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I-2

《そして色々あって十六年の月日が流れた──》


 


「起きてください、ルーシェン様。もう朝ですよ」


「う……うーん。なんだよハオファン、今日は日曜日だろ。もうちょっと寝かせろよ」


「何を言っておられるのですか王子。今日は月曜日ですよ。いえいえ、今日はもっと大切な日ではありませんか。そう、王子の十六歳の誕生日ですよ。さあ、早く起きてください。お父上が謁見の間でお待ちですよ」


 俺の専属の召使いであるハオファンが、布団にくるまった俺の体を揺すって起床を催促する。熟睡している所を起こされ、いまいち頭が働かない。今日が誕生日だと? そういえばそうだったような気もするが、そもそも誕生日というイベント自体、特段の興味がない。ぶっちゃけどうでもいい。とにかく今は寝ていたい。


「あのなハオファン、俺は眠いんだよ。誕生日パーティーは夜になってからすればいいだろ。去年みたいにまたドッキリを仕掛けるんだったら、今度はちゃんと驚いてやるから」


「そうではありませんよ、王子! 今日は王子にとって、大切な儀式が待っているのです! 殿下が真にルーベイ家の一員になるための、避けては通れない王族の試練です」


 ほーら来たよ。真に一員となるための王族の試練だあ? ったくよお、いったいこの年になるまでに、その試練とやらを何回やらされたと思ってるんだ。毎月毎月、逐一その試練とやらに挑戦させられて、でもって俺は主人公だから当然のように合格して、真の王族として認められましたーとお前に言われて、なのに次の月になったら「今日はルーベイ家の一員になるための大切な儀式です」、だ。毎回同じセリフを言ってイヤにならないのか? もういい加減飽きてんだよ。ガキの使いをやらされるにも限度ってものがあるだろうが。


「ふわあーっあ。試練って、どうせいつものアレだろ? カキンの杖で何ちゃらの壺を魔力で満たせってやつだろ? いいよ、後で起きてからやるよ。そう親父に言っといてくれ」


「ルーシェン様ッ!!」


 突然の大声に、俺は天蓋付きの馬鹿でかいベッドから反射的に身を起こし、去年の誕生日パーティーではしたくても出来なかった驚愕の表情を、ハオファンの方に向けざるをえなかった。


「いいですか! これ以上お父上を待たせたら! ぷんぷんっ! ですよ!!」


 ハオファンは腰に手を当て、頬を餅のように膨らませ、湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にしている。教科書どおりの激怒のポーズだが、なにぶんあまりに教科書どおり過ぎるため、本当に激怒しているのか逆にわかりづらい。俺がこの異世界に転生して以来、もうかれこれ十五年、いや今日で十六年の付き合いになるが、俺は、この召使いの性別を知らない。


「わかったよ、そんなに怒るなよ。行きゃーいいんだろ、行けば」


「その通りですよ! もうご兄弟の方々も謁見の間においでのはず! ささっ、はやく着替えて支度しましょう!」


 俺はのそりとベッドから足を下ろし、ハオファンがうやうやしく床に置いたネコさんスリッパを履いて立ち上がると、あくびをしながら大きく伸びをした。サイドテーブルに置かれた目覚まし時計に目をやると、時刻は八時半を指していた。八時半て。君主の住む王城らしく、無闇矢鱈に曲線的な装飾が加えられたレースカーテン越しに朝日が差し込み、テーブル、タンス、親父の(若い頃の)肖像画、それから練習用の拷問器具一式を明るく照らし出している。俺はテーブル上の目覚まし時計にもう一度目をやる。丸耳の、黒いネズミの形を模した目覚まし時計。その置き時計は確か、母からの誕生日のプレゼントだった。しかし、何歳のときのプレゼントだったかは思い出せなかった。はるか昔、十年以上も昔のことだったし、だいたい今はそんなことに思いを巡らす状況でもなかった。


「ふあーあ。あー、めんどくせえ……」


 


 それから二十分後、俺は父と同じ名を持つルーベイ城の三階に位置する謁見の間に、王子として正装した姿で現れていた。


 俺は、この格好が本当に嫌だった。なぜなら、誰がどこからどのような角度で見ても、この衣装は明らかに似合っていないからだ。一体どれほど似合っていないのか、あるいは話の本筋に全く関係ないこの件に関して、いらぬ興味を持つ者も必ずや出てくることであろう。が、俺としては、そういう惨めな自分の姿をいちいち叙述して、必要もない恥をかきたいとは思わない。気になる人は本屋に行って書籍の挿絵を見るなり、いずれ放映されるであろうアニメ版を見るなりして自分で確認して欲しい。なんなら自分で絵を描いて、作者のサイトに送りつけたって構わない。


 この城でダンス・ホールの次に広い謁見の間には、あいも変わらず多くの人々がたむろしていて、取り止めもない談笑を飽きることなく交わしていた。言うまでもなく、ここにいる彼らはみなこの国の上流階級、セレブリティだ。領内の諸侯や貴族に、その婦人たち。護衛の騎士。宰相のリアングと大臣たち。枢機卿と司祭。大僧正と神祇官。ハオファンを筆頭とする召使いたち一同。最高裁判長。隣国の大使。城下町の市長。海軍の司令。国随一の肖像画家に作曲家。楽士隊とその指揮者。プロのサッカー選手。カメラマンとディレクター。すし職人。ゴマフアザラシ。叶姉妹。


