I-3
この場所で、これまで幾度となく儀式が行われてきた。それは儀式とは名ばかりの、単に俺の能力値を審査することだけが目的の退屈でつまらない発表会だ。攻撃力、守備力、素早さ、器用さ、魔力、運……。俺は今立っているのと同じ場所、玉座の階下で姿勢を正すことを強要される。大勢の人間が見ている前で(今日ほどではないが)、宰相のリアングがクッソ真面目なツラで、羊皮紙に記されたおのおののステータス値を、時間をかけて高らかに読み上げる。今月のおおおお~~~。獲得経験値はああああ~~~。まあ、そういう儀式だ。親父はそれらの数字を聴くたび、うん、うんと逐一何度も満足げにうなずく。一見するとそれは、俺の成長を単純に喜んでいるかのようではある。神聖な儀式のはずなのに、親父はいつも片手におにぎりだのサンドイッチだのを持ち、くっちゃくっちゃと下品な音を立てながら食べていた。無駄に良い声をしているリアングの朗詠が、タバコの自動販売機が四台配置されている謁見の間に、まるでマイナスイオンを発する空気清浄機のように澄みやかに響き渡る。今月は○○のスキルを獲得しました~~、今月はダンジョンの○○階層まで制覇しました~~、今月は○○匹のモンスターを退治しました~~、今月の総合ランキングは……○○位でした……。ランキングの数字を聞いた親父はとたんに険しい顔つきになり、苛立ちを隠そうともせず無言で玉座をあとにする。毎月、同じことの繰り返しだった。ランキングの順位を聞いて、席を立つ。本当に、毎月同じことが繰り返されてきたのだ。
手拍子を打つ親父のこの仕草は、比較的大きなオブジェクトが運ばれてくるときに行われるジェスチャーだった。俺は何も聞かされていないし、だから何が出てくるかなんて知らない。どうせいつもの測定器とか、トレーニングマシーンの類だろう。たとえば最高難易度に設定されたヴァーチャル・コロシアム・シミュレーターのような。まあ、最後の試練というくらいだから、多少は豪華な機械が出てくるのかもしれないが。
場にいる出席者たちが、その何かが現れる予定である謁見の間の入り口を、ある種の高揚感と期待感を持って食い入るように注視し始める。だが俺はそちらの方には目を向けず、このイベント前に生じた空白の時間を使い、親父の傍らで礼儀正しく起立している兄妹たちの姿を眺めやることにした。
俺より一歳年上の親父の養子、ルーファン。
三歳年下の弟、ルーヨン。
七歳年下の妹、ルーリ。
母はいなかった。
同じ城にいながらほとんど顔を合わせたこともない、口を利いたこともない義兄のルーファンは、ただ無表情のままこの状況を冷ややかに見つめている。口を真一文字に結んだままフロアを見下ろし、俺に視線を合わせようともしない。まったく、「高貴」を絵に描いたような男だ。俺とは違って、な、この義兄は俺より年上なのだから、養子とはいえ俺よりも先にこの儀式に臨んだはずである。しかし、俺はそのような儀式に出席した覚えはないし、このような最後の儀式があると聞いた記憶もない。ここの養子になる前に試練を受けてきたと解釈すべきなのだろうか。彼は「トレード」でわが王家にやって来たのだ、という父の言葉を思い出す。だが何をトレードしたのかは知らない。
年下の弟と妹、ルーヨンとルーリは、これから起こるであろう未知のイベントに、わくわくしながら眼を輝かせている。まったく、他人事だと思っていい気なものだ。その脳天気な無邪気さが羨ましくもあり、妬ましくもある。ただし、俺が本当に羨ましいと思っているのはその無邪気さではない。彼らの、着ている服がちゃんと似合っているということだ。俺とルーヨンの着ている礼服に違いはない。年齢がどうとかいう問題ではない。もっと根本的な部分だ。親父は、二人の個体値は俺に勝るとも劣らないと自慢げに、ここで会うたびに俺に何度も言って聞かせたものだった。個体値、努力値、種族値(種族?)。しかし、肝心の個体値というのが何なのかについては、結局一度も教えてはくれなかった。
親父の手拍子はまだ続いていた。気がつくと、パンパンパンと、先ほどよりもテンポが上がっている。それは俺にとって経験の無い、初めて遭遇する現象だった。日の出を迎えて間もない謁見の間に、小気味よく乾いた拍手音が鳴り渡る。と、大臣たちがそれに合わせて同じように手拍子をとり始めた。
「パン! パン! パン! パン!」
おいおい何だよこれ、ゴマスリかよ、と俺が思ったのもつかの間、今度は謁見の間にいるゲストたちが次々にリズムに合わせて拍手をし始めた。
「パン! パン! パン! パン!」
うん……? えーっと、これは何だ? 何が起こってるんだ?
