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16 約束の日

時刻は13時45分。

約束の時間まで、あと15分。


朝起きてからなんだか落ち着けずに、少し早めに指定されたカフェへ足を運んでしまった。


硝子張りの扉を押すと、軽やかなドアベルが鳴る。

途端にふわりと広がるコーヒーの香ばしい匂い。


店内は明るく、木目調のテーブルが陽射しを受けて柔らかく光っている。

壁際の観葉植物、規則的に並んだ照明。

天井から流れるのはジャズピアノで、休日らしい穏やかなリズムだ。


窓際では若いカップルが、

カフェラテを前に肩を寄せ合って笑い合っている。

奥の席ではノートパソコンを開いて作業する人、参考書を広げる学生。


それぞれの土曜日を過ごしていて、皆どこかリラックスしている。


そんな中で、俺だけが落ち着かない。

水の入ったグラスを指先で回しながら、落ち着かない心臓の鼓動を誤魔化す。


昨日ステイルで聞いた、あの鼻曲がりくんの人物像情報を詳しく知ってしまってから、奴のやらかしていることであれこれ考えるのが馬鹿らしく思える自分もいる。


また、同じ年齢で高校も俺や健二の地元あたりの高校に通っていたこと。


そのことがひっかかっていて、もしかしたら知っているのではないかと健二に聞きたかったが、家に帰ると姿がなかったので、それは叶わずだった。


金曜日や土曜日は家にいないことが多いので、想定の範囲内。

きっと、彼女のところにでも行ってるのだろう。


なんにしても、敵が姿が明確になったことで、俺の行動理念が古野沢さんと桃子さんのためであることを再確認できた。


あの夜とは違う、明るい昼のカフェ。

けれど、俺の心のざわつきは夜と変わらない。


入口のドアベルが再び軽やかに鳴った。

反射的に顔を上げる。


そこに立っていたのは、少しきょろきょろと周囲を見回す古野沢梨里と、その隣に落ち着いた表情の桃子さんだった。


昼の光に照らされる2人は、BARで見たときとはまるで違って見える。


古野沢さんは明るい色のカーディガンにデニム。金髪は軽く巻かれて、まるでカフェの空気に馴染んでいるようだった。


一方で桃子さんは白のブラウスにロングスカート。化粧も控えめで、社会人らしい清潔感のある姿だ。

昨日まで頭に浮かんでいた“泣き顔の彼女”とは違う、しっかりと前を見据える眼差し。


そんな2人をぼーっと眺めてると、

古野沢さんがこちらを見つけて、小さく手を挙げる。


「証人さん、もう来てたんだ。待たせちゃった?」

「いや、今来たところだ」


こういう時のテンプレみたいなセリフを言ってしまったが、本当にそうなんだから仕方ない。

少し恥ずかしい気もするが。


「こんにちは、正寿くん。あの日以来だね」

「すみません。急に呼び出す形になってしまって」

「全然、大丈夫。気にしないで」


優しい笑顔を向けてくれた桃子さんは、そのまま俺の正面に座った。

同じタイミングで古野沢さんはが俺の隣に。


テーブルを挟んで三人。自然と正面から桃子さんと向き合う形になり、胸の奥が妙にざわつく。


「なんかさ、こうしてると面接みたいだね」


桃子さんがカフェのメニューを覗き込みながら笑う。

緊張感と気まずさが蔓延る空間の中で、少しでも和ませようとする彼女の気遣いにも見える。


「ほんとだ。証人さん、緊張してるでしょ?」

「……いや、別に」


それに乗っかり茶化す古野沢さんの言葉を否定はしたが、悪い気はしない。

とはいえ、手にした水のグラスがわずかに揺れてしまう。


腹をくくったとは思っていたが、やっぱりめちゃくちゃ嫌だ。


だってそうだろ?

二股されていた事実を今から伝えるんだ。

たまたま、そのことを決定づける第三者になっただけ、本来なら関係がない。

俺が、隣にいる金髪ギャルを放っておけないだけだ。

自分で選択して、自分で行動してここにいるのだから、自分の責任だ。


俺が気を張っていることなど関係なく、店員がタイミングよくやってきて、3人ともそれぞれドリンクを注文する。


メニューを閉じた瞬間、ほんの短い沈黙。

その沈黙を破ったのは、やはり古野沢だった。


「証人さん、絶対ブラックコーヒー派かと思ったのに。カフェオレって意外〜」

「……甘いの苦手だけど、カフェオレぐらいなら飲める」

「カフェオレを甘い物って認識してるんだ……」


そんなにおかしくないだろ。

コーヒーの苦味がちょうどよくて、そこにしか意識がいかないから甘くないはずだ。

じゃあ、コーヒー飲めよって話だが細かいことは気にするなよ、ブラザー。


「じゃあ正寿くん、パンケーキとか頼んだらどうなるの? 一口でギブアップ?」

「……別に、そこまでではないですよ」

「ふふ、じゃあ今度一緒に試そうよ。証人さんがどこまで甘党か、私が見届けてあげる」

「勘弁してくれ」


思わずため息まじりに返すと、古野沢さんが肩を揺らして笑った。桃子さんも小さく口元を緩める。


今のところは普通に談笑している周りの人たちと変わらない雰囲気だ。


ただ、本番これからだ。


話が一区切りついた後、空気を変えるのにちょうど良いタイミングで、頼んだものが運ばれてきた。

受け取ったカフェオレの湯気を見つめながら、俺は心臓の鼓動を落ち着けようと息を整える。


古野沢さんががまた何か言い出しそうに身を乗り出し。


「桃子さん。今日呼び出させてもらったのは、話があるからなんです」

「そうだよね。あの日ステイルで梨里ちゃんとほとんど話せなかったのに、響子さんから『梨里ちゃんが話したいことがあるらしい』って連絡もらったときはびっくりしちゃった」


桃子さんはカップに口をつける前に、少しだけ視線を落とした。

ラテの表面に浮かぶ泡を見つめながら、静かに言葉を探しているようだった。


「それで……梨里ちゃんが、わざわざ今日こうして会って話したかった話って──」


問いかける声は穏やかだが、ほんのわずかに緊張が混じっている。

古野沢さんも姿勢を正し、テーブルの下で手をぎゅっと握りしめているのが伝わってきた。


俺はと言えば、目の前のカフェオレから立ち上る湯気を追いながら、会話の行方に見守るしかない。


俺はあくまで”証人”なのだ。


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