子猫または少年の手
子猫または少年の手
少年の家には子猫がいた。
白に黒のブチがあるやつで、まだ本当に小さかった。
みゃあみゃあと煩くせがんで哺乳瓶のミルクを欲しがった。それに、さみしがり屋で構ってもらえないと、棚に仕舞い忘れたトイレットペーパーのロールによく爪を立てていた(爪が小さく弱かったのでそれほど傷つきはしなかったが)。
飼われていた犬にもよくチョッカイを出した。しかし、犬はよく訓練されていたうえ、相手があまりに小さいのでほとんど相手にしなかった。うるさい時などはそちらを向いて鼻でそっと押し返すか、それとも大きなあくびをしてのっそり起き出してどこかへ行った。
子猫が少し大きくなると、家の中を探検し始めた。
そして、椅子やソファーの上に飛び乗ろうと失敗をしてよく落ちた。恥ずかしいのか落ちた後はなんでもなかったように澄ました。まるで椅子なんかに最初から興味ありませんというように。
家の中をあらかた探検し終えると、今度は外に興味を持った。
みゃあみゃあとよく少年にうるさくせがんで外へ出してもらっていた。そして、外へ出してもらうだけでは不満で必ず少年にあとを付いてもらいたがった。
少年がついていくと、そこには見せびらかす同族や鳥などはいなかったが、それでも自慢げに歩いて回った(この少年をお供にした示威行為を頻繁にするようになってからは子猫に用便は庭の植え込みの中でする癖が付いた)。
ある日、いつものように子猫がせがんだが、少年はドアを開けるだけで外へついていってやらなかった。少年も叱られていて不機嫌だったのだ。子猫の機嫌を取る気にどうしてもなれなかった。
「どこへでも行って遊んでこい。帰ってきたら(ドアを)開けてやるよ。今日は僕のことをほっといてくれ!」
子猫はドアの前でひとしきり鳴いたあと、庭を抜け、出て行ったこともない通りまで駈けていった。そして車に轢かれた。
轢かれて丸まった子猫を両手で抱えて少年はこんなに小さかったんだと思い知った。まだ温かいその身体は少年の両手のひらですっぽりと収まりそうだった。その腕も頭もか細く柔らかい。
光を失いかけているその瞳を見て少年は子猫が「もうわたしを離さないで」と訴えかけているのに気づいた。
それから少年は自分の大切に思っているものから目を離すというようなことを絶対にしなくなった。おかげで大人になった少年は恋人との最大の危機をなんとか乗り越えることができた。
大人になった少年は時々自分の手のひらに感じたあの温かみを思い出すことがある。