10 好きになんてなってほしくなかった
終電間際の電車。
車内は蛍光灯が妙に白々しく映り、ガタンゴトンと響く音だけが心地よく一定のリズムを刻んでいる。
都心より少し外れた区間なので、この時間はあまり人気はなく、座席は空いている。
にも関わらず、空いてる席になど目もくれず立っている女性。
安藤聖はドアの横にもたれかかっていた。
バッグを胸の前で抱え込むように持ちながら、窓の外に流れる闇を見つめる。
何かを考えているようで、実際には何もまとまらない。
───どうして、声をかけたのか。
その理由を、自分でも掴めない。
先日、告白を受けた彼が、
知らない女の子と一緒にいた。
ただ、それだけ。
それだけのはずだった。
派手な金髪のギャルっぽい女の子。
普段の彼から接点が想像できないタイプ。
2人での飲みの席でも、
会社と自宅の往復ばかりで、異性との接点がないとう話をしていた。
不器用で嘘をつく人じゃないと、勝手に思い込んでいたが、実際は分からない。
異性の影を隠すための嘘か、また振られた寂しさでゆきずりの女性?
振った彼女がしなくていい邪推を脳が勝手にしてしまう。
「なにしてんだろ……」
誰にも聞こえない独り言がつい出てしまう。
目が合った時、彼は自分より早く気づいていたみたいだが、あの様子を見るに声をかけるつもりはなかっただろう。
当然だ。あんな振り方をしたのだから。
彼を傷つけたことは、間違いない。
本来は目が合っても、会釈して立ち去るぐらいでよかったはずだ。
なのに、彼の存在に気づき目が合った瞬間、そして、隣に立っていた派手な女の子が視界に入った瞬間、胸の奥で小さな棘が引っかかるような感覚が走る。
どういう関係なのか、なぜ一緒にいるのか。
言葉にできない違和感が、喉の奥をせき立てる。
その圧に押されるように、気がつくと彼の名前を呼んでいた。
あの瞬間から今まで、余計なことをしたと後悔している。
彼のことは本気で良い友人だと思っていた。
新卒の時に同期で入社し、右も左も分からないながら、苦楽を共にしてきた仲間だと。
……好きになんてなってほしくなかった。
友達だからこそ、安心できた。
友達だからこそ、気を許せた。
なのに、それ以上を望まれた瞬間、
彼との関係は「今まで通り」でいられなくなってしまう。
故に、告白を断り解散した後、
何事もなかったように、メッセージを送ってきたこれに対して、無性に腹が立ってしまった。
彼は、自分のことを友達とは思ってなかった。
だったらと、
心の底から交際を拒否していることをはっきり伝えるため、自分にできる最大限の『酷い言い方』を選んだ。
らしくなく、少し感情的になってしまったのだ。
ショックを受けていたことを自覚せざるを得ない。
今まで通りの友人には、もう戻れないだろう。
男女の友情において、恋愛感情が入ってしまうと簡単に崩壊する。
曖昧さを残してしまったら、勘違いさせてしまう。
会社では、今まで通り接する。
それは同僚として、社会人としての最低限の顔だ。
──さすがに彼も、それでまだ期待を抱くほど愚かではないはず。
そう信じているからこそ、
もう前までの関係に戻ることはない。
それでも。
本当は、線を引いたのは彼のためだけじゃない。
もし曖昧にしてしまえば、煩わしさと付き合っていくことになる。そんな面倒なことは願い下げだ。
だからこそ、あえて冷たく突き放した。
冷たさは、彼を拒絶するためであり──同時に、自分を守るためでもあった。
彼女の中で、これでよかったんだという気持ちと感情に任せた罪悪感が電車と同じように揺れ動いている。
窓に映る自分の表情も、揺れる度に変わって見えた。
さっきまで一緒いた友達からのメッセージにも、今は返事する気になれない。