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II-1 物語はいつだって草原から始まる

 俺は草原に立っていた。


 上空には雲一つない青空が果てしなく広がっている。眼下には一面、地平線まで続く緑色の草絨毯。360度、見渡す限りの青と緑。それ以外には何もない。前方から緩やかなそよ風が間断なく吹きよせ、俺の頬をなでていた。履いているスニーカーよりも背の低い名も知れぬ草たちが、それぞれ風の向きとは無関係な方向に周期的に揺れ、ここが平和で無害で平穏な場所であるということを、いかにも婉曲的に主張してくる。空気は比較的湿っているが、温かいわけでも、寒いわけでもない。実にまったく、快適な天気であった。季節は、少なくとも冬ではないことは確かだが、それ以外のことは分からない。見上げれば太陽が天球の頂点に君臨しており、時計を持っていない俺に今が正午どきであるということを教えてくれる。


 そういえば前にもこんなことがあったな、と俺は十六年前のことをぼんやりと思い出していた。光速暴路、トゥヴェック、コンビニエンスストア。あれに比べれば、今回は前もって事の起こる予兆が差しこまれていた分だけ、まだ良心的であったと言えた。もっともそのような比較に、俺の役者人生を豊かにしてくれるような有意義性があるとは思えなかった。要するに、どちらもクソだった。強いてコンビニと違う点があるとすれば、草原には観察すべき価値のある物は何もなかった。だから何も描写できない。


 俺はほとんど無意識に胸ポケットからタバコを取ろうとして、親指が上滑りし、自分があの不愉快な式服をいまだに着ているという事実に驚愕した。腹立たしさのあまり、大げさに舌打ちをして怒りの感情を発露させた。周りに誰も居ないのにもかかわらず、だ。


「チッ! クソが……」


 (なお、ここでいう「タバコ」というのはあくまでも未成年の子ども用に調整された模造品であるので安心して頂きたい。)


 仕方がないので、俺はもう一度周囲を見渡した。目に付くものはやはり何もなかった。たとえば、草原の向こう側に山脈を遠望できるということも無かった。大気にもやがかかっているわけではない。丘も谷も、海も川も無かった。建築物らしきものも一切見当たらなかった。地表は不自然なほどに平坦であり、地平線も曲線ではなく完全にまっすぐな直線だった。俺は草原に、大自然のまっただ中にいるはずなのに、その光景はひどく無機質で人工的なにおいがするものだった。だいいち土が硬い。コンクリートのように硬い。


「おおーい」


 どこからか声が聞こえた。声のした方角に顔を向けると、遠くから誰かが手を振りながらこちらに走ってくるのが見えた。俺はその声に聞き覚えがあった。その何者かが近づくにつれ、グレー色の人影が段々と大きくなり、人物の輪郭が徐々にはっきりしていく。


 作者だった。


「はあ、はあ、はあ……」


 最初の呼び声からまるまる一分間を費やして、最終的に作者は息を切らしながら俺の所までたどり着いた。俺は危うく立ちくらみをするところだった。なぜ、この男は作者のくせに、俺のいるこの場所までその全能の権限をもって瞬間的に現れるということをせず、わざわざ疲れることをしてまで遠くから走ってくるという、物語の展開に何ら必要のない完全に無駄な一幕を差し挟んだのか。ちっとも理解できない。だから俺はこいつが嫌いなんだ。


「はあ、はあ……」


 その無駄な一幕のせいで、俺は作者の息がおさまるのをしばらく待つしかなかった。


「ぜえ、ぜえ……。結局あのコンビニのバイト、首になっちゃった。えへへ」


「は?」


 毎度のことながら、俺には作者の行動も理解できなければ、言動も理解できない。


「あのな、てめえの都合なんかどうだっていいんだよ。説明しろよこの状況を」


「えっ? いや、説明もなにも、見ての通りだけど」


「はっ……はああ? いやいや、どう考えてもおかしいだろ! いきなりアイドルをプロデュースしろって言われたんだぞ!? こっちが必死こいて一生懸命、剣と魔法の世界やってるところに!」


