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12 元気な後輩は騒がしい

翌朝。

眠りは浅く、何度も目を覚ましたせいで体が重い。

けれど、会社は待ってくれない。


エントランスの自動ドアが開いた瞬間、蛍光灯の白々しい光に昨日の夜の記憶が逆流してくる。


ギャルとの再会、バーでの惨劇、駅でまさかの遭遇、同居人の炒飯と裸エプロン。


夢だったんじゃないかと思うほど、全部が現実感を失っていた。


どうか夢であってくれとさえ思う。


「せーんぱい!おはようございます♪」


既にキャパオーバーな俺に関係なく、背後から軽い調子の声が飛んでくる。

うちの会社の元気印、宮沢 恵美だ。


相変わらず彼女が話しかけている時は、周りの男性社員からの刺さるような視線が痛い。


黒髪のショートヘアで、ぱっちりとした丸い目で、人懐っこさを感じさせる。笑うとタレ目っぽくなって可愛さはまず小動物フェイス。


少しきつそうなブラウスやカーディガン。胸元がつい強調されてしまうタイプで、本人はそこまで意識していないが、男たちは悩殺されている。


さらに、天真爛漫で甘え上手で人懐っこいという理想的な後輩像を体現している。

彼女の人気は必然なのかもしれない。

今や正統派美人の安藤さんもあわせて、うちの会社の人気女子社員2トップだ。


彼女が入社して1年。

研修を終えてから同じチームになり、関わることが多くなり、ずっとこの調子だからさすがに慣れたけど。


「朝から元気すぎるって、宮沢さん」

「先輩がテンション低いだけですって」


悪びれもなく笑って、彼女は俺の横をすり抜けてエレベーターのボタンを押す。

振り返った笑顔が、反射的に眩しく見えてしまう。


……元気印、か。

こういう子が職場に一人いるだけで、空気が良くなるんだよな。


「よーし今日も頑張りましょう!」


……いや、実際に元気になってるのかもしれない。

この底抜けの明るさを目の当たりにすると、心が少しだけ軽くなる気がする。


「朝からテンション高すぎると周りに迷惑だよ」

「えー、でも先輩。会社って暗いより明るい方が良くないですか?」

「正論すぎて返せねぇ……」


エレベーターが到着し、俺たちは中に乗り込んだ。


昼休み。

例によって俺は宮沢さんと机を挟んでいた。


今日は外に行ってるのか、安藤さんとは顔を合わせていない。

久しぶりに平穏に過ごしている気がする。

例によって俺は宮沢さんと机を挟んでいた。


「先輩、それ何弁当ですか?」

「コンビニのチキン南蛮」

「またですか!偏ってますよ、栄養!」

「放っとけ」


ご飯にチキン南蛮にたくあん。最高だろうが。

そのはずなのに、宮沢さんのお気に召さなかったようで、文句を言いながら、彼女は自分の弁当に入っていた卵焼きを差し出してくる。


「なんですのん?」

「食べてください!」

「なんで?」

「栄養補給です!先輩の弁当バランス終わってるじゃないですか!黄色と茶色しかないんですよ?」

「卵焼きも黄色なのでは……」

「細かいことは気にしない!」


仕方なく、チキン南蛮の横に置かれた卵焼きを口に入れた。

ほんのり甘いたまごの中にほうれん草が入っている。甘さとしょっぱさのバランスが絶妙だ。

これは……


「……うまいな」

「でしょ!」

「自分で作ったのか?」

「もちろん!私、料理得意なんです!」


フフンと得意げに語る。

確かにこの腕前であれば、得意と言われても反論の余地がない。

今すぐ嫁に行ってもなにも問題ないだろう。


得意げに笑う宮沢さんを前に、なんとなく言葉が止まる。


女性の目線からはどう思うか、客観的な意見が知りたい。

そんな考えからか、気づけば口が勝手に動いていた。


「なぁ、宮沢さん」

「はい?」

「浮気って、どう思う?」

「したんですか?されたんですか」

「してもされてもない!」


浮気について聞かれた時のテンプレートでもあんのか。

冷ややかな目線を送ってくる宮沢さんに、真っ向から否定する。


「……で、宮沢さんはどう思うんだ?」

「私は絶対許せないですね!」


即答だった。

顔には笑みがあるのに、言葉はきっぱりと鋭い。


「だって浮気って、好きって言ってくれた気持ちを裏切ることでしょ? それやられたら、もう一緒にいられないです」

「……なるほど」

「でもまぁ……」


と、いかにも純粋でまっすぐな意見を言った後、彼女は少し視線を落とす。


「人によっては、好きすぎて許しちゃう人もいるんだろうなって思います」


小声で呟いたその一言に、胸の奥がわずかにざわつく。

健二の言ってた“損したと思った時点で負け”と、どこか通じてる気がしたからだ。


「でも私は絶対イヤですけどね!あとあれです、

“バレなきゃいい”とか言う人いますけど、私は無理ですね」

「無理?」

「だって、バレなきゃいいって、それもう相手を“バカにしてる”じゃないですか。そういうの一番ムカつきます」


彼女の言葉はシンプルだが、真正面からの拒絶だった。

健二の「欲だから仕方ない」という達観とも違う。

「相手を大事にしてないから許せない」――その一点に尽きる。


「なるほど、すごい参考になった。ありがとう」

「何ですか、参考って。やっぱり先輩、浮気してるなんですか?」

「してねぇって、知り合いがちょっとさ……」

「言い訳にしか聞こえないんですけど〜、怪しい〜」


無邪気に笑う宮沢さんを見て、さっきまで胸に絡みついていた重さが、少しだけ和らいでいく。


……健二の屁理屈も、宮沢さんの正論も、どっちも本当なんだろう。


人間そんなに真面目に生きていないし、相手のことを考えない奴もごまんといる。してはいけないことをしてしまう。そんな矛盾の中で揺れてるんだ。


その揺れからは、なかなか逃げられそうにない。


「じゃあ、今は彼女いないんですか?」


宮沢さんはお弁当箱のふたを閉じながら、わざとらしく首をかしげる。


「……いない」

「ほんとに?」

「ほんとに」


じっと見つめられる。

からかってるんだろうけど、その目はどこか探るようでもある。


「へぇ〜、意外ですね」

「意外ってなんだよ」

「だって先輩、優しいし頼りがいあるし。普通にモテそうなのに」


なんで、そんなに評価が高いのだろうと一瞬思ったが、これあれだな、占いと一緒でなんとなく誰にでも当てはまるようなこと言ってるだけだな。


お世辞で言ってくれているのだろう。

優しい子だ。


「買いかぶりすぎだ。それでモテたら苦労しないって」


言いながら、視線を逸らす。

ほんの少しだけ、胸の奥を突かれる感覚があった

まだ、恋愛の話で矛が自分に向くと、心が苦しくなる。


「まぁ、でも安心しました」

「何がだよ」

「だって彼女いるのに、浮気について調査してたら、めちゃくちゃ怪しいですもん」

「調査ってなんだよ」

「ふふっ、なんでもないです」


彼女はまた、子どもみたいに笑った。

その明るさに、昨日の夜のざらついた記憶がほんの少しだけ遠ざかっていく。


「さぁさぁ、じゃあ午後も頑張りましょー!」


えいえいおー!と拳を掲げた。

あんまり、1人でやらんだろ、それ。

かといって、一緒にやりましょうとか言われたら困るし、絶対に嫌だけど。

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