EPI.017 2026年10月18日 第31回-秋華賞- 日常パート
「あ、宇佐美さん。こないだはありがとうね」
放課後。そそくさと帰り支度をしていた瑞希は、まるで何日か前のデジャヴのように、なじみのない声に話かけられた。その瞬間は、いったい何の話だろうと逡巡したが、声の主を見た瞬間思い出す。
「その様子だと、まりあちゃん本当に招待にこたえてくれたんだね」
抜群の美貌を備えた女子生徒に、瑞希は言う。
「ええ。ほんの数十分ほど、ほとんど顔見せ程度の参加だったみたいだけれど、それでも竜ヶ崎のお嬢様がこういった場に顔を出すことはすごく珍しいことだって社長が言ってた。とても感謝してたよ。改めて、ありがとうね」
「私はまりあちゃんに封書を渡しただけだよ。お礼なら、まりあちゃんに言ってあげて」
「もちろん伝えたよ。だけど、それすらもやっぱり届いてないみたいで全く反応されなくてさ。ちょっとモヤモヤしてるんだ。変な話かもしれないけれど、受取人不在になっちゃったこの感謝の気持ち、代わりに宇佐美さんが受け取っておいてよ」
彼女の言葉に、瑞希は少し驚く。
まりあが学校での人づきあいを避けていることは当然知っていたが、そこまで徹底してるとは思わなかった。
「今日まりあちゃんに会ったら代わりにお礼伝えておくよ。私がそれを受け取るのはやっぱりおかしな話だから」
「うん、ありがとう」
「……まだ何か?」
「えっとね。これは別件っていうか、改めて、一つ相談なんだけど、宇佐美さんってサークルで動物のボランティア活動とかしてるんだよね?」
「そうだけど……」
「じゃあさ、保護猫の譲渡会とか、詳しかったりする?」
思いもよらない話題が飛んできた。
「心当たりがないわけでもないよ。けど、どうして?」
期待と不安が半々の気持ちで、瑞希は尋ねる。
「実はね、この間のパーティーで竜ヶ崎さんに地域猫の保護活動を勧められたの。それで事務所の先輩が興味が出たみたいで、今度話を聞きたいって。どうかな?」
瑞希はぱっと顔をほころばせる。
「私だったらいつでもいいよ」
「本当? じゃあ、連絡先とか教えてもらちゃってもいい?」
「もちろん」
「じゃ、これ、私のアカウント」
言って、彼女はスマホを取り出して瑞希に差し出す。画面には、LINEのQRコードが表示されている。
普段ほとんど友達登録などしない瑞希が覚束ないながらもどうにか登録を完了させると、すかさずかわいらしいスタンプが送信された。
「その人、猫を飼ってた経験とかあるかな?」
「小さかった頃に、十年以上一緒に暮らしていたって言ってたよ。竜ヶ崎さんの話を聞いて、久しぶりに猫と一緒に暮らしたくなったんだって」
「同居している家族とかいる?」
「両親と実家暮らしだって聞いてる」
「じゃあ、ハードルはかなり低いと思うよ。十年以上も一緒に暮らしていた実績があるんだったらアレルギーも大丈夫だろうし。たぶんだけれど、引き渡しまでスムーズに話が進むと思う」
「そういうものなんだ?」
「最終的に判断するのは私じゃないけれどね。久しぶりに猫を飼うにあたっての不安ごととか、譲渡会までの手続きの流れとか、わらかないことや聞きたいことがあったらいつでも問い合わせていいよって伝えておいて」
「何から何までありがとうね。実は、すっごくお世話になってる先輩だったから、できれば私も役に立ちたいなって思ってたんだ」
「持ちつ持たれつってやつだよ。私としても、保護猫を引き取ってくれる人を紹介してもらえて、うれしいし」
「……今更だけど、こないだはごめんね。あの手紙、私も社長から頼まれたはいいものの、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃって。完全に押し付けちゃってたよね」
「正直、最初はゴミ箱にダンクシュートしてやろうって思ったけど、結果オーライだね。お互いハッピーな結果になったんだから」
瑞希が屈託なくそういうと、彼女は柔らかく微笑む。
「私、宇佐美さんと同じクラスでよかった」
放課後の部室。
瑞希はいつものノートPCで譲渡会の主催者へのメールをしたためながら、隣に座るまりあへ声をかけた。
「この前、まりあちゃんの言ってたこと、私少しわかった気がする。人生、縁って、大切なんだね」
「急にどうしたのパイセン。さっきからずっとニヤニヤしてるみたいだし。変なキノコでも食べた?」
瑞希は、キッと口元を結ぶ。
「……もういい。まりあちゃんとは二度とまじめな話しない」
「もちろん冗談よ。譲渡会の話でしょ? パーティーで話題に出してみたけれど、結果的にうまく話に興味を持ってくれる人が出てくれたみたいで私もうれしい限りだわ」
「おやおや。動物ボランティア同好会の活動が順調なことに喜びを感じるなんて、まりあちゃんも会員としての自覚が板についてきたってことかな?」
意趣返しとばかりに、からかうように瑞希が言うと、まりあは真顔で首を振る。
「私がうれしいのは、瑞希パイセンの喜んだ顔が見られるからよ」
「えっ、あ、そう」
思いもよらないカウンターを正面から受けてしまった瑞希は、顔を赤くしてそっぽを向く。
その様子を、ずっと目を離さず見つめていたまりあは、満足そうに笑みを浮かべる。
「じゃ、パイセンをからかうのも済んだことだし、気を取り直して今日も元気に競馬の予想を始めましょうか」




