第二章
その日私の運命を変える一つの放送が流れた。
「川下みゆ、3年B組川下みゆ、校長室にきなさい」
大嫌いな担任の声だ。教室にいた全員が勉強していた手を止め、顔をあげると一斉に私をみた。注目を浴びながら私は黙って教室を出なければならなかった。この時期に校長室に呼ばれることは、あまりいい事ではない。私が教室を出た途端、中からざわめきが聞こえた。しかし一緒に勉強していた佳奈だけが途中までついてきてくれた。
「大丈夫?」
佳奈は心配そうな顔をして私の表情をうかがった。私は不安ながらも苦笑いで軽くうなずき答えた。
「ごめんね、もう帰っていいよ。佳奈は勉強しなくちゃ」
私の弱々しい声に佳奈はさらに心配そうに顔をゆがめる。私はそんな彼女に
「大丈夫だから」
ともう一度頷いた。佳奈は分かったと小さく答え、教室へ戻って行った。
私は、校長室のドアの前に立ち、ゆっくりと深呼吸をした。まだ心の準備ができていない。そもそもなぜ呼ばれたのだろう? 何をやらかした、というわけでもなく心当たりもまるでなかった。それに、私は過去の学校生活を振り返ると、一度も校長室に入ったことがない。少しだけ、窓から覗き込んだ事はあったが、やはり入るのは初めて。それに校長室に入るのは、相当の問題を起こした生徒だけだ、と自分自身思いこんでいた。だからこそ緊張は増すばかり。不安と緊張に堪えて、もう一度深呼吸。『よし』と一息。私は、ついにドアを軽くノックする。
「入りたまえ」
低くて優しい声だった。いつもは、全校朝会の挨拶で、体育館に響いているあの声だ。体に自然と力が入る。
「失礼します」
少し声を上ずらせながら、冷たいドアノブをゆっくりひねり、ついに一歩を踏み出す。校長室は、まさに想像していた通り。壁には歴代校長の写真が並び、棚には賞状が飾られていた。少し薄暗くて、なんだか落ち着かない空気。その奥には、奇麗な机に肘を乗っけて、こちらをジッと見つめる眼……。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。私の机の前に来なさい」
校長先生は、やさしく私を呼んだ。
「さっさと来ないか、川下」
気付かなかったが、大嫌いな担任もいるようだ。部屋の隅にいつもよりも控えめな様子で立っていた。この前のことは忘れていないとばかりに私は担任をひとにらみして机の前に立った。
「まあまあ、君を説教するために呼んだのではない。肩の力を抜いて話を聞きなさい」
優しそうな老人は、柔らかい口調でそう言った。なんだ説教じゃないのか、よかった。それに校長先生は担任とまるで違う。白髪頭に大きめのメガネを掛けた見るからに優しい人柄。少し安心した。
「君に大事な話があってね、ここに呼んだ訳だが。何の事だか分かるかね?」
私は全く思い当たらず
「いえ、全くわかりません」
と正直に答えた。なんだろうこの空気。すごく新鮮な感じがする。まるで期待のまなざしを受けている気分だ。
「ああ、そうだろうな。実は、ここ数日前だった。私の元にある1通の手紙が届いた。そこには、君の名前と君のことに関する内容が書かれていたよ。この手紙の内容に正直、私も驚いた。君もきっと喜ぶだろう、なぜなら君を推薦したいという手紙だからだ」
そう言うと、校長は私の反応を確かめる。へえー私にも推薦が……って私に推薦? この馬鹿でどうしようもなく取り柄のない私に?
「君は、夢や進学先は決まっているかね?」
戸惑う私と対照的に落ち着き払った校長の質問。私は小さくせき込んでから答える。
「……いえ、実は特になかったんです、夢も行きたい学校も。あたし、自分が一体何がしたいのかも分からなくて、それにあたし自身は何もできないダメな人間だと思ってます。だから今もまだ自分の未来が見えません。そんな情けないあたしなんかに、推薦なんて信じられない。本当ですか?」
思わず早口にものを言ってしまう。しかし校長先生は嬉しそうに微笑み、何度も頷いた。
「ああ、本当だとも。もしよければ、君を推薦で入学させたいという文章が、ここに記されている」
老人の手には、封筒が握られている。本物!?
「うそ! でもなんであたしなんかに? 一体どんな高校なんですか?」
落ち着きのない私は、自分でも驚くほど興奮していた。これはチャンスだ、逃すわけにはいかないとどこかで感じとっていたから。
「その事だが、それはそれは特別な高校のようだ。この手紙によれば一般の者では入学できない、推薦者のみ入学可能なところらしい。才能を生まれ持った生徒たちが集い、通う学校だと書かれていたよ。私はこれを読んだ時ようやく気付いた。我が生徒の一人は大きな可能性を秘めていたのだと。良かれと思い普通科ばかりを進めてきた。だが実際は君の才能を封じ込めようとしていたのかもしれない。この手紙を手に取り、私も大いに反省した。ぜひ君にこの手紙を読んでほしい、自分の目でね。」
私は深刻な表情の校長先生を前に思わずポカンと口をあけた。私は成績も悪いし特別何かに優れているるなんて思ったことはなかった。むしろダメな人間だと自分を情けなく思っていた。それが間違っていたというのか。自分が特別だとか秘められた可能性を持っているとか言われると何だか不思議な気持ちだった。
「何かの間違いですよね? あたしは、馬鹿です。才能なんてそんな……優れたところなんてないのに」
校長は、否定する私を制し、首を振ると優しく微笑んだ。
「間違いではない。それは、ここに証明されている。この封筒に入った1枚の手紙に」
白い封筒が老人の手から差し出された。私はそれを震える手で受け取った。疑い深く中身を取り出す。そこには、間違いなく自分のことが書かれていた。
「さあ、読んでみなさい」
校長先生の温かいまなざし。私は答えるようにその文章を声に出した。
「我が校は、日本国内唯一の『タイムガード育成校』です。あらゆる才能をもった日本中学生の特殊な生徒様を推薦入学のみで受け入れる、特別な学校です。『タイムガード』とは、国際的に認められた人材による集団組織の事です。この組織は、世界の国々にそれぞれ1つずつ存在しています。『国の安全と未来を保護する』という任務の元、組織は責任を持って国に貢献しています。詳しくは、国の決まり上ここに記すことは許されておりません。本日、お手紙をお送りしましたのは、ある大事なご報告があるからです。先日、国の特別な調査により、そちらの学校に通う『川下みゆ』様に『タイムガード育成校入学許可』と判定が出ました。『川下みゆ』様には、推薦のご報告をここに申し上げます。本校としましては、是非とも推薦入学を受けてもらいたいと考えております。尚、すべては『川下みゆ』様のご希望を第一と考えています。これは、名誉あることで、特別な者(生徒様)のみ与えられる入学許可です。我が校に入学される事を心よりお待ちしております」
私は、一通り手紙を読み上げて、念のため2〜3回読み返した。信じられない。『タイムガード』って何? 聞いたことがない。国を守るって、何かの軍隊?
「どう思う? 君は先ほどダメな人間だと自分を否定したね。ところがどうだね? この手紙によれば国際的に認められた人材のようだ。『タイムガード』とは初めて聞いたが素晴らしい組織であることは間違いない。さあ、君の気持ちを正直に聞きたい」
老人はそう言って笑顔をむける。私としては、ただ驚くばかりだった。心の中でそんなはずはないと何度も自分を否定しようとした。
「あの、どうしてあたしなんでしょう?」
私は、校長に向かってたずねた。もしかしたら嘘かも知れない。
「何度も言うがそれは、君に何らかの才能があるからだ。なぜそんなに自分に否定的なんだね?」
校長先生は不思議そうに私を見た。私は、どうしても納得がいかない。何も言えず黙るしかなかった。
「才能というのは、生まれつき存在するものだ。君は才能を才能として見ていなかったのではないかね? 当たり前に過ごしていた、この日常の中で、君は才能を隠し持っていたのだ。でも自分自身は、普通のことだと思い込んでいたのだろう、周りが言うことばかりに目を向けていたのではないか? 頭がいいだけでは、才能とは言えないからな」
校長は、私の顔をじっと見つめてそう言った。その眼には輝きがあった。校長自身が喜んでいるのが伝わってきた。でも考えたことがなかったのだ。自分は、頭がいい人や部活でいい成績を残している人たちを見て、ただただ、すごいと思っていた。先生たちに言われた事は、本当のことかなんて、正直分からない。けどこれは、私の人生で最初のチャンスなのかも知れない。もしかすると、最後のチャンスなのかも……。そう思うと、なぜかやる気と、好奇心がわいてきた。逃してはいけない気がする。本当に生まれ持った才能。信じられないけど、誰かに認められたなら信じるしかない。希望がなかった先に、希望が見えたならもう、飛び込んじゃえばいいや。そう思った私は
「じゃあ、この推薦受けさせてもらっていいでしょうか?」
と目の前に座る優しい老人に尋ねた。
「もちろん、そうしてもらいたい」
校長は、頷きながら答える。
「でも、まだ分からないことが多いです。正直戸惑ってますよ。これからどうすれば?」
私は不安げに聞く。
「その事は心配いらない。昨日私の方に電話が来てね。君に確認と説明をかねて挨拶をしておきたいから、明日ここに担当の方が来てくださることになっている」
と校長は、あっさり答えた。
「もう一度じっくり考えるといい。だが、明日までに返事をする必要は全くないぞ。これは、お前自身の将来のことだ。じっくり考えて、両親ともゆっくり話し合っておきなさい」
担任は、私にそう注意すると、校長室を出るように言った。