 作者のなめくさった態度に、俺は思わず大声をあげてしまった。


「ああ、うん、そうだね」


 しかしこの男はどこ吹く風だ。俺の声はますます大きくなった。


「そうだね、じゃねーだろうが! 話の展開におかしさを感じねーのかよ!? 辻褄が合わないだろ!? 整合性ってのを考えろよ! お前本気で頭おかしくなったのか!?」


「いや、だから……ちょっとその、話聞いてくれるかな」


「ああ!?」


「えっとね、だからさ、間違えちゃったんだよ、スタート地点を」


「……ああ?」


「ええと、どこから説明したらいいんだろ……ホントはキミ、最初からこっちの世界に転生してくる予定だったんだよ。なんだけど、まあその、ごくごく些細なミスがあって、ちょっと他の登場人物と勘違いしちゃってて。名前が似てたもんだから」


「……何だよそれ、勘違いって……」


 作者はわざとらしく目をそらして頭をかくと、いかにも照れくさそうにはにかんだ。


「あのね、実を言うとね、僕、今回の世界を作るのに『異世界デキール』っていうツールを初めて使ったんだよね。みんな話を作るのにそれ使ってるっていうし、簡単に小説を量産できるってホームページに書いてたし。だったらね、やらないわけにはいかないっしょ。やっぱ僕だって最新の話題にはついて行きたいし。だって僕、小説家だし。まあ、慣れるのには結構時間かかったけどね」


「……は?」


「でもさ、『異世界デキール』ってちょっとやる事が専門的っていうか、簡単な世界を作るだけでも設定する項目が多すぎるんだよねえ。全自動をうたってるくせに全然自動じゃないし。ウィキの説明がまた不親切でさー。本当にね、三万字くらいのちっちゃい世界一個作るのにも一苦労だったよ。別にプロ用の製品でもないんだけどなあ」


「待て、待て……俺が訊きたい説明はそういうことじゃない」


「それでね、なんかイライラして、だーってボタンを連打しちゃったらさ、なんか変な世界が沢山できちゃって、アハハ」


「だから俺の話を聴けっての!」


 おかしい。なんでこいつは、この世界が人工的に造られた虚構の空間であることをさかんに喧伝しようとするんだ? そういうのは本編が終わってからやる外伝とか、最終回の後書きとか、それ専用のネタバレ回とかで言うようなことだろ。それをぺらぺらと喋って暴露して、聞く相手が俺だからいいようなものの、ちょっと、いやちょっとどころではなく変だぞ。まさか本気で狂ったのか?


「でねっ、聞いて聞いて? 僕さ、その事をヒントにして面白い使い方を思いついちゃったんだよねー。オプション機能にランダム生成っていうのがあってさ、それ使っていっぱい世界を作って、それをこう、無理矢理一つにつなげてまとめてみたんだ。斬新でしょ? 何個ぐらい入れたのかなー。ほかの人の作品とかも入れてみたんだよ。もうね、すっごいカオスな世界。いやー、『異世界デキール』をこういう風に使う人、僕以外にはいないんじゃないかなー」


「……」


「ねえ、聴いてる?」


「……」


 ん、待てよ? 作者の理解不能な説明を聞き流しつつ、俺はこれまでに起きた事象を頭の中で整理し吟味した結果、一つの見解にたどり着くに至った。ははあ、なるほどそういう事か。


 そう、こここそがまさに「最終回の後書き」なのだ。本編はあれで終わっていたのだ。そう考えれば、この空間の何もなさにも説明がつく。余興のネタバレ回、作者との座談会。俺は安堵した。終わったのだ。ほとんど懲罰にも等しい、ルーベイ城でいい子ぶった王子様を演じる日々が。本当に、二度と経験したくない、何の手応えもない、地獄のような1クールだった。十六年もかけてアニメ12回分にしかならないというのがなんとも非効率でげんなりさせる話だし、最後がバッドエンドとしか思えないのは、仮にも一箇の物語の主人公として多少癪にさわりもするが、今となってはどうでもいい。黒い箱? 知ったことか。


