#0 奇妙な関係【プロローグ】
吸血鬼。処女の生き血を求め、夜を彷徨う闇の支配者。
鋭利な牙で柔肌を貫き、血を啜り、貪り、糧とする。
誰しもが、魔物でさえも彼を恐れ頭を垂れた。
彼に出遭えば最期。跪いて赦しを乞う意外、できることなど無いのだから…。
_______________
「ふぅ~!いい天気デスねぇ~!」
そいつは清々しそうに今しがた干した洗濯物を眺めると、太陽に向かって大きく背伸びする。
「あっ!おはようございマス杏サン!朝ごはん出来てマスよ❤」
そしてこちらを振り返ると、闇の支配者らしからぬ眩しい笑顔を向けてくる。
「そうだ、見て下サイよこれ!」
じゃん!という効果音と共に、何かが植えられた植木鉢を差し出された。
「…サボテン?」
「ジョニーデス」
「じょにぃ」
ほら、ここ。と指さされた場所には、可愛らしい小さな蕾。もう少しで花が咲きそうだ。
「魔界のものと違って、人間界の植物は可愛いらしいデスねぇ!ジョニーと似たようなものもあるにはあるんデスが。小さいやつでも私三人分くらい大きいし、捕食しようとして咲いた花から消化液かけてくるんデスよね~。動くし」
「………そう…」
「あっ!いけない!バイトの面接、予定より早くなったんデシタ!」
故郷の話もそこそこに。日当たりのいい場所にジョニーを置くと、彼はバタバタと支度をし始める。
「杏サンも学校遅れちゃいマスよ~!ほら」
一緒に朝食を食べようということなんだろう。私のマグカップに牛乳を注いで、テーブル…私の定位置に慣れた手つきでそれを置いた。私は半ば諦めて席に着き、置かれたトーストに苺ジャムを塗る。
「わざわざ毎日作らなくてもいいのに…」
「駄目デス、貴女菓子パンばっかり食べるんデスから!栄養偏りマスよ!」
「…お母さん?」
軽く会話を挟みつつ、この男が作った食事を口へ運ぶ。…たった数日で、この奇妙なルーティンに慣れてしまっている自分がいる。
「お母さん…デスか」
彼の持っていたフォークが、小さくカチャと音を立てて、お皿の上に仮置きされる。
…どうやら何気ないお母さん発言が、彼の琴線に触れたらしい。
「私としては、貴女のお母さんでなく…人生の伴侶になって欲しいんデスが」
深紅の瞳がじっと、私を見据える。
その人間離れした鮮やかな紅色に、嫌でも目の前にいるものが「ヒト」ではないのだという事実を突きつけられる。
………。
…数秒とも数分ともとれる、長いようで短い沈黙。
それ作ったのは彼自身であるのに。訪れた静寂を破るように、ゆっくりと彼が口を開く。
「結婚して下サイ」
「やだ」
たった数日にして馴染んでしまった、このやりとり。この一言で彼と私の…。
吸血鬼の王子「ザクロ」と、平凡な大学生である私「木下杏」の
奇妙な一日が始まる。