I-4
ルーベイ城BGM:東儀秀樹「New Asia」
まっ……、待ってくれ。話が見えてこない。前後の文脈を読み取ることができない。考える時間をくれ。慌てるな落ち着け、そうだこういうときは一度落ち着くんだ。アイドルをプロデュースするっていうんだ、プロデュースってのはつまりあれだろ、ほらあれだあれ、だからその、プロデュースをすればいいんだよ。それで、プロデュースにまつわるパラメータ値っつーのは、何なんだ?
俺は考える。アイドルをプロデュースするのに、攻撃力や守備力が必要になるだろうか? 銃の命中率やファイアボールの直径、毒薬を作った回数が関係してくるだろうか? 俺の984あるヒットポイントがどういう風に役立つというのか? 俺はただただ困惑する。それとも隠しパラメータの正気度か? 運か? いやさすがに運で決まるなんてことはないだろう。くそっ、わからねえ。一体これはどういうカテゴリーの試練なんだ。スキルは、アイドルのプロデュースに関係していそうなスキルはどれだ? 俺はこの意味不明すぎる展開が発する動揺のパルスを、長年培ってきた素晴らしい演技力で他者から華麗に隠蔽し、同時に頭をフル回転させて解決の糸口を見いだそうとする。当然だ。俺は主人公なのだから。
この儀式のために集められたギャラリーが、期待の眼差しをもって俺と俺の目の前にある黒い箱を見つめている。箱はもちろん、その場に突っ立ったまま微動だにしない。
くそっ、やっぱり訳がわからねえ。アイドルが何だっていうんだ。仮にこの箱からアイドルが出てきて、プロデュースとやらに成功したとして、その後はどうなるんだ? ネオ何ちゃらとかいうスーパーウルトラアイドルが箱の中から出てきて、パチパチパチ、おめでとう。ふざけるな、だからどうしたって言うんだ。 まさか一緒に暮らしますってか? アホか、意味がわからねえ。
いや、待てよ。そうだ、この中に本当にアイドルが入っていて、そしてこれが棺桶なのだとしたら、生き返らせたらいいんじゃないか? なるほど、正解は蘇生か? 蘇生魔法を使えばいいのか? いやしかし、アイドルって人間用の蘇生で生き返るのか? 俺はアイドルを味方につけたことなんて無いぞ。実はモンスターが入ってたりとかしないよな? 開いた瞬間、いきなり襲いかかってきたりはしないよな?
蘇生魔法が正解に違いないと感じていながら、その実、俺はその肝心の蘇生魔法を習得していなかった(つい先週のことだ。スキルポイントがあと1ポイント足りなかった、と父が嘆いていたのを覚えている)。だが、人間を生き返らせるアイテムなら持っている。冷静さを欠いていることを見破られないよう、俺はこんなの余裕とばかりに微笑を顔に浮かべ、しかし実際には努めて平静を装いながらアイテムボックスを開いた。
「(アイテムボックス・オープン!)」
俺は心の中で念じてアイテムボックスを呼び出し、目的の物を探した。ついこないだ要らない物を整理したばかりだったから、すぐに見つけ出せると思ったのだが、改めて見るとボックスの半分以上が雑多なクエストアイテムや合成素材で占められており、実際のところはそれほど整理されている風でもなかった。俺は主人公だが、整理整頓の才能はない。
俺は表示されているアイテムリストに順番に指を当て、絶対にあるはずの蘇生アイテムを見つけ出すことに全力を尽くす。
エリクシール・オメガ、9個。
イクリプスアルティメットバハムートファイナルのうろこ、4個。
イクリプスアルティメットバハムートファイナルの幼体のうろこ、32個。
凍らざる者たちの神秘にして不屈のおでん、41個。
ピラミッドパワーエッセンス・スーパーナチュラル・ヒュージグランド、2個。
清められたSTAP細胞、85個。
太陽のもみあげ、12個。
トヨタレクサス、1個。
ダイヤモンド鉱石、8個。
波動を放つ弓、1個。
全知全能の羅針盤、23個。
純白のおしぼり(赤)、19個。
エリクシール・ギガオメガ、2個。
6進めるカード、1個。
飛行石、5個。
うどんを超えしうどん、38個。
うどんを超えしうどん(失敗作)、179個。
うどんを超えしうどん(傑作)、10個。
うどんを超えしうどん(類まれなる傑作)、1個。
うどんスープ、253個。
小麦粉、87個。
