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目が覚めると、焚き火の前にはヴェルシュが座っていた。他の二人はまだ眠りについているのか、安らかな寝息が聞こえてくる。
「何もなかったか?」
体を起こした俺は小さな声でヴェルシュに尋ねる。
「ええ。見ての通りです」
ヴェルシュは柔らかな笑みを浮かべる。
感覚的に、眠りについていたのは二時間程度だろうか。
短いとはいえ、その間は緊張感がある見張りとなる。
彼女も疲れていることだろう。
「それにしても……」
不思議そうな面持ちのヴェルシュは続け様に尋ねてくる。
「普段はうなされているのに、今回は随分と楽しい夢を見ていたようですね?」
「まあな」
寝顔が筒抜けになっているのは恥ずかしいが、確かに俺は理想的な夢を見ていた。
「どのような夢ですか?」
「……魔王を討伐する夢だ」
「ふふっ、正夢にしましょうね」
「ああ」
一聴すると、それは幸先の良い夢に違いなかったが、訳を知る俺と何も知らない彼女では捉え方がまるで異なる。
俺を信じてくれているヴェルシュやセシリア、バザークのことを思うと、心苦しくなる。
ただ、それは俺にとって悔いなく死ねる要因にもなり得る。
「……ヴェルシュ」
「どうしましたか?」
「もしも、俺が死んでも、お前たちは笑顔で帰還してくれるか?」
消えかけた焚き火を眺めながら問いかけると、ヴェルシュは少し考え込んでから口を開いた。
「……名誉の死を遂げたのであれば、勇者様として誇らしいことかと思います。ですが、それはあくまでも世間から見た勇者様のあるべき姿です。私たちから見た勇者様はアーサーその人であり、ただ一人のかけがえのない仲間としか思えません。
貴方は勇者様である以前に、私たちの大切な存在、仲間なのです。なので……死んでしまったら、悲しいです」
ヴェルシュは悲しげな声色で言葉を紡いだ。
時折、安眠するセシリアとバザークにも視線を向けており、彼女がいかに勇者パーティーという存在を大切に思っているのかがわかる。
それは俺も同様だった。
今の心持ちは違えど、確かなつながりを感じているのは事実だった。
「そうか……良かった」
「え?」
「俺にも悲しんでくれる人がいるんだって再認識できたから嬉しいよ。死んでも俺のことを忘れないでくれ」
俺はかけがえのない仲間を手に入れることができたようだ。
父さんと母さんが死んだ時点で自暴自棄になっていたが、三人が俺を追いかけてくれて、勇者パーティーを結成することができた。
それは俺にとって確かな救いだった。
俺が死んでも俺のことを忘れず、悲しんでくれる人がいる。十分すぎる。俺にはもったいくらいだ。
これで……悔いなく旅立てる。
「……縁起でもないこと言わないでください。私たちは全員で生きて帰還するのです。
そして、これまで貴方のことを貶めてきた方々を後悔させてやりましょう。本物の勇者様として胸を張って生きていきましょう。使命感に縛られることなく、のんびりと過ごしましょう。魔王討伐を成し遂げて……貴方は本当の貴方でいられるようになります」
ヴェルシュは慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
つい踏み止まりたくなるほどの美しい面持ちだった。
しかし、勇者としての使命感がそれを許さない。
一度、決意を固めたからこそ、俺はもうやるべきことを心に決めていた。
「ありがとう」
「いえ。ただ、今のアーサーは、出会った頃のような今にもその身を投げ出してしまいそうな感じがしたので、こうして言葉をかけておかないとどこかに消えていってしまいそうです」
潤んだ瞳でじっと見つめてくる。
心が揺らぎかける。
