自分を見失う怖さ
翠は床に蹲っていた。
「俺は、周りが見えていなかったんだ……。レオウを殺そうとした、物を盗んだ………自分を失っていた」
頭を抱え、床にぶつける。
「俺は、馬鹿だった。こんなの、碧に見せられない。紅にも、碧にも師匠にも会わせる顔がないよ……」
その時、足音が聞こえ、翠は顔をあげていた。
その足音の正体は、王国軍だ。
「だれだ、何故、宮殿にいる」
翠はヨロヨロ、と立ち上がり刀を取り、走り出した。
的に背を向けて。
それは、剣士の恥だったがもう、戦うことが強くなっていた。
「嫌だ、もう…………戦いたくないんだ!」
翠は廊下を走り、中庭へ飛び出す。
しかし、そこは建物の3階だった。
「あっ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
翠は気が付かなかったのだ。
そこが3階だということを。
てっきり、1階だと考えていた。
よく、確かめるべきだった。
目の前に、木が見える。
その隣には、尖った柵が設置されている。
「ヤバイ!」
翠は体勢を変え、落下地点を逸らそうとするが、もうすぐそこに柵は迫っていた。
その時、左横から大きな白い塊が飛び出し、翠はその物体に乗せられ、串刺し状態は免れていた。
「翠!大丈夫か!?」
その白い塊の正体は、変幻した颯斗だ。
もう、何もかも翠は嫌になってしまう。
人を傷つけ、物を盗み、助けられ…………
「っ…………俺は、駄目だ」
翠は颯斗に礼を言って、中庭をトボトボ歩き始めた。
足に草が当たり、道が開けられていく。
草むらから虫が飛び出し、頬に張り付いても何も思わない。
もう、すべての感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
涙も出ない。
声も、殆ど出なくなってしまっていた。
その時、どこからか優しい声がする。
「翠、もう良いよ。こっちへ来てよ」
その声は、天から届くような美しいものだ。
翠は不思議と、心の中のモヤモヤが消えていくような気がした。
そして、その声を辿っていくと、いつの間にか白い光に体が包まれていた。
体はフワフワと浮いている。
「翠、一つだけ話したいことがあるの」
「何?」
翠は横になった体を起こし、その声に耳を傾ける。
「簡単に人を傷つけてはいけないよ。分かる?人を傷つけるのは、良くないこと。でも、翠は人を傷つけてしまった。躊躇いもなく……ねぇ、今からでも遅くない。謝りに行こう。たとえ、正当防衛だとしても良くないこと」
その声が聞こえなくなると、光は小さくなっていった。
しかし、視界の端にはショートカットの碧髪の少女が写っていた。
「碧……」




