第四聖女、地方へ行く。
春だというのに、風はまだ少し冷たかった。
サン・リュミエール聖王国の北東、帝国へと抜ける街道沿い。
茶色く乾いた土煙を上げながら、一台の馬車がのんびりと揺れている。
その中で、白いローブの少女が三度目のため息をついた。
「……はあ」
「今日だけで三回目ですよ、リュシア」
向かいの席で、黒い外套の男が軽く眉を上げた。
短く切った黒髪。鋼のように冷めた瞳。
鎧は簡素で、余計な装飾は一切ない。
どこにでもいそうな無骨な傭兵のように見える。しかし、
カイン。
彼は、第四聖女リュシア・フェルステラに随行する、ただ一人の護衛だった。
「別に数えなくていいでしょう、カイン」
リュシアは頬杖をついたまま、窓の外の景色をにらむ。
畑。小さな森。遠くに見える灰色の山並み。
目指す鉱山町の煙が、かすかに空へ伸びているのが見えた。
「ため息を吐くと、幸福が逃げるって言いますから。もう3つ逃してますよ」
「そんな迷信、聖女の前で堂々と言わないでよ」
リュシア・フェルステラ。
女神教会に仕える四人の聖女のうち、末席に座る「第四聖女」。
第一聖女は、教会を統括する冠の聖女。
第二聖女は、戦を統括する武の聖女。
第三聖女は、法を統括する秩序の聖女。
そして第四聖女は──。
「辺境と問題現場の巡回担当、便利屋聖女、よね」
「公式には“境界の聖女”ですよ」
「やっていることは地域巡業と辺境の監視じゃない」
口をとがらせて、不平をこぼす。聖女らしくない、と言われればそうだが、これが彼女の素だった。
「はあ、あの子が行きたがってたんだし、譲ってあげるべきだった」
あの子。第三聖女マリエルなら、不平一つこぼさずにこの旅を楽しんでいただろう
「リュシアの役目ですからね、こういった仕事は」
「か弱い少女を肌寒い極寒の寂れた町に送る教皇も教皇よね。あいつ、絶対に私のこと嫌いでしょう」
「私からはなんとも」
カインは薄い笑みを浮かべたまま、楽しそうに返事をする。
「はあ、あなたはいつも楽しそうでいいわね」
リュシアは頬を膨らませ、手のひらでローブの内に収めている封筒を撫でた。
封蝋の下には、密命の内容が書かれている。
──ここ数年。
戦争が終わったはずの世界で、「死んだはずの人が現れる」という報告が、じわじわと増えている。
死んだ人と瓜二つの存在が現れる。
本来なら、女神のもとへ還ったはずの魂が、もう一度現れるはずがない。
もし、そんなことがあれば、大衆に広く知られている常識が揺らいでしまう。
教会はまだその事実を公にはしていない。
けれど、放っておくには、その噂は広がりすぎた。
だからこそ第四聖女に、調査の役目が回ってきたのだ。
──巡礼の名目で各地を回り、世界の揺らぎを認め、修正する。それが第四聖女、境界の聖女の役割だった。
「まあ、ぐちぐち言っても仕事は減らないので、やると決めてしまった以上はやるしかないですよ」
カインが、窓の外の山をちらりと見やる。
「第一の調査地、鉱山町アルノ。戦時中は前線の補給基地。もちろん死傷者も多い」
「やっぱり死者が多いことが、なにか秩序の揺らぐ原因になるのかしら」
「どうでしょうね、ただ、この旅で回ろうとしている都市は、いづれも魔族との戦闘で多くの被害が出た都市です。関係があってもおかしくはないでしょうね」
リュシアは小さく息を吐いた。
「自然現象なら、私も仕方ない気持ちになるんだけど…。最悪なのは帝国や、あなたの同類が原因の場合よね」
「魔王はともかく、帝国に魂の扱いに優れたものがいるとは思えませんがね。少なくとも戦時中は、教会が独占している知識とは大きな差があった」
馬車が大きく揺れ、会話が一度途切れた。
やがて、御者の声がかかる。
「お客様方、町が見えてきました」
「ありがとうございます。御者のおじさま」
リュシアはカインと話しているときは明らかに異なる、鈴のような声色で返事をすると、
ローブの裾を整え、顔を上げた。
「まあ、細かいことは調べてみればわかるでしょう。あなたも、元同僚がいたとして手加減しないように」
カインと話しているときは、年相応の少女のようだったが、御者の一言でスイッチが入ったのか、第四聖女としての聡明な顔になる。
「大丈夫です。自分が何者で、どういう立場かは心得ているので」
「そう、ならいいんだけど」
そんなやりとりを交わしながら、二人を乗せた馬車は、灰色の山のふもとに広がる鉱山町へと入っていった。




