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勇者が力を隠す理由  作者: チドリ正明☆不労所得発売中☆
セシリア・ルシルフルの喜悦
9/21

3

「つかれたー」

 

 夜もすっかり更けた頃。

 あたしはセイクリッド・アカデミーから王宮に帰ってきた。


 アカデミーの実態は目を瞑りたくなるくらい悲惨だったけど、昔馴染みのレミーユちゃんと話すこともできたし、何よりも噂の彼に会うこともできた。


 でも、なぜかお付きの執事メリヌスは呆れ顔だった。


「セシリアお嬢様」


「なーにー」


 帰ってきたばかりのあたしは楽しい気分で階段を上る。


「お楽しみのところ恐縮ですが、一度国王様の下へ足をお運びください。本日は無断で外出しておられますので、ご一報入れておくべきかと」


 無断で外出したのは悪いと思うけど、どうせメリヌスがこっそり耳打ちしてるだろうし、パパに会っても話す内容は決まりきっているから行きたくない。


「パパはあたしに何か話でもあるの?」


「さあ?」


 メリヌスはしらばっくれているけど、パパと仲良しだから訳を知ってると思う。

 どうせ、勇者パーティーを目指すのはやめろとか何とか言うのは目に見えていた。

 将来はお兄ちゃんがパパの後を継いで王様になるし、お姉ちゃんはどこかの国の王子様と結婚するだろうから、あたしは別に自由にしていて良いと思うの。

 なんでそんなに縛り付けるのかな。


「パパってば、そんなにあたしが勇者パーティーに入るのが嫌なの?」


「そういうわけではないかと思います。愛娘が健気に頑張る姿を望まない父親なんておりませんから」


「じゃあなんで?」


 立ち止まったあたしは後ろを向いてメリヌスに聞いた。

 メリヌスは、もう孫まで生まれた年齢のお祖父さんだから、聞いたことには何でも答えてくれる。


「簡単です。本物の勇者が現れる保証がないからかと。

 過去、勇者の聖剣を抜けぬ本物の勇者ではない者たちを勇者パーティーと称し、魔王討伐を任せてみた事例は幾つもございますが、そのどれもがあっけなく失敗に終わっています。

 やはり、特殊能力を持っていようとも、聖剣がなければ魔王の元へ到達することすら難しいのでしょう。それを踏まえると、現状は本物の勇者が現れていない以上、そのような危険な賭けにお嬢様を巻き込むなんて国王様が許すはずがありませんからね」


 アルス王国だけじゃなくて他の国もそうだけど、何年に一度か勇者候補の中から優秀者を抜擢して魔王討伐に赴かせることがある。


 もちろん魔王討伐に行ってみたい人を有志で募るんだけど、結果は全て失敗。

 魔王の元へ到達するどころか、その道中であっけなく皆殺しにされちゃうみたい。

 あたしの知り合いの騎士の人とか、他国の王子様もそれで死んじゃったことがある。


 当たり前だよね。だって、誰一人として聖剣を抜けなかったんだもん。それなのに無理やり魔王討伐に行かせるもんだから、全員が無駄に命を落としている。


 でも、本物の勇者ならそうはならない。


「本物の勇者なら見つけたよ」


「はい? どちらで?」


「帰り際、少し森に寄っていたでしょ? 実はそこで見つけたんだよ。あたしはアーサーくんこそが勇者だと思う」


 ぼさっとした黒髪に中肉中背に見える普通の背格好の男の子。

 でも、二人組の男に嬲られている時から、ずっとアーサーくんの体幹は揺らいでいなかったし、むしろ確かな余裕を感じさせる出立ちだった。

 しかも、破けた服の隙間から見える肉体は生々しい傷だらけだったけど、異様なまでに発達していた。それはまさしく努力の賜物だった。

 ぬくぬくとアカデミーで普通に過ごしていたら、ああはならないと思う。

 