うまのふん、2個。
機知の戦い、1枚。
モナ・リザ(本物)、76個。
ギャラクティカ大百科、1個。
深海地獄艦爆、64個。
自作の薬(それは698秒の間、あなたの体力を197増やし、攻撃力を174増やし、守備力を105増やし、素早さを122増やし、器用さを116増やし、魔力を168増やし、運を95増やし、火炎に対する完全な耐性、冷気に対する完全な耐性、雷撃に対する完全な耐性を与える)、98個。
自作の薬(それは1秒の間、薬作成スキルを255増やす)、3個。
エリクシール・メガオメガ、50個。
エリクシール・メガギガオメガ、16個。
コンドームの箱、4個。
コンドーム、33個。
コンドーム(使用済み)、1個。
「あった! これだ!」
俺は喜びの声を思わず口に出してしまったことにも気づかず、自分のアイテムボックスから、死亡した人間ひとりをヒットポイント最大の状態で生き返らせるホロレアのマジックアイテムを取り出した。そして右手で強く握りしめ、自信満々の態度で眼前の箱に向かい、高らかに掲げながらアイテムの名前を大声で叫んだ。すなわちそれが、この異世界においてアイテムを使用するという行為に他ならなかった。
「アリスのしっぽ!」
……。
…………。
………………。
汗が、額から流れ落ちる。
沈黙。静寂。無音。深閑。どれほどの時間が経ったのだろう。それは十秒ほどのようでもあり、一時間ほどのようでもあった。
ルーベイ王の拍手が止まった。そして首をひねりながら、純粋に疑問型で言葉を発した。
「……ルーシェン、お前は一体、何をやっておるのだ……?」
「えっ? いや、あの、その」
俺はまともな応答を返すことができない。
「お前が、子どもの頃からサービス精神が旺盛な人間であったことは知っておる。がしかし、今日はせっかくの晴れ舞台ではないか。そのようなつまらぬギャグは必要ないぞ。さあ、怖がることはない。アイドルの気持ちを感じ取り、心のおもむくままにプロデュースしてみなさい」
俺は何も返答することができない。
心のおもむくままだあ!? そりゃ一体どういう意味なんだよ!? と俺は心の中で今年最大級のツッコミを入れながら、事態が振り出しに戻ったという事実に戦慄した。蘇生魔法じゃないとしたら、あとは何だ。そもそも箱は閉じているのに、気持ちを感じ取るもクソもないだろうが。
箱は閉じている? ははーん、そうかなるほど。俺は気づいた。アイドルをプロデュースする前に、まず箱を開けるという過程が必要だったのだ。俺は箱を開けることこそがこの試練の目的だと思い込んでいたが、それは誤りだった。まず箱を開けて、それから試練の本題が始まるのだ。箱を開ければ、それからまた親父から何か新しい指示が飛んでくるであろう。方針が定まったところで俺は箱に近づき、箱とフタの境目と思われるわずかな溝に指をかけた。そして足を踏ん張って思い切り、溝のフタ側に力をこめた。
「おっ、おい!? 一体何をしておるのだ!?」
親父があまりに素っ頓狂な声を出したため、俺は慌てて箱から離れた。銃口をこめかみに当てられたときのように、俺は無意識に両手を上げて降伏のポーズを取る。俺は振り返って笑ってみせたが、それは作り笑いだった。
「ははっ」
俺は言った。
「ジョークだよ」
謁見の間がざわついている。俺の最後の試練を見届けるために参列した賓客たちが、口を手で隠し、小さな声でひそひそ話をし始めた。
俺はこの時初めて危機感を抱いた。自身の失敗を認め、これまでの試練のような楽観的な予測を破棄せねばならなかった。こうなるはずではなかったのだ。いかん、いかんぞ。これは本格的にまずい。全ての試練の儀式には時間制限がある。破局へのタイムリミットが近づいているのをひしひしと感じる。プレッシャー。俺はこの謁見の間での試験において、SとSSとA判定以外の結果を受け取ったことなどただの一度も無かった。理由は簡単だ。なぜならそれは、俺が主人公だからだ。俺は失敗などしないし、また失敗するべきでもない。だって当たり前だろう、主人公が失敗するような話を誰が見たいと思う? もし仮に俺が失敗するような試験が存在したとするならば、それは試験の方に不手際があるのだ。くそっ、わかってるのか作者! 俺は主人公なんだぞ!