「おおっ、来たなルーシェン! 余は待ちわびておったぞ!」


 ドブ川のようなダミ声がフロア全体にこだました。俺は眠たい瞳をこすりながら、声の発生源を遠目に見やった。40メートルほど先、謁見の間のもっとも奥まった場所、五段か六段ほど高い段差の上に、金色の巨大な玉座が設けられている。俺の立つ入り口から一直線に長々と続く赤い絨毯の終着点に鎮座する、富と権力と堕落の象徴。その玉座に踏んぞりかえるように座っている、服を着た、一匹の、まるまると肥え太ったブタ。


 そのブタが俺に対して呼びかけた一度の鳴き声によって、謁見の間は一瞬にして沈黙に包まれた。そりゃあこんな高貴で神聖な場で突然ブタの鳴き声がすれば、誰だって驚いておしゃべりを止めるだろう。招かれた賓客たちの視線が、仰々しく開かれたドアの前に立つルーベイ王のご子息様、すなわち俺という一個の存在に集中する。ともかくも俺は服装のことは忘れ、いかにも私は王族です、こういう行事は全然慣れてますといった感じで軽く微笑を浮かべつつ、これ見よがしに服の襟を整える仕草をし、彼らの突き刺さるような視線を事もなく受け流した後で、つかつかと絨毯を歩き王の座へと近づいていった。十六年この異世界で生きてきたが、宮廷作法のことはまるで何も知らない。だが俺は主人公だ。そんなものは必要ない。宮廷作法の方が俺に合わせるべきなのだ。


「おい、オヤジ! これは一体どういうことなんだよ!」


 段差のすぐ下まで歩を進めると、俺は顔を見上げ、玉座に座り王冠をかぶっているその顔じゅうシワだらけの巨大なブタ、すなわちこの国の絶対君主であり、国家元首であり、他ならぬ俺の父親であるルーベイ王に向かって大声を張り上げた。


 俺の詰問に、親父はあまりいつもは見せない、厳粛な面持ちでこう言った。


「どうもこうもないぞ、ルーシェンよ。今日でお前は十六歳を迎えたのだ。わしはこの日をどれほど待ち望んだことか。おお作者よ、この日が訪れたことを感謝します! そう、今こそ、お前が正当な王位継承者になるための、王家に伝わる神聖な儀式を行う時……!」


「あのなあ、儀式だの試練だの、そんなものは今までにもさんざんやってきただろうが! こんなに城に人を集めて、今度は俺に何をやらすってんだよ!」


 俺は自分でそう言った後で、はたと気づいた。確かに今日は、いつもより人が多い。もともと謁見の間には、昼夜を問わず身分も知れない有象無象がたむろしているのが常態であったのだが(それはこの大部屋の入り口横にタバコの自動販売機が置かれているからなのだが)、それにしたって今日は多い。満員御礼だ。


 空気が張りつめている。何か特別な、ただならぬ雰囲気を感じる。何というか、喩えていうなら、卒業式的な。少なくとも、誕生日パーティー的な雰囲気ではない。それで、俺は心の中で思った。もしかして、これが最後の試練だったりしないだろうか、と。できればそうであって欲しいというつたない願い。俺はこの世界に産まれて以来、王族の試練とかいう名のまるで達成感のない無味乾燥な流れ作業の連続に、ほとほと嫌気が差しているのだ。


 親父は静かに目を閉じたかと思うと、突然かっと目を見開いた。そして言った。


「よく聴くのじゃ、ルーシェンよ。これが恐らく、お前にとって最後の試練となるであろう……」


「えっ、最後!? マジで!?」


 やったぜ。


「この160ターン……じゃなかった、十六年という期間の中で、わしは、お前に教えられることは全て教えられたと思っておる。剣術、体術、魔術、射撃術、わしはこれまでのプレイでは考えられない程の莫大な資金を投じて、あらゆる分野において他の追随を許さない最高水準の教育をお前に施してきたのだ」


 はああ? 俺がお前から教わったことなんか、何一つとしてないんだが? お前はただそのデカい椅子に踏んぞりかえって、あれをしろこれをしろって一方的に指示してきただけじゃねーか。それをよくもまあ、教育などと。というか、160ターンって何だ?


「なに、案ずることはない。お前には、その年までに覚えられるスキルがほとんど全て身についておる。こたびの試練など、ちょっと人差し指を振るだけで問題なく合格することができよう。はは、これは言い過ぎたか。だがな、たとえ容易く合格できたとしても、慢心してはならんぞ。何故ならば、これは始まりに過ぎんのだからな」


 これは始まりに過ぎない、という意味深な文言が少しばかり俺の心の中にひっかかったが、とにかくこの儀式は割と簡単に終わらせることが出来るらしい。だったらいいんだ。さっさと済ませて、部屋に帰ってまた寝よう。


「わーったよ。じゃあその試練とやらを始めてくれや。カキンの杖は使うのか?」


「ではヤマダ君! 例の物をここへ!」


 ルーベイ王は俺の発言を華麗にスルーし、もぞもぞと丸い体をナメクジのように醜く動かすと、どこから生えてるかもわからない場所から袖を出して短い両手を上げ、ひどくのっそりとした速度でぺち、ぺちと手拍子を叩き始めた。

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