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Change fo perspective 〜Remille〜
魔王が滅び世界は平和になりました。
アルス王国を中心に、各国では大々的なパレードが開かれ、勇者パーティーを大いに祝福していました。
数ヶ月が経過した今でもそれは止むことなく続いています。
それほどまでに人類は困窮し、恐怖に怯えていたのです。
私だって嬉しいです。
魔王討伐を成し遂げたことによって、故郷が危機に瀕する事がなくなったのですから。
しかし、世間はアーサーの、勇者様の死を知りません。
パレードなどに姿を見せない勇者様に疑念を抱いているものの、魔王が滅びた事実に喜ぶあまり、それほど深くは気にしていない様子でした。
昔、アーサーの言っていた事が現実になった瞬間でした。
『俺の功績なんてどうでもいいし、真実なんてもんはもっとどうでもいい。大事なのは結果だ。世間は誰が何を討伐したかなんてまるで興味がないんだよ。誰がどうしようと魔王が消えればそれでいいんだ』
確かにそうかもしれませんね。
悪の元凶を絶てば誰もが納得するのです。
現に、世間は貴方の事を気にも留めていないでしょう。残酷ですがこれが事実でした。
しかし、私たちはその事実を受け止めきれません。大切な人を一人失ったのですから、当然です。
「アーサー、貴方はどうして、ただ一人で魔王に挑んだのですか? 私たちと一緒ではダメだったのですか? 私たちのことが信用できませんでしたか? 死ぬ必要はありましたか? 勇者パーティーを組んだ時に見せた笑顔や旅の最中で深めた絆や信頼は全て嘘だったのですか?」
疑念が頭の中を錯綜しますが、答えは見つかりません。
当然です。
それを聞ける相手はもういないのですから。
◇◇◇◇◇
その日、私たちは王宮の一室でアーサーの遺品を整理していました。
本当は気が進まなかったのですが、セシリアの提案で、心の整理も兼ねてアーサーの遺品を整理することになったのです。
アカデミーの寮の彼の自室にある荷物は、王宮の執事、メリヌスさんに頼み、こちらに持ってきていただきました。
加えて、アーサーは自分のバックパックを持たずに魔王の元へ向かったので、その中も初めて確認してみます。
「……彼は何も持っていないのですね」
手始めに寮から持ってきていただいた荷物を確認してみましたが、これといったものは特にありませんでした。
アカデミーで無償提供される日用品ばかりで、個人的に購入したような品々は一切見つかりません。
文房具や固形石鹸、研ぎ石、肌着や簡単な羽織り、包帯など……目立った物は何もありません。
「でも、アーサーくんらしいんじゃない? パパが王宮で一番の剣をあげる前も、ずっと同じ剣を大事に使ってたんでしょ? 服装だって小綺麗な感じではなかったしね」
「そうですね。彼らしいと言えば彼らしいですね」
私的な時間を過ごすアーサーの姿は見たことがありませんが、なんとなく彼の考えがわかるような気がしていました。
冒険とはいえ、半年ほど時間を共に過ごしたからでしょうか。
「バザークは何か見つけましたか?」
私は対面に座るバザークに確認する。
彼は何やら興味深そうに数冊のノートを手に取っており、パラパラとめくっては驚嘆していました。
「見てよ、これ」
「……びっしりですね。数学や識字などの座学もちろん、演習における対戦相手の分析からモンスターや魔族の特徴まで……凄い量ですね」
バザークが見せてきたのは十冊を超えるノートの束でした。
中を見開くと、そこには細かな文字が無数に羅列しており、その全てが勉強の痕跡でした。
とてもアカデミーに在籍した一年で書き上げた量とは思えません。
アカデミーで学べるあらゆる分野の勉学を全て書き記してあります。教科書顔負けの文量です。
「やっぱり、アーサーくんって努力家だよね。剣だけじゃなくて、こういう基礎的なところもゼロから学んだんでしょ?」
「おそらくは。田舎の出自でそういうのには疎いと聞いたことがありますし、座学については相当な量の努力を積んだのでしょう」
幼い頃から学のある大人に教えてもらえる私たち貴族とは違い、アーサーは五歳になってすぐに孤独に堕ちた可哀想な境遇を持っています。
