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SHINING SUN  作者: 世葉
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第三話 人類移住計画

 今日は、朝から雨が降り出していた。

 連日の猛暑に比べれば、この雨はむしろ有難いぐらいだが、どうやら午後にかけて酷い本降りになるらしい。もう少し手加減して降ってほしいところだが、こればかりはどうしようもない。


 俺は手短に支度を整えると、職場の観測所へと足を向けた。

 建物の扉を開けると、すでに藤宮の姿があった。雨音を背に受けながら、彼女は黒いケースから取り出した機器を一つひとつ確認し、手際よくセッティングを進めている。

 昨日と同じように迷いのない動作だが、時折、説明書に目を落としてはメモを取っている様子もあり、その几帳面さに感心させられる。

「おはようございます、高梨さん。運用テストの準備に、もう少しかかりそうなので、少し待ってください」

 引き戸の音に顔を上げた彼女が、雨空を忘れさせるような明るい笑顔で挨拶してきた。

「おはようございます」

 その笑顔に引き寄せられるように、俺も自然と声を返す。

「所長が来るまで、まだ少しかかるはずですから、焦らなくて大丈夫ですよ。それとも、何かお手伝いしましょうか?」

「いえ、大丈夫です。あ、でも、この専用モニターはどこに置くのがいいですか?」

 そう言って、ケースから取り出した黒いモニターを示す。そんな彼女の口調は、昨日よりもいくらか堅苦しさが和らいでいるように感じた。

 だが、それは俺の一存では決められない。恐らく一番使うのは所長なのだから、判断は任せた方が賢明だろうと思った。


 そんな時、背後でドアが開く音がした。

「おはよう。──お、もうみんな揃っているのか」

 振り返ると、雨具を脱いで所長が入ってきた。髪に残る雨粒を拭いながら、俺と藤宮に視線を移す。

「おはようございます、所長」 俺と藤宮はほぼ同時に頭を下げた。


「──モニターの位置ね……、そうだね、この気象モニターの隣に並べてくれ。比較することも多いだろうから」

 所長はそう言って机の配置を確認し、指示を送った。

 藤宮は「分かりました」と返事をして、セッティングを始める。その動作はきびきびとしていて、昨日よりも一段と職務に馴染んでいるように見えた。


 藤宮は機材の前に立ち、ひとつひとつを確認しながら接続を整えていった。端子を差し込み、機器のスイッチを順に入れる。低く唸るような駆動音が室内に広がる。そして、モニターの設定画面に手を伸ばし、項目を淡々と調整していく。

 やがて黒地の画面に、緑と橙の二色で折れ線が浮かび上がった。磁気センサーの数値が時系列で刻まれていく専用ソフトだ。高精度のデジタル補正とノイズ除去がリアルタイムで施され、線の揺らぎさえ滑らかに描き出される。一定間隔ごとに更新されるグリッドには日時と緯度経度が自動で刻まれ、観測点の現在値がほぼ遅延なく再現されていた。

 画面を一瞥し、藤宮は小さく息を吐く。観測は正しく始まっていた。


「──それでは皆さんに、磁場観測データの見方と操作方法、それから機器の設定について説明しますね」

 初期設定が成功した安堵も束の間、彼女はすぐに俺たちの講師役へと切り替わった。手順を区切って丁寧に示す声は落ち着いていて、聞く側にも自然と理解が広がっていく。内容自体は、他の観測機器と比べても、それほど難しいというわけでもなかったが、データの正確さに人一倍拘る所長は、彼女に事細かな質問を投げかけた。

 彼女はその質問に、時折マニュアルに目をやりながらも、しっかりと答えてみせていた。


 しばらく観測所内での作業が続いた。外では雨脚がさらに強まり、窓を打つ音が絶え間なく響いていた。


「──いやぁ、ありがとう、藤宮さん。うん、よく分かったよ」

 一通りの説明を終えると、所長は柔らかく笑みを浮かべて礼を述べた。藤宮もそれに応じ、安心したように微笑みを返す。

「これで通常運用できるはずです。もし不具合が出た場合は、九州支社の私のところへご連絡ください」

 そう言って深々と頭を下げると、彼女は片付けに取りかかった。

 その背を見ながら、所長がふと思い立ったように声をかける。

「藤宮さん、今日はもうこれで本土へ戻るつもりかね?」

「はい、その予定ですけど……」

 問い返す声音には、少し不思議そうな色が混じっていた。だが所長は、窓の外に目をやりながら首を振った。

「……うーん。この雨はこれからもっと激しくなるよ。それに丁度これから潮も上がってくる。午後にはフェリーが欠航になるかもしれない。できるだけ港へ急いだ方がいいが……間に合いそうかね?」

