#11 本望デス
「杏サン」「ザクロ」
呼びかけたのは、ほぼ同時だった。
「あっ、いや!お先にドウゾ」
「いや、私が後でいいから、先に…」
「「………」」
夜の静けさと相まって、この沈黙が余計に気まずい。
…先に口火を切ったのは、ザクロだった。
「…先程は。みっともない姿を見せてしまいマシタね」
「…」
「あぁ、いえっ!いいんデスよ!…事実デスし」
どう答えていいか分からない沈黙を、彼は肯定と受け取ってしまったみたいだ。
「…吸血鬼の王子が、聞いて呆れマス。貴女が他の男と話してるだけで、こんな。気が気じゃなくなってしまうなんて」
え。…もしかして。つまり。
「…やきもち、妬いてたの?」
「…そうデス」
「カリン君に???」
「…ええ、そうデスよ」
苦笑いとも自嘲ともとれない表情のまま、ザクロは私から目を逸らし続けている。笑いたければ笑って下さい。と言わんばかりだ。
…ザクロがこんな事、気にしてたんだ。
なんというか、心配性…杞憂が過ぎると言うべきか。
「…カリン君は初対面だよ。ああ見えて三十路らしいし…」
ていうかカリン君、私の事を守るべき子供とか、妹的なポジションだと思ってるだろうし。(男三人兄弟の長男らしいし)
とりあえず、不安そうな横顔を和らげたくて、安心材料を渡したつもりだった。
「ーあぁ、もう、デスから」
でも、それが逆効果だったようで。
言いたいことはそうじゃないと言わんばかりに、ザクロは更に苦くなった表情で続ける。
「…アイツが馴れ馴れしく貴女の名前を呼ぶのも嫌だし、貴女が親しそうに彼と話すのすら嫌なんデス。私以外、触れさせたく…」
ハッとした表情で、彼は話を中断する。
「…なんて、まだお付き合いすらもしてないのに。なんて烏滸がましいんデショうね、はは。忘れて下サイ。…呆れたデショう?」
…呆れてなんかない。
でも、ザクロはとんでもなく間違ってる。
「…私…なん…無い」
「…え?…って、なんで、泣い…」
だって、あなたがそこまで思い悩むくらい、嫉妬に苦しむくらい、好きだというその女は。
みっともなく突然泣き出して、あなたを困惑させてるこの女は。
「私、ザクロに、そこまで想われるような、子じゃない」
「…杏サン?」
言わなきゃ。なのに、嫌われるのが怖くて中々口から言葉が、喉から声が出てくれない。でも、言わなきゃ。
「ザクロは、私を好きだって、言ってくれて。大切にしてくれて。でも、私は、誰かを大事になんか、出来ない、どうしようもない、奴で」
「…何言ってるんデスか、私が勝手に貴方に引っ付いてるんデスよ?私が好きでやってる事なんデス。杏サンは何も気負う事無いんデス。むしろ貴女、優しすぎるくらいデスよ」
「…もし、1年後。ザクロが居なくなったら。また、周りに嫌われちゃうんじゃないかって、怖くなって。私、自分の心配ばっかしてて…」
「…っ」
視界がどんどん滲む。
「いっそ、プロポーズ受けて、結婚しちゃえばって。…私を好きだって言ってくれる、ザクロの気持ちを、利用して、踏みにじって。辛いことから逃げて、楽になりたいと、思うような。そんな、最低な人間なの。だから」
そう、だから。
カッコつけのあなたが、カッコ悪いとこ見せちゃうくらい。ほんの些細なことで、心を掻き乱すくらい。…私のせいで、苦しむくらい。
私の事なんか、好きになっちゃダメなんだ。
「…私、は、あなたに愛される資格、なんか、ない」
「杏サン…」
きっと、これで彼も幻滅しただろう。
幻想から覚めて、ここでお別れだ。
「…なんというか、貴女」
冷たい、熱が篭っていないような声が投げかけられる。
…これからどんな罵詈雑言を浴びせられようと、彼の気持ちを踏み躙った私が悪いのだから。
そう思って、心の準備をしていたのに。
彼が放った一言は。
「…かわいいデスよね〜、本当」
だった。
…は?