 だって、アカデミーにいる人たちはみんな魔王討伐に行きたくないみたいだし。

 そもそもやる気がなさそうだった。アカデミー側も慎重になりすぎてるせいで育成が上手くいってないしね。

 そんな場所にいてあんな風になるなんて、アーサーくんはかなり異質だよ。


「はてはて、それはまたどうしてそう思われたのですかな?」


「アーサーくんは真っ直ぐだったんだ」


「はぁ……よくわかりませんが、あまり国王様の心労になるような事は控えて下さいね。魔王の侵略は今も続いているのですから。」


「わかってるよ。でも、誰かが魔王を討伐しないとその侵略は止まらないんでしょ? あたしにはその覚悟があるよ」


 パパが疲れているのは知ってる。

 各国の偉い人と協力して、魔王の侵略を少しでも遅らせるために頭を悩ませているから。

 アルス王国から選抜した強い人材を戦いに向かわせているし、お金だってたくさん使っている。

 でも、それは一時凌ぎにしかならない。


 今こそ、勇者パーティーは必要とされている。


「セシリアお嬢様の回復魔法と補助魔法は一級品ですから、僧侶と呼ぶには相応しいでしょうね」


「そうでしょー? そこにアーサーくんの剣とレミーユちゃんの攻撃魔法、後は戦士の人を見つけ出して、みんなで力を合わされば怖いものなしだよ」


 アーサーくんの剣の太刀筋は、あたしが知る他の誰よりも優れていた。

 レミーユちゃんの攻撃魔法はこの目で確認した。簡単な魔法を巨大な岩石に試し撃ちしてもらったけど、王国に仕えるどの魔法使いよりも洗練されていたから驚いた。

 それくらい二人は凄い。だから、魔王討伐はできる気がする。


 あたしは意気揚々と階段を上る。


 そして、王宮の最上階にある謁見の間に到着した。


「パパー、話ってなに?」


 みんなはやめろと言うけれど、あたしはノックなんてしないでそのまま部屋に入った。


 だって、血の繋がった親子がそんなよそよそしいのは嫌だもん。


「……セシリア。メリヌスから聞いたが、セイクリッド・アカデミーに行っていたのか?」


 金ピカの玉座に座るパパは足を組んで踏ん反り返っていた。

 何年か前まで髪は綺麗な金色だったけど、今ではストレスのせいか白髪混じりになって燻んでいる。


「うん。初めて行ってみたよ。僧侶になるために見学してきたんだ。悪い?」


「良いか悪いかで言えば悪い。お前は我の大切な娘なのだ。死にゆくことが確定している魔王討伐の旅に同行させる事はできぬ」


「だーかーらー! 何度も言ってるけど、こうやって誰かが行動に移さないとずっと戦況は変わらないんだよ?」


「その誰かはお前ではない。アカデミーにいる生徒たちのことだ」


 この押し問答は何度も何度も続けている。

 でも、今日はこの目でしっかりと見てきたから、新しい進展があるはず。


「アカデミーにいる人たちは魔王討伐に行くつもりなんて全くないよ。知らないの?」


「なぜそう思う?」


 不思議そうに聞いてきた。

 王都が管理している機関とは名ばかりで、国王のパパはパパは何もわかってない。


「今日、四つのコースの色んな人とたくさん話したんだ。みんな口では魔王討伐とか冒険とか旅とか何とか口にしてるけど、心の底から魔王討伐に行きたいって言ってる人なんて一人もいなかったよ。

 貴族たちはお家の事情でアカデミーに入ってるだけだし、勇者候補なんか特にそう。魔王討伐への使命感なんて殆どなくて、みんな力を自慢して将来のお婿さんを見つけるために入学しただけ。”誰かがやればいい”って、みんなそう思ってるんだよ。そんな人たちが魔王討伐に行くと思う?」


 あたしは半日かけてしっかり見聞してきた。

 みんな口では偉そうに言ってたけど、実際は誰も本音で話していなかった。

 レミーユちゃんからは強い意志を感じたけど、他はダメ。

 当たり前だけどやっぱり死ぬのが怖いんだと思う。

 それはあたしも同じ。でも、誰かがやらないといけない。

 ずっとうじうじしてたら魔王の侵略は止まらないし、滅ぶのを待つだけになっちゃうしね。

 

