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01 揺れる金髪は輝いている

今起こったことを説明しよう。


自信はない。


目の前で金髪ギャルが男にシャイニング・ウィザードをかましたのだ。


な?意味がわからないだろ?


このように思考が止まったも同然のまま、

俺は立ち尽くしていた。


「クソッ……!!」


彼氏だった男がよろけながら立ち去っていくのを確認すると女性が振り返る。


やばい、目が合ってしまった。


「……見てたよね、アンタ」


頬をほんのり赤くしながらも、瞳はやたらと冷静だ。

さっきシャイニング・ウィザードを決めたその人──。


スレンダーで整った顔をした彼女から、さっきの一撃が繰り出されたとは到底思えない。


「え、あ……いや、その……」

「ごまかさないで。見てたでしょ?あたしがあのクズにやられかけたところよ」


いや、どう考えてもやったのはあなたの方なんだけど。


「で、証人になって。正当防衛だったって」

「え、正当……防衛?」


この子は何を言っているんだろう。

俺の疑問など、伝わるはずもなく彼女は続ける。


「そう。しつこくされてたんだから、完全に正当防衛でしょ」

「いやいや、最後は“必殺技”っぽかったですけど!?」

「……あれは感情の正当防衛。いいでしょ、それで」


にやっと笑う彼女。

え、そんな刑法初めて聞いたんですけど。


「とにかく、あんたは見てたんだから。責任持って証言よろしく」

「なんで俺が……」

「証人ってのはそういうもんでしょ? はい決定」


俺の返事も待たず、勝手に話を進めてしまう。

なんなんだ、このギャル……。


「あなた名前は?」

「……三浦正寿」

「そう、あたしは古野沢このさわ梨里りり。よろしくね?証人さん」


いや、自己紹介したんだから名前で呼べよ。


「それで?証人って何すればいいんだよ」

「簡単よ。あいつがなんか言ってきたときに見たこと証言してくれればいい」

「俺ほとんど君のシャイニング・ウィザードしか見てないんだけど…」


というかあれが衝撃的すぎる。


「別に今すぐ交番に行ってどうこうって話じゃないわ」

「じゃあ、どういう…」

「こっちに手札を持っておきたいだけなの。しつこかったのよ、何度も断ってるのに……」


一瞬、彼女の顔が陰った。

……さっきまで“感情の正当防衛”とか言ってた人と同じに見えない。


「だから、あんたは切り札。証人カード」

「なんで俺がトレーディングカード扱いされてんだよ!」

「レアよ?目撃証人R」

「ふざけてるだろ!?」


古野沢さんは肩をすくめて笑い、金髪を揺らした。

その余裕の笑みに、妙に圧倒される。


「でも、ほんとにありがたいの。今日アンタが通りがからなかったら、また一人で何とかするしかなかったし」

「……いや、俺なんもしてないけど」

「してたでしょ。“見てた”じゃん。それが大事なの」


にこっと笑ってそう言われると、なんだか逃げられなくなる。

くそ、これは強引さというよりも“押し切られるカリスマ”ってやつじゃないのか。


「で、何があったんだよ」

「…それ聞く?」

「こっちは通りすがりで巻き込まれてんだよ」

「それもそっか」


古野沢さんは一度、夜風に吹かれる金髪を耳にかけて、視線を逸らす。


街灯の光に照らされた横顔は、さっきまでの茶化すような笑顔とは違っていた。


「大学生の先輩でさ、告白されて試しに付き合ってはみたんだけど」


は?なんなんの、告白ってそんな成功の仕方あんの?


俺なんてめんどくさいって言われたんだけど。

……え?俺なんか悪いことした?


って違う違う、今はこの子の話を聞かないと。


「アイツね、別れるって言ってからずっとしつこかったの。毎日電話、待ち伏せ、LINE。全部無視しても止まらない」


「おうおう、それはまた強烈だな」


「でしょ? でも“恋人だった”ってだけで、周りは軽く見るんだよね。『情熱的でいいじゃん』とかさ。……ほんと、笑える」


吐き捨てるように言いながらも、その手は小さく握られていた。


あれか、どうせ別れるなら、その前に一発みたいなことか。

大学生ならよりありそうだな。


「なんでそんな奴と付き合ったんだよ」


湧いてしまった疑問を口に出さずにはいられなかった。

好奇心?いや、違う。


恋愛を憎んでしまっている俺は怒りにも似た感情をぶつけてしまったのだ。


「知りたかったの……」

「?」


キョトンしている俺を見て彼女はふっと笑った。


「私ね小中高と空手ばっかやっててさ」


なるほど、それであの大技か。

いや、あれって空手技だっけ?


