23 潜入
夜、街のネオンが少し湿ったアスファルトに反射していた。人通りが多く、なんとも騒々しい。
健二が「瀬川のよくいる店」と紹介してくれたのは、大学生や若いサラリーマンで賑わうバーだった。
ネットで店の情報を見ると、薄暗くて騒がしく、どうも俺には合わなさそうな印象だ。
一人だったら、絶対に行かないだろうな……。
ったく健二の奴、よく調べたもんだ。
『一応、同姓同名って線があると思って、瀬川と同じ高校だった奴に聞いたが、高校卒業して4浪人して、塔南大行ったって言ってから間違いないと思う』
家を出る前、健二に伝えられたことを思い出す。
『いいか。俺は瀬川に顔が割れてる可能性があるから、一緒には入れねぇ。その代わり、助っ人を頼むから、その人と一緒に行ってくれ』
ということで、今はその助っ人を待っているところだ。
誰が来るのか、なぜか頑なに教えてくれなかった。
一体、誰が来るだろう……。
俺が知ってる人なんだろうな。
不安はあるが、
今気にしても状況が変わるはずもない。
そうだ。事後報告になるのも悪いし、一応古野沢さんにこのことを伝えておこう。ちょっと遅いかもしれないけど……。
俺はスマホを手に取り、画面を見つめる。
メッセージより、電話のほうがいいだろう。
出てくれるといいんだが……。
迷いながらもコールボタンを押す。
数回の呼び出し音のあと、少し息を整えた声が聞こえた。
『もしもし、証人さん?』
「あ、古野沢さん。ちょっと遅くなっちゃったけど、今電話大丈夫?」
『うん、大丈夫。どうしたの?』
突然の電話に驚きながらも、いつも通り明るく応対してくれる。
あれから連絡を取ってなかったけど、よかった、元気そうだ。
「実は……今から、ちょっと瀬川 翔の様子を見に行くことになってて……」
『え……瀬川? なんで?』
「瀬川と俺の同居人が知り合いでさ。俺も一回やつがどんなやつか見ておきたくて」
知り合いとも実際は違う気がするけど、古野沢に伝えるにはちょうどいいだろう。
『私も行く』
「は……?」
俺は思わず声を漏らしてしまった。
電話越しでも、古野沢さんの真剣な声が響いてくる。
『だって、放っておけないでしょ。あいつほんとにサイテーな奴だし……』
「古野沢さんは顔を知られちゃってるんだから、ダメだって。そういう点では、俺は本当に知らないやつだから大丈夫だって」
『でも……』
驚いてしまったが、こうなる気はしてた。
だからこうして直前に連絡したわけだが。
「大丈夫だって、別に絡みにいくとかそういうことをしようってわけじゃないんだから。それに助っ人も来てくれるみたいだし……」
『助っ人……?』
「知り合いさん、お待たせッス」
古野沢さんが懐疑的な反応をした瞬間、聞き覚えのある口調と、見覚えのある橙色のショートヘアが目の前に現れた。
「あ、杏奈……さん……?」
『は?杏奈??』
俺と古野沢さんの驚きがシンクロする。
それが予想通りの反応だったのか、ニヤニヤしながら手に持っていた俺のスマホを華麗に奪っていった。
『もしもし、梨里ッスか?』
びっくりしすぎてなにも抵抗できなかった。
そのまま俺を気にすることなく、電話続ける。
今日は髪に編み込みをしていて、ラフな白のTシャツと淡いデニムのジャケット。
下は黒のスキニーに白スニーカー。
肩には小さめのキャンバストートを斜め掛けしている。
雑踏の街に溶け込みつつも、バーでの雰囲気とはまるで違う。
普段着の彼女らしい軽やかさが目に入った。
「そういうことだから、梨里は家で大人しくしてるッスよ。あとで行くッスから」
