#7 絶対しっぽ掴んでやるからな
ー死神。
死して現世で彷徨う魂を黄泉へと導く為、遣わされし者。
死して肉体を離れた魂を回収し、あるべき場所へ還す。それが死神の主な仕事。
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「…その死神サンが、何故私達の元に?」
「あ…いや、どこから、説明すればいいか…」
ザクロの問いかけに、死神と名乗る男の子は表情が固まったままだ。…それこそ、出された湯呑みに手もつけられないほど緊張している。
「…私の寿命が今夜終わるとか?」
「ちょっと!縁起でもない事言わないで下サイッ!!…え、まさか私の寿命…?違いマスよね…?」
「あ、いや、そういう事じゃなくて…あー、コホン!」
覚悟を決めたように、男の子が語り出す。
「ご存知の通り、僕ら死神の仕事は魂の回収。…でも、そのほかの雑用?っていうか、イレギュラーが発生した時の対応も請け負ってて…」
「イレギュラー、デスか?」
「そう…その女の子に取り憑いている、そこのお前っ!!」
「…私?」
ビシッ!!と指をさされ、ザクロはキョトン顔だ。
「高等吸血鬼、その中でも頂点に立つブラッディ・ハート家王子!次期当主ザカライアス・ブラッディハート!君を監視させてもらう為にここに来た!!」
「…はぁッ?か、監視ィ〜っ!?」
心底嫌そうな、面倒そうな表情で死神君を見るザクロ。そして指をさした癖に、手が震えまくってる死神君。 そして長引きそうなので、構わずアップルパイを食べる私。
…カオスだ。そして美味しい。
「監視って!こちとら好いた女性にプロポーズしに来てるんデスよ!?それを透明になって盗み聞き盗み見するとか、こっちのプライベートガン無視デスか!?人権侵害デス!あと取り憑いてるとか、人聞き悪いデスよ!」
「そもそも君は人間じゃないでしょっ!!僕だってやりたくてやってるわけじゃない!仕事なんだよ!ってかなんだよ吸血鬼の、しかも王子って!」
「仕事ぉ???私達の愛の巣に忍び込んでトキメキロマンティック溢れる空間に居座るのが仕事ぉ!?良い趣味してマスねぇ死神は!少女漫画でも読んでりゃいいんデス!てか王子で何が悪い!!」
「愛の巣じゃないしトキメキロマンティックはしてない」
「ほら!彼女も言ってるじゃないか!君のアプローチにウンザリしてるって!こっちだって皆から吸血鬼の王子なんて近づきたくない怖いって!君これやっといて〜って!仕事押し付けられてうんざりなんだよッ!僕だって怖いわ!!おっかない吸血鬼様にいつ消し炭にされるか分からないんだからねっ!王子なんだから国に帰れっ!!」
「はぁー??死神とかいう下っ端に帰れと言われて帰るおバカさんがどこにいるんデスかぁー?」
「一族の王子が人間の女の子のストーカーなんて、吸血鬼もたかが知れるねぇ〜っ!!」
「アン?」
「はぁ?」
「ふたりとも、夜中だから静かに」
「「ハイ」」
椅子から立ち上がるほどヒートアップして疲れたのか、素直にふたりとも席に着いてお茶を飲んだ。
「…プハッ!とにかく、こっちも仕事だから。…定期的に監察させて貰うからね。魔界から侵入した魔族が人間をあの手この手で連れ去る事件なんかザラにあるんだ」
お茶を一気に飲んで、さっきより真剣な顔の死神君が続ける。
「ハッ!私はちゃーんと魔王様に許可を取って人間界に訪れてマスぅ〜。しかも杏サンには許可されない限り触れない。触れたら私に罰が下るという誓いつき。他の愛なき魔族と一緒にしないで下サイ」
ザクロの魔法だろう。突如傍に現れた書類の紙らしきものを、死神くんの前に突き出して煽る。なんで煽るの。
「っ〜!契約の穴をついて狡猾な罠で騙すのが君たちの常套手段だろ!絶対しっぽ掴んでやるからな!」
それを押しのけて死神君が啖呵を切る。
「フン。この私に喧嘩を売る、その度胸は買いマショう。結婚式には必ず呼んであげマスよ」
「結婚するって言ってない」
「へー、それはどうも。じゃあこっぴどく振られたら慰めてあげるよ…必ずね!」
バチバチと火花を立てる2人を尻目に、3つ目のアップルパイに手を伸ばす。
「杏サン、食べ過ぎデス」
…ちっ。バレたか。
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「…ごめんね、突然お邪魔して騒いじゃって」
「ううん…ザクロも今日はなんか、喧嘩腰で…」
私は今、アップルパイを食べたあとの皿洗いを手伝って貰っている。死神君に。
あの後、死神君と私を2人きりで話す時間を週に一回、1時間は取らせること。という天界のお墨付き書類を見せられ、ザクロは悔しがりながら夜の散歩に出かけて行った。魔王様より天界の方が偉いので、逆らえないらしい。
…少し心配だった私の魔性の器体質も、人ならざる死神君は一切影響を受けないらしい。…そこは安心した。
「…それにしても君、なかなか肝が座ってるというか。あの吸血鬼と仲、良さそうだね。…い、嫌なこととか、怖いこと。されてたり…とか。ない?」
コップを拭きながら、探るように問いかけられる。
「…嫌なことは、特に。…でも菓子パン食べるのしばらく禁止されてる。体に悪いからって…美味しいのに」
「待って、あいつオカン???」
「あと、くつ下。裏返して洗濯機入れたらお説教の笑顔が怖かった…それくらい」
「オカン?????」
死神君は数秒呆気にとられたような顔をすると、気を取り直すようにまた真面目な表情に戻った。
「…本当に何も、されてない?」
「うん。されてない。…むしろ私の方が」
言いかけて、やめた。
なんで初対面の死神君に、こんな事言いそうになったんだろう。
…死神君は少し考えるような素振りをした後、こう語りかけてきた。
「…悩みがあるなら、僕で良かったら聞くよ。他の人にはさ、魔族がらみの悩みなんか言えないだろうし」
「…ううん、仕事しに来てる死神君に言うことじゃ、ないから…」
「…仕事なんかより、大事な話だよ」
そう言った死神君の瞳は、さっきよりも真剣で。熱が籠っているように見えた。
「…まぁ、生まれてこの方っていうか、死んでから今に至るまで…恋愛なんてものには縁が無いけど。溜め込むのは良くないから」
「…死んでから?」
「あ」
死神くんはあー…またドジった…えー、どうしよ…うーん。と、ブツブツ独り言を言い始めてしまった。
「…まぁ、もうこっち側に片足突っ込んじゃってるわけだし…君になら言ってもいいか。まぁ本当はダメなんだけどね…初対面の僕に気軽に悩みを話せなんて、話しづらいし嫌だろうし…」
…私の悩みを聞き出すために、色々考えてくれてるみたいだ。なんというか、おせっか…世話焼きだな、この人。
「…ちょっと、僕の話をしてもいいかな」
…あまり、他人と関わらないように生きてきた。だから人の話を聞かせてもらうなんて、私にとってそれは結構新鮮なことで。
「…聞かせてくれる?」
気づいたらそう答えていた。