「パン! パン! パン! パン!」
「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ!」
俺の困惑をよそに、誰が最初に言い出したのか、手拍子に加えて妙なかけ声まで入ってきた。柔らかな朝日の差す謁見の間が、得体の知れない謎のリズム天国へと変貌していく。音が壁に反射して残響し、全く必然性の無いエコー効果を俺の鼓膜にもたらす。どいつもこいつもアホみたいな笑顔だ。ハオファンが、リアングが、ルーリが、ゴマフアザラシが、この不可解な宴会場の馬鹿騒ぎに積極的に参画し、集団行動の楽しさを満喫しようと頑張っている。もちろん、俺は全く楽しくない。いやさ、だからこれは何なんだよ説明しろよ、フラッシュモブか? そして今や気がつくと、俺とルーファン、撮影中のカメラマンとディレクター以外の全員が声を張り上げて、電池で動くおもちゃのサルのように果てしなく手を叩きまくっている。
「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ!」
謁見の間の入り口から、屈強な男たちが十人ばかり、なだれ込むように入って来た。ねじりはちまきを頭に巻いた、上半身は裸で、下半身はふんどし一丁の男たちだ。
「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ!」
男たちのうち二人は、両手でやっと持ち上げられるぐらいの大きさがある「祭」と書かれた巨大なうちわを筋肉の力で盛んに上下に揺り動かし、儀式の出席者たちのテンションを煽り立てている。天井から、親父の等身大の肖像画が掲げられていること以外何の変哲もないただの天井から、金銀さまざまな色の紙吹雪が、くす玉を割った直後のようにほろほろとまばらに舞い落ちてきた。一体どこから紙吹雪がわいて出たのか、天井のどこを見ても出所を突き止めることができない。
「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ!」
残りの男たちは手拍子に合わせて踊りとも呼べない自由奔放なダンシングを披露したところで一旦部屋からはけると、今度は集団で、なにやら御輿のようなものを肩に担ぎながら、呆然とする俺の視界に再び割りこんできた。
「そぉれ、わっしょい! わっしょい! わっしょい! わっしょい!」
……ええーっと。
「わっしょい! わっしょい! わっしょい! わっしょい!」
あの、その……。
「わっしょい! わっしょい! わっしょい! わっしょい!」
……。
終わりの見えないどんちゃん騒ぎの中、俺は気が遠くなりそうになるのをこらえながら、この状況を必死に理解し、解説しようと試みた。これが俺の主観からなる一人称小説である以上、この意味不明な情景を描き出すことができるのはただ一人、この俺のみなのだ。これは俺が主人公であるがゆえに背負わなければならない受難の一つであり、俺が主人公である限り、甘んじて受けるほかない地獄の責め苦の一端だった。もちろんだからといって、この俺がそんな理由で主人公の座を放棄するはずもない。はん、笑わせるな。この程度の作者のいやがらせに屈する俺ではない。
決して小さな御輿ではない。十人がかりの輿に乗せられているのは、どんな素材で作られているのかすぐには判別できない、黒い大きな直方体だった。おそらくそれは箱であり、同時に棺桶のようにも見えた。だが、木で作られているようには見えなかった。まるで光沢のない、当たった光を全て吸い込むブラックホールのような黒だった。もし石で作られているのだとしたら、あれは相当に重いことだろう。しかしどうにも、石、という感じには見えない。プラスチック……という言葉はここでは使わないでおこう。完全な直方体であり、角や辺に丸みというものが全くない。