プロローグ Q.人生において「恋愛」は必要なのか
はじめまして、かしわ天でと申します。
失礼したショックで書き始めた恋愛アンチラブコメディです楽しんでいただければ、嬉しいです。
Q. 人生において「恋愛」は必要なのか。
この問いについて、どう思うだろうか?
少し俺の話をしよう。
結論から言えば、
……振られた。
二十五年生きてきて、人生で初めての告白だった。
相手は会社の同期の女の子。
二人で飲みに行った帰り道。
駅前の薄暗い街灯の下、別れ際に思い切って口にした。
「……付き合わない?」
情けないことに、彼女の顔をまともに見る勇気もなく、声もかすれていたと思う。
たった二秒。ほんの二秒の沈黙のあと、視界の端に映ったのは――小さく首を横に振る彼女の姿だった。
「……そっか」
納得したふりをして、無理に笑顔を作る。
そして逃げるように背を向けた。
「じゃあ、また」
その言葉が、今の俺にとってどれだけ空虚なものかを噛みしめながら。
少し歩いた後、
感情が込み上げてきた。
やっぱやめときゃ良かった。
いやいや、わかっててやったんだろ?
あーもー
「誰か俺を殺してくれ…」
家についていないのに、頭の中で何十回はリフレインしただろう。
脈なんてなかったんだ。
業務で関わることが多かったのがきっかけだった。
最初は事務的なやりとりばかりだったのに、ふとした拍子に趣味が合うと分かって――
そこからは驚くほど自然に、飲みに行く回数が増えていった。
正直、ここまででも俺にとっては奇跡みたいなことだ。
誘う時なんか、めちゃくちゃ勇気を振り絞った。
食に詳しくない俺が、場違いに思われないように必死で店をリサーチして、どうかハズレでありませんようにと願った。
それでも彼女が「いいね」って笑ってくれた時の安堵は、今でも忘れられない。
一見すると、冷たい人に見えるかもしれない。
でも、それは嘘をつけないだけなんだよな。
機嫌が悪ければはっきり顔に出るし、嬉しいときは子どもみたいに素直に笑う。
それが俺にはたまらなく魅力的で、安心できた。 一緒に過ごす時間は、本当に楽しかった。
彼女が食事しながら、仕事や上司の愚痴をぶつけてきたときなんか……心の奥でガッツポーズしてたんだ。
「俺にだけ、こういう顔見せてくれるんだ」って。
ただの愚痴なのに、
俺にはそれが特別に思えて仕方なかった。
栗色の長い髪に大きな瞳。
小柄なのによく食べてよく笑う。
飲みの場で自分にだけ向けられる顔に心を掴まれてしまった。
そもそも、
顔も良くない、明るくもない。
モテる要素ない人間からすれば、
女の子と二人きりで食事をするという時点で、
特別なものなのだ。
飲みかけのペットボトルを渡されたり、
太ももに手を置かれたり。
そんな些細なことでさえ、
恋愛偏差値が0の人間からすれば、
意味深に映った。
相手にとっては、ただの他愛ない仕草だったのだろう。けど、俺には充分すぎた。
気づけば、会わない日も彼女のことを考えてしまう。
そんな自分が気持ち悪かった。
この負のループから抜け出すため、
俺こと三浦正寿は告白という選択肢を選んだ。
学生という人生のボーナスタイムも終わり、
今は立派な社会の歯車3年目。
25歳、彼女なし。
同級生たちはちらほらと結婚なんてものをし始めているが、自分には関係ないと思っていた。
そんな俺が不覚にも人を好きになってしまったのだ。
最悪だ。
恋愛なんて、自分が大した人間じゃないことを思い知らされるだけのイベントだ。
絶望して、傷ついて、後悔するだけ。
そう分かっているのに──指が止まってくれない。
「今日はありがとう」なんて普段通りのメッセージを送ってしまった。
通知音。
……早い。
いつもは遅いのに。
恐る恐る画面を開くと、そこには一文だけ。
『なんなの?最後の告白、めんどくさいんだけど。』
…。
問いたい。
人生において、「恋愛」は必要なのだろうか?
答えがYESであるならば──
俺が魔王にでもなって世界を滅ぼしてやる。
★
「寒…」
春先とはいえまだ冷えを感じる。
人生初めて告白をした結果の寒さと併せて、頭も冷やしてくれている気がする。
胸の中が穴だらけになったまま、帰り道のコンビニに寄り、酔いも回ってないのに缶チューハイとカップ麺を買って出た。
失恋直後の人間が選ぶラインナップとしては、まあ
無難だろう。
落ち込んでるなぁ俺。
とぼとぼ歩いていると、前方で声がした。
「だから、別れるって言ってるでしょ」
「はぁ? 何でだよ」
「体の関係迫るような人は無理」
「お前マジか。そんなん普通だろ? 俺のこと好きならさあ──」
足が止まった。
通りかかったのは住宅街のはずれにある、小さな公園だった。
夜の街灯に照らされたブランコのそばで、男女が向かい合って立っている。
茶髪で細身の男が女の子の腕をつかんでいる。
痴話喧嘩か?
助けるべきなんだろうか?
いや、俺には関係ない。
……そう思ったのに、耳が勝手に拾ってしまう。
「好きじゃないって……。もうやめて」
「だから俺は本気なんだって。今日こそ──」
「しつこい!」
バキッ。
女の子の拳が、男の頬に突き刺さった。
え?マジで?グーでいったの?あの子。
夜の街灯の下で揺れる金髪。
派手なメイクに細い指先。ネイルもキラキラ。
スカートに長い脚。
どう見てもギャルだ。
でも、その瞳は妙に冷静で、吐き出す息すら落ち着いている。
「何度言わせんの。しつこい男って一番嫌い」
低い声でそう告げると、彼女はスカートの裾を翻しながら、軽やかに走り込んだ。
男は驚いたのか、動けずにいる。
カツッ──ヒールの靴音。
次の瞬間、男の膝に飛び乗るように足を掛け、その反動で体を跳ね上げる。
あまりにも自然で綺麗な一連の流れに息を呑んだ。
「えっ、おいちょっ──」
男の言葉も虚しく、彼女の膝が弧を描いて男の顔面に炸裂した。
ドガァッ。
まるで漫画みたいな衝撃音。
男は派手にひっくり返り、アスファルトに倒れ込む。
──シャイニング・ウィザード。
……。
は?
状況が全く飲み込めない。
えっと……
痴話喧嘩だと思ったら、女の子がシャイニング・ウィザードかましました……。
意味が分からなすぎて動けず、呆然と立ち尽くす。
袋に入ってるはずの缶チューハイだけがやけに冷たかった。