⑧
夕飯はすき焼きだった。
これも夢と同じだよ。
思わず固まってしまい、大人達アンド従妹は不思議そうな顔になる。
その視線で我に返り、昼と同じ席に座った。
自分でもぎこちないと思ってしまう動きで、周囲により一層疑念を与えたらしい。
「お前、昼くらいから何かおかしいぞ。変な物でも拾い食いしたのか?」
父さんが自分でコップにビールを注ぎながら尋ねてくる。
その隣で母さんが心配そうな顔をしていた。
「そうだね、今日は変なみっくんだよ」
実夏が続き、他の皆も似たような表情である。
どうやら俺の態度はバレバレだったらしい。
俺って隠し事に不向きなんだろうな。
さて、説明した方がいいのか、悪いのか。
皆なら、説明しても馬鹿にされて終わりって事はないと思う。
言ってしまった方がいいかもしれない。
気にしすぎだとは分かっているのだけど、どうも割り切る事が出来なかった。
ここは一つ、皆に話して笑い飛ばしてもらうのもありではないだろうか?
「いや実は……」
そう考えた俺は、車で見ていた夢の話をした。
皆、馬鹿にしないどころか意外なまでに真剣に聞いてくれる。
正直、かなり嬉しい。
「ふむ。正夢というやつかの?」
まず意見を言ったのはじいちゃんだった。
父さんにビールを注いでもらいながら、顎を撫でながら思案顔になっている。
俺も最初はそう思ったんだけど、その割には細かいところまで当たりすぎじゃないだろうか。
予知夢じゃないかって思ってしまうくらいに。
そもそも予知夢と正夢の違いなんて分からないし、正夢なんて今まで見た事ないんだけどさ。
「珍しいけど、ある事はあるかねぇ」
そう言ったのはばあちゃんである。
不思議な体験を「珍しい」で片づけられてしまうとは。
これが年の功ってやつなのか。
ばあちゃんの人柄か、その口調故か、少しほんわかした気分になる。
「何から何までぴったり一致するなら、そりゃ驚くのは無理ないよね」
実夏も真剣な顔をして言ってくれた。
叔父さんと叔母さんもうんうんと頷いている。
ただ、こちらは実夏ほど真剣じゃない様子だけど、これは仕方ない。
何せ俺自身、頭の中でクエスチョンマークが乱舞しているのだ。
懐疑的だったのはうちの両親くらいである。
「この時期、昼が鍋で夜がすき焼きってのは、この家の定番だけどな」
父さんがそう言うと、叔母さんが真面目くさった顔で謝った。
「ワンパターンな献立ですみません」
「え? いやいや、別にけちをつけたわけじゃ……」
義理の妹に当たる叔母さんに頭を下げられ、父さんは慌てふためく。
「伯父さん酷い」
実夏が追撃を加える。
母さんは素知らぬ顔、じいちゃんとばあちゃん、それに叔父さんは明らかに面白がっていた。
実夏や叔母さんの目は笑っていて、本気でない事ははっきりしているんだけど、焦った父さんは気がつかず、必死に言い訳をし始めた。
「いやいや、稔の好物だと分かっているから。この家のもてなしの心だと分かっているから」
「三十点と言ったところか」
じいちゃんに採点され、父さんはがくりと肩を落とし、笑いが起こる。
上手く雰囲気を変えられてしまい、「お見事」だと思った。
気にしていた、ネガティブな気持ちがどこかに吹き飛んでいる。
「父さんってひどいね」
「本当ね」
俺が乗っかると母さんも続く。
「ちょっ、お前ら……」
父さんは絶句しまった。
がっくりと肩を落とし、身にまとう空気が煤けて見えたのはきっと気のせいさ。
風呂から上がって実夏の部屋に遊びに行った。
最初は父さんにトランプをやらないかと誘われたのだけど、それだと夢と同じになってしまう。
はっきりと口に出さなかったものの、俺の表情を見て父さんは何かを察したのか、誘うのを止めた。
そんな訳で俺は今、実夏と二人きりである。
女の子の部屋で、パジャマ姿の女の子と二人きりなのだ。
もっとも、相手が実夏だから大して緊張しないけど。
ただ、ベッドの上に仲良く腰かけていると、風呂上がりのいい匂いが鼻を刺激する。
「みっくんが見た夢って、何から何まで同じなの?」
「いや、もう割と違ってきているな」
実夏に作ってもらったチョコが違うし、俺のお返しも違う。
一緒に買い物に行かなかったし、叔母さんとテレビを見たりもしなかった。
夕食の会話も違うし、父さん達とトランプをしていないし。
実夏の部屋で遊んだのは午後であって、晩じゃない。
「ふーん、じゃあもう参考にならないんだね?」
「ん? まあ、そういう言い方も出来るかな?」
確かにもう夢は参考にならないかもしれない。
そもそも、寝たところで終わったしな。
と言うか参考ってなんだよ。
