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昼はやっぱり鍋で、俺を落ち込ませた。
何と言うか枝葉末節は変わるけど、主要な点は変わらないらしい。
いや、必死に変えようとしたとは言えないんだけどさ。
でも、昼飯なんて、凶悪犯がやってくる事に比べればささいな事じゃないだろうか。
どうやれば凶悪犯が来る展開を変えられるっていうんだ?
まず正体を知る事が大切なのかな。
「稔君? どんどん食べてね?」
叔母さんが容赦なくよそってくれる。
「あ、ありがとう」
俺の意識は嫌でも引き戻されてしまう。
おちおち考える時間がないな。
まず、考える時間を作らないといけない。
……どうやって作ればいいんだ?
実夏は遊ぼうと誘ってくるだろうし、そうでなくても今日の俺は主賓だから、皆に話しかけられるだろう。
具合が悪いから休むなんて言ったら、多分即家に帰るな。
うん、待てよ? 即帰るってのは悪くないかも?
少なくともループに気がついているのは俺だけだ。
つまり、俺がいなくなればループが発生しなくなる可能性は高いと言える。
いや、だめだ。
俺がいなくなっても、殺人犯が来なくなるって保障がどこにもない。
ゲームなら電源を入れなければいいし、ミステリは探偵がいなければ事件は発生しないなんて揶揄されたりするけど、これは現実なんだ。
俺とは関係なしに殺人犯は動いていると考えた方がいい。
となると、俺が帰ってループが発生しなくなると、皆は殺されても生き返れなくなるって事に……。
全身に悪寒が走った。
それだけは絶対にダメだ。
……犯人が来なくなるって展開はやっぱり無理があるな。
少なくとも俺が何らかの妨害をして、それがハマらない限りは来てしまうと考えた方がいいだろう。
そうなってくるとまず襲われるっぽい、じいちゃんとばあちゃんを何とかしないといけない。
けど、どうすればいいんだろうか?
「じいちゃん、ばあちゃん。殺人犯がやってきて危ないから、別の部屋で寝なよ」
台詞を頭の中で反芻してみて却下した。
こんな言葉を信じてもらえるなら、誰も苦労したりはしない。
夜になる前に皆でこの家から出て行って、我が家で一泊すればいいだけだ。
何とかして信じてもらえればいいのか?
でもどうやって?
この言葉が頭をぐるぐる駆け回る。
……全部本当の事を言った方がいいか?
信じてもらえるだろうか。
いや、皆を助けたいなら、うじうじやっている場合じゃないかも。
こうしている間にも、少しずつ時間は経過していっているんだから。
「お前、今日は何かおかしいぞ」
父さんが言うと母さんも
「車に乗ってから。ううん、車で寝て起きてから」
と言う。
両親には俺の態度は全部お見通しらしい。
とても敵わないと思う。
そしてこれはいいチャンスなんじゃないだろうか。
正夢らしきものを見たという事で話せる。
問題は、過去のようにただの正夢で片付けられてしまうんじゃないかって事だけど。
ひとまず、出たとこ勝負をやってみよう。
取り越し苦労って事もありえるんだし。
「実はさ、とても変な気になる夢を見たんだ」
俺は思い切って話す事にした。
「ふーん。正夢ってやつか」
皆、真面目に聞いてくれた。
「そんな事を気にしていたのか?」
父さんだけはどこか呆れた顔をしていたけど。
ここまでは狙い通りだ。
昼食の事とか、実夏の服装だとか、「不思議な事」と言いつつ受け入れてもらえるのは、過去でも体験済みなのだから。
問題はこれからだ。
俺は唾を飲み込むと言葉を続ける。
「実はこれだけじゃないんだ」
「うん?」
怪訝そうな顔になった皆にぶちまけていく。
さすがにループしている事を言うのはためらったけど。
「入学祝いが電子辞書で、包装紙が黒のストライプ」
「むっ」
じいちゃんの表情が若干変わる。
「夕飯の予定はすき焼き」
「あら」
叔母さんが驚いた顔をする。
後何があるかな? と思ったけど、後は変わりやすかったように思う。
と言うか、一回目であった事、全部は覚えていないよ……。
これだけで信じてもらえたらいいんだけど……。