座学関係における成績は平均以下だったと思いますが、それでもゼロから学んだと考えるならば充分です。剣技も並行して取り組んでいたと考えれば、その異様さが容易にわかります。
そんな風体は一切見せていませんでしたが、誰に言われるでもなく黙々と努力に励める姿は尊敬に値しますね。
「二人とも、これは何?」
私が感傷に浸っていると、またもやバザークが何かを見せてきた。
「これは、手紙ですかね……?」
バザークが手に持っていたのは、ぐしゃっと折り畳まれた手紙らしき紙だった。赤黒い血痕が見える。
「勝手に開けていいのかなー? どこに入ってたの?」
「アーサーのバックパックの中だよ。一番奥に詰め込まれている感じだったね。全部荷物を出そうとしたら見つけたんだ」
そう口にするバザークの足下にはアーサーが背負っていた小さなバックパックがありました。
「……無許可で読むのはどうかと思いますが、私たちだけで中身を確認してみますか」
「じゃあ、レミーユさんが読んでよ」
「わかりました」
バザークから手紙を受け取った私は、ゆっくりと紙を広げて中に目を通す。
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親愛なるヴェルシュ、セシリア、バザーク
まずは謝りたい。
お前たちに嘘をついていたことを。
本当に申し訳ない。
俺の特殊能力は”剣識”などではない。
本当の特殊能力は”終焉の一撃”だ。
それは、己の命を引き換えにして、魔王を確実に葬る力だ。
この力は、他のどんな手段でも倒せない魔王に対して、唯一の勝機をもたらすものだ。
しかし、発動には俺の命が必要だった。
俺がこの力を隠していたのは、お前たちに無駄な心配をかけたくなかったからだ。
本音を言えば、お前たちと共に魔王と戦いたかった。魔王を討伐したかった。勝利を分かち合い、堂々と帰還したかった。
だが、俺の能力を知っていれば、お前たちは俺を全力で引き止めようとしただろう。烏滸がましいかもしれないが、俺はお前たちから絶大な信頼を置かれていたと思う。
だから、あの時、嘘をついて一人で魔王に挑むしかなかった。
俺が望んでいたのは、魔王の討伐だ。
だが、俺は誰よりも使命感が強いからこそ、魔王の強さがはっきりとわかっていたし、自分が敵わないことも理解していた。
それは、お前たちがいても同じだった。
裏切るような真似をして申し訳ない。
一つ誤解してほしくないのは、信頼していなかったわけではないということだ。
お前たちが生き延びて、その平和を享受し、未来を築いてくれることが、俺の願いだった。
俺の犠牲があったからこそ、お前たちが生き延び、そして世界が救われたのなら、それで俺は満足だ。
どうか、俺の死を無駄にしないでくれ。
お前たちが笑って幸せに生きることが、俺にとって何よりの報いだ。
勇者として、使命を果たせたことを誇りに思う。
アーサー
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手紙を読み終えた私の頬に涙が伝う。
隣にいるセシリアは声を荒げて泣き叫び、向かいに座るバザークは両手で顔を覆い隠していました。
「……アーサーくん。そっか……ずっと苦しかったよね。自分の命を犠牲にしちゃう特殊能力を持って生まれて、それなのに勇者としての使命感は誰よりも強くて……辛かったよね」
セシリアが静かに呟く。
私たちには到底理解し得ない苦しみがあったことでしょう。
「アーサーは、最後まで僕たちのことを考えてくれていたんだね……」
「……そうですね」
私が相槌を打つと、バザークが震える声で続ける。
「僕たちを守るために、そして世界を救うために……無駄になんてするわけないよ」
私たちはしばらくの間、無言のまま手紙を眺めていました。
それぞれの心に、アーサーの想いがより深く刻まれた瞬間でした。
「アーサーの犠牲を無駄にしないためにも、私たちはこの平和を守り続けなければなりません」
私はセシリアとバザークを交互に見やると、二人は顔を歪ませながらも強く頷きました。
「そうだね。アーサーくんよ願いを胸に、あたしたちができることを精一杯やろうよ」
「アーサーのためにも、そして未来のためにもね」
セシリアが力強く答えると、バザークも同意しました。
私たちは、勇者アーサーを忘れることはありません。
勇者アーサーは永遠に




