表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

V-3

 考えてみれば、猫耳だって気の毒なヤツなのである。ただラーメン屋に入った俺を助けるためだけに作者によってこの世に生み出され、それが終わったらこのアイドル市場で拘束の憂き目に遭っているのだから。ここで俺が助けてやらなければ、あの娘は永久にあのままなのだ。


 もちろん、俺が助けるように台本が出来ているのだから、そこまで同情するという程でもない。同情どころか、嫌悪感しかわかないというのが本音だ。


 それに、かの少女は明らかにトラブルメーカーの気質を備えており、揉め事の運び手としての役割を作者から授与されているのである。あれは災いのもとだ。俺を主人公たらしめんとするための、俺に解決されるためだけに存在するミッション、クエスト。俺に観光され、光景を描写されるためだけに存在する街や洞窟。俺に倒されるためだけに存在する敵。俺に倒されるためだけに存在する敵を倒そうとして返り討ちにあうためだけに存在する貧弱な味方。そして今俺の目の前にいる、俺に面倒ごとを押しつけるためだけに存在するアイドル少女。


 何もかもが俺の気に喰わなかった。余計なお世話だというのだ。俺の主人公性は、そのようなお仕着せの舞台設定が無ければ発揮できないものじゃない。何年この業界でやってんだって話だ。ましてやそれら諸々の設定は、俺を振り回し、小馬鹿にするために創られたものなのである。そんな自殺行為もののシナリオに、俺がわざわざ乗っかると思うか?


 破壊するんだよ、このふざけた異世界を。作者の用意した脚本を徹底的に無視しまくって、何もかも台無しにしてやる。1クールの間に、この世界そのものを完膚無きまでに破壊し尽くしてやる。そうする事で作者の目を覚まさせてやるのだ。何が正しい方法なのか、俺が物語の作り方を一から教えてやる。それこそが間違いなく、この小説のアニメ化DVD化に一番近い道のりだ。


 それに、俺の個人的な見解で言えば……あの猫耳はずっとあのまま取り残されていた方が……面白いやん?


「なあ、もう一つ頼みがあるんだが。食い物とかないかな?」


 この世界を破壊し尽くすという遠大な野望を実現するために、俺はまず眼前のアイドル商人に食糧をねだる事にした。


「は? 食べ物って……ああ何ということだ、私はプロデューサーに営業しているつもりが、乞食に捕まってしまったのか」


「おいコラ! 人を物乞い扱いしてんじゃねーよ!」


「そうニャ! 天才プロデューサー様に何てコト言うニャ!」


「だからお前は黙ってろよ!」


 さあ、俺はどこでアイドル引換券を出せばいい? 空腹なのは事実だが、さすがに食い物のために【レア】を出すのは気がひける。


「あいにくですが、私どもはあくまでアイドル市場であって、食料品を取り扱っているわけでは……ああ! でも私にいい考えがありますよ!」


 チェサイアが両手をポンと叩いて、アイドルの列に並ぶ中の一人を指さした。


「あちらのゾンビアイドル、だいたい三日ごとに腐肉がはがれ落ちて非常食がわりになるんです。どうです、ちょっと試食してみませんか?」


 俺は自分の耳を疑った。


「えっ? いや、それは……」


 いかんだろ。


「駄目ですか? 前に散歩で通りかかった犬が、地面に落ちた肉を美味しそうに食べてましたよ」


「俺は犬じゃねえ!」


「まあまあそう言わず。そういえば愛好家の間では、ゾンビアイドルの肉を燻製してゾンビジャーキーを作るのが流行ってるそうで。大会も開かれているらしいですよ」


「そんな話は聞きたくない! だいたいお前は食べたことあるのかよ!」


「そんなの無いに決まってるでしょう。常識的に考えて」


 俺は、絶対にこの世界を破壊し尽くしてやる。一本の草木も生えなくなるまで。


「じゃああたしが食べるニャ! こっちによこすニャ!」


「お前は喋るなって言っただろ!」


「はあ、ベジタリアンの方でしたか……。プロデューサーは偏食家の方が多いですからねえ。じゃあ、こちらも駄目ですか?」


 そう言って商人は、テントから布にくるんだ何かをトレイに乗せて持ってきた。


「何だよそれ」


 チェサイアが布を取り払った。


「これね、芋虫アイドルの、元々の手足を保存したやつなんですよ」


「うわああああああああああああああああああああああ!?」


「うーん、やっぱり駄目みたいだ」


 俺は四歩うしろにのけぞった。


「おっ、おま、そういう問題じゃないから! やめて! マジでヤメテ!」


「いや分かりますよ、カロリーが気になるんでしょう? それでしたらもっとヘルシーなやつもありますよ。ほら見て下さいよ、ロボットアイドルの、改造前に取り出したレバー、ハツ、それにテッチャンも」


「ひいいいいいぃぃぃ!?」


 作者ァ! お前マジでこれアニメ化させる気ないだろ! 絶対に許さないからな!