祈るような気持ちで様子を伺っていると、父さんが疑問を呈した。
「それだけじゃ、ただの正夢なんじゃないか?」
叔母さんが賛成する。
「そうですね。鍋とすき焼きは皆さんが来た時の定番ですから」
叔母さんが言わなきゃ角が立ったんだろうな、と思ってしまった。
「いや、そうとは言えんな」
待ったをかけたのはじいちゃんだった。
「わしが決めた入学祝い、ばあさんしか知らんはずだし、包装紙まで言い当てたのは、偶然とは言えないんじゃないか?」
「包装紙だけなら、見る機会があったと言えますからね」
ばあちゃんはじいちゃんに賛成するらしい。
「包装紙を偶然見て、中身はたまたま当たっただけって可能性はありますけどね」
父さんがそんな事を言う。
一番信用していないのが実の父親って、何か皮肉だな。
「みっくんがでたらめを言っているって言うの?」
実夏が父さんを睨んだ。
「そうね。色々と残念な子ではあるけど、こういう事を言って皆の気を引いたりしようとしない子なのは確かだわ」
母さんは頬に手を当てながら、慎重に言う。
頭ごなしに否定されなくてよかった。
黙って聞いていた叔父さんが口を開く。
「何でまたいきなりそんな事を言い出したんだ?」
好機とばかりに俺は言った。
「実は今夜、皆が殺されるんだ。最後には俺が殺されて目が覚めるんだよ」
本当はじいちゃん、ばあちゃんの次に俺だったんだけど、この際嘘をつかせてもらおう。
俺が起きなかった場合、何人殺されるか分からないんだし。
「さすがにそれはないだろう。このあたり、万引きや泥棒すらほとんどいないんだろう?」
父さんがすかさずそんな事を言う。
そこまで俺は信用されていないんだろうか。
俺の言葉を明確に否定しているのは、父さんだけってのが救いだけど。
「確かにな」
じいちゃんがそう言ってうなずいてみせる。
ダメか……脱力感を覚えていると、じいちゃんは言葉を続けた。
「だからと言ってこれからも安全とは言えん。変な奴がいつよそから流れてくるか、分かったものではないからな」
「そうですね、この町の人は大丈夫でしょうけどね」
ばあちゃんもそう言ってじいちゃんの援護に回った。
「それはそうですが……」
父さんもじいちゃんとばあちゃんの意見は、頭ごなしに否定しない。
いや、出来ないと言った方がよさそうだ。
「しかし、稔の夢を鵜呑みにするってのも、どうかと思うけどね」
母さんは父さん派らしい。
親としては素直に信じられないって事なんだろうか。
そりゃ、俺だって実夏や両親が同じ事を言い出したと考えた場合、信じるかは凄く怪しいけどな。
でも、身勝手と言われようとここは信じて欲しいところだ。
「けどな姉さん」
叔父さんが母さんに話しかける。
「万が一って事もある。それにもし、違っていても、俺達だけの話にできるじゃないか」
「それはそうね」
母さんは弟である叔父さんの言い分をあっさり認めた。
そうなんだよな。
警察を呼んだり、周辺に協力や警戒を呼びかけるのはアレだけど、俺達が対応策を講じるだけなら、ここだけの話ですむ。
だから信じなくても一応聞く耳を持ってほしかった。
でも、今のところは俺が考えていたよりずっと、受け入れてもらえていると思う。
父さんと母さんくらいか、信じていないのは。
もっとも、他の皆も半信半疑か、信の方が少し多いくらいだけど。
俺はタイミングを見計らって言った。
「一応、警戒はした方がいいと思う。もし何も起こらなかったら、笑ってくれていいから」
「ふむ」
じいちゃんと叔父さんが何やら思案する顔になる。
「身内だけで出来ると言えば限られているが、あまり大げさにするのもな」
じいちゃんが言うと叔父さんもうなずき、
「何か分かっている事はあるか? たとえばどんな奴だとか」
と俺に言ってきた。
俺は眉を寄せる。
「顔は見ていないんだ。ただ、最初にやられるのはじいちゃんとばあちゃんだったよ」
そう言うと、じいちゃんが目を丸くし、ばあちゃんが口に手を当てた。
「なるほど。おじいちゃん達の部屋は庭に面しているからな。犯人は庭から侵入してくるって事かな」
叔父さんがそう言ってきたので
「俺が見落としていなかったらの話だけどね」
俺は出来るだけ深刻そうな顔をして返す。
少しでも危険さを感じてもらえるように。
「じゃあ、おじいちゃん達には部屋を移動してもらった方がいいかな」
父さんがそんな事を言う。
「そうですね。本当に庭から来るのであれば、一番危険でしょう」
叔母さんも言った。
「バリケードでも作る?」
俺は提案すると父さんが反対をする。
「いや、他の場所から来る可能性はある。お前、侵入してくるところを見た訳じゃないんだろ?」
「うん」
俺がうなずくと、父さんはため息をつく。
「だったら一部の場所にだけ作る意味はないだろう。かと言って、全部の部屋に作るには時間がかかりすぎるな」
「どうしよう」
俺が困ると叔父さんが聞いてきた。
「何人いるのか分かるか?」
「ごめん、分からない」
考えてみれば分からない事の方が多い。
これじゃ信じられなくても仕方ないよな。
俺が肩を落とすと叔父さんが慰めるように肩を叩いた。
「もし何も起きなかったら、思いっきり笑ってやるから安心しろよ」
安心できないんだけど、そういう事を言っているんじゃないという事は分かる。
「一番安全なのは、全員武器を持って一ヶ所に固まる事でしょうね。起きて警戒する人を二人ずつくらいにして」
叔母さんがそう提案してくれた。
「それがいいだろうな」
じいちゃんが賛成する。
「わしとばあさんでも、大きな音が出る物を持って、誰かが来たら叩けばよかろう」
「大きく騒げば、近所の人達も起きてくるでしょうしね」
ばあちゃんが相槌を打った。
「これで何も起こらなかったら、俺かなり恥ずかしいなあ」
俺がぼやくと、
「でも、その場合、みっくんが話したからそういう風に変わったのかもしれないよ?」
実夏がニコリと笑い、励ますように俺の手を握った。
いつもなら冷やかされるところだけど、今は違う。
叔母さんは実夏の発言を聞きとがめたのだ。
「実夏? 変わるってどういう事?」
その言葉に俺と実夏は顔を見合わせる。
俺はもちろん、実夏もループものを知っているのだ。
だからこそ、行動次第で展開が変わるという事も分かっている。
それ故の発言だったんだけど、大人達が知らない事でもあった訳だ。
いや、待てよ?
「説明するよ。フィクションの一つにループものってジャンルがあってね」
あるアイデアが浮かんだ俺は、皆にループものについて説明をする。
もちろん、一から十ではなく、概要をだ。
「へえ。皆の行動が変われば結果が変わるのか」
父さんはどこか面白そうな顔をしている。
「となると、稔が知っている事をしなければしないほど、事件は起こりにくくなるのか?」
「うん、そうなるね」
やっぱり面白がっているっぽいじいちゃんにそう言っておく。
「となると、夜はすき焼きは止めておいた方がいいかもしれないわね」
母さんが言うと叔母さんはうなずいて、
「いっそ、外に食べに行きますか? 全員この家に不在であるのが一番安全だと思いますけど?」
そう提案する。
全くもって同感だけど、皆そこまでするのかな?
「泊まるところはどうするんだい?」
叔父さんが何気ない口調でたずねると、叔母さんは困った顔になった。
「ここだろうね。うちに来てもらう訳にはもいかないし」
父さんが肩をすくめる。
「そりゃそうですよね。じゃ、どこか食べに行って、帰ってきますか」
叔父さんが何ともないように言う。
やっぱりこうなるのか。
皆、心の底から信じていて、何が何でも回避しようとは思っていないみたいだ。
それは仕方ないんだけど、どこかゲーム感覚でいるような。
何と言うか、俺の言う事を信じている事を楽しんでいるような、そんな感じだ。
どうしてなんだろう?
そう考えた俺ははたと気がついた。
今日は四月一日じゃないか……。
もしかして皆は、エイプリルフールネタだと思っているんじゃないだろうか?
そして俺がそう言ったら笑顔で「騙された」と言うつもりなんじゃないか?
だって今日の主賓は俺なんだから。
俺は愕然として、背中には冷たいものが流れる。
皆、本気で俺の事を信じてくれている訳じゃないかもしれない。
そんな不安を抱えて、俺は車に乗った。




