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モルドのダンジョンで起きた惨劇から早数十日が経過していました。
あれから落ち着きのない日常が続いています。
毎日のように聴聞会が開かれ、私は授業そっちのけで時間を拘束される日々を過ごしていました。
アーサーとペアを組んでいたということもあり、彼に関する話題を尋問されるのです。
『アーサーはダンジョン内で不審な言動をしていなかったか』
『アーサーに騙されたり脅されたりしていないか』
『アーサーが生徒たちに危害を加えた現場を目撃していないか』
聴聞をしてくる講師の方々は、高貴な出自ではないアーサーに全ての責任をなすりつけようとしているのです。
切羽詰まった顔つきで問いを重ねてくる姿は、見るに耐えませんでした。
話によると、死傷者は二十名を超え、精神的に問題を抱えた生徒も多くいるそうです。
きっと関係各所から詰められていることでしょう。
名家の生まれの方々が多く亡くなられたので当然です。
彼らは事の顛末を何も知らず……いえ、理解しようとせずに、アーサーを使って責任逃れに走っているのです。
ただ、私は何も答えませんでした。
聴聞会が終わるその時まで『覚えていません』と言い続けました。
本当は鮮明に覚えています。アーサーの大きな背中と圧倒的な力強さ、そして勇者様に相応しい強大な雰囲気……忘れるはずがありません。
こうしてしらを切り続けていると講師の方々が先に折れました。
聴聞会はつい先ほど開かれた会をもって最後となる旨が通達されたのです。
結局、状況証拠が乏しすぎるあまり、アーサーに責任の全てをなすりつけるのは不可能だという判断に至ったようです。
更には生徒たちの混乱を招かないためにも、この件はアルス王国の国王様が内々に処理してくださることになったとか。
当然の結果です。
よって、今回の件は不問となり、モルドのダンジョンで起きた惨劇の真相は私とアーサーのみが知ることとなりました。
帰り際、寮のアーサーの部屋に寄ってみましたが、彼の姿はありませんでした。
どうやら彼の聴聞は長引いているようです。
私は簡単に手紙を綴り部屋の戸に挟むと、寮の裏手へ向かい、彼を待つことにしました。
幸い、今は時間が遅いこともあり周囲には誰もいません。
「……ヴェルシュ、待たせたな」
数十分ほど待っていると、やつれた顔のアーサーが現れました。
手には一枚の紙が握られています。手紙に目を通してわざわざ足を運んでくれたのです。
「いえ、今来たところです」
「それで……こんなところに呼び出して、俺に話ってなんだ?」
「ベンチにでも座ってゆっくりお話ししませんか?」
「わかった」
アーサーは私の隣に腰を下ろすと、膝に両腕をつっかえ棒のようにして置きました。首を垂らしており、目に見えて疲れているのがわかります。
「……アーサー」
私は彼に確かめたいことがありました。
「なんだ」
「今朝方、貴方が討伐したイレギュラーモンスターの推定ランクが公開されました。ご存知でしたか?」
「いや、知らないな」
モンスターはランク付けされています。
最上位はS、そこから下にはA、B、C、D、Eといった具合に、細かく分けられているのです。
また、魔族は別で、下級、中級、上級といった具合に三段階で分けられており、魔王は強すぎるが故に例外とされています。
「推定B~Aランクで、上級魔族に相当すると結論付けられたそうです」
「そうなのか」