 そんな中、アーサーくんは本気だった。

 魔王を一人で倒すだなんて冗談みたいなことも言ってたけど、ぶれない心は間違いなく本物だった。

 彼は自分のことを臆病で怖がりだって言っていたけど、それでも、彼は、彼だけは、本気で魔王を討伐しようとしている。


「……勇者候補は選ばれし存在だ。魔王討伐に行く義務がある」


「でも、本物の勇者はもう百年も現れてないよ? それに聖剣を抜けない勇者候補の人たちを魔王討伐に行かせても、全部失敗してるんだよね? アカデミーの勇者育成だって慎重すぎて進展が見られないみたいだし……そもそもあの条件を満たせるような勇者候補が一人もいないのは、さすがにマズいんじゃないの?」


「っ……」


 パパは動揺して眉を顰めた。

 あたしの言葉が核心を抉ったんだと思う。

 みんなが目を背けているけどそれが事実。

 他国もそうだけど、呑気にアカデミーとか何とか言ってる場合じゃない。

 今は地位とか権力とか儀式とか何とか気にせずに、本当に実力のある人が選ばれるべきなんだよ。


 そもそも、勇者になる条件は聖剣を抜くことだけど、聖剣を抜く対象に選ばれるためにも条件がある。

 その細かな条件は全部で三つ。


 一つ、道徳的な資質や正義感を持ち、人々を守る意志を示すこと。


 二つ、重要な使命を果たすための冒険心や決断力を持つこと。

 

 三つ、勇気と犠牲を厭わない覚悟を持つこと。


 これを満たせる人が現れていないって事は、本当は誰も魔王討伐なんかに行きたくないって事。

 そして、アカデミーにいる人たちがみんなそうだったって事は、あんな場所に意味なんてないって事。


 でも、その中から、あたしは見つけた。


「一人だけ、本物の勇者になれそうな人がいるんだよね」


「其奴は……我に勧めるほどの逸材なのか? どこぞの貴族家の出自だ?」


「ううん。でも、少なくとも、あたしは彼こそが本物の勇者なんだって思うし、何よりもびびっときたからね」


「では、今すぐに連れてくるがよい。我が直接確認してやろう」


 パパはあたしに核心を突かれてムキになっているのか、思いのほか乗り気だった。

 けど、ここに連れてくるのはまだ早かった。


「んー、それはもう少し待ってほしいかな。あたしはまだアーサーくんの実力をこの目で見ているわけじゃないからね」


 アーサーくんを一目見た時の直感でそう思っただけで、まだあたしは彼の本質を知らない。

 実力についてはイレギュラーモンスターを討伐したし全く問題ないと思う。太刀筋だってそうだ。

 でも、一度この目で直接確認してみたい気持ちもあった。対人戦でもモンスターを討伐するでもいい。何らかの方法で彼の実戦的な力を見てみたかった。


 それを知るには少しだけ時間が必要だった。


「ふむ。よかろう。そこまでお前がアーサーとやらの実力を買っているのなら、一週間だけ時間をくれてやる。それまでに我が御前に其奴を連れてくるがよい」


 パパはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 それはもう偉そうな口調だったけど、人を見下しているわけじゃなくていつものことだから別に気にしない。

 差別とかもしない人だから、多分アーサーくんのことを正しく評価してくれる。


 むしろ、あたしと同じく彼を見て直感するかもしれない。


 アーサーくんが勇者になり得る素質を持つ人なんだって。


「わかったよ。じゃあ、あたしは明日から一週間だけアカデミーで過ごすから、根回しだけよろしくねー。見学って感じでいいと思うよ」


「外にいるメリヌスには事情を伝えておけ。無論、何かおかしな噂を耳にしたらすぐに連れ戻すからな。あそこには我が王宮から派遣している講師もおるからな」


「うん。じゃあ、また一週間後ね」


 あたしはパパに別れを告げて謁見の間を出ると、部屋の外にいたメリヌスに事情を説明して自室へと戻った。


 明日からは、一週間だけアカデミーで過ごすことになる。

 そこで、アーサーくんの実力を見させてもらおうかな。


 そんなの見なくても、考えは変わらないと思うけどね!



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