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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢獣

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 先輩は、目を閉じてひょいと思い出せる景色ってどれくらいありますか?

 よく足を運ぶところであれば瞬時に思い出せるでしょう。しかし、まれにしか行かない場所、本当に限られた回数しかおもむいたことがない場所だと、そうもいかないんじゃないですか?

 瞬時に思い出せる景色は、たくさん用意しておけ……とは、伯父さんから忠告されたことなんです。

 少し妙ですよね、この注意。景色をイメージする必要のある魔法なんかが使える身ならともかく。しかし、伯父さんは昔にこのことを祖父母から注意されたことがありましてね。印象に残っているとのことなんです。

 ちょっとそのときのこと、聞いてみませんか?


 私の父とおじさんは10才ほど年が離れておりまして。これは父が生まれるより前の話になりますね。

 伯父さんは小さいころから、祖父と一緒にお散歩をしていたそうですね。

 行動半径はおよそ20キロに及ぶといいますから、当時の幼い伯父さんにとっては大冒険といえましょう。最初のうちは辛かったそうですが、数ヵ月もすれば慣れてきたというから、子供の適応力というのはたいしたものです。

 その20キロ圏内にある公園で、二人はしばしば休みを入れるように足を止めるのですが、祖父に注意をされるのですね。「このあたりの景色、よく覚えて、すぐに思い出せるようにしときなさい」と。

 子供心に、はじめは素直にいうことに従って、景色を目に焼き付けていった伯父さん。けれども祖父のリクエストはじょじょに厳しくなっていき、その公園から遠ざかっていくときの景色たちの流れも覚えておけ、と言い出す始末。

 なぜ、このようなことを? との伯父さんの問いに、祖父は答えます。


「このあたりは、ときおり『夢獣』が現れるでな。そいつに対するためじゃ」と。


 夢獣。それは名の通り、夢の中に現れる獣のこと。

 それは現実の熊と同じかそれ以上に恐ろしい存在で、夢の中でそいつに襲われて、逃げ延びることができなければ命を落としてしまうのだとか。

 逃げる、つまり現実へ復帰できればいいのですが、そいつが見えている限り、おのずから目を覚ますことはできません。夢の中を逃げ続け、夢獣を撒かねばならないのです。

 そこで覚えている景色の数々が求められます。獣は夢の境目のほころびから入ってくるもの。不完全さがあると、どこまでも追って来るから、完璧な記憶の景色を次々と思い出して、あいつを置き去りにする。

 向こうにとっては瞬間移動をされているようなものでしょう。そうして引き離したときに目覚め、生き残るための手段だと。


 伯父さんも、はじめて聞いたときは実感が湧かない、妙な話だと思ったそうです。

 しかし祖父から教わった一年後、ご近所さんである家のお姉さんが、突然の死を迎えます。

 伯父さんは葬儀には出なかったのですが、祖父母は行ったそうですね。そして帰ってきた祖父が教えてくれたところ、お姉さんは「夢獣」に襲われたらしいことが分かりました。

 夢獣の犠牲者は、両目へ縦断するかっこうで深い傷を負います。それは獣が爪を立ててつけるような一閃。閉じたまなこにとって、あまりに生々しい痕です。


「夢獣はまだあたりにいるかもしれん。以前に教えた通りに、お前も注意しとけよ。さもなくば、次はお前の番になるかもだからな」


 にわかに降ってわいた、備えの出番。

 慣れていないことは恐れとか覚悟とか以前に、とまどいを覚えがちになりません?

 伯父さんも聞いた直後はそうだったらしいのですがね。しかし、さっそくその日の晩に、実践する羽目になるとは思わなかったそうです。


 布団へ横になり、目をつむるや伯父さんの脳裏には散歩で行く公園のうちのひとつが、あっという間に浮かんだらしいです。

 おかしい、と思いました。

 伯父さんはその場所を浮かべようと考えたわけでもないし、目を開けようとしても、びくともしません。両方のまぶたが、しっかり糸で縫われてしまったかのようで、無理に開こうとすると痛みさえ覚えるのです。

 伯父さんが立つのは遊具を一望できる、公園の一角。そこは学校のグラウンドよりも一回り狭い面積でしかありません。

 その一番奥。滑り台の影から、ぬっとあらわれ出た影がありました。


『夢獣はどのような姿で現れるかは分からん。だが、誰が見るものであっても夢獣とひと目で判断がつく姿で現れるだろう』


 祖父はそう話していました。

 伯父さんの前に現れたのは、腕と胴体こそ人間の者でしたが、頭はカマキリ、下半身はイモムシのそれが相応に大きくなったもの……という、伯父さんの短い人生の中で印象に残っている生き物が、まぜこぜになったような姿だったといいます。

 あれが夢獣!