不敵な笑みを浮かべると、杏奈さんは画面をスッとスワイプして電話を切った。
「どうしてここに……?」
やっと、彼女が現れてから抱いていた疑問をやっとぶつけることができる。
「助っ人ッスよ。聞いてなかったッスか?」
「それはわかるけど、どうして杏奈さんが?」
「マスターから頼まれまして……。経緯は大体聞いたッスよ。知り合いさんのお友達と瀬川とのことも」
なるほど。
健二、響子さんに連絡したのか。
それにしても、あいつ、夏の大会のことまで話したんだ。
意外というか、そこまでしてくれるのか。
感謝しないとな。
「あんな話を聞いたら、さすがに無視はできなかったッス。ホントはマスターが行きたがってましたけど。仕事がありますし、マスターだと突撃しちゃうかもしれないでしょ?」
「確かに……」
曲がったことが嫌いな響子さんが説教している姿が目に浮かぶ。
「そこで自分の白羽の矢が立ったワケッス」
「白羽の矢……って、完全に巻き込まれた感じじゃないか」
杏奈は肩を軽くすくめ、ニヤリと笑った。
「そうッスね。けど、証人さんも一緒ッスから、心配いらないッスよ」
俺は小さく息をつき、頭の中で作戦を整理する。
瀬川とやらは一体どんなやつで、どんな空気なのか。
想像するだけで、ちょっと緊張する。
「で、杏奈さん……俺たち、どうやって入るんだ?」
「入口は普通に入るッス。店員に知り合いさんの友達……健二さんでしたっけ?」
「……合ってる」
「健二さんの知り合いがいるらしいので、その人が瀬川がいる席の近くに案内してくれるみたいッスよ」
やだ。うちの親友、有能だわ。
人脈どうなってんだよってツッコミたいわ。
「で、証人さんはあんまり目立たないようにッス。こっちは任せて大丈夫ッスから」
杏奈さんは俺の様子をチラリと見て、ニヤリと笑った。
「大丈夫。俺はナチュラルで目立たないから」
「頼もしいッス」
杏奈は楽しそうに笑いながら、肩から掛けたトートの位置を直した。
その仕草ひとつにも、場慣れしているというか、肝の据わった余裕がある。
「じゃ、そろそろ行くッスか」
「……ああ」
足元を見ると、さっきまで緊張で重たかったはずの足が、少しだけ軽くなっていた。
杏奈が隣にいるだけで、心のどこかで「大丈夫かもしれない」と思える自分がいる。
なるほどこれが、助っ人ってやつか。
年下の女の子にこんなに頼もしさを感じてしまうのはどうかと思うが、しょうがない。
この子がすごいのだ。
バーのドアを押し開けると、空気が一気に変わった。 煙草の残り香とアルコールの匂いが入り混じり、耳に飛び込んでくるのは笑い声とグラスがぶつかる乾いた音。
照明は天井から吊られた間接照明が中心で、ところどころにネオンの光が差し込み、室内を赤や青にぼんやりと染めている。
奥の方ではバンド音源らしい洋楽が流れていて、騒がしいのに、妙に均整の取れた空気が漂っていた。
カウンターには仕事帰りのスーツ姿の男たち、ソファ席には派手なメイクの女の子たちが座り、グラスを片手に誰かの話に盛り上がっている。
一見すれば楽しげな夜の風景だが、俺にはどこか落ち着かない。場違いなところに迷い込んでしまったような心地がした。
隣の杏奈さんは、特に緊張している様子もなく、涼しい顔で店内を見回している。
場慣れしているのか、それともただ肝が据わっているのか。
その表情を横目に、俺はほんの少し肩の力を抜くことができた。
「……あの、もしかして正寿さんと杏奈さんですか?」
不意に、低めの声が近くからかけられる。振り向くと、黒縁の眼鏡をかけた青年が立っていた。
シャツの袖を少し捲り、控えめな笑みを浮かべている。
