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「くそ……」
現れたのは、傷だらけのアーサーだった。
百五十体の魔族を蹂躙した勇者様の姿とは思えないくらいボロボロだ。
「アーサー!」
レミーユさんは砂塵をかき分けてアーサーに駆け寄ると、彼の体の状態を確かめるように優しく手を這わせていた。
「ヴェルシュ? それにセシリアとバザークまで……どうしてここに?」
驚愕するアーサーの鎧は所々が砕け、露出した肌には生々しい傷が刻まれていた。それでも彼の目は戦意を失わず鋭い光を放っている。
痛みに嘆く表情なんて一切見せず、真剣な顔つきで眼前を見つめる。
今は戦闘の最中なのだということがわかる。
でも、雰囲気からしてあまり優勢ではなさそうだ。
「助けに来たんだよ、きみのことを!」
セシリアさんも駆け寄りアーサーの手を取った。
でも、アーサーは手を取らずに自力で立ち上がる。
「……お前たちは早く逃げろ。ヤツが来る」
アーサーは剣を一振りして砂塵を吹き飛ばし、何も見えない眼前の虚空に向かって剣を向けた。
構えからして何かを捉えようとしているのはわかる。でも、その姿が見えない。
「ヤツって何よ? あたしたちにも手伝わせて!」
「ダメだ。俺一人でやる」
「なんで!」
「……もう、誰かを失うのはごめんなんだ」
酷く悲しい声色だった。背中しか見えないけど、きっと彼の顔は悲壮感に溢れていると思う。
でも……だからこそ、今度は僕が手を貸す番だよ。
救ってもらった命は君の為に使うから。
「僕は逃げないよ。君も逃げずに騎士団のことを助けてくれたからね」
僕は腰から長剣を抜く。
「私も……ダンジョンでは貴方に救われました。きっと逆の立場なら、貴方はこの状況でも逃げないと思います」
レミーユさんは背中から長杖を引いた。
「アーサーくん、あたしたちはきみのために戦うんだよ! もう一人にはさせないからね! あたしたには勇者パーティーだよ!」
セシリアさんは弾けるような笑顔で呼応する。
皆の思いが合わさった瞬間だった。
僕達が彼にこの身を捧げる覚悟は出来上がっていた。
「……死んでも知らないからな」
アーサーは呆れ混じりに言っているけど、僅かに上擦った声色を僕は聞き逃さない。
僕は彼の悲観した声しか聞いた事がなかったから変化がよくわかる。
「死なないように皆で力を合わせるのですよ。では、セシリア。まずは彼の治療をお願いします」
「うん!」
セシリアさんは言われる前に回復魔法を発動させていた。放たれた翠色の光はアーサーの全身を包み込む。
アーサーは体の感触を確かめるように剣を振る。準備運動のように見える動作の一つ一つは、目にも止まらない速度で繰り出される。
僕の剣の腕とは比べることすら烏滸がましいほどの明確な実力差があった。
やがて、回復魔法の癒しを受け終えたアーサーは一つ息を吐くと、さっき自分が飛ばされてきた方角を見る。
「来るぞ」
「……魔族。それも上級魔族だね。かなり強そうだ」
アーサーが見つめる先には、闇を纏う黒々しい何かがいた。四足歩行で徐々に近づいてくるそれは、見ているだけで気分を害される。
錯覚に陥るような、頭がぼやけてくるような感覚だ。
「たまのカウンター攻撃に注意が必要なだけで、実力はそれほどでもない。
ただ、俺一人では手数が足りないんだ。どうもヤツは無数の細かな残滓で構成されているみたいでