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リンスさん(といっても王妃様)が手配してくれた先生は3人。
あの大広間にはいなかったおじいさんだった。
「救世主様。まずは謝罪を。この度我らの勝手な思いからこのような事態に巻き込んでしまったことを深くお詫び申し上げます」
一番偉いのだろう、名前をザレスさんという白髪に白い髭の大柄なおじいさんが頭を下げると、習って二人も頭を下げた。
「あなた方も大変な状況の中、時間を作ってくださってありがとうございます。よろしくお願いします」
立ち上がって私も頭を下げると、3人共に少し驚いたあと、皆にこりと笑った。
「相応の立場をご理解いただいていること、感謝いたします」
「こちらこそ、あなた方に教えを乞えることに感謝を。改めて私はゆなと申します。これからは私は皆さんの生徒です。ぜひ名前で呼んでください」
「よろしくお願いいたします、ゆな様。さて、時間がありません。出来る限り早急に我らの知識をお伝えします」
「はい。私も早く帰りたいので、厳しくよろしくお願いします」
挨拶が終わると、さっそく授業に入った。
何も分からないゼロから何かを学ぶというのは、社会人になってからなかなかないことだ。
自分の今までの経験や知識から理解して覚えることが多かったのに対して、これは違う。
全てが違ったので、私の常識が通用しないことは理解した。
この世界には魔物が存在する。魔物と人間は同じ空間では存在できない。
魔物たちは自分たちの世界と同じ空気である瘴気を人間界に蔓延させ、瘴気が満ちたところで生活をする。当然、瘴気があるところでは人間は息ができない。
瘴気が近寄ってくると、草木が腐り始める。それを確認したら腐った草木を燃やす必要がある。そうしないと、侵略されるからだ。腐る草木がなければ瘴気は満ちず、魔物も来ないので、腐る草木を広げないことが唯一、人間ができる対策だそうだ。
魔物は近くにいても、基本的には何もしないそうだ。ただ、仲間を倒されたり、腐った草木を燃やそうとすると怒って大群で攻めてくる。だから、瘴気を焼き払うこともできないそうだ。
ファンタジーな話が苦手な私は、自分が所属していた会社の仕事しないお局ワールドに例えて理解することにした。
お局と私たちは基本的に共存できない。(同じ空間では存在できない)
お局たちは仲間意識が高い。(一人を攻撃すると全員で攻撃してくる)
お局たちが仲間を増やそうとすると、まず接触された人が堕落していく、もしくは退社に追い込まれる(瘴気が近寄ってくると草木が腐り始める)
その対策として、お局に目を付けられた社員は早々に他部署へ異動させてあげる、もしくは完全に庇護する。(腐った草木を見つけたら、その草木だけを燃やす)
触らぬ神に祟りなし。(お局ワールドの人に何か攻撃したり、お局ワールド所属者全員をどうにかしようとすると全力で面倒くさいことになる)
私のメモ書きはこんな内容だが、あながち間違ってはないだろう。
逆に的を射ている気さえしてきた。
まあ、実際お局は2人だけだけど、あれがワールド作って蔓延られたらキツイ。
もう一つ、ファンタジーなことは魔法が実在することだ。
基本は四大元素、火、水、風、地。
特殊な元素として、光、闇があるそうだ。
光と闇を扱える者は希少で、ほぼ全員が教会に従事するという。
ちなみにファンタジーすぎて、どんな魔法が使えるとかそういうのは頭に入って来なかった。メモはとったがおそらく忘れ去られる知識になることは分かる。
次に精霊の存在。
魔法が使え、更に上級者は精霊を召喚できるそうだ。
ここで驚いたのは、王族には必ず精霊がついているということ。
「その精霊さんとやらに瘴気をどうにかしてもらうことは出来ないんですか?」
「過去に依頼をした者はいたが、断られたと書物に記されています。なんでも、精霊は穢れた瘴気を見るのも嫌がると」
「どうにかすることは出来るってことでしょうか?」
「言いたいことは分かりますよ、ゆな様。けれど、精霊は基本的にこちらの世界のことには無関心です。ゆな様の言葉で言うと、"関係ない"というところですね。精霊には精霊が住む世界があり、人間界に瘴気が蔓延したところで関係ない場所だそうです。これは過去に精霊王様から加護を頂戴した者が伝記に記しています」
「なるほど。精霊さんからすればわざわざ嫌な思いをしてまでやる必要がない、ということですね」
それなら仕方ない。
「その伝記を書いた方は精霊王様?から加護をいただいていたんですよね?そうすると、他の精霊を召喚できるという魔法使いもその精霊から加護をもらっているということですか?」
「いいえ、そうではありません。"加護"は本当に精霊に気に入られた者にしか与えられないので、加護を受けた者は、過去にも数える程しかいません。その者の血縁の者だとしても加護は得られません」
「じゃあ、普通の魔法使い……えっと、精霊さんを召喚できる人と加護を受ける人の違いはなんですか?」
聞いておきながら、私は内心「心がキレイ」とかはやめてほしいと切に願った。
そんな目に見えないもので判断されても、こちらは分からない。
仮にあのバカ国王やバカ王子が加護をもらっているとしたら、精霊ひっくるめて私は大嫌いになりそうだ。
ドキドキしながら回答を待つと、ザレスさんはにこりと笑った。
「魂の清らかさと言われています」
「………ああ、そうですか。ちなみに王様や王子は加護を受けてるんですか?」
「いいえ、たとえ王族といえど簡単に受けられるものではありませんから」
「ああ!そうですか!安心しました!」
落胆しつつも、あの二人に加護なんぞあったらその精霊とやらをぶっ飛ばそうとさえ思っていたが、それは良かった。
ザレス先生は、くくっと笑う。
「ゆな様は正直者ですね」
「普段は上手に生きるためにも思うことがあっても黙って受け流す方です。ここはすぐ去る予定なので気を遣うことはしなくていいと判断しています」
あ、でも先生たちやイザベル様、リンスやシェンナは敬意を払うべき人だと認識していますよ。と付け加えると、みんなにっこり笑った。
「そう思っていただける人がこの世界にもいること、そしてそれが我々だということに感謝いたします」
授業は再開。ファンタジーな部分と言えばそんなところだったので、あとは覚えるのみだ。
大丈夫、試験勉強はいっぱいしてきた。先生だっている。頑張って帰るぞ!!!
そう意気込んで、私は寝る間も惜しんで勉強に励んだ。