健二の知り合い――つまり、俺たちを案内してくれる人物だろう。
「健二さんから聞いてます。瀬川のことを見たいって」
「ええ、まあ……」
思わず曖昧な返事になるが、青年は特に詮索することもなく頷いた。
「こっちです。今夜も来てますから」
声を潜めながらそう告げ、彼は人混みを縫うように歩き出す。
俺と杏奈さんは目を合わせ、小さく頷き合って後を追った。
店内のざわめきが一層大きく感じられる。
これから瀬川 翔と、同じ空気を吸う場所に踏み込んでいく。
その現実がじわじわと緊張を強めていった。
「あれッス。あそこの席で中央にふんぞり返ってる茶髪が瀬川ッス」
案内されたのは店の端にある大きなソファが一つあるある席だった。
ピンクだし、ハートがあしらってたり、なんかファンシーな感じするけど、カップル用か?これ。
テーブルの上にはカラフルなカクテルグラスがいくつも並び、既に飲みかけらしいジョッキも雑然と置かれている。
店内の音楽はうるさいが、なんとか声は聞こえる。
杏奈さんに示された席は俺達の背中側で、自然に振り向くと、金髪に近い明るい茶髪を無造作にセットした男が、派手な笑い声を上げていた。
シャツの胸元は大きく開け、手首にはシルバーのブレスレット。
隣に座る女の子の肩に自然な仕草で手を回し、もう片方の手でグラスを掲げている。
俺達からはしっかり姿は見えるが、おしゃべりに夢中な彼らはいちいちこっちを気にしないだろう。
「いやー、マジで俺って運がいいんだよな!な?こうして可愛い子たちと飲めるんだからさ!」
「やだぁ、ショウくん口ばっかりー!」
「口だけじゃないって!証明してやろっか?」
軽口と笑い声が絶えず、場の空気を完全に自分のものにしていた。
──うん、嫌いだ。
ただの飲み会の盛り上げ役ならまだしも、その目の奥にある「欲深さ」が、俺には妙に引っかかった。
「杏奈さんは瀬川と接点あるの?」
「ないッス。ただ、梨里と一緒にいる時、2,3回声かけられたことはあるッス」
「じゃあ、顔バレてるんじゃ……」
「マスクしてたから大丈夫ッス」
「それならよかった」
そういうことなら、大人しくしていたら、バレることもなさそうだ。
ちょうど背中を向けてる状態ではあるし、変に目立たなければ大丈夫だろう。
安心していると、嫌でも大きく品がない声が聞こえてくる。
不快だ。いや、これを聞きに来たんだけどね?
グラスを傾け、隣の女の子と笑い合う瀬川。
取り巻きっぽい男たちも何人かいるが、全員の視線は奴向いている。
だがその口調は軽やかでありながら、どこか自己中心的で、まるで周囲すべてを自分の舞台に変えているかのようだ。
そういえば、鼻曲がってないな。
なんてことを考えていると取り巻きの一人が話し始めた。
「そういえば、ショウくん。彼女とは最近どうなんすか?」
瀬川はグラスを持ったまま、ソファにふんぞり返っった。
「は? 彼女? あー……まあまあ、ぼちぼちってやつ?」
その言い方は軽く笑い飛ばしているようで、隣にいる女の子さえ苦笑するしかない雰囲気だった。
取り巻きたちが「やっぱ羨ましいっすよ〜」と声を揃えると、瀬川はニヤリと口元を歪めた。
「でもさ、俺って基本、束縛とか苦手なんだよね。ほら、俺を縛れる女なんてそうそういないっしょ?」
そう言って、グラスの氷を舌で転がすような仕草を見せ、隣の女の子の腰に手を回す。
取り巻きは「さすがッス!」「やっぱ格が違うわ〜」と持ち上げる。
──うわ、こういう奴か。
古野沢さん、あの時のシャイニング・ウィザード、本当にありがとう。最初、本気で引いちゃってごめんなさい。