箱の側面には文字のような記号のような、古代文明じみたミステリアスな意匠を持った紋様が隈無く彫刻されているようだったが、元の箱の色が黒いためあまりよく観察することができない。強いて俺の目で識別できたのは、三つの真円が鋭角に連結した形のデザインで、中央の円は端のものよりも二倍ほど大きく、言ってみれば水分子モデルの二つの水素原子を無理矢理腕力で引き寄せ近づけたような、そんな形をしていた。その形状は俺に、あの丸耳の、黒いネズミの目覚まし時計を連想させた。箱の高さは三尺弱、幅は四尺くらい、長さは五尺から六尺の間ほど、とすれば中に収められている人間の身長は140センチから160センチあたりが妥当だろうか。しかしそれも、本当にあれが棺桶である、と仮定すればの話だ。あるいはそれは、聖櫃のようでもあった。聖遺物。アーティファクト。
「わっしょい! わっしょい! わっしょい! わっしょい!」
そんなこんなで男たちに担がれた御輿はレッドカーペットの上をだらだらと進み、段差のすぐ下にいる俺の目の前まで来たところで停止すると、乗せているものが傾くことのないよう神経質なまでに時間をかけてゆっくりと降ろされた。それから男たちは箱をとり囲んで傷や汚れがついていないかどうかを入念に検分したのち、一斉に箱の側面の下側に指をかけ、その黒い謎の箱を立たせようとした。それまでのお祭り騒ぎとは打って変わって、何とも慎重で丁寧な動作だった。はちまきを巻いた筋肉モリモリのマッチョマンが繊細な動きをする様は、異質というよりもむしろ滑稽といった方が正しかった。
重量感にあふれた黒い箱が、俺の目の前に屹立していた。ただし箱は俺の身長よりは小さいから、自然と俺はそれを見下ろすことになる。直方体がきちんと固定され振動しなくなったことを確認すると、ふんどし姿の男たちは皆何も言わずそそくさと部屋から立ち去っていった。
気がつくと手拍子は止んでいた。謁見の間に、再び無音の時間が流れだす。
俺は箱を凝視した。最後の試練。側面部とは異なり、箱のフタに相当するであろう正面には、何の模様も刻まれていない。
「ルーシェンよ……」
親父が言った。
「これこそ、余がお前のために、お前のためだけに特別にしつらえたアイドルだ……」
「……これが、アイドル……」
そうか、これはアイドルだったのか……。……って、えーと、何だって? 今なんて言ったよ? アイドル? アイドルだと? これはアイドル? 何でアイドル?
「ああ、何もかも懐かしい……。この一枚を手に入れるためだけに、わしは、お前をそれだけのパラメータにするのと同じくらいの資金をつぎ込んだのだよ。そう、家が軽く一軒建つぐらいのな」
「いや、あの、えっ? この一枚って?」
「さあルーシェンよ!! 時間だ! お前のその溢れるような才能をもって、この最強のスーパーウルトラレアアイドル、『ネオ・ヒミコ』をプロデュースするがよい!! さあ!! さあ!!!」
あらん限りの絶叫とともに、俺の親父、ルーベイ王は突然すっくと立ち上がった。その体格からは考えられない速さだった。顔が興奮で紅潮しきっている。
興奮に震えるブタの姿とは裏腹に、俺の体は対峙する黒い箱のように硬直し棒立ちになっていた。アイドルをプロデュース。ああ、全くこれは予想もしていない展開だった。産まれたばかりの俺が最初に予測した通り、俺にはこの物語の台本が渡されていなかった。台本無しで、この十六年の異世界人生を生き抜いてきたのだ。俺は混乱していた。11歳のときのイベント報酬で混乱に対する完全な耐性を獲得していたにもかかわらず、俺は混乱していた。何だ、どういうことなんだ? バトルするんじゃないのか? 新しい召喚獣のお披露目でもなく? くそっ、まるで意味がわからんぞ。ウルトラレアアイドルって何だ? プロデュース? プロデュースするって何だ? プロデュースなんて言葉、前世ならともかく、この世界に転生して十六年の人生のうちで一度でも聞いたことがあったか?
「さあ! 早く!! さあ!!!」
ルーベイ王がまた手拍子を叩き始めた。