「先ほど最終的な聴聞結果を聞きました。あの惨劇は不問となり、責任の行方が貴方に向くことはないそうです。
そして、イレギュラーモンスターを討伐したのは貴方ではなく、亡くなってしまったアカデミーの講師と生徒たちということになっています」
アーサーがイレギュラーモンスターを討伐したという事実は、闇に屠られることになりました。
前者は間違いなく良いことでしょう。むしろ、当然のことです。
しかし、後者は彼にとって不利益でしかありません。
「そうか」
「……どうしてですか」
平然としている彼を見ていると……十五層のあの光景を思い出すと……どうしても憤りを感じずにいられません。
「何がだ?」
顔を上げたアーサーはよくわかっていない様子でした。
「どうして、貴方はもっと誇らしげに振る舞わないのですか? 私には分かります。イレギュラーモンスターを討伐したのは、アーサー、貴方ですよね」
「……」
「皆から罵詈雑言を浴びせられ責任をなすりつけられる中、貴方はその力を誇示しませんでしたね……私は悲しかったです。どうして貴方が責められなければならないのか、どうして私はあそこで貴方のために言葉をかけてあげられなかったのか……どうして、どうして多くの命を助けた貴方があのような扱いを受けなければならなかったのか……」
私は酷く後悔していました。
あの場でアーサーを救う手立てがあったのではないかと、何度も何度も自分を責めました。
今の彼は以前よりもずっと周囲からの風当たりが強くなっています。
あちらこちらで悪い噂が絶えず、人殺しだなんだと陰口を叩かれているのです。
あそこで少しでも堂々と振る舞い、イレギュラーモンスターを倒したのだと力を示すことができていれば、何かが変わったかもしれません。
なのに彼はそうしようとしませんでした。
「力の誇示、か……考えたこともなかったな」
アーサーは背もたれに全身を預けて天を仰ぐと、一つ息を吐いてから言葉を続けます。
「勇者は誰かを助けたら見返りを求めるのが普通なのか? その力を誇示して偉そうに踏ん反り返るのが普通なのか? 皆を脅威から救えたのなら、それで何も問題はないんじゃないか? たとえ俺が責められようともヤツは既に滅んだんだ。皆が救われた結果に変わりはない」
「……確かに見返りを求めて偉そうにしている勇者様が存在したら、きっと嫌われ者になるでしょう。ですが、今回に関してはそうしないと貴方の為になりません。本来、貴方の功績はもっと多くの方々に語られて然るべきです! でないと……アーサー、貴方があまりにも可哀想です……」
私は無意識のうちに語気を荒げていました。
アーサーの言いたい事はよくわかります。ただ、それでも……あのような扱いを受ける必要はありません。
彼は皆を助けた英雄なのですから。
「俺の功績なんてどうでもいいし、真実なんてもんはもっとどうでもいい。大事なのは結果だ。世間は誰が何を討伐したかなんてまるで興味がないんだよ。誰がどうしようと魔王が消えればそれでいいんだ」
横目でこちらを見てくるアーサーの瞳に嘘の色はありませんでした。
私とはそもそも考え方が違うみたいです。
「貴方は、本当にそれで満足なのですか?」
「俺は周囲からチヤホヤされたい訳じゃない。勇者候補として生まれたからには、その使命を遂行しなければならないんだ」
「……そうですか」
渋々納得したというよりは、もう説得を諦めたような感覚に近いのでしょう。
これが、これこそが勇者候補なのでしょうか?