と心から思った。
「でもよ……」
瀬川はゆっくりとグラスを傾け、氷がカランと音を立てる。
「最近、彼女が別れたいとか言い出してさ〜。なんか浮気に気づいてるっぽいだよな〜」
取り巻きたちは一瞬、ざわつきかけたが、瀬川の笑みを見るとすぐに笑い声を取り戻す。
そんなことより……桃子さん、別れを切り出したのか……。
──そんなことより……桃子さん、別れを切り出したのか……。
瀬川の軽口に、思わず胸の奥がざわつく。
取り巻きの笑い声とグラスのぶつかる音が耳に入ってくるけど、全然頭に入らない。
「えぇ〜、マジでショウくん、やばくないっすか〜?」
「浮気って、ほんとにしてたんすか〜?」
取り巻きの質問に、瀬川は片眉を上げてグラスを傾ける。
「いや〜、まあ、ちょっとね。でも女はさ、焦らすくらいが面白いんだよ。俺の価値を分からせるためってやつ?」
反吐が出る。 人に対してこんなに嫌悪感を感じるのは初めてかもしれない。杏奈さんも同じ気持ちなのか、肩が震えているのが伝わってくる。
奴はグラスを傾けながら、片目を細めてニヤリと笑う。
その笑みは、楽しげな表情とは程遠く、計算され尽くした悪意のように見えた。
まるで、自分が今この場の絶対的な主役であり、世界すべてが自分の思い通りに動くことを当然だと思っているかのようだ。
隣の女の子に触れる手つきも、軽薄さを通り越して挑発的だ。
肩に回した腕の角度、指先の圧力、視線の滑らせ方
──すべてが相手を掌で転がすような所作に感じられる。
取り巻きたちはその様子に笑い、うなずき、まるで褒め称えるように彼を見上げている。
次の瀬川の言葉が、ざわめく店内の音をもかき消すように、俺の耳に突き刺さった。
「けど、どうしても別れたいって聞かないなら……。最後にめちゃくちゃにするってのもありかもな」
その声は低く、甘く、だがどこか鋭く尖っていて、耳障りではなく、むしろ心の奥底をくすぐるように響く。
「その時も俺らもイイっすか!?」
「あぁ、好きにしろ」
「キタコレ!アッツ!!!」
笑い声に混じる取り巻きたちの拍手や歓声も、背後でまるで自分の演奏に合わせる伴奏のように感じられる。
「ちょっともう……許せないッス……!」
「杏奈さん!落ち着いて!」
杏奈さんの言葉は、震えながらも揺るぎない強さを帯びていた。
立ち上がろうとするその小さな身体には、怒りと決意が混ざり、簡単には止められない圧力があった。
俺は思わず手を伸ばし、肩を掴む。
「杏奈さん!落ち着いて!」
声に必死さが滲む。
ヤバい、完全にスイッチが入ってしまった。
もっとこの子は冷静なイメージだったが、古野沢さんや桃子さんをバカにされて、堪忍袋の尾が切れたんだ。
杏奈さんは、ほんの一瞬俺を見上げただけで、眉を寄せて首を横に振る。
「知り合いさん、止めないで」
聞いたことのない冷たい声。
その眼差しは真っ直ぐで、揺るがない。
怒りだけでなく、確かな正義感と守りたいものへの意志が混ざっている。
そりゃそうだ。
俺だって死ぬほどムカついている。できるなら、今すぐあいつに顔面に一発入れてやりたい。
杏奈さんは、
古野沢さんと友達で、桃子さんもステイルの常連で俺より二人との繋がりは深い。
けど、今ここで……、ここで行かせては、絶対だめだ……。
「キレるのは俺らの役割じゃない!それは桃子さんの役割だから!」
「……でもっ!」
必死で止めている最中、視界の端で茶色い髪がゆらりと揺れるのが見えた。
瀬川が立ち上がり、こちらに向かって一歩一歩踏み出している。
ヤバい、こっちに来る……!