夢は本当に正しいのか? と、俺は自分に問いかける。答えは出てこない。だが、もしも夢を信じることなく魔王に挑み、勇者パーティーが全滅する未来を考えてしまうと、そんな安易な決断は絶対にできなかった。
現実でそれが起こり得たら、もう取り返しがつかないことになる。
それならば、より最善の策を実行に移すのが今の俺にできる唯一の行いだ。
俺は本物の勇者だ。
世界を救う正義感を持ち、困窮した人類を救い出す使命がある。
己の犠牲を厭わずに、覚悟を決めなければならない。
「……ヴェルシュ、勇者になり得るための三つの条件を覚えているか?」
「ええ。もちろんです。突然どうされたのですか?」
「いやな……ただ、俺は本物の勇者になれたかなって、そう思っただけだ」
「ふふふ……なれてますよ。貴方は、本物の勇者様に」
ヴェルシュは唇を綻ばせた。
「ならいい」
返答に満足した俺は照れ臭さを鼻で笑って誤魔化す。
話をしたら心が和んだ。
実を言うと、二時間の睡眠で濃厚すぎる夢を見たせいで、少しばかり心身に疲れがあった。
俺には魔王討伐後の三人の様子を知り得ることはできないが、この調子なら問題なさそうだ。
ヴェルシュは間違いなく乗り越えられる。
そして、セシリアとバザークも同様に、俺の死を糧に更なる高みを目指せることだろう。
「ヴェルシュ、お前も休め。ずっと気を張っていて疲れただろ? 俺が見ておくからゆっくりしろ」
「……よろしいのですか?」
「大丈夫だ」
「すみません。では、お言葉に甘えて……少し疲れたので休ませていただきます」
「ああ、おやすみ」
ヴェルシュはものの数十秒で安らかな寝息を立てた。
よほど疲労が溜まっていたんだな。真面目な性格だからか、周囲を気遣う事も多かっただろうし当然だ。
セシリアとバザークも持ち前の明るい性格とフランクさで、パーティーの空気と規律を保ち、戦闘面においては多大なサポートをしてくれていた。
皆が自分にできる最大限のことをやっていた。
その結果、俺たちは、勇者パーティーは、ここまで辿り着くことができた。
最後は勇者である俺が使命を果たす番だ。
俺の特殊能力——終焉の一撃は、確実に魔王を殺すことができる絶対的な力だ。
発動する為には魔王に一太刀浴びせる必要があり、更には発動対象は魔王に限られる。
しかし、発動するにあたって、大きな対価が必要となる。
それは——俺の命だ。
俺が自らの命を捧げる事で、終焉の一撃は初めて完成する。
本当は魔王を剣だけで討伐したかった。
剣が及ばずとも、三人と協力すれば討伐は叶う……そう信じていた。
そうすれば、皆で帰還し、笑顔で勝利を分かち合うことができたはずだ。
だが……俺の実力ではそれができない。
いくらたくさんの夢を見て、多くの時間を経て、寝る間を惜しんで努力を続けても、俺はもうこれ以上の力を手に入れることができそうにない。実力は既に頭打ちだ。
せめてもの救いとして、俺が放つ渾身の一閃は魔王に届く事が判明した。
もう、俺には皆を救う手立ては一つしか残されていない。
俺の剣は魔王に及ばないんだ。
意気込んで挑んだところで、負けるのは目に見えている。
だから、こうするしかない。
「ヴェルシュ、セシリア、バザーク。今日まで本当にありがとう。そして、嘘をついてすまなかったな。俺はお前たちと出会えて幸せだった。先に父さんと母さんに会ってくるから、お前たちは生きて帰って平和な世界を謳歌してくれ……じゃあな」
俺は安眠する三人の元へ一通の手紙を書き残した。
俺が背負っていたバックパックの奥底に入れたから、気付くのは帰還してからかな。
真実はその時にわかる。
悲観する必要はない。
俺は勇者だから……この身を挺して世界を救い出す義務があるんだ。
ここでお別れだ。
素敵な冒険をありがとう。
俺は……本物の勇者として使命を果たす。