……駄目だ、とにかく早く手がかりを見つけなければ。多分、素手で無理矢理開けようとしたのがいけなかったのだ。もっと間接的で、穏便で、スタイリッシュな方法を。それなら心当たりがある。俺は再びアイテムボックスを開いた。
「(アイテムボックス・オープン! カテゴリー、武器!)」
アイテムリストに、ずらずらと今まで収集してきた武器の数々が表示される。俺はその中から、今直面している難題の解決に最も適切と思われる一振りを選び出す。
破壊者のデストロイヤー+9(それは火・水・土・風・光・闇・無・全属性である。それは98%の確率で対象に睡眠・猛毒・混乱・盲目・沈黙・恐怖・空腹・麻痺・釘宮病を与える。これはドラゴン・デーモン・アンデッド・ヴァンパイア・ロボット・ビースト・スライム・鉄オタに対して200%の追加ダメージを与える。それはアイテムドロップ確率を300%アップする。それは獲得経験値を500%アップする。それは対象のヒットポイントを吸収する。それは対象のマジックポイントを吸収する。それは破壊不能である。それは青汁を飲みやすくする。破壊者のデストロイヤーが墓地に送られた場合、代わりに持ち主の手札に戻す。その後、相手フィールドのライフが3000以下のモンスターを全て破壊する。デッキから1枚ドローする)。
こいつは名前と見た目こそいかついが、実は作った人間(俺だ)だけが知っているとある隠し機能が付いていて、これを左手に持って右手の中指を立てることで、一日一回だけ、なんと半径5メートル以内にあるレジェンド級までの錠前を自動でアンロックしてくれるのである。一線級の戦場ではまるで使えなかったゴミ性能のこの武器が、まさかこんな所で役に立つとは思ってもみなかった。こんな武器でも作ってみるものである。この最後の試練という晴れ舞台に選ばれた武器の方だって、さぞや嬉しかろう。
俺はおもむろにアイテムボックスに手を突っ込み、破壊者のデストロイヤー+9を取り出した。性能はゴミだが、俺の自慢の一品だ。
「キャーーッ!?」
破壊者のデストロイヤー+9(以後長いので「破デス」と省略する)の刀身が現れた瞬間、謁見の間に、複数の女性の悲鳴がこだました。何が起こったのかというと、実のところ、この剣の形状は、まあそのなんだ、非常に説明しにくい事なのだが、いささか女性の目には刺激的すぎるというか、もちろん男性の目にも刺激的なのだが、つまるところ老若男女さまざまな人たちがいる公共の場にあって直接的にそのワードを言うのはデリカシーが無いとして憚られる、ある種の成人男性の隠語じみたセクシャルなシンボルに非常に酷似しているというか、むしろ表面の質感や色あいからしてもうそのものズバリというか、自分でデザインして作ったものに対して言うのも何なのだが、この物語の媒体が小説であるからこそこうしてぼかした言い方ができるわけで、実際問題これを漫画化映像化するとなると大変に倫理的道義的な問題があるというか、ぶっちゃけセクハラ以外の何者でもないというか、多方面に迷惑をかけるので事実上不可能というか、とにかくもっと簡潔に言えば、これは主人公が持っていい武器ではなかった。
悲鳴のあまりの大きさに、俺は一瞬たじろいだ。だが、このような事態を予測していなかったわけではない。俺は慌てず騒がず、この剣に付け加えられたもう一つの隠し機能を速やかに発動させた。剣を左手に持ち、右手でグワシの形を作る。すると、刀身全体に強めのモザイク処理がかけられた。これでもう、先ほどのような露骨感はない。余計にソレをほのめかすような印象が強まったような気もするが、もう反省などしていられない。俺は刀身にモザイクがかかったことを確認するとすぐさま、右手の中指を立てて箱の解錠を試みた。俺は勝利を確信した。
箱は開かなかった。
「いやあ……。何なのあれぇ……」
……。
俺は何も言わず、破デスをアイテムボックスにしまった。