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約束の当日。
空が明るくなってきた頃までこの国の仕事をしている自分が信じられない。
球体から、未だに直接会ったことのないシリウスさんが欠伸をした声が聞こえた。
「シリウスさんお疲れ様です」
『これは失礼を。――ゆな様、今日ついにご帰還されるんですね』
「あんたの兄がちゃんと出来ていたらね」
『そこはまあ…信じましょう』
シリウスさんは私が帰還した後、王都に戻ってしばらく国王代理として働くことが決まっている。
その引継ぎをこの2日間ずっと行って来た。
TV電話もどきを繋げて連絡を取った当初から、シリウスさんは快く応じてくれていた。
理由を尋ねると、この国を守った救世主直々の頼みを聞かないバカはいないと笑われたが、事情(代々の王族の隠蔽や今まで王様にされてきたこと諸々、王子のポンコツさ諸々、仕事を回す者もボロボロという内容)を話すと、土下座して謝ってきた。
しかも翌日はシリウスさんから事情を聞いた奥さん、息子、娘も一家全員まるっと土下座してきた。
イザベル様がかき集めた仕事ができる信頼できる者達もその場に居合わせていたのだが、構わずそう行動した一家に、全員満場一致で国王の代理となる人をシリウスさんに決めさせてもらった。(国王不在だが勝手に)
同時に、王様支持派で甘い汁をすすってきた貴族をまるっとパワハラ暴言えいや!で牢屋に入れ、仕事ができない奴らもパワハラ暴言えいや!で勝手に窓際に追いやり。
シリウスさんが王宮に来た時に妨げになることがないよう場は整えさせてもらった。
併せて、今回の清掃の旅の報告書を綿密に書きあげた。
本当に寝る暇なく働いた2日間だった。
『本当に帰られるのが惜しいです。あなたとならその王宮でもやっていけそうでしたのに』
シリウスさんは今の国王である兄と常に比べられてきたそうだ。
兄に何かあった時のため、兄がポンコツだった時のため、あらゆる兄のあれやこれやの時のためだけの人生に加え、自分に付くから兄を押しのけて王位につきましょう、と担ぎ上げようとする輩たちに辟易して早々に辺境に引っ込んだのだそうだ。
お察しはするが、「王家に生まれた以上責任は果たさないとね」というと苦笑して「その通り、異世界の方に説教されるまで動かなかった自分が情けないです」とため息をついていた。そして、「今こそスペアとしての役割を果たしましょう」と覚悟を決めてくれたわけだ。
『もしも帰れなければ、ぜひ一緒に国を動かしましょう』
「やだ帰る」
即答した私に、シリウスさんは笑った。
『冗談ですよ。ただ、あなたがそうなったとしてもこの国にはあなたの居場所がある。そう言いたかったのです。政務から離れたいとおっしゃるのでしたら、希望の場所に家を建てて暮らしてもいい』
「気持ちだけいただきます」
その時、ガタン、という音が球体からした。
馬車の音だ。
シリウスさんは今、辺境から王宮へ向かってくれている最中だった。
なんせここに来るまで3日かかる。
今回の清掃の旅では辺境にはいかなかった。瘴気はもちろん蔓延していたのだが、シリウスさん一家が先導してイザベル様より聞いた清掃をしてくれたおかげで魔術師派遣のみで事足りたからだ。
だからどういう場所なのか実は知らない。
しかし、この国でそういう場所は少なくない。清掃することで自分たちが助かるのならと自ら進んで掃除をしてくれた国民が多かった。半年で清掃の旅が終わったのは、そういう意識改革をイザベル様が広めてくれたからだ。国民を先導できる人として、やはりイザベル様は適任者だと思う。
今は魔術師と騎士団が瘴気消滅の最終確認も含めて清掃の旅では立ち寄らなかった地域へ行っているところだ。報告はまとめてある。
「シリウスさんには会えそうですが、シリウスさんのご家族に直接会って話せないかもしれないのはちょっと惜しいですね」
『ええ、本当に……。あなたには直接お礼と謝罪を申し上げたかったと妻も子供たちもずっとそのことを憂いていました』
シリウスさんの奥さんや子供たちは少し遅れて辺境を出発したと聞いた。
国王代理(まあもう後の国王になるんだけど)の奥さんや子供たちが離れて過ごす理由はないからね。カイゼルさんにしっかり護衛をするように頼んである。
「どういたしまして」
ふっと笑うと、先ほど部屋に入ってきていたリンスさんが紅茶を置いてくれたので、それに手を伸ばした。
「こうしてお茶を淹れてもらうのも最後ですねえ。リンスさん、いつも美味しいお茶を淹れていただいてありがとうございました」
「……そんなっ、………当然のことですから…」
珍しく言葉を詰まらせるので、目を向けるとリンスさんは泣いていた。
「え!?え、…えっ!?大丈夫!?どうした?え、?え?」
「も、申し訳ございません。覚悟はしていたのですが、……寂しくてっ…」
「えええ……」
慌てて立ち上がってリンスさんの背中をさすっていた私は、その言葉を聞いてなんとも言えない気持ちになった。
微妙な私の表情と声を聞いてシリウスさんはくっくっと笑った。
『ゆな様、罪なお方ですね』
「あ、それ男に生まれて言われてみたい台詞第一位なんだよね」
『そうですね、男としていらしていた方が色々と似合っています。見た目にそぐわぬ豪傑ぶりで度肝を抜かれた者が多いと思いますよ』
「え!?見た目は超可愛いってこと?そうなの、結婚式に向けて一生懸命エステに通って磨いたんだけどさ、」
『あ、いえ。そうではなく「そこはさ、そうですって言いなさいよ」
『いやあ……もうゆな様の姿を見たときの第一印象を忘れまして。王宮内の影響力のある大貴族を相手に暴言を吐いている姿しか私見てませんし』
「貴族って遠まわしに色々言ってくるからイライラしちゃって」
『そういうところですよ。初めて聞いた第一声は"はじめまして"でもなく、舌打ちをした後の"お前うるさいからちょっと黙ってろ"ですからねえ……』
そういえば、シリウスさんと初めてTV電話もどきをした時に同席していた奴がうるさくて、椅子を蹴り飛ばしてそういった覚えがある。
聞けば世界史でいうところの上院(貴族院)の最も偉い人だった。
甘い汁はすすっていなかったにせよ、魔術師長やら国王の暴挙を止められなかったポンコツと罵った。指摘すると顔を真っ赤にして怒っていたが、暴挙を止めるための上院(貴族院)であり、それが機能していないならなくても一緒なので、ここも総入れ替えが必要そうだというと顔を真っ青にして黙ったっけ。
『もうそういう印象しかないです。ですので、今侍女の背中を優しくさすっている姿を見てそういう一面もおありなんだと驚いています』
「あんたちょいちょい失礼だな」
『はっはっは!私も玉座に座った途端に玉座ごと蹴り飛ばされそうで怖いですなあ~』
「さすがに玉座は蹴り飛ばせないので王冠で顔面殴ることにする~」
『即位早々血だらけになるのはごめん被りたいですね。――冗談ですよね?』
「え?」
『えっ』
リンスさんはそんな会話を聞き、泣きながらくすくすと笑っていた。