「いや、普通そう思っててもわざわざ言いマセンて!私は結婚したい。貴女は理不尽な運命から脱したい。結婚してお互いに目的達成、ハッピーエンドでめでたしめでたし!じゃないデスか」
「…え」
な、なんだろう。この、感覚の違いというか。
王族と庶民の?…いや、大人と子供?の擦り合わせ不可能な恋愛観の違いというか。
結婚に対してこう、ドライすぎやしませんか。
「…えっと、つまり。私が、ザクロを利用しようとしてても、別に気にしないって事…?」
「うーん…と、いうか。人生を縛るレベルの苦痛から解放されたいなんて、誰しも望んで当然といいマスか…まぁそんなもんじゃないデスか」
あっけらかんと答える彼に、めげずに次の質問をする。
「…好きな人には、好きだからで、一緒にいて欲しい…ものじゃない?」
「それが出来たら理想デスけどねぇ。私を人生の伴侶として選んで頂けるのであれば、それだけで充分すぎるくらいデスよ」
分かった。
割とこの人、結婚観がドライだ。
(…ううん。これ、私が感情論で結婚を語ってるだけの、子供…なんだ…)
思い起こせば、彼は私の10倍以上は生きてる。なんならそこら辺にいる人間の大人よりも、大人だ。
「おとなってこわい…」
「ブフッ」
彼がそっぽを向いて噴き出した。
「どんっだけ可愛いんデスか貴女…プクク…ゲフォアッ!!」
…恥ずかしいし、ムカつくのでとりあえず脇腹に一発グーパンをかました。こっちは割と真剣に悩んでたんだぞ。…お子様なりに。
「スミマセンって!からかってるつもりじゃないんデスよ!いや本当、可愛いなって、その素直すぎるとことか…」
「子供って意味…?やっぱりカリン君の言う通り、ロリコン…」
「いやいやいや待って下サイなんでアイツが出てくるんデスかここで。吸血鬼の226歳はまだ若者の類デスから。ロリコンじゃないデスから…おや」
ザクロの言い訳を聞いているうちに、カクリと彼にもたれかかってしまった。
…彼を傷つけずに済んだ、嫌われなかった安堵から。急に眠気が襲ってきたのかも。もうとっくに真夜中だから、当たり前といえば当たり前なんだけど。
「あ…ごめん。家の中、戻りたい」
「…このまま寝てしまっても大丈夫デスよ。後でお部屋まで運ぶので」
「…ん、おねがい」
…今回は、ザクロの言葉に甘えることにした。
満天の星空の下、そよぐ冷たい風の中。
彼の温かい翼に包まれて、益々瞼が重くなる。
「…ねぇ、杏サン」
微睡む意識の中、不意に優しく呼びかけられる。
「貴女の幸せが私の幸せデスから。貴女に騙されたって、本望なんデスよ」
…こんなに私を好きでいてくれるのは、後にも先にもザクロだけなんじゃないだろうか。
そう錯覚してしまうほど甘すぎる彼の言葉に甘えきってしまう前に、目を閉じた。
「…呆れた」
「何とでも」
私はそのまま、眠りの中に意識を手放した。
…その後にザクロが何か言っていた気もするけど、上手く聞き取れなかった。
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すっかり眠りに落ちた彼女の髪を、軽く指で掬う。愛らしい癖っ毛が、月に照らされ1本1本が輝いて見える。
正直、少し驚いた。
こんなに早く「効果」が出るなんて。
彼女と出会い早1ヶ月。もうここまでの段階に来てくれるとは。
何を、不安になっていたのだろうか。あの死神の事など、今となってはどうでもよかった。
…些かチョロ…警戒心がなさすぎやしないかと思う反面、私にとって好都合な事この上無しだ。
頬を撫でてやれば、無意識に。子猫のように顔を擦り寄せる愛しい彼女。
「無自覚すぎるのも考えものデスねぇ。…いや、あえて意識しないようにしてるんデスか?」
…私のことを利用しようとしている。なんて、それだけじゃない癖に
可愛らしい寝顔を堪能出来たので、そろそろ彼女を部屋に運ぶため、そっと抱き抱える。
「おやすみなさい。…愚かで可愛い、私の婚約者」
このままもっと、私に頼って縋ればいい。
私に堕ちてしまえばいい。
それが私の、本望なのだから。




