第二十章
いよいよその時がきた。
私は賢とペアーになった。
なんと1番最初にタイムマシーンに乗るのだ。
「いよいよだね」
私は興奮を抑えるのに必死な賢に言った。
「僕らがトップバッターとはね」
と賢はあくまでも冷静さを繕った。
「君たち準備はいいですか?」
五島先生が私たち2人の顔を交互に見た。
「大丈夫です」
私と賢は同時に答えた。
「よし、注意深くならなくてはいけませんが、力を入れろとはいっていません。確かに安心はできなくとも、もう少し肩の力を抜いてもいいですよ」
先生はそう言って私たちを椅子に座るよう指示した。
「いいですか、向こうに(過去に)無事着きましたら、私に一声かけてください。それからこれを安全のため取り付けてください」
そう言って先生は変わったブレスレッドを渡した。
「これは?」
私が聞くと先生は自分の手首にそれを取り付けた。
「緊急時に使用できる緊急時装置です。助けになる」
「先生! どうやって使うんですか?」
賢は取り付けた緊急時装置をみて顔をしかめていた。
「赤いボタンを押すとここの部屋と通信ができます。つまり話すことが可能です。青いボタンはもし時空で行き先が誤り着地に失敗しそうな時にパラシュート化します」
私も説明を聞き終わるとそれを装着した。
「次に、これを腰に巻きつけてください」
今度は何やら重たそうな平らな装置を渡された。
「少し……重いですが?」
私は不安になる。
「これは時空空間を抜けるときに、体を守ってくれるのです。どんなに強い威力にも対応できる特殊な装置です」
賢は私の方をちらっと見て、頷くとそれを装着した。
私もそれを見て慌てて装着する。
「では、頭にこれを……」
五島先生はヘルメットを手渡す。
「これは説明しづらいのですが、簡単に言いますとこれなくして、過去へ行く事は自殺行為でしょう。ある物を体全体に伝わらせなくては、体が時空空間を通過することができません。つまり! 最悪の場合、体が引き裂かれてしまうわけです。そんな最悪な事態を起こさぬようこれをしっかり着用すること」
今度は2人とも素早く着用した。
「最後にこれを飲んでください」
五島先生の手のひらには青い玉がふた粒のっていた。
「これは何です?」
賢が疑わしげに玉を見つめた。
「薬です」
五島先生は短く答えた。
「薬? 飲む必要あるんですか?」
口に入れるとなると怖いものだ。
「はい、この薬は体内の危険性をなくしてくれるのです。過去の時代へ行くということは、過去の空気を吸います。となれば確実に体内がパニックを起こすでしょう。私たちの体はこの時代のこの空気に対応して作られているのですから、過去の空気や熱などには対応できないのです。体内に腐った空気を取り込むのと同じ。過去の時代の空気を口に入れると現代化するため矛盾が発生し、器官などがたちまち破裂します。簡単に言いますと、この薬は一定時間、体に起こる矛盾を防ぐ働きをしてくれます」
そんな説明をされると過去に行く事は非常に恐ろしいと感じる。
私は深く深呼吸するとゴクリとそいつを飲み込んだ。
「では準備は整いました! さて、肩の力を抜いてください」
五島先生は真剣な表情で私たちの顔を見た。
「いいですか?」
そう聞かれ、先に頷いたのは賢だ。
私はやるしかないんだと決意すると黙ってうなずいた。
「じゃあ、無事に帰ってくることを祈っているよ」
目元の傷が相変わらず目につくが優しく男が言った。
五島先生も装備をして隣に座る。
それと同時に男がスイッチを2か所押した。
『グィーン』という音がして『ガチャ』とシートベルトのようなものが体を固定した。
「深呼吸しろ、それから気をしっかり持って」
男が指示したので言われたとおりにした。
「五島、責任もってこいつらを頼む」
「了解です隊長」
そしてついに、男がレバーを引いた。
その瞬間呼吸がしにくくなるぐらいのスピードで、マシーンは上昇した。
私と賢は叫ぶこともできず、目をつぶった。
『バチバチ』という電気の流れるような音が何やら聞こえる。
思い切って目を開けると、真上に透明な球体が一瞬見えた。
もう空まで到達する。
苦しいと思った時、『バーン』と球体とぶつかって、目の前が真っ暗になった。
体は重いんだか軽いんだか、変な感覚になり、耳鳴りがかなり激しい。
もう無理だ、息苦しすぎる……限界を感じたときだった。
すごい勢いで体が急降下したような気がした。
と、思ったら「え?」
体が軽くなった?
