#10 星が綺麗だから
「ーザクロ?」
ノックをしても、返事はかえって来ない。
二階。多分、今は空き部屋になっているこの中に、彼はいるんだろう。
元々お母さんの部屋だったここは、仏壇と。次第に季節の変わり目でないと引っ張り出さないような物を片しておく、整えられた物置になってしまっていた。
「...開けるよ?」
...やっぱり返事は来なかったけど、ドアノブを回して扉を引いた。
お節介かもしれない。いやお節介だ。自分でもウザイと思う。
でも、なんだか放っておけなかった。...もし、迷惑だったら大人しく自分の部屋に戻ろう。
「...いない」
彼はそこにいなかった。
でも、ベランダに続く閉めてあるはずの窓が、少し不自然に開いていた。普段ちゃんとしている彼が閉め忘れなんて、相当参っているのかも。...いや、オカン気質だから換気目的でわざとっていう線も無くはないけど。
とりあえず、ベランダに出る。
彼はいなかった。
(...頭を冷やすって言ってたし、空でも飛んで夜風に当たりに行ってるのかな)
空を見上げると、満点の星空。
この家は、星を見るのが好きなお父さんがこだわって建てた家。周囲に街灯や住宅街があまり無いから、綺麗に星が見える。
(...小さい時、一緒に望遠鏡見せてもらったっけ。お母さんと3人で)
そういえば、この部屋に入ったのは本当に久しぶりだ。お母さんが亡くなってから、あまり足を踏み入れなかった。私に深すぎる感情を持っているお母さんが、あの世でも苦しんでしまう気がして。
(...この体質が無かったら、私もお母さんも苦しまずに済んだのかな)
過ぎたことを考えても仕方ないのは分かっているけど、どうしてもその考えが頭を過る。
(...もし)
(あの時ザクロがいてくれたら?)
「...あ」
私は彼のことを、何だと思ってるんだろう。私を大切に想ってくれている人を。人じゃないけど。彼なりの愛を、言動行動で示してくれている人を。
そんな存在を都合のいい目で見ている事実に、落ち着いてたはずの自己嫌悪がふつふつと湧いてくる。
(これじゃ私が嫌われがちなのだって、体質のせいじゃなくて...私のせいじゃんね)
この自嘲癖と卑屈になる癖も、他人を不愉快にさせる原因だろう。カリン君とザクロが優しい言葉をかけてくれるからって、何を調子に乗っていたんだろう。
この、辛いと感じれば自然と項垂れてしまう癖も。周りからしたら鬱陶しく感じるだろう。
(...消えたい)
甘えてる。
だから私は気持ち悪い。そんな負の思考ループに入る。
(...もう、何も感じたくない)
...ふっ、と、体から力が抜ける感覚。
カリン君が言ってたのって、この感覚の事かな。
(楽に、なりたいな)
............。
「...そーデスよ!私の方がイケメンで背が高くてスマートで完璧なんデス!...なのに、何を一体...こんなに...」
「っ!」
突然聞こえたあの声に、一瞬で我に返る。
落ちかけた体を支えるため、慌ててベランダの手すりを掴んだ。
...よくロッククライマーやアスレチックチャレンジャーは、長時間何かにぶら下がってられるなって思う。
重い。落ちる。助けを求めないと。
「...自画自賛がすごい」
人間、命の危機に慌てると頭が回らなくなるらしい。咄嗟に出た言葉が、これだった。
この後、ザクロが絶叫しながら屋根から下りて助けてくれたのは、言うまでもない。
ーーーーーーーー
「...心臓口から出るかと思いマシタよ...」
「...ごめん、ありがと...」
肝を冷やしマシタ。やめて下サイ。マジで。の文字がデカデカと書かれているような表情で、彼は私を見下ろす。
...なんだろう。私を抱えて空を飛ぶ時、毎回必ず横抱きにするのがキザったらしくて少しムカつく。
「とりあえず、家の中に...」
「...、待って。このまま」
「え?」
ベランダに向かって私を運ぼうとする彼を、引き止める。
「...体が冷えてしまいマスよ?」
「...星、綺麗だから」
...言い訳なんて考えてなかったから、思いついたのがこれしか無かった。
ていうか、何言い訳してるんだ私は。普通に心配だって言えばいいのに。
「...1人に、なりたかったとかなら、戻る。けど...」
「...」
夜のせいで、ザクロが何を考えているか分からない。...いや、きっと顔が見えても分からないだろう。
誰かに何かをしてあげるなんて、拒絶され続けて諦めていた私には。...正直、どうしていいか分からないんだから。
...。
長い無言に、諦めが出た。
「...ごめん、邪魔したよね。戻る」
「私の、翼の内側に入って構わないなら」
宙にあるはずの体が、ふわっと更に上に浮いた。
「...ブラッディハートの血筋は、代々炎の魔力を有しマス。翼の内側は暖かいので、身体は冷えないかと...私と密着するのが、嫌でないなら...」
いつも安定した自信を持っているザクロが、少し自信なさげにポツリポツリと零す。
「...嫌じゃない」
「良かった」
彼は屋根の上に着地すると、そっと私を降ろして隣に座らせた。
「...気、遣ってない?」
「そんな、まさか」
不安が拭えずしつこく確認してしまう私に、彼は少し微笑む。
「ー私が窓を閉め忘れるわけ、ないデショ?」
冷たい夜風に晒されても、顔が火照るのは。さっきまで冷え切っていた気持ちが、優しい熱を帯びるのは。
きっと、そう。彼の翼が温かいからだ。
...そう思う事にした。
「...夜でよかった」
「?」