 俺は戻れるのだ。俺のいるべき世界に。


 ああ、実にすがすがしい気分だ。


「聞いてるさ。要するにあっちの世界は終わったんだろ」


「ああいや、終わったわけじゃないんだけどね、本来の主人公に切り替わったっていうだけで。うん、まあでもいっか。僕は、キミがここに来てくれて嬉しいよ。紆余曲折はあったけど、いやまあキミも向こうで色々あったみたいだけど、まっ、結果オーライだよ。ほら、僕って作者だし! 何だかんだ言ってやれば出来る子なんだよね! アハハッ!」


 チッ。うぜえよクソが。人がすがすがしい気分に浸っている時に。


 つーかありえんだろ。本当にあの終わり方で済ませるつもりなのかこの無能は。ツールの使い方を間違えたのは自分なのに、なぜこうも自信満々に己を擁護できるのか。何なんだこの、ヒヨコのオスとメスを間違えたけど、まあいいや続けちゃえっていう態度は。こいつは自分の作品を何だと思ってるんだ? この男の頭の中には反省や後悔という言葉が存在しないのか? 


「というかさ、キミがそんな所にいるなんて思いもしなかったんだよ! びっくりしたのはこっちだよ! あれっ二人いるじゃんって! まあでも、ちゃんと調べたら始まってまだ160プロセスしか進行してないってのがわかったし、じゃあ何とかなるかと思って、すぐにこっちの世界に行けるように慌てて話を修正したってわけ。時間連続性維持可逆多次元集合連結っていうMODを使って二つの世界にゲートを繋げたんだよ。ねっ、すごいでしょ? 最近のツールって本当、ハイテクすぎ。原稿用紙に鉛筆で書いてた頃からは到底考えられないよ。正直使いこなせてる自信はないんだけど、まあでも今回のケースに関しては、割とうまくいったと思うね」


「は?」


「だって気づかなかったでしょ? 違和感ないくらい、すっごく滑らかに話が繋がってたでしょ?」


「……どこがだよ……」


 俺はため息をついた。やはりこの作者は駄目だ。もはや創作するという行為が何なのかっていうことさえ分からなくなってやがる。


「じゃあまあ、キミが説明しろっていうからしたけど。これでわかったかな?」


 わからねえよ。ふざけやがって、メタ世界の高レベル情報を一度にまとめて出すんじゃねえ。


「なあ、一つ訊くが、お前の言う160プロセスってのは、まさか俺の生きてきた十六年間のことじゃないよな?」


「うーん、そうなのかな? そのへんの設定はデフォルトのままだし、多分そうだと思うけど」


「なっ……」


「だから十六年しか経ってないで合ってるっぽいねー。まあこっちだと一週間なんだけどね! いやー、でもよかったよ被害軽微で! こっちに来る前に寿命が切れてたなんて事になったらお笑い草だもんね、アハハ!」


「いや待てやオイ……修正したって……十六年しか経ってないって……いやいやいや……おい作者さんよお……あんたよお、ひとの人生を一体何だと思ってるんだよ!?」


 この野郎……! いかん、このままの言動が続くと本気でキレるぞ、俺。


「だってしょうがないじゃない! 病院に入院しててパソコンに触ることも出来なかったし、次のバイトも探さなくちゃいけなかったし! すっごく忙しかったんだよ! なんか損害賠償とか言われたし! たまにはこっちの都合も考えてよ!」


「うるせえバーカ! てめえの都合なんか知るか!」


「なんだいなんだい! もうちょっといたわってくれると思ったのに! 僕は作者なんだよ!」


「ざけんなクソが! 俺は怒ってるんだぞ!」


「そんな怒ることでもないじゃない! まずは落ち着こうよ! ねっ!」


「アホか! これが落ち着いてられるか!」


 俺は、ツバを飛ばしてひたすら作者を罵倒した。この男は所詮、自分さえ良ければそれでいい人間なのだ。登場人物のことなど、ただ話を動かすための駒としか考えていないのだ。

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