表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/14

03 振られた次の日が一番気まずい

「頭痛てぇぇ……」


いかん、つい飲みすぎた。

昨日の公園での缶から、部屋に戻ってまた健二と飲み直したのが完全に余計だった。


シャワーを浴びても頭は重いまま。スーツに袖を通しながら、ため息が漏れる。


気が重い。


昨日は「振られた」なんて言葉で軽く済ませたが、実際は胸の中にまだ焼けるように残っている。

酒に逃げつもりだったが、あっさりと捕まえられた。


満員電車に揺られ、

頭をガンガンさせながら会社のエントランスをくぐった瞬間。


「……おはよ」


声がして、振り向く。


栗色の髪のセミロングで、肩にかかるあたりが自然に内側へカールしてる。

化粧も薄めで、ぱっと見は地味といえば地味だ。


けど──すれ違うとなぜだか、一瞬振り返りたくなるような透明感がある。


職場では無難なブラウスやカーディガン姿ばかりなのに、それすら「似合ってしまう」のがずるい。


目元は優しげで、笑うと一気に華やぐ。


同僚たちが次々来社する中、

昨日の張本人――安藤聖が立っていた。


まるで、昨日のことなどなかったかのように、微笑みかける。



「……あ、あぁ。おはよう」


口から出た声は、やけに上ずっていた。


『なんなの?最後の告白、めんどくさいんだけど』


あのメッセージが脳裏に浮かぶ。


やめろ、思い出すな。

普通に返せよ。俺が意識すればするほど、余計に変になる。


一方の安藤さんは、そんな俺の動揺なんて気づいていないみたいに、首を小さく傾けて微笑んだ。


「顔色悪いけど、大丈夫? 寝不足?」


――やめてくれ。


ただの気遣いなのは分かってる。

振られたからって職場でぎこちなくなっては、社会人として失格だ。


でも、そういう自然体な優しさが今はいちばん刺さるんだ。


「……まぁ、ちょっと飲みすぎただけ」

「ふふっ。三浦くんってお酒弱いのに、懲りないよね」


昨日の夜、俺をあっさり斬り捨てたのと同じ口から出てくる、他愛もない笑い声。

その無邪気さが、逆に胸を締めつけてくる。


安藤さんは特に気まずそうな素振りも見せず、さっさとIDカードをかざしてゲートを通り抜ける。

振った側の余裕か、あるいは――本当に何も気にしていないのか。


俺だけが、昨日の出来事を抱え込んでいる。

妙な疎外感に、さらに頭痛が増した気がした。


なんなんだよ、くそっ……。


雑念を振り切ってオフィスへ向かう足取りは重い。


完全な二日酔いの中、がんばってモニターに視線を固定していると、トントン、と肩を叩かれた。


「三浦先輩っ、おはようございます!」


振り返ると、わが社の元気印の後輩・宮沢みやざわ恵美えみが満面の笑みで立っていた。

社内でも一際目立つその豊かな胸元が、揺れるたびに同僚の男どもがチラ見しているのが分かる。


小動物のような愛嬌が社内でも人気なのだ。

視線が痛い。


「お、おはよう」

「今日からの会議、先輩と同じチームですよね? よろしくお願いします!」

「……あぁ、よろしく」


宮沢さんは屈託のない笑顔でペコッと頭を下げると、そのまま俺の机の横に腰を掛けるように寄りかかる。


「……あの、宮沢さん」

「はい?」

「そこ、俺のデスクなんだけど」

「えへへ、ちょっとだけですって!」


小さく舌を出す仕草がいかにも後輩らしい。

その屈託のなさに、思わず力が抜ける。


ほんとなんなの?この子?どういうつもりなの?


周囲の視線がまたチクチクと刺さってくる。

同僚たちの「いいなぁ三浦」「またかよ」という無言の空気が背中越しに伝わる。


宮沢さんが首をかしげるのと同時に、斜め向かいの席から視線を感じた。


――安藤さん。


無表情のまま資料に目を落として、少し強張った指でページをめくっている。

集中しているみたいだ。



そうだよな。別にどうでもいいよな……。


胃の奥が、酒の残りかすみたいに重たく疼いた。


チャイムが鳴り、ざわざわとオフィスの空気が昼休みモードに切り替わる。


「三浦先輩! お昼、一緒に行きませんか?」

宮沢さんが弾けるような笑顔で立ち上がった。


「え、あぁ……」


正寿は思わず言葉を濁す。断ろうかと思ったが、周囲の「またかよ」的な視線に背中を押される。


結局二人で食堂へ。

列に並びながら、宮沢さんが楽しそうに喋る。


「先輩って、意外と飲むんですね。今日ちょっと顔赤かいですよ?」

「……え、マジで?」

「みんな気づいてると思いますよ?」


そんなに顔に出てたのか、これはちょっと反省しないとな。


「もしかして、お酒で忘れたいことでもありました?」


ニヒヒとイタズラっぽく笑っているが、なかなかに鋭いなこいつ。


「……まぁ、色々とな」

正寿はトレーを取りながら、曖昧に笑ってごまかした。


「ふふーん、怪しいですねぇ。じゃあ今度飲みに行きましょうよ! 私、先輩のこと酔わせて本音聞き出しますから」

「……おいおい、脅しか?」

「褒め言葉ですっ」


宮沢さんの人懐っこさに、胸の痛みが少しだけ和らぐ。

そのとき――視界の端に映った。


安藤さん。

同じ部署の数人と一緒にトレーを持ち、こちらに近づいてくる。

一瞬、視線がぶつかる。


……けれど、安藤さんは何事もなかったかのように、別のテーブルへ進んでいった。


「先輩?」

「……いや、なんでもない」


笑顔で隣に座る宮沢さんと、素っ気なく背を向けた安藤さん。

その対比が胸をえぐる。


健二の言葉が、また耳の奥で蘇る。

――「恋愛なんて最後は“信じられるかどうか”だぞ」


信じるも何も綺麗なに振られてるんだ。

そう……振られたんだ……。


箸を持つ指が、妙に重く感じる。

隣で笑っている宮沢さんの声が、心地いいはずなのに、耳の奥で反響して遠のいていく。


一つの声が囁く。

――「いいじゃないか。振られたんだ。宮沢と楽しそうにしてれば、自然に忘れられる」


もう一つの声が突き刺す。

――「忘れたいのか? 違うだろ。安藤さんを見て、まだ胸が痛んでる。それが答えだ」


うるさい。


切り替えろよ。


長いんだよ。


女々しい。


バカなんじゃないか


魔王になり損ねた俺には、

こうしてウダウダと子供みたいにいじけているだけ。


「先輩、やっぱり元気ないですね?」

「……いや、二日酔いがひどいだけだって」


宮沢さんの声に、かろうじて笑ってみせる。


けれどその笑顔すら、どこか他人の顔みたいだった。


昼休みのざわめきの中、

ただ一人取り残されたような感覚が、じわじわと胸を満たしていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