ピンと来なかったのを察したか、実夏は悪戯っぽく笑う。
「だってこれからの事が分かっていたら、何かと有利になるんじゃない?」
ああ、なるほどな。
その発想はなかったわ。
「でも今日寝るまでの事だからな。大して変わらんと思う」
もっと先の事が分かっていれば、やりようもあったかもしれないけど。
「ふうん。結構不便だね」
実夏は残念そうに言った。
「まあな、便利な能力を持っている自覚があれば、もっと上手く立ち回っているさ」
俺はそう言って肩を竦める。
受験の時に冷や汗かかずにすんだだろう。
実夏もそれは察したのが、したり顔を作った。
「そうだよね。絶対にばれないカンニングが出来そうだもんね」
「ああ、最強だな」
試験内容が予知出来れば、俺にとってこれほど心強い事はない。
そう思えば惜しい事をした、という気持ちが沸いてくるから不思議である。
最初は単に気味悪かっただけなのにな。
皆に話してよかったと思う。
「そう言えば、そんな夢を見たのは今日が初めてなの?」
考え事をしていたせいで、実夏の問いかけに一瞬反応が遅れた。
「ん? ああ、そうだよ」
そう言えばそうなんだよな。
何で今日突然こんな事になったんだろう。
「この家に何かあるのかな?」
実夏は思案顔になるが、
「いいや」
俺はすぐに否定した。
「目が覚めたのは車の中だし、何かあるとしたら車の方じゃないか?」
「車の中で寝たら、予知能力が備わるとか?」
「それだと父さんと母さんも該当すると思うんだよな。今日寝たらって条件なら、俺だけになるんだけど」
「何で今日なんだろうね?」
「さあ?」
俺はそれ以上は思いつけず、首をかしげる。
そして二人でくすくすと笑う。
益体のない話も実夏となら楽しい。
実夏は勉強が出来る優等生なのに、こういう馬鹿話などにノってくれるのだ。
そのへんは母さんと同じ血を引いているんだと感じる。
実夏が甘えるように体を寄せてきて、頭を俺の肩の上に置く。
「何だ? 甘える日か?」
過去に何度もあった事などで、俺は特に慌てず冷静に訊いた。
「うん、久しぶりに会えたんだもん」
若干甘えるような声と幼くなったような、拗ねているような口調で言う。
俺にしてはたったの二ヶ月だったけど、実夏にとっては長かったのかな。
それにしてもこいつってこんなに甘えん坊だったっけ?
確かに昔から妹みたいな存在ではあったけど、ここまで「大好きオーラ」を出してはいなかったような……。
学校で何かあったのか?
まずそう思った。
と言っても、下手に切り出すわけにもいかないけど。
俺は反応に困って何も言えず、実夏も口を開こうとはしなかったので、部屋が沈黙に包まれる。
いつもなら大して苦痛じゃないのに、今日は何故かちょっと重苦しい。
会話の糸口を探そうと室内を見回して、枕の上に来るように置かれている目覚まし時計の示す時間に気がついた。
「あ、そろそろ寝ないと叔母さんに怒られると思うけど」
そう言いかけた時、ノックの音が聞こえて
「いつまで起きているつもりなの?」
叔母さんが入ってきた。
「夢を見なくても分かる事だよ」
実夏が耳元で囁いてくる。
もっともな話だ。
「稔君も。今日は早めに寝た方がいいと思うわ。また明日、実夏を構ってあげてね?」
「うん」
逆らわずに立ち上がり、手を振ってきた実夏に手を振って応じる。
俺が部屋に戻ると布団は敷かれていたものの、父さんと母さんの姿はなかった。
早めに寝るのは子供だけって少しずるいよな。
とは言え、叱られたくないので大人しく布団に入っておく。
そのまま寝られたらいいのだけど、そうもいかなかった。
暇だし明日、実夏と何をして遊ぶか考えておこうかな。
携帯ゲームでもいいし、カードゲームでもいい。
外に遊びに行くのも悪くはない。
勉強しなくてもいいのかって思わなくはないけど、あいつくらい出来がいいと一日くらいしなくても変わらないのかも。
……ちょっと、いや、かなり俺が惨めではあるけど。
半分くらいは自業自得かな。
さっぱり寝つけず、あれこれ考えていたら父さんと母さんが部屋に戻ってきた。
電気は消していたので、俺がまだ起きているとは気がついていないようである。
不意打ちで声を出したら驚くかなと思ったけど、さすがにちょっと幼稚すぎるかな。
などと考えているうちに睡魔が襲ってくる。
やっと寝つけると思った途端、意識は遠のいていった。
体が揺れたせいか、目が覚める。
一旦寝てしまえば時間が経つのは早いな。
目を擦りながら体を起こそうとしたら、何故か体が揺れ、頭が何かにぶつかった。
「いて」
思わず声に出す。
地震だろうか?
