礎体力は重要! おそらく朝やってないだろ?」


そういえば朝と夜毎日やれと先生は言っていた。


「聞いてないですよ、朝やるなんて!」


と心が手を挙げる。


「分かりきった嘘は、二倍にしたいという理由からかな?」


先生の不気味な笑みを見て心は俯いた。


その後、黙って私たちはそのメニューをこなすこととなった。


それは地獄のようなきつさだった。




「そりゃあ、筋肉痛で一週間は苦しい思いをすることになりそうだな」


夕食の席で、拓先輩は1年生の席へと割り込んでいた。


私たちの話を聞くなり、大笑いすると、賢の皿からデザートのフルーツを横取りした。


「毎日あんなことを?」


私の質問に先輩はにやけた。


「機嫌が悪い時は、ほとんどやらされる」


賢が片方の眉を吊り上げた。


「先生の機嫌による授業なんですか? そんなのおかしいですよ」


拓先輩はまた笑うと、


「細田先生は機嫌がよくても基礎体力運動ぐらいさせるさ。機嫌が悪い時は100%だけどな」


そう言って今度は心の皿に手を伸ばすが……


「先輩! 僕の食い物の恨みは恐ろしいですよ」


心の不気味なスマイルに、手を引っ込めた。


「まあ、俺みたいに! 基礎体力に自ら進んで取り組んだ者には、それなりの能力が身につくってもんだ」


先輩は自慢げにそう言った。


「あんたの嘘なんて、誰も真に受けやしないし、面白いと思わないわよ」


そこへ静香先輩が現れた。


「ご忠告をどうも」


拓先輩は少しすねた。


静香先輩はそんな拓先輩を無視し、話題を変える。


「明日が何の日か知ってる?」


これには真妃が答えた。


「はい、たしか新入生歓迎会とか……」


私と他の1年生全員が箸やフォークを持った手を動かすのをやめた。


「明日なの!!」


私と心が同時に声を上げる。


「やっぱりね、知らないと思った」


静香先輩は呆れたように一息つくと続けた。


「明日は結構大きなイベントでもある。1番最初の行事でしょ? それくらい把握しときなさい」


「そんなにすごいの?」


心が嬉しそうに聞いた。


「去年あたしたちも新入生として出席したけど、ただの学校じゃないって実感しちゃうのよね」


静香先輩は思い出したように1人で頷いた。


「びっくりするぜ、俺達も歓迎会では……」


「それ以上ネタばらしたりしたら、練習が水の泡になるでしょ」


静香先輩は拓先輩の頭を平手で叩く。


「ま、本番まで楽しみにしといて」


「は〜い!」


しかし、1人が鼻で笑う。


「バカバカしい演技でも見せてくれるのか? おっと、『オユウギ』だったか」


トムはそう言って立ち上がった。


「あんたみたいなのに見られたって嬉しくないわよ」


静香先輩はトムを睨みつけ、声を張り上げた。


トムは振り返るとにやけた。


「失礼しました、センパイ!」


そう言い残し、3年生のテーブルへと向かって行った。


「気にするんじゃねぇぞ、静香」


拓先輩はポテトを頬張りながら言った。


「あんな奴、はなから相手にしてないわよ。ただ警戒してるだけ!」


と静香先輩。


「ふ〜ん、ならいいけどな」


拓先輩は静香先輩をチラッと見て言った。


「それと……新情報入手したんだけど」


静香先輩が小さな声で私たちに囁く。


「新情報って?」


賢が興味心身で尋ねた。


「トムの両親の事」


周りを警戒しながら先輩は真剣な表情になる。


匠は学校新聞に見入っているため、聞かれる心配はない。


「彼は、虐待を受けてたみたい。それも父親からね。母親は重い病気で入院中。妹も一人いる。でもお金が足りなかったから、妹は施設に預けられて、今は里親さんに引き取られていったとかで……、とにかく複雑な家庭の生まれ。しかも両親ともにタイムガードとして働いた事はなく、そんな能力は全くない。トムだけが優れていたようね。前の学校ではハーフってだけで、いじめにあって学校もさぼりがち。でも家にいれば父親に殴られるから、家出を繰り返し、そのたびに連れ戻されてた。あげくの果てに万引きしてみたり、悪い連中とつるんでみたり、悲惨な日々を送って、推薦が来たときは大喜びで、反対する両親から逃げて入学してきたって話。これが彼の正体」


私たちは押し黙った。


そんな家庭事情とトムの暮らし。


全員がその複雑さに言葉が出なかった。


「その情報はどこから仕入れたんですか?」


私が聞くと拓先輩が横から答えた。


「静香は、盗みぎき、人騙しにかけてはプロ。情報収集は手慣れたもんさ」


「先輩、トムはスパイなんでしょうか?」


真妃がストレートに尋ねた。


拓先輩と静香先輩は顔を見合わせる。


「どうしてそう思うの?」


心が聞く。


「だって、犯罪組織に加わりたがるはずでしょ? 家族にも学校の友達にも相手にしてもらえず、それどころかひどい扱いを受けた。こんな仕打ちを受けていれば憎しみが大きいでしょうね。この憎しみをぶつけようと思ったなら、悪い方に走りたがるはずでしょ!! スパイになってここに忍び込むことだって喜んですると思う」


と真妃。


「それは俺達が判断できることじゃないな。それだけの理由じゃ本当の事は分からない。でも怪しい面もある。だけど、決めつけるのはよくないだろ?」


と拓先輩は言った。


「そうね、でもこれだけは言える。確実に悪い方へは走ってる」


静香先輩はそう言って三年生のテーブルを顎で指す。


そこにはコソコソとにやけながら和先輩と話すトムがいた。


「最近あいつらよく話すようになったんだ。何か企んでいるようにしか見えないけどな」


拓先輩が私たちにそう囁いた。


「元から2人そろって意地が悪い。あの2人が仲良くなったところで、不思議におもいません」


賢がそっけなく言うと、席を立った。


「熊! 引き続き監視を頼む」


拓先輩の言葉に熊先輩がゆっくりと頷いた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

次回もどうぞ読んでください。

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