忠実な執事は、お嬢様の棺を掘り返した
石造りの無骨な城が、月明かりに照らされている。
今夜で、念願の百人目だ。呻く領民から、赤い雫がぽたりぽたりと垂れていく。
十年前に亡くなった私の花嫁。
彼女を生き返らせるために、百人の命が必要だ。
異教徒たちと戦っていた時代なら良かったが、今は領民から調達するしかない。
一度に集めることはできなかった。一年で十人として、十年かかった。ぎりぎり、疑われない線を狙ったのだ。
私の周到な計画のおかげで、誘拐を疑われることなく、「呪われた土地」という評判が定着した。
若い頃は、女遊びを隠していなかった。次期領主に逆らう者はいないし、高い鼻に濃い眉、切れ長の目の私になびかない女はいなかった。
それこそ、既婚も未婚も関係なく手を出した。
それが、潔癖な婚約者には許せなかったらしい。
結婚式の前日に、毒を飲んで死んでしまった。
私は今度こそ、間違わずに婚約者を愛してやろうと思う。
もう四十歳になってしまったが、他の女の存在が許せないほど愛していたのなら、年の差など何の問題にもないだろう。
元々、三十歳と十五歳の縁組みだったのだ。
十年前の悪魔を再び呼び出した。漆黒の髪に、不気味な赤い目。青白い肌をして、この城のどこかに住んでいるらしい。
「さあ、言われたとおりに、百人の命を費やしたぞ。約束通りに術を完成させてもらおう」
悪魔は片方の眉を持ち上げた。
「相変わらず偉そうな男だ」
「今は私がここの領主だ。偉そうではなく、偉いのだぞ」
そう言い返すと、悪魔は鼻で笑った。
花嫁を寝かせている棺から、ジュワジュワと気持ち悪い音がして、煙が立つ。
血を抜き取られた生け贄たちは壁に並べられて、生前の姿を保っている。そこから精気が吸い出されているようで、見る間にしなびていく。
ああ、尊い犠牲だ。名前を残すことはないが、私の役に立ったことを誇りにあの世に行ってくれ。
棺の中では、しなびた花嫁の体に柔らかな肉が戻っていく。眼窩が落ち、歯が見えている状態には、愛していてもゾッとするものがあった。
ああ、やっとだ。
これで、間違いは正される。
しかし、シルエットが違う? 顔が……?
目を開け、むくりと起き上がった姿は……まるで別人だった。
「誰だ? お前は!」
「あんたこそ誰よ?」
顔をしかめて、場末の娼婦のような女が威嚇してくる。おかしい、何が起こっている。
俺に愛されていないと誤解し、絶望して毒を飲んだ、「氷の令嬢」とは似ても似つかない。
一体、どういうことだ?
空中に浮かんだ悪魔が、腹を抱えて笑っている。
「ぎゃははは。ソレを生き返らせてやると約束したが、お前の元婚約者だなんて一言も言ってないからな。
お前、今、最高にいい顔をしてるぞ」
「貴様―!」
手近にある物を悪魔に投げつける。からかうように、ヒョイヒョイと避ける姿に怒りが増す。
「そう簡単に、やり直しなんかできるかよ。馬鹿め」
悪魔の下半身が透けてきた。逃げるつもりか。
「一人の令嬢を自殺に追い込んだ。それをなかったことにするために、百人の殺人。
お前の中で釣り合いが取れているのか? お前の方がよほど悪辣だと思うぞ」
懐に聖水を忍ばせていたことを思い出したが、すでに悪魔は消えていた。
目の前の娼婦が「責任を取れ」と私のマントを引っ張っている。こんな女に何の価値があるというのか。
呪われた土地だと商人が寄りつかなくなり、領地は年々人が減っているというのに……。
イオアナお嬢様が「もう死にたい」とおっしゃる。旦那様も奥様も、領主一族に逆らえないと、お嬢様の嘆きを聞かなかったことにするおつもりだ。
毒を用意してほしいと頼まれた。
そこで俺は修道士に頼み込み、仮死になる薬を用意した。材料が山の中の日陰に生息しているというので、何日もかけて取りに行った。
修道士は「そのまま目を覚まさずに亡くなることもある」と言った。そこは、賭けるしかない。
お嬢様はご存じない、俺のわがままだ。死ぬくらいなら、俺と逃げてほしいと。
お嬢様は本物の毒だと信じて飲んだ。
自殺なので、教会で葬儀も行われなかった。
婚約者も異母妹も、父親でさえ悲しんでいない。継母は喜びを隠さない。
いや、婚約者の奴は、異母妹を急に邪険に扱うようになったから、後悔したのかもしれない。遅すぎるがな。
お嬢様を甚振っている異母妹と浮気をして、どの面下げて結婚するつもりだったのか。
俺は夜中に、棺を掘り起こした。
代わりに、貧民街に転がっていた遺体を棺に入れる。「罰当たりなことをして、すまん」と心の中で詫びた。餞として、お嬢様のドレスを着せてやったので、許してほしい。
眠ったままのお嬢様を荷馬車に乗せ、俺は逃げた。
数日後、外国で目を覚ましたお嬢様は、驚いて声も出ないようだった。
そんなお嬢様の手を取って、枕元にひざまずく。
「イオアナ様。眠り姫を誘拐してしまいました」
気障な台詞に、言ってから顔が熱くなる。
「まあ……ミルチャったら」
お嬢様の白い肌が、ほんのりと染まる。知的な灰色の目が、まっすぐに俺を見つめ返す。
俺の名前を呼ぶ声に、今までにない熱がこもっている気がした。
浮気者の元婚約者とお嬢様の実家は、お嬢様がいなくなり困っているだろう。仕事を押しつけて、利用してきた報いを受ければいい。
噂も届かないほど遠くの国に来たので、没落していく様子を知ることができないのは残念だ。だが、万が一にでも、戻れと言われたら困る。
最愛のお嬢様と、可愛い我が子に囲まれて、俺は幸せなのだから。
気がかりなことと言えば――子どもたちが「黒いワンワン」と呼んでいる犬を、一度も見かけたことがないのだ。故郷で祖母から聞いた悪魔の伝説……関係ないか。