痛みで意識がはっきり覚醒して、俺は固まってしまった。
目の間に合ったのは、どこからどう見ても車の座席だったのである。
きょろきょろと周囲を見ると見慣れた車内の様子、そして見覚えのある景色が飛び込んできた。
「あら、寝ぼけたの?」
俺の様子に気がついた母さんが、助手席から身を乗り出してくる。
起きて周囲を見回しているなんて、傍目から見たら寝ぼけたとしか思えないのは無理もない。
「お、おう」
どもりながらも何とか声を絞り出す。
けど、頭は軽くパニックだった。
さっぱり訳が分からない。
俺は夢を見ていたのだろうか?
それにしては随分とリアルだった気がする。
正夢を見る夢とか、そんな夢って見るものなんだろうか。
……そもそも俺って正夢なんて見た事がないんだけど。
「もうそろそろ着くぞ。頭、しゃきっとさせておかないと、実夏ちゃんに笑われてしまうぞ」
父さんがハンドルを握ったままそう声をかけてくる。
釈然としない思いを抱えながら、ひとまず背伸びをした。
あくびを思いっきりやってふと視線を横にやると、携帯ゲームの電源が切れない事に気がつく。
もしかするとセーブも出来ていなかったかもしれない。
少し焦って確認をする。
俺がプレイしていたのは、ループものと呼ばれるジャンルのゲームだ。
正しい手がかりを手に入れて謎を解き明かし、繰り返される日々から脱出すればクリアとなる。
……ちょっと待てよ。
今、俺が体験している事もこのゲームと似ていると言えるんじゃないか?
自分で自分が信じられないような考えだ。
どうしてこんな発想をしたのか、自分でもよく分からない。
荒唐無稽にもほどがあると思う。
ゲームのやりすぎと馬鹿にされても仕方がないんじゃないだろうか。
だがしかし、それなら説明が出来る事もあるのだ。
皆の服装とか、昼食と夕食のメニュー、俺の入学祝いが同じな事、俺の言動でチョコやお返しが変わったり、買い物に付き合った事。
特に入学祝いまでは予想出来るはずもないからなぁ。
ただ、はいそうですかと信じる事等出来ない。
ゲームのようなループに巻き込まれたか、それとも単に「正夢を見る夢を見ていた」だけなのか。
どちらの可能性が高いか、考えるまでもなく後者だ。
それに大体、何でループしているんだ?
俺にそんな力なんてあるはずないし、家の誰かにあるはずもない。
変わった事があったなら、誰かが話題に出すはずだし。
……これ以上考える事は止めよう。
もしかしたら違っているかもしれないんだし。
実夏の服装だとか、昼食だとか、入学祝いだとか、何から何まで同じとか、確率はかなり低いと思う。
違っている部分があって欲しいという、願望じみたものを抱いている事は否定出来なかった。
もし仮に巻き込まれていたとして、どうすれば脱出出来るかなんて、見当もつかない。
……馬鹿馬鹿しい話だ。
ループ現象が現実に発生して、その当事者だなんて妄想にしてもひどすぎる。
そう自分に言い聞かせたものの、疑念はなかなか消えてくれなかった。
夢を見る夢を見るってのは、果たして珍しいのか、そうでないのか。
どうなんだろうか。
そんな俺をよそに車は三沢の家に着く。
タイミングよく複数の人が中から出てくる。
あるいは到着と同時に出迎えようと、待っていてくれたのかもしれない。
出てきたのは叔母さんと実夏の二人だったが、その服装を見て俺は息を飲む。
実夏はピンクのセーターとジーンズ、叔母さんは青いトレーナーと黒い綿パンだったのである。
二人とも夢と全く同じ服装じゃないか。
「マジかよ」
俺は思わずつぶやいていた。