私のような家柄だけのハイエルフとは、まるで考えが違うようです。
ただ、それは放っておく理由にはなりません。
人の心を持っていないわけではないと思うので、それが壊れないように見守ってあげる必要があります。
強く見えるアーサーは実は怖がりで、使命感の強さから行動を起こしているにすぎない状態だと思います。
「話はそれだけか?」
アーサーはベンチから立ち上がりましたが、私は即座に彼の手首を掴んで引き止めます。
彼のことをもっと知りたくなっていました。
「もう一つ、聞かせてください」
「何だ?」
「どのようにして、イレギュラーモンスターを単騎で討伐したのですか? もちろん特殊能力を使用しましたよね?」
「剣だ」
「え、剣だけ……ですか?」
「前も言ったはずだ。俺は能力を使えないってな」
呆然と固まる私とは対称的に、アーサーは論を俟たないような面持ちでした。
「……嘘。剣だけで推定Aランクのイレギュラーモンスターを討伐したというのですか? 特殊能力を使わずに?」
あれほどの強さを持つイレギュラーモンスターを、剣だけで討伐するだなんて考えられませんでした。
しかし、アーサーが本物の勇者様ならあり得る話ですし、彼が私の想像を超えるほど強いのであれば納得がいきます。
むしろ、思い返してみなくとも、あの時の彼の背中は間違いなく勇者様のものでした。
「本当に貴方は剣だけで倒してしまったのですね」
僅かに思考を重ねただけで容易に納得する事ができました。
「ヴェルシュ。どうして俺のことをそこまで信じられる?」
「……貴方は本物の勇者様ですから」
「それだけか?」
「誰が何と言おうと、アーサーは勇者様です。この先、魔王討伐を成し遂げられるのは貴方しかいません。私はそう思います」
「直感か?」
「ええ。抽象的な判断はあまり信じていませんが、貴方が勇者様であるという事だけは信じられるような気がします。
現に私は貴方のおかげで生きていますし、貴方がイレギュラーモンスターを討伐してくださったおかげで多くの人命が救われました。それは勇者様と呼ばれるに相応しい功績だと思います」
私は一つ呼吸を置いてから言葉を続ける。
「遅くなってしまいましたが、助けてくださって、本当にありがとうございました。
油断していた私は本当に愚かだったと思います。貴方がいなければ、あえなく下層で殺されていたことでしょう。全ては貴方のおかげです」
ゆっくりと立ち上がると、深く頭を下げました。
他の方々は貴方のことを疑い続けるでしょう。
しかし、私は貴方のことを信じ続けます。
救われた命を無駄にはしません。
「……」
アーサーは困ったような顔で黙り込んでいました。
「救われた恩は必ず返します」
「いや……気にしなくていい」
「そうは言いますが、感謝をされるのも悪くはないでしょう?」
「まあ、そうかもな……」
単なる私の推測ですが、アーサーは誰からも感謝されずにひっそりと生き、結果だけを求めていけばいいと思っていたはずです。
それは潜在的な強い使命感からくるごく自然的な行動でしょう。
面と向かって感謝を伝えられることなどなかったのだと思います。
彼の生い立ちや不器用な性格、勇者候補としての使命感の強さを鑑みれば、きっと一人で何事にも立ち向かってしまうはずです。
だから、私は彼のそばにいたくなりました。
「アーサー。私はまだまだ貴方のことが気になっているので、明日からは私と共に行動してください」
「……ヴェルシュと?」
アーサーは狼狽を顔に漂わせました。
「私は貴方のことをもっと知りたいです」
「俺のことなんて知っても何も得られないぞ?」
「いえ、私は貴方こそが本物の勇者様だと思っているので、得られるものは無数にあるかと」
「……俺はそんな器じゃないから無駄だと思うがな」
「貴方はいずれ世界を救う勇者様になる運命です」
彼はあまり乗り気ではなさそうでしたが、私は食い下がります。
「俺なんかと一緒にいたらヴェルシュへの風当たりも強くなるぞ」
「問題ありません。アーサーのことを何も知らない方々には勝手に言わせておけばいいと思っていますし、酷い噂なんて私が吹き飛ばしてあげます」
私の固い意志は梃子を使っても変わりません。
「……わかった。明日からはなるべく一緒に行動してみよう」
少しの沈黙を置いてから、アーサーは溜め息混じりに承諾してくれました。
私の気持ちが伝わったみたいです。
「ありがとうございます。いつか、能力のことも教えてくださいね? 私も頑張って賢者になりますから」
「いつかな」
アーサーは踵を返して立ち去りましたが、別れ際の横顔は少しだけ寂しそうに見えました。
特殊能力を明かせない深い理由があるのは確かでしょう。
私が賢者として、勇者様である彼と共に冒険をする時が来たら、その時は特殊能力の事を教えてくださいね。