「でもね、格闘技ばっかやってると“女子”って扱われないのよ。

部活の仲間からも“私=強い”で固定さちゃうの」


彼女は小さく肩をすくめた。

街灯の下で見せるその姿は、強がってるようでどこか寂しそうだった。


「大学に入って、空手から離れたら何もかも変わったの。」


「何もかも?」

思わずオウム返ししてしまう。


「そう。メイクとか服とか、普通の女の子がやってることをやってみたの。

そしたらさ、周りの見る目が一気に変わった。今では見ての通りよ」


古野沢さんは少し笑う。

けれどその目はどこか遠くを見ていた。


「なりたかった姿なのか?」

「興味はあったのよ。でも、絶対やりたいってわけじゃなかった」

「じゃあ、なんで?」

「……“普通”をやってみたかっただけ」


古野沢さんはそう言って、夜空を仰いだ。

公園の街灯に照らされ、金髪が風に揺れる。


「あいつと付き合ったのそう。みんなが普通にしている恋愛っていうのをやってみたかったのよ。その結果がこれじゃ笑い話にもならないけどね」

「いや、結構おもしろいよ?思いっきり蹴っ飛ばしてるんだもん」

「バカ言わないで。……でも、あんたが笑ってくれるなら少しは救われるのかもね」


古野沢さんはそう言って小さく息を吐いた。

どこか肩の力が抜けたように見える。


「普通の恋愛、普通の彼氏、普通の幸せ──そう思っただけなのに。

なんで私、こうなるんだろ」


「……“普通”なんて幻想だろ」


俺の口から、勝手に言葉がこぼれていた。

彼女は驚いたようにこちらを見る。


「……どういう意味?」


「俺だって“普通の恋愛”しようとしたけどさ。

結果、勝手に期待して、裏切られて、馬鹿みたいに終わっただけだ。

普通なんて結局、ただの飾りだろ」


「何があったのよ……」

「気にするな、ちょっと魔王になりかけただけだ」

「ほんとに、何があったのよ……」

「よくある話だよ、好きな子に振られたそれだけだ」


ジト目で見てくる古野沢さんに耐えられず、口走ってしまった」


「……『よくある』なんて言わない方がいい」


彼女は低く呟いた。

街灯の下、その目は思いのほか優しい。


「よくあることなら、そんな顔しないでしょ」


俺は息を呑んだ。

図星すぎて、反論すらできない。


「……さすが空手女子、打撃が鋭いな」


皮肉っぽく返すのが精一杯だった。

けれど梨里は微かに口角を上げただけで、それ以上追及はしてこなかった。


「あんたってさ、面倒くさいけど──嘘はつけない人だね」


その言葉が妙に胸に残った。


「まぁいいわ。悪い人じゃなさそうだし……とりあえず連絡先交換しましょ」


「え、なんで」


「証人カード、紛失したら困るじゃん」

「いや、カードじゃないし」

「それに、あんた逃げそうだから監視用」

「監視!?」


古野沢さんはスマホを取り出して突きつけてくる。

強引さはあるのに、どこか茶目っ気を感じて断れない。


「……ほんとに巻き込まれてるだけなんだけどな、俺」

「いいじゃん。証人冥利に尽きるでしょ」


にやっと笑う梨里の顔に、また押し切られてしまう。


「じゃあ帰るわ」

「女の子一人で危なくないか?」

「誰に言ってんの?」


古野沢さんは自分の足を軽く蹴り上げてみせた。

その動きがあまりにも自然で、さっきのシャイニング・ウィザードが頭にフラッシュバックする。

いや、それよりも……


「見えるって」

「ちょっっっ!!バカ!変態!死ね!」

「理不尽すぎるだろ…」


俺の抗議など聞く耳持たず、梨里は真っ赤な顔でスカートを押さえながら背を向ける。


ふんっとそのまま颯爽と公園をあとにした姿を見送ると俺は缶チューハイのプルタブに手をかけた。


……よかった、まだ冷たい。

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