「これも駄目ですか……。そうなると後は、スライムアイドルのここら辺をプチッと」


 アイドル商人はそう言ってスライム少女の左耳をおもむろに掴み、暴力的にもいだ。


「むしゃ、むしゃ。ふむ、このスライムアイドルは普通の青りんご味でしたね。色々と種類とか色とかありますからねえ、スライムアイドルも。この手のコレクターの情熱というものは、それはもう凄いと聞いてますよ。黄色だけでも数十種類ぐらいあるんでしたっけ? これはマセイヌさんから聞いた話なんですがね、とあるプロデューサーが便所で」


「分かった! もういい! 食べ物のことは諦める! 別の話をしよう!」


「そうですか……こういう時に限って妊婦アイドルが在庫を切らしている……」


 本気で気が狂いそうだ。俺は今日起きてから何回発狂しそうになったのか。


 早く猫耳を助けろと、作者からの圧力がかかっているのかも知れない。そりゃあ俺だってこの悲惨な状況から一刻も早く逃れたいが、いずれにしても理由がないのだ。俺が猫耳を助ける合理的な理由が。


 だいたい向こうが、理由が無いことを開き直っているのがいけないのだ。台本通りに助けられることを当然だと思ってやがる。それがとにかくムカツくのだ。どう考えても、向こうが理由を提示しなければならない場面だろう。もし捕まってるのが可哀想だというのなら、ここにいるアイドル全員が可哀想だって話になる。こっちが猫耳を特別視する動機が何一つ無い。


 別に俺としては、理由は何でもいいのである。どうせ俺だってこのシーンの最終的な(悲劇的)結末は覚悟している。本当に何だっていいのだ。実は前世で親子でした、とかな。そういうオカルトでもこの際構わん。だがそれは、猫耳の方から言わなければならないものなのだ。俺の方から言ったら完全に気違い沙汰ではないか。猫耳さん! あなたは僕のお母さんなんです! だから助けましょう! 頭おかしいとかいうレベルじゃねーぞ。とにかく、理由が無いのが一番いけない。


「それで何です? 別の話とは」


「ああ、その、なんだ……」


「結局買うのですか、買わないのですか? もうそろそろ店じまいしたいのですが」


 引き替えるのか、引き替えないのか。俺はまだ心の整理がつかなかった。この選択は重すぎる。今日の所はどうにかして野宿して、明日に持ち越すべきだろうか。だが、そのような問題の先延ばしは主人公としてどうなのか。


「ねえねえ! その手に持ってる紙は何ニャ? あたしに見せるニャ!」


 パシンッ!


 突然、俺は背後から右手をはたかれた。猫耳の手だった。


「!?」


 俺は思わず後ろを振り向いた。猫耳がいた。木製の手かせは装着されたまま、真ん中の部分がねじ切られたように割れている。足かせをつなぐ鉄の鎖が、全て引き千切られている。