胸が一気に高鳴り、耳の奥で血流の音が響く。
音が遠ざかり、時間が少しずつスローモーションのように感じられる。
瀬川の靴音が床を滑るように響き、取り巻きたちの笑い声も、グラスのぶつかる音も、まるで遠くの雑音のようだ。
咄嗟に、俺は杏奈さんの手を引っ張った。
「きゃっ!」と小さく可愛らしい声をあげた彼女が当然ながらこちらへ倒れがくる。
反射的に体を支えようとすると、自然と腕が彼女の背中に回り、胸が彼女の肩に触れる。
──やばい。
細い肩に触れる自分の手。柔らかな背中の感触。女性の体温が、シャツ越しに掌に伝わってくる。
──これ、完全にまずい状況だ。
心臓が激しく鳴る。バレないためとはいえ、こんな――。杏奈さんの体が、腕の中で微かに硬直するのがわかった。
驚かさせてしまっている。もしかしたら気持ち悪がってるかもしれないが、ここはどうにか我慢してほしい。申し訳ないが……。
「……っ、知り合いさん……!」
彼女の声はかすかに震えていたが、力を抜かず、かといって完全に抵抗しているわけでもない。
抱きしめた腕の中で、少しずつ体を預けてくるその感触に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
そのあまりに小ささに、俺はそっと肩を押さえ、手の力を調整する。力任せではなく、あくまで静かに、彼女を守るように。
背中の曲線、髪の香り、温もり──
すべてが目の前の現実だと突きつけてくる。
「ごめん、ちょっと静かに」
声を低くして言う。ここでバレてはまずい。
彼女が反射的に倒れ込んできたタイミングで抱きしめる形になったとはいえ、相手を傷つけるわけにはいかない。
だから、腕の中で微かに揺れる彼女の体に合わせて、少しだけ揺れを吸収するように抱き続ける
──いや、神様、違うんです。
別に劣情があるとかじゃないんです。ホントです。
肩に伝わる小さな震えが、俺の手に伝わってくる。
その震えの理由は恐怖か、それとも緊張か、いや……どちらも混ざった複雑な感情なのだろう。
顔を合わせた時、マスクをしていたと言ってたが、よくよく考えれば、この特徴的な橙色の髪で気づかれる可能性もある。迫る気配に、俺は思わず杏奈さんを抱き寄せる力がつい強くなってしまう。
「知り合いさん……強いッス……」
彼女の消え入りそうな声に、罪悪感が爆発する。
──ごめんなさい!すみません!悪気はなかったんです。ただ反射的に女子大生を抱きしめただけなんです!
懺悔をしているのも虚しく、俺達の正面で瀬川が足を止め、ちらりとこちらに向いた。
完全に目が合ってしまう。
──あ……終わったかもしれぬ……。
さっきまで、ぶん殴りたいとさえ思っていたのに、今はそれどころじゃない。
彼の目は鋭く、笑みの裏に少しの嘲りが混じっていた。
「ちっ……イチャイチャしやがって……」
小さく舌打ちをすると、何食わぬ顔で過ぎ去っていった。
その後ろ姿が視界から消え、店内の喧騒が戻っってくる。
少し落ち着いたところで、ゆっくりと杏奈さんを見た。
「……大丈夫?」
「ええ……、でも、ヒヤッとしたッスね」
肩をすくめる彼女の表情を見て、俺はほんの少しだけ安心した。
瀬川は去った――。
だが、そのわずかな視線と悪態の余韻が、まだ身体全体を締め付けるように残る。
杏奈さんも今の一瞬で冷静になったみたいだ。
「……帰ろうか」
「そうッスね」
互いに小さくうなずき、席を立つ。
今は瀬川がいない間に速やかに店を出よう。
……完全に血の気が引いた。
出口に向かう足取りは早いのに、背中を刺すような感覚がして、振り返る勇気は出なかった。
扉に手をかけた瞬間、冷たい金属の感触にようやく現実を取り戻す。