 伯父さんがそう思ったときには、もう相手は動き出していました。せわしく動く下半身はぐんぐんと伯父さんとの間合いを詰めてきます。その速さはバイクもかくやというほどです。


『夢獣と出会ったら、距離を取れ。だが、背を向けてはならんぞ。実際の獣も背を向けるや弱者とみなしてますます猛る。目線を離さず、足を動かさず、遠ざかれ。意識の見せる景色の中なら、それができる。

 遠ざかることで見えるあたりの様子。それを鮮明に思い出せ」


 伯父さんは、もしここから後ろ向きに下がったら何が見えるかを想像します。

 アパート、ガレージを備えた一軒家、クリーニング店、誰かが所有しているだろう、段差を持った畑……。

 とたん、おじさんの体はおのずと後ろへ吹き飛ぶように遠ざかっていきます。思い浮かべた景色が見えるべき場所へ、体がどんどん動いていくのです。

 ただし、ちょっとでもあやふやで、「どうだったっけ?」と思ったとたんに、体は動きを止めてしまう。しっかり覚えておけ、という祖父の注意の意味を伯父さんは思い知りました。

 その超高速の後退で、意識の中とはいえ1キロほどは一気に距離をとったはず。にもかかわらず、あの下半身イモムシの夢獣はほどなく、かなたから豆粒ほどの大きさとなって見えてきたのです。


『もし、ただ後退して逃げられなければ、跳べ。

 別に、お前がよく覚えている景色をはっきり思い浮かべろ。そうすれば目の前は一変し、お前は夢獣から大きく距離を離すことができるだろう。いわば、瞬間移動だ。

 その際は広い場所を思い浮かべろよ。夢獣は興味を失うまでお前を追い続けるが、いったん跳ぶとこちらは連続で跳べない。しばし間を置かねばならんのだ。

 ヤツの接近の分かるところに行き、もし見えたなら後退と合わせて時間を稼げ。だが、一度逃げた場所には、もう跳ぶな。

 お前のいたあらゆる場所。そこはもはや夢獣の知る場所だ』


 伯父さんは、跳んだ先でも10秒ほどの間を置いて、夢獣がかなたより迫ってくるのをまた見ました。

 それから伯父さんは夢獣を撒くまで、実に12の景色を思い浮かべて逃げては跳んでを繰り返し、ようやくまぶたが開いて目覚めることができたのだそうです。

 体はびっしょり汗をかき、まなこが涙でしみるほどに、自分が泣いていることもわかりました。時間はまだ夜中ですが、祖父を起こして伯父さんはことの次第を報せます。

 よく頑張ったな、と祖父はぽんぽん、なでなでと頭をさすりながらいたわってくれましたが、夢獣はまたいつ現れるかもしれないとも告げます。

 だから、自らの世界を広げておけ。内面だけでなく、外面的な意味でもあらゆる場所へ足を運び、その景色を目に焼き付けておけと。

 その注意が関係しているのか、おじさんは現在、世界中を飛び回る忙しい仕事についています。先日、会うことができたのも伯父さんの休みとたまたまタイミングが合ったからなんですね。

 夢獣。おじさんはあれからさらに三度、追われたことがあるそうです。

 最後のときは、ほぼ地球の北半球を回ったなあ、なんて笑っていました。ものすごい長期戦だったそうで。残りは南半球ですが、北半球よりずっとストックが少ないから、次こそやばいかもなあ、なんて他人事みたいにいっています。

 君がいたあらゆる場所へ。いつかあなたを捕まえる。

 どうせなら夢獣じゃなく、理想を体現したような絶世の美女に追われたいよ、と嘆いてもいましたね。

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― 新着の感想 ―
伯父さんに対して、特に執着しているような感じがしました。逃げ上手だから、向こうもとことん追いかけてやろうと執念を燃やしてるんでしょうかね。 命が懸かってるとなると、眠るのも怖くなりそうです。 とても面…
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