「なっ……」


 有り得べからざる、全く想定外の出来事だった。俺の手を離れたアイドル引換券【レア】が、風に流され、チェサイアの足下にポトリと落ちる。


「おや? 何か落とされましたよ?」


 俺は開いた口がふさがらない。何だ、この展開は。アイドル商人は、拘束の解けた猫耳アイドルに一切の注目を支払わず、足下に落ちた紙を拾い上げた。


「待て! それを取るな!」


「ふむ、これは……」


 チェサイアが、紙に書かれた文字に目を通す。


 俺はあまりの急転直下に、微動だにすることも出来ない。


 猫耳はその時点で逃げられるはずなのに、俺の隣を陣取ったまま、止まって動こうともしない。


「なんとまあ、アイドル引換券ではないですか……しかし変だな、こんな色のは見たことが無い……あれっ、レア……えっ……レアって、そんなまさか……」


 男の顔つきが、変わった。紙を両手で持ち直した。体が震えている。


「馬鹿な、そんなはずが……! しかしこれは、間違いない……! 本物だ……!」


「アイドル引換券? って何ニャ?」


 あーあ、と俺は思った。


 もうおしまいだ。


 俺は心の準備が出来ないまま、一度乗ったら降りられない寝台星間トゥヴェインに乗せられてしまったのだ。


 ここから先は、一直線だ。


「お客様……! 一体これをどこで……!?」


「作者からもらったんだよ」


 俺は手短に言った。


「作者様から……? ああー、なるほど、実に素晴らしい答えですな! 私も今度からは、隠しておいたBL本が妻に見つかった時には、作者様からもらったと言うことにしますよ! ははは!」


「はあ? ていうか返せよ」


「大丈夫です、ご安心ください! どこでこれを手に入れたかなんて詮索するつもりはございませんから! あなたがここでアイドル引換券【レア】を使用した事は、決して誰にも言いません! お客様の個人情報は守りますよ、もちろん! 私は商人ですからね!」


「いや待て違うんだ、俺はそれを使うつもりは」


「ささっ、どうぞこちらへ! いやあ、そのような物を持っているなら早くおっしゃって頂ければよかったのに! お客様も人が悪い! まあ私はあなたが特別な人だって、最初から気付いていましたがね!」


「違う、違うんだ、俺は」


「おお、そういえば三ツ倉さんからお土産にもらったパイナップルワインがありましたっけ! この出会いを記念して、一緒に飲んで乾杯しようではありませんか!」


「いや、俺は未成年なんだが。ていうか返せって」


 チェサイアが引換券を握りしめたまま、テントの中へと俺をいざなう。猫耳のことは一顧だにしない。


「ニャ?」


 自由の身になったはずの猫耳が、その場に立ち尽くしている。舞台から人間の姿が無くなると、数秒間の放心状態の後、突然狂犬のように喚きだした。


「あっ!? だ、駄目ニャ! そっちに行ったら駄目ニャ! そっちは違うルートニャ! あたしを助けるのニャ! 神様の言うことに従うニャ! 戻ってくるニャ! ルーシェン!」


 俺はテントの中に通された。


 テントの内部は外見よりも広く見えたが、全体的に薄暗い。天井の中心からぶら下がる裸電球が唯一の明かりだった。俺は周囲を見渡したが、電球の下にも、テントの壁際にも、不思議と荷物らしき物が見当たらない。


 ただひとつ、入り口からもっとも奥まった所に置かれた、黒い箱を除いて。


「アヤメル、起きろ! 今日からこの方がお前のプロデューサーだ!」


 テントに入るなり、チェサイアが箱に向かって大声を張り上げた。


 黒い箱。それは俺が辺りの暗さに目が慣れても、依然として黒い箱のままだった。高さ三尺弱、幅四尺くらい、長さは五尺から六尺の間ほどで、側面部に古代言語じみた彫刻が施された、角に一切の丸みがない、完璧に正確な直方体の箱。石とも金属ともつかない未知の材質で作られた箱。フタに相当する正面部には何の紋様も刻まれておらず、あらゆる光を吸い込んで逃がさないブラックホールのような黒色を、その全面に余すことなくコーティングされた箱。


 まるで棺のようなその箱を、俺は知っている。俺はその箱を、ほんの数時間前に謁見の間で見た。


 ギギギ……。


 石が擦れるような鈍い音を立てながら、フタがひとりでに動き始めた。箱の内部から伸びる白い手。女の手が、縁に細い指をかけて、ゆっくりとフタをずらしている。


 やがて、ドシン、と大きな音を立てて、見るからに重そうなフタが地面にめりこみそうなほどの落とされ方をした。


 そして、開いた箱の中から、一人の少女が身を起こした。


 黒髪の少女だった。透き通るような白い肌に、箱の色と同じ程に黒いワンピースドレスをまとった、赤い瞳の少女だった。その漆黒のドレスが、俺にはまるで喪服のように思えた。


 商人から「アヤメル」と呼ばれた少女が、音も無く立ち上がって言った。


「あなたが私のプロデューサーなのですね。よろしくお願いします、プロデューサー」


 そして俺に向かって、深々と頭を下げた。


 画面がフェードアウトする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