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りとらい  作者: 相野仁
10/22

 バレンタインの話がないまま、昼食は終わってしまった。

 実夏のチョコは食べたいんだけど、前フリなしでいきなり切り出すのもなぁ……皆の前で言うのは恥ずかしいし。

 我ながらヘタレだった。

 それにバレンタイン関係がなくなるとどうなるのか、興味がないと言えば嘘になる。

 もしも本当にループ体験をしているのなら、初めての展開は歓迎すべきだ。

 ループから脱出する為に必要な事が起こるかもしれないんだし。

 実のところループしているのかどうか、まだ半信半疑である。

 確信する為には何か証拠がほしいんだけど、そんなものあるかなあ?

 どうすればいいのか分からない。


「みっくん、部屋で遊ぼ?」


 実夏の誘いに俺は応じた。

 昼食後すぐ実夏と遊ぶのはこれが初めてだし。

 変化を期待したい。

 実夏の部屋に入ると、テーブルの前に敷かれている座布団に座る。


「何か飲む?」

「いや、今はいいや」


 普段はお茶でもと思うところだけど、今は満腹で水ですら入りそうもない。

 叔母さん、本当に料理上手だよなぁ。

 俺がそう思っていると、実夏はじっと見つめてくる。


「みっくんって料理が出来る女の子の方がいい?」


 真剣なものを感じたので、真面目に答えた。


「そりゃ、出来ないよりは出来る方がいいかな」

「そっか」


 それだけ言うと考え込む。

 実夏ってやらないだけで、料理自体は出来ると思うんだけどな。

 もしかしてやる気になったとか?

 奇妙な沈黙が舞い降りる。

 が、それは長い間ではなかった。


「ゲームやる?」


 俺は応じて、挿してあったループゲームのソフトを抜く。

 ……本当にループしているのかな?

 そう考えてしまう。


「みっくん?」


 実夏が不思議そうな顔をしている。

 おっと危ない危ない。


「まず格ゲーからやらないか?」

「いいよ」


 俺がそう言うと実夏はあっさりとオーケーを出した。

 過去二回ではレースゲーム一択だったんだけど、あっさりと変わる。

 やっぱり、変えるのは難しくないんだな。

 ループする原因さえ突き止めれば、脱出は難しくないかもしれない。

 問題は原因そのものだろうな。

 何か超常的な力が働いていると厳しい。

 ……ループするという事そのものが超常現象だけどさ。

 と、考え事をしていたら、格ゲーで実夏に完敗した。


「今日のみっくん、何か変だよ?」


 心配そうに言われてしまう。

 さて、どうごまかそうか。

 いっその事話してしまうという手もある。

 二回目ではあっさり受け入れられてたし……


「もしかして、来たくなかった? あたしといるの楽しくない?」


 従妹はそんな事を言い出す。

 不安そうな表情で言われたら否定するしかない。


「そんな事ないよ。嫌だったら来たりしないさ」


 笑って答えても実夏は安心しなかった。


「でも、みっくん、優しくて律儀だし、入学祝いをするなら嫌でも来るでしょ?」


 俺の性格はお見通しか。

 身内ってやつは、ごまかしたい時は困るな。 


「楽しくない奴と遊ぶほど、俺はマゾじゃないよ」

「本当?」


 何だか今日の実夏はしつこい。

 それだけ俺の態度が変だったんだろうか。


「本当だよ」

「そっか」 


 やっと信じてくれた。

 実夏ってこんなうざいところがあるような奴だっただろうか。

 と考えたところで、過去二回の事を思い出した。

 あの通りなら、確かに面倒な部分はあるな……きっとお互い様なんだろうけどさ。

 気を取り直して再戦する。

 そしてボコボコにされてしまう。


「……あれ?」


 俺が実夏の強さに絶句すると、実夏は「てへぺろ」をやりやがった。


「お前何してんの」


 反射的に突っ込んでしまう。

 正月に対戦した時より随分と腕を上げている。

 つまりそれだけやりこんでいたという事で……。


「いやー、息抜きでやってたんだけどね」


 言い訳しながら目を逸らす。

 こいつが目を逸らす時は、後ろめたい時だ。

 実はゲームをやり込んでいたんじゃ?


「息抜きでやっただけにしては、やたらと上手くなっているな」

「うん。休憩の時にいっぱい練習したからね」


 気まずそうな表情で言う。

 あれ、本当に息抜きでやっていただけ?

 息抜きの時間全部を練習に使った事が後ろめたかったの?

 

「い、いや、そういう訳ならいいんじゃないか?」


 俺は声が震えないように心を配りながら、何とかそう言う。

 てっきり、勉強時間を疎かにしてゲームをやり込んでいたんだと思ったのに……ひょっとしてゲームの上達速度にも差がある?

 何だか切なくなってきた。

 頭でも運動神経でも敵わないのに、ゲームまでなんて。


「あたしが強い方が、みっくんだって面白いでしょ?」


 小首をかしげてくる。

 なるほど、俺に気を遣って上手くなったのか。

 確かに以前の実夏は弱くて、あまり面白くなかったけど。

 ここまで強くなられてしまうと俺の立つ瀬がない。

 しかし、それを口に出すのはとてもかっこ悪い気がした。


「おう。次は本気出す!」


 それが言うと実夏は嬉しそうに笑う。

 ……何とか勝って最低限の面目は保てた。

 ゲームで保てる面目って何なのか、気にしない方がいいよな。

 格ゲーの次はレースゲームをプレイする。

 これも負けるが、こっちの方は過去二回で織り込み済みだ。

 元々レースゲームは強いな。

 レースゲームが強いなら格ゲーも強そうなもんなんだが、俺のイメージにすぎないのか、それとも実夏が例外なのか。

 それとも単純にゲームの仕様とかの問題か?

 まあいいか。

 ところで入学祝いっていつもらえるんだろう。

 過去二回だとそろそろなんだけど……自分から言うのはがっついているみたいで嫌だしなぁ。

 それに電子辞書は早くもらいたい物でもないし。

 いや、電子辞書じゃない可能性も微粒子レベルではあるのか?

 実はループしていなかったらの話になるけども。

 ループしていなかったらいいなぁ。

 ……電子辞書じゃなくて紙の辞書だったりするかもしれないけど。

 携帯ゲームのバッテリーがなくなったので、ゲームはひとまず終わりにする。


「トランプする?」


 実夏の問いに俺はしばし考え、


「すごろくってなかったっけ?」


 と聞いた。

 せっかくだし出来るだけ過去二回と変えてやろう。

 

「あるよ」


 実夏はそう言うと立ち上がって押入れを開け、段ボール箱を引っ張り出してくる。

 高校生活というタイトルで、人生ゲームの一種と言ってよい。

 ゴールした順位ではなく、した時の持ち点で勝敗が決まる。

 と言ってもゴールした順でボーナス点がもらえるので、先にゴールした方が有利には違いない。


「じゃあみっくんからどうぞ」


 実夏にそう言われてサイコロを振る。

 四が出たので駒を進めて止まると「サイフを落とした、百ポイントを払う」だった。

 初めは五百ポイントしかないのに。


「いきなり百ポイントマイナスとかふざけんな」


 俺が天を仰ぐと実夏は同情的な視線を送ってくる。

 そしてサイコロを振り、二を出して「新入生代表で挨拶して小遣いアップ、百ポイントゲット」に止まった。


「やった、幸先がいい」


 無邪気に喜んでいる。

 すごろくでも差が出るとか嫌だな。

 俺が次にサイコロを振ると五が出る。

 「アルバイトを始めた、百ポイントゲット」で少しほっとした。


「ここからここから」


 俺が言うと実夏は笑いながらサイコロを振る。

 実夏は六を出して何もないますに止まった。

 

「実夏、すごろくも強いなぁ」


 俺がため息混じりに言うと、


「ええ? こんなの運でしょ? それにまだ始めたばかりだし」


 と目をぱちくりさせる。

 それもそうだな。

 コンプレックス抱いてる場合じゃない。

 サイコロを振る。

 三が出たので進むと「赤点を取って追試。一回休み」となった。


「うげ」


 俺って運も悪いのかなぁ。

 今日に限った事かもしれないけど、少しへこむ。


「どんまいどんまい」


 実夏はそう言いながらサイコロを振ると一で、さっきまで俺が止まっていたマスに止まる。


「やったね」


 俺に遠慮したのか控えめに喜ぶ。

 実夏はこれで七百ポイントか。

 いや、まだ序盤なんだけど。


「ここから取り返す!」


 俺はサイコロを振って二を出す。

 「アルバイトをしていたら備品を壊したので弁償。三百ポイントを支払う」だと……?


「理不尽すぎる……」


 俺が思わず唸ると、実夏が恐る恐る尋ねてくる。


「あの、止める? みっくん調子悪すぎだし」


 心遣いが身に沁み、自分が情けなくなった。


「いや、続ける。意地でも続ける」

「そ、そう?」


 実夏はまた目を瞬かせたが、


「それじゃ続けるね」


 サイコロを振る。

 六を出して俺の駒を追い抜き、「テストで好成績を取ったので小遣いアップ。百ポイントを貰う」となった。


「実夏、絶好調だなぁ」

「へへ」


 俺が感心すると控えめに笑う。

 俺も次は一を出したいな。

 というか出ろ。

 念じながら振ると二が出た。

 「アルバイトを頑張った。百ポイントを貰う」に止まる。


「あ、よかったね」

「おう」


 これで少しはマシになるかな。

 と思っていたら、実夏が六を出しやがった。

 

「やった」

「そんなのありか」


 そうつぶやくと止まったのは「テスト勉強を頑張るので一回休み」だと?


「あらら」

「たまにはあるよな」

 

 しみじみと言う。

 むしろ今までがよすぎたんだ。

 実はちょっと安心している。


「悪いけどここで挽回させてもらう」


 俺はキリッとした顔で言い、サイコロを勢いよく振った。

 一が出た。

 沈黙が舞い降りる。


「ど、どんまい?」


 実夏が声を震わせながらそう言う。

 いちいち見なくても、笑いを堪える表情をしている事は分かった。

 従妹は一回休みなので続けてサイコロを振る。

 またしても一が出て、「林間学校に行くも食中毒。百ポイント失って一回休み」となった。

 鬼かよ。

 

「これ、一回休みが多くないか?」

「うーん、そうかも?」


 同調してもらえなくて、ただの負け惜しみみたいになってしまう。

 二人で三回だから少ないって事はないと思うんだけどなぁ。

 実夏がサイコロを振る。

 四を出す。

 何も書いてないマスだったけど、保有ポイントに差がつけられているから先にゴールされると厳しい。

 順位がいいほどゴールボーナスは高いし。

 挽回するにはポイントを貰えるマスに止まりつつ、実夏を抜く必要があるんだけど、いけるかな。

 今日の俺ってだいぶ運が悪いんだけど。

 俺は一回休みなので、実夏が続けてサイコロを振る。


「あ」


 二人の声がはもった。

 出た目は六だったのである。

 おまけに「テストが好成績。小遣いが上がる。百ポイントゲット」だ。

 これってもう挽回不可能な差がついているんじゃないだろうか。

 ラストの方にはポイントを大量に失ったり、相手に上げたりするマスがあるのでまだ諦めないけども。

 それでも、今日の実夏は止まらないんじゃないかって勢いは感じる。

 空気がよくないので、大きめに声を出す。


「こっから逆転してメイクドラマを作るぜ」


 実夏はきょとんとする。


「メイクドラマを作る……?」


 そして首をかしげ、俺は理由に気が付いて赤面した。


「おりゃあ」


 ごまかす為に声を出してサイコロを振る。

 五が出た。


「よしよし、悪くはないぞ」

「そうだねぇ」


 次に実夏が振ると四が出て「バレンタインチョコを作る。百ポイント失う」のマスに止まる。


「あ〜」


 実夏は声を出しながら、百ポイントを払う。

 

「そう言えば、バレンタインどうだった?」


 そしてそんな事を尋ねてきた。

 

「義理チョコなら何個かもらったよ」


 結局、バレンタインの話になるのかよ。

 何か作為的なものを感じるな。


「へぇ〜」


 実夏の声の音程が少しだけ下がった気がした。

 うん、多分気のせいだな。


「実夏は?」

「顧問の先生に義理チョコを上げたよ」


 どこか無機質さを感じさせるような表情で、そう答える。

 ここも過去二回と同じなんだなぁ。

 と思いながらサイコロを振る。

 「宝くじが当たった。千ポイントもらう」だと?


「よっしゃー!」


 思わず声に出ていた。


「おおー」


 実夏も手を叩いてくれる。

 これは運が向いてきたかも?

 次は実夏の番。

 三が出て「私物を壊された。相手に五百ポイント払ってもらう」だと……?


「ふざけんなっ!」


 思わず怒鳴っていた。


「ご、ごめん」


 実夏はしょんぼりしてしまい、俺は焦る。

 こいつに言ったわけじゃないんだ。


「いや、悪いのは俺だし。俺こそごめん」


 謝り倒して許してもらう。

 ただ、気まずい空気になってしまう。

 俺の馬鹿。

 結局、実夏が勝ったけど、終わるまで微妙な感じは続いた。

 マジで俺の馬鹿。

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