第四聖女、宿を探す。
斜面にへばりつくように家々が立ち並び、坂道を上り下りする人々の足元を、粒の小さい砂がさらさらと流れていく。遠くでは、鉄を打つ音がカン、カン、と途切れ途切れに聞こえた。
「じゃあ、この辺で降ろしてもらおうかしら」
リュシアが周囲を見やり、小さく息を吐いてから言った。
「教会の前じゃなくていいんですか?」
カインが何気なく尋ねる。
「お忍びで調査に来ているんだし、教会に顔を出すのは、様子を見てからよ。
いきなり『第四聖女様ご到着!』なんてやられたら、調査どころじゃなくなるもの」
「ごもっともですね、リュシアが言わなければ、自分から提案しようかと思っていました」
「よかったわ、頭の足りないガキ扱いされなくて」
すこしだけ笑みを浮かべると、御者にお礼を言いつつも、わずかばかり色をつけた料金を先んじて渡す。
そして、言葉通り、教会が見えない位置で降ろしてもらうことにした。
石畳に足を下ろした瞬間、山の冷たい空気が、ローブの裾をくすぐった。
馬車が去っていくのを見送ると、リュシアはフードを少し深めにかぶり直す。
「ここでは“第四聖女リュシア・フェルステラ”じゃなくて……そうね」
「“リア”くらいにしておきます?」
「うーん、安直ね」
「リュシアよりも言いやすく、響きもわるくないかと」
「これから私のことリュシアって呼ばせてあげないわよ」
ぶつぶつ言いながらも、リュシアはあっさり折れ、この町にいる間はリアと名乗ることにした。
名前を変えたところで、髪も顔もそのままなのだ。
周囲に対して、完全に隠し通すつもりは初めからない。勘のいいひとなら、言葉を交わしているといつか気づくと思う。
ただ、最初から「聖女様」として警戒されるよりは、護衛を連れた旅の娘として見られる期間を増やす、そのための施策だった。
「とりあえず、宿ね。荷物を置いて、動きやすくしましょう」
「中央通りから一本外れた通りに、旅人用の宿がいくつかあるみたいですね。
表通りの一番大きな宿は、防犯上はいいと思いますが、少し目立ちます」
「そういうのは、教会から正式に呼ばれたときで十分だわ」
二人は、坂を下りながら人の流れを観察した。
鉱夫らしい逞しい男たち。
薄汚れた子どもたち。
荷馬車を引く商人。
たまに、帝国風の衣装を着こんだ人影や、耳や尻尾を隠しきれていない異種族も混じる。
「境界の町らしいわね」
リュシアがぽつりと呟く。
「魔族領の鉱山と、人間側の街道がつながる場所。
人間と魔族が入り混じる、活気のいい街」
「そういう町は、飯がうまかったりしますね。あと、治安も悪い」
「後者は遠慮したいんだけど」
「経験上、飯が不味い時はあっても、治安がいい時はないですね」
「……くだらないこと言ってないで、早く宿を見つけましょうか」
中央通りを少し外れたところに、木の看板を掲げた宿があった。
《聖楽亭》と、薄れかけた文字で書かれている。
「こういうの、カインは好きそうよね」
「はい。豪華な宿も好きですが、隠れ家的な宿もそれはそれの良さがありますから」
「私はベッドが固くなければなんでもいいわ」
戸を押し開けると、木の床とスープの匂いが鼻をくすぐった。
まだ夕方前なので、客はまばらだ。
カウンターの向こうで、髭面の宿の主人が器を拭いている。
「いらっしゃい。どうやら鉱夫じゃなくて、旅人かな?」
「そう。ちょっとこの町に用事があってね」
リュシアが微笑んで、一歩前へ出る。
「二人なんだけど、部屋は空いてるかしら?」
「二人か。お前さんら、夫婦か?」
「違うわ」
即答だった。
宿の主が「ああ、すまん」と肩をすくめる。
「別々の部屋もあるが、金を浮かせたいなら二人部屋も一つ空いてる。どうする?」
リュシアが振り返る前に、カインが先に口を開いた。
「二人部屋をひとつで。
ベッドが二つなら、それで構いません」
「ちょっと、私に確認もなく決めないでくれる?」
カインはリュシアの耳元で、囁くような声で言う。
「私はあなたの護衛ですよ?同じ部屋以外はありえません」
「…………変態」
「変態でけっこう。変態に護衛されるご自身の立場を呪ってください」
「……わかったわよ。二人部屋でいいです」
不満を顔に出しつつも、リュシアは観念したように頷いた。
宿の主が笑い、鍵を取り出す。
「安心しな。壁はちょっと薄いかもしれないがベッドは丈夫だ。2人でのっても問題ないぜ」
リュシアは宿の主人の言葉が理解できず、顔をしかめた。しかし、すぐに彼の言いたいことに思い当たると、顔を赤らめた。
「はあ…、最悪…」