私は地面に立っていた。
「ようこそ過去の時代へ」
五島先生が丁寧に頭を下げてにっこり笑った。
「い、いきなりすぎてよく分かんないんですけど!」
私は困惑してしまう。
「最初はそんなものですよ」
五島先生は当たり前のように頷く。
賢はというと黙って周りを見渡していた。
声も出ないといった状態なのだろう。
「でもマシーンに座ってたはずじゃ……」
「ああ、マシーンの事ならご心配なく! 現代にちゃんとありますから」
「どういうことですか?」
「簡単なことです。真上に一時的に時空空間を発生させ、球体を作らせます。私たちの体をあのマシーンの椅子から放出された特殊な気体が包み込み、そこに電気を流しました。そして球体にぶつかったとき、私たちの体はマシーンから決まった位置に投げ出され、時空空間をすごい勢いで急降下しました。腕に着いた装置はそれに反応し、重力を利用してきれいに着地させてくれたのです」
五島先生の説明だけでは到底、理解不能だった。
つまり言葉では伝わりにくい程に複雑なのだ。
「今はまだ分からずともその仕組みなら、いくらでもこの学校で学べます」
なるほど目的はそこにあったか……。
森の中……。
これじゃあ、どの時代にいるのかは把握できそうもない。
「ところで、ここはどこです?」
髪の乱れを気にしつつ、賢がやっと口を開いた。
「見てのお楽しみというところでしょうね。それよりあと1分ですので準備しておいてください」
「何か1分後にあるんですか?」
と私が聞くと
「はい、空気の慣れない重さを感じます」
五島先生はそう忠告した。
空気の重さ?
賢と顔を見合せた時だった。
ドスンと重い物を背負わされたかのようだ。
体が重く、呼吸しにくい。
「いくら薬を飲んだとはいえ、やはり呼吸のコントロールは難しいものです。10分もすれば慣れてきます」
申し訳なさそうな表情で先生が言った。
「10分もですか?」
賢は信じられないというかのように表情をゆがめる。
「はい、キツいでしょうが仕方のないことですので」
とは言われたが、これは予想外のきつさ。
10分も体が重い状態が続くのだ。
歩くのも立っている事さえも息が切れそうだ。
それに加えて、呼吸もしずらいため尚更だった。
「ご安心を……必ずなれます」
と五島先生。
私は座り込むと、あたりを観察した。
ただの森だが、この木も草も土も虫も、全てが過去に生きていたものである。
そう考えると変な感覚だ。
と何やら後ろの方でガサガサと音がした。
私たちはパッと振り向いた。
木々の間からスッと男が現れた。
頭はちょんまげでつぎはぎだらけの着物を着ていた。
「お、お主らどこのものじゃ? 妙な格好をしておる……」
男は不思議そうに少し怯えつつ言った。
「外からまいった旅人である。何も不審がる必要はありませぬ」
五島先生が答える。
「旅人? それでは長旅でお疲れでありやしょう。ちょいとうちに上がって、体を休めてはどうです? うちの者が何かこしらえますゆえ」
男はそんな口調で優しく微笑んだ。
「ありがたきお誘いではありますが、都に出たいものでして」
五島先生は丁寧に断った。
「そうでありやしたか。わしは農民でありやすが……無知というわけでもございませぬ。その格好では将軍殿に目をつけられやすぜ。厳しく服装を義務づけておられますゆえ、その服装では……もし都にどうしてもと用があるんでしたら、力をおかしいたしやすが?」
と男。
「ではどのように?」
と先生。
「こんなもんでぇよろしければですが、着物をおかしいたしやす。頭もそのように乱れ伸びているのでしたら、さっぱりさせなくてはなりませぬ」
男は腰を低くしていった。
「それはできませぬ。髪の方はほっといていただきたい」
と先生。
「ではしょうがないでしょう……、わしに出来る事はそれぐれ〜でして」
男はそう言うと
「そいじゃ、わしは仕事にもどらにゃなりませぬゆえ、良い旅を……」
と別れを告げた。
「田舎者の農民ってわけですね?」
賢が自信たっぷりに言った。
「はい、江戸時代の農民です。厳しく差別されて取り締められているんですが……いつ見ても農民の暮らしは気の毒に見えます。つぎはぎだらけの着物を着て、汗水たらしてただ一心に差別されながら働いているのです。農民の子として生まれただけで貴族などとは異なる貧しい暮らしをしいられているのです」
五島先生は重い口調でそう語った。
「じゃあ私たちがいるのは江戸時代なんですね?」
「ええそうです。さて10分経ちますが体の方は?」
そう言われてみれば気づかぬ間に軽くなっているような気がした。
「大丈夫です!」
私と賢は同時に答えた。
「では人に見つからぬように進みましょうか。行先は都です」
先生はそう言って歩き出した。
ここまで読んでいただき感謝します。