「え……」

 藤宮は一瞬時間が止まったように動きを止め、それから顔を上げた。時計を確かめることすら忘れ、しばし呆然と立ち尽くした。

 外の雨はその会話を聞いて意地悪でもするように、嵐のように風を巻き上げ、雨粒を激しく窓に叩きつけてきた。


 俺も、この悪天候の中で外回りに出ることはない。機器が故障でもすれば話は別だが、今はそうならないよう祈るしかない。

 フェリーの運航会社も同じ判断を下すだろう。ここまで悪化してしまった天候の中、船を出すのは無謀だ。午後からとはいわず、もうすでに欠航を決めていてもおかしくない。運航予定の更新を待つか、直接港に出向いて確認するか、どちらが早いか微妙なところだが、結局のところ結果を変えることはできない。

 藤宮も似たようなことをすぐに悟ったらしい。深く息を吐き、諦めたように顔を上げる。

「──九州支社に連絡を入れてきます」

 そう言って部屋を出ていった。

 外の雨はさらに激しさを増す。この状態では、すぐそこの車に荷物を入れるだけで、ずぶ濡れになってしまうだろう。

 窓越しに見える外の景色は、白い雨の幕に覆われ、森も池もすべて溶け合って見えなくなっていた。まるでこの島が、世界から切り離されたかのような孤立感さえ感じられた。


 藤宮はそれほど時間をかけずに戻って来た。

「……すみません。今日一日、ご厄介になります。またしばらく、よろしくお願いします」

 彼女は申し訳なさそうに小さく頭を下げる。

「いや、いや。気にしないで。これも仕事のうちだから……。さあ、そちらの席にどうぞ」

 所長は落ち込む彼女に、にこやかに声をかけ、来客用の席を指し示した。


 それからは、嵐を忘れるかのように、それぞれの仕事へと没頭した。

 所長は机に向かい報告書を書き進め、俺は昨日の観測データを整理する。藤宮も持ち込んだ端末を広げ、支社とのやり取りをまとめていた。

 窓の外では嵐が荒れ狂い続けているのに、観測所の中は淡々とした時間が流れていった。


 しばらく、たまった書類の仕事をこなす。こういう日は稀にあり、この日のために書類仕事を溜めていたと言っても差し支えない。外回りの俺には、日々のデータ整理と、レポートの取りまとめ以外に、とくにやることなどないのだ。

 ふと、視線を藤宮に向ける。彼女も似たようなもので、最初は手持ちのタブレットを操作していたが、その手もだんだんと鈍くなる。俺と違ってここは彼女の職場ではないのだから、尚更、時間を持て余しているように見えた。

 所長はそんな俺たちの横顔をちらりと見て、にやりと口元をゆるめた。

「君、釣りはするかね?」

 唐突な問いに、藤宮は瞬きを繰り返す。

「い、いえ……子供のころ父に連れられて行ったことはありますけど」

「そうか。この獅子島の付近は、最高の釣り場でね。もし釣りをするなら、是非ともおススメだよ」

 所長はとても楽し気に話した。しかし、次の瞬間にはその表情を曇らせた。


「──だがね。この太陽フレアの影響で、今後はどうなってしまうか、わからないね」

 少し目を落とすと、所長は再び彼女に尋ねた。

「本社の人たちは、この太陽フレアの異常活動をどう捉えているか、君は知っているかね?」

 おそらくそれは、所長が知りたかった本題だった。

 藤宮は一瞬、言葉を失ったように視線を泳がせた。しかし、すぐに口を開いた。

「私も、直接話を聞いたわけではありませんが──本社は二つのシナリオを想定しているんだと思います」

「一つは、今がピークでこれから沈静化に向かう楽観的シナリオ。もう一つは、これからさらに活性化する悲観的シナリオ」

「そして、本社の多勢は後者……。どういった根拠でそう考えているかまでは分かりませんが、だから、磁場観測のユニットを各地に配置するほどの予算を掛けて、観測情報を得ようとしているのだと思います」

 相変わらずの理路整然とした内容に、俺は心地よさすら感じた。

 しかし、所長の反応は前回とは違った。彼女を褒めることもなく、少し考えこむように黙り込んだ。


「──……もし、太陽フレアが今より拡大して、地球上で人が住めなくなってしまうとしたら、と考えたことはありますか?」

 その質問は、あまりに荒唐無稽で現実味が無かった。

 その言葉を耳にした瞬間、俺は思わず息をのんだ。本当に所長がそんなことを言ったのか、聞き間違いを疑ったほどだ。

 ──地球上で人が住めなくなる? そんな話、まるでSF小説か終末論者の戯言だ。確かに太陽フレアは、これまで衛星通信を狂わせたり、電力網に障害を与えたりすることがあった。

 だが、今起きている異常活動ですら、近年の異常気象に上乗せされて影響が出ているに過ぎない。それはあくまで一時的な混乱に過ぎないはずで、地球そのものが人類の住めない星になるなんて、あり得ない空想だろう。


「……それは、考えられない事では無いですか? そんな異常はこれまで一度も経験したことは無いと思います。それに、その仮定を容認するとしても──それはどうにもならない事だと思います」

 藤宮も同じ考えのようだった。そんな事態は起こりえないし、仮に起きたとしても人類には打つ手がない。

「そうだねえ。わたしもそう思う」

 しかし、返って来たのは所長の意外な同意だった。

「──僕がまだ大学にいた頃、研究が行き詰って時間を持て余してしまったときに、この手の空想話を学生としたものだよ。現実に起きていることを少し拡張して発想を広げる、そうやって生まれた余白が、案外大事なことを教えてくれたりするんだ」

「だから、もう少し柔軟に考えてみよう。──そうだな、たとえば”太陽フレアが拡大して、今後三十年で地球が生命の住めない星になる”と仮定したら、人類はどんな選択ができると思う?」

 そこでようやく俺は所長の本当の目的を理解した。どうやら時間を持て余していたのは、俺や藤宮だけではなかったらしい。


 三十年という時間の区切りは、現実味もあり、同時にSF的でもあるような、まさに絶妙な設定だ。俺は、どちらかといえばSFの知識を引っ張り出して考えを口にした。

「……地下や海底に都市を造る、というのはどうでしょう」

 所長はすぐにうなずき、その案から話を広げる。

「三十年で実現するなら、既存の鉱山跡や地下施設を拡張するのが現実的でしょうね。人類が総力を挙げても、建設リソースには限界があります。なので、それでも全人類を収容するなど、到底できません」

 俺が言う前から考えを巡らせていたのではないか、というほど滑らかに要点をまとめていく。

「そして──選ばれた人間だけが、永遠に地下で暮らすことになる。エネルギーの問題は、太陽フレアを逆に利用する手もあるかもしれません。ですが……」

 そこで少し間を置き、所長は付け足すように言った。

「人間の精神は、案外脆いものです。どれだけ環境を整えても、精神的なケアを充実させなければ、いずれはストレスに押しつぶされて、長期間の地下生活は破綻してしまうかもしれません」

 俺はその言葉に深いため息をもらした。


「では、火星や月……あるいはスペースコロニーを建設して、生存圏を分散させるのはどうでしょう」

 今度は藤宮がこの会議に参加した。

「それは、技術的にはまだ実験段階でしかない試みを、思い切って実用化しようとするリスクの高い発想ですね。そして、その案は実現できたとしても、地下都市以上に厳しい人類選別が避けられないでしょう」

 所長が腕を組みながら言葉を継ぐ。

「規模を小さくして数を増やし、そのどれか一つでも生き残ればよい──そういう前提なら、まだ可能性はあるでしょう。ただし、それでもそれは生存確率が極めて低い危険な賭けです」

「そして、規模を小さくするということは、それだけ生存環境が限られるということ。場合によっては、地下で暮らすよりもさらに厳しい生活になるかもしれません」


 やはり、三十年ではなかなか厳しい。どんな策を想定してみても、最後には行き詰まってしまう。

 所長も決して意地悪で議論を振っているわけではないのだろう。けれど、俺には人類に希望が持てるシナリオを見いだすことはできなかった。

 言葉を失った俺と藤宮を見渡し、所長は静かに口を開いた。

「──では、いっそ人類の生存を諦めてしまいましょうか」

 その一言に、俺は思わず所長を見返す。その言葉は、やっぱり意地悪じゃないかと、俺に前言撤回させた。

 所長は、俺の表情から言いたいことを汲み取ったようで、「そんな怖い顔をするな」と苦笑を浮かべる。

「──地球で生存できなくなった人類を、生体として維持するのは極めて困難で、かつ残酷なことです」

 そこで一拍置き、視線を窓の白い雨幕に向ける。

「ならば発想を切り替えて、人を生かすのではなく、種として保存する道を模索してみましょう。

たとえば、ヒトの精子や卵子、あるいはもっと根源的なゲノムを冷凍保存して、環境が回復するまで、悠久の時を待つ」

「もっと積極的に、保存したヒトゲノムと、人工子宮や培養システム、それに人類の知識を詰め込んだ情報媒体を一式パッケージにして、宇宙のあちこちへ撒き散らす。言ってしまえば、これは宇宙へ向けた『種まき』ですね」

 そこで、所長は小さく笑った。

「途方もない話に聞こえますが、三十年あれば数を揃えることはできる。途方もない数をばら撒ければ……そのうち一つくらいは、当たりを引くかもしれない」


「……それでも、そのヒトゲノムを積んだパッケージが、生存可能な惑星に辿り着くなんて、確率が低すぎますよね?」

 藤宮は、間を置かず、教授の案に疑問を呈した。それを、所長もうなずいて返した。

「そうだね。これは海にボトルメールを流すのとは訳が違う。だけど──千年、万年、いやもっと宇宙スケールの時間軸で、人類の存在を維持できる確率を他の案と比べた時、その確率は案外、一番高いかも知れないよ」

 所長は苦笑しながらも、さらに続けた。

「それにね、この案にはその確率を上げる方法がある。パッケージの内容を極限まで削ぎ落とすんだ。ヒトゲノムと、取扱説明書だけにする。そうすれば、用意できる数は桁違いに跳ね上がる」

 その言葉に、俺とおそらく藤宮にも同じ疑問が浮かぶ。しかし、二人のどちらかが口を開くより前に、所長はその答えを口にした。

「──任せてしまうのさ、人類の再生は、未だ出会ったことのない知的生命体に……」


 まったく想定できなかった解答に、俺は言葉を失った。それは衝撃的でありながら、ロマンティックな話でもあった。

 論理的に飛躍した考えだったが、理屈の上では、確かに筋も通っていた。結局、人類は適した環境が無ければ生きられない。それを地球の外に求めた場合、その場所には先住民がいる可能性が高い。ならば──いっそ人類の再生そのものを、その先住民に丸投げしてしまえ、という発想。

 それは倫理的にどうなのか、と頭の片隅で思いながらも、その発想はなんとも人間味に溢れていて、俺は可笑しさすら覚えた。

「……ふっ、ふふふっ……」

 いち早くこの発想の滑稽さに辿り着いた藤宮は、肩を震わせながら噴き出していた。


 冷静に考えれば、先住民が都合よく人類を理解できるような文明を持ち合わせている可能性など、まずあり得ない。仮にあったとしても、再生された人類がどう扱われるかはまったく予測できない。実験動物のように弄ばれるかもしれないし、あるいはペットのように飼われるのかもしれない。

 だがしかし、想定する事態が起きたのなら、人類はそんな理不尽すら呑み込むしかない状況に追い込まれる。所長が言わんとしたのは、きっとそういうことなのだろうと、俺は勝手に解釈した。

 まあ、そもそも正解なんて無い議論だ。どんな手を尽くしたところで、人類が永続的に存続できる確率は限りなく低い。その中で確率の大小を比較したところで、それが正解なんて言い切れるはずがない。


 議論は一応の結論には至ったが、それに価値があるわけでもなく、ただこの可笑しな時間を過ごしたことに、奇妙な充実感を得ていた。

 外の嵐は、まだ止む気配はない。


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