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忠実な執事は、お嬢様の棺を掘り返した

作者: 紡里
掲載日:2026/07/03

 石造りの無骨な城が、月明かりに照らされている。

 今夜で、念願の百人目だ。呻く領民から、赤い雫がぽたりぽたりと垂れていく。


 十年前に亡くなった私の花嫁。

 彼女を生き返らせるために、百人の命が必要だ。


 異教徒たちと戦っていた時代なら良かったが、今は領民から調達するしかない。

 一度に集めることはできなかった。一年で十人として、十年かかった。ぎりぎり、疑われない線を狙ったのだ。

 私の周到な計画のおかげで、誘拐を疑われることなく、「呪われた土地」という評判が定着した。


 若い頃は、女遊びを隠していなかった。次期領主に逆らう者はいないし、高い鼻に濃い眉、切れ長の目の私になびかない女はいなかった。

 それこそ、既婚も未婚も関係なく手を出した。


 それが、潔癖な婚約者には許せなかったらしい。

 結婚式の前日に、毒を飲んで死んでしまった。


 私は今度こそ、間違わずに婚約者を愛してやろうと思う。

 もう四十歳になってしまったが、他の女の存在が許せないほど愛していたのなら、年の差など何の問題にもないだろう。

 元々、三十歳と十五歳の縁組みだったのだ。


 十年前の悪魔を再び呼び出した。漆黒の髪に、不気味な赤い目。青白い肌をして、この城のどこかに住んでいるらしい。


「さあ、言われたとおりに、百人の命を費やしたぞ。約束通りに術を完成させてもらおう」


 悪魔は片方の眉を持ち上げた。

「相変わらず偉そうな男だ」

「今は私がここの領主だ。偉そうではなく、偉いのだぞ」

 そう言い返すと、悪魔は鼻で笑った。


 花嫁を寝かせている棺から、ジュワジュワと気持ち悪い音がして、煙が立つ。

 血を抜き取られた生け贄たちは壁に並べられて、生前の姿を保っている。そこから精気が吸い出されているようで、見る間にしなびていく。


 ああ、尊い犠牲だ。名前を残すことはないが、私の役に立ったことを誇りにあの世に行ってくれ。


 棺の中では、しなびた花嫁の体に柔らかな肉が戻っていく。眼窩が落ち、歯が見えている状態には、愛していてもゾッとするものがあった。

 ああ、やっとだ。

 これで、間違いは正される。


 しかし、シルエットが違う? 顔が……?

 目を開け、むくりと起き上がった姿は……まるで別人だった。

「誰だ? お前は!」


「あんたこそ誰よ?」

 顔をしかめて、場末の娼婦のような女が威嚇してくる。おかしい、何が起こっている。


 俺に愛されていないと誤解し、絶望して毒を飲んだ、「氷の令嬢」とは似ても似つかない。

 一体、どういうことだ?



 空中に浮かんだ悪魔が、腹を抱えて笑っている。

「ぎゃははは。ソレを生き返らせてやると約束したが、お前の元婚約者だなんて一言も言ってないからな。

 お前、今、最高にいい顔をしてるぞ」


「貴様―!」

 手近にある物を悪魔に投げつける。からかうように、ヒョイヒョイと避ける姿に怒りが増す。

「そう簡単に、やり直しなんかできるかよ。馬鹿め」

 悪魔の下半身が透けてきた。逃げるつもりか。


「一人の令嬢を自殺に追い込んだ。それをなかったことにするために、百人の殺人。

 お前の中で釣り合いが取れているのか? お前の方がよほど悪辣だと思うぞ」


 懐に聖水を忍ばせていたことを思い出したが、すでに悪魔は消えていた。

 目の前の娼婦が「責任を取れ」と私のマントを引っ張っている。こんな女に何の価値があるというのか。


 呪われた土地だと商人が寄りつかなくなり、領地は年々人が減っているというのに……。




 イオアナお嬢様が「もう死にたい」とおっしゃる。旦那様も奥様も、領主一族に逆らえないと、お嬢様の嘆きを聞かなかったことにするおつもりだ。


 毒を用意してほしいと頼まれた。

 そこで俺は修道士に頼み込み、仮死になる薬を用意した。材料が山の中の日陰に生息しているというので、何日もかけて取りに行った。

 修道士は「そのまま目を覚まさずに亡くなることもある」と言った。そこは、賭けるしかない。

 お嬢様はご存じない、俺のわがままだ。死ぬくらいなら、俺と逃げてほしいと。



 お嬢様は本物の毒だと信じて飲んだ。

 自殺なので、教会で葬儀も行われなかった。


 婚約者も異母妹も、父親でさえ悲しんでいない。継母は喜びを隠さない。

 いや、婚約者の奴は、異母妹を急に邪険に扱うようになったから、後悔したのかもしれない。遅すぎるがな。

 お嬢様を甚振っている異母妹と浮気をして、どの面下げて結婚するつもりだったのか。


 俺は夜中に、棺を掘り起こした。

 代わりに、貧民街に転がっていた遺体を棺に入れる。「罰当たりなことをして、すまん」と心の中で詫びた。餞として、お嬢様のドレスを着せてやったので、許してほしい。



 眠ったままのお嬢様を荷馬車に乗せ、俺は逃げた。

 数日後、外国で目を覚ましたお嬢様は、驚いて声も出ないようだった。


 そんなお嬢様の手を取って、枕元にひざまずく。

「イオアナ様。眠り姫を誘拐してしまいました」

 気障な台詞に、言ってから顔が熱くなる。

「まあ……ミルチャったら」

 お嬢様の白い肌が、ほんのりと染まる。知的な灰色の目が、まっすぐに俺を見つめ返す。

 俺の名前を呼ぶ声に、今までにない熱がこもっている気がした。



 浮気者の元婚約者とお嬢様の実家は、お嬢様がいなくなり困っているだろう。仕事を押しつけて、利用してきた報いを受ければいい。

 噂も届かないほど遠くの国に来たので、没落していく様子を知ることができないのは残念だ。だが、万が一にでも、戻れと言われたら困る。


 最愛のお嬢様と、可愛い我が子に囲まれて、俺は幸せなのだから。


 気がかりなことと言えば――子どもたちが「黒いワンワン」と呼んでいる犬を、一度も見かけたことがないのだ。故郷で祖母から聞いた悪魔の伝説……関係ないか。


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― 新着の感想 ―
ブラックドッグといえばイギリスの伝承だけれど、調べてみても東欧での扱いはよくわからんかった…。一度死んだ扱いになったか、墓場を荒らしたからか付いてきちゃったかー。
黒いワンワン…ヘルハウンドか?相変わらず彼女には死の影が付きまとっているみたいですね…
面白いけど、駆け落ちカップルにも悪魔がつきまといしてるのが不穏。 元婚約者は何を勘違いしてお嬢様に愛されてると思ったんだろ。 もし罪が露見しなくても不吉な噂の領地を抱え没落が目に見えるし、死後は悪魔…
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