人形
赤いアルバムを手にした老女が一升缶の中の炎を見つめ立っている。
母屋の前、小砂利を敷いただけの車置き場の端で草野貴美恵が近くの森から拾い集めた枯れ枝を燃やしていた。
わたしは、娘にかわって赤子に愛情をそそいだ。生まれてすぐの、どうしてかわからない高熱によって心に傷を残した我が子に、娘は愛情のかけらも見せなかった。
わたしが赤子を育てると誓い、健一と名付けた。
おかしなほど健一は手のかからない子で夜泣きさえした想い出がない。
人並みの顔をした娘の子供とは思えないきれいな顔立ちで、おとなしく、めったにしゃべることもない。
時折、わたしの顔を見て、瞳を見つめるように笑う。
母屋からけして出さなかった健一は人形のように白く美しくなった。
娘が家に来たのは、健一が二歳になった頃。眠っている健一を見るなり、わたしの言うことも聞かずに連れ帰った。
ふさぎがちだった娘は体調をもどした。
言動に不安を感じながらも、電話で楽しそうに話す娘に何も言えなかった。
健一が小学校に行くようになった今、あの日々を残しておくわけにはいかない‥
微笑みながら玄関に姿を見せた娘の腕には白いレースのブラウスを着せられ、赤いスカートをはかされた健一が抱かれていた。娘は人形を着せ替えるように健一を着せ替えては写真をとった。
漆喰の壁にヒモを張ってぶら下げられた何個もの衣紋掛けに何着もの可憐な服がゆれた。
うれしそうな娘を止められなかった‥
草野貴美恵がアルバムから写真を剥がし見つめていた。
涙が炎にのみ込まれ、一枚、一枚と落す写真が炎をゆらし、灰になる。
「わかっておくれ、ふみえ」
つぶやいた。
母屋の奥、ランドセルを背負った健一がスリガラスに映った貴美恵をじっと見つめていた。
この人形という小説は不透明な薔薇の王冠を描くにあたり作成した短編の一つで、不透明な薔薇の王冠に登場する草野貴美恵という人間の描写に関しての奥行きをもたせるための不透明な薔薇の王冠では直接は語られない背景を描いた背景小説の一つです。不透明な薔薇の王冠では直接語られることのない背景小説にはこれの他に吊るされ人という小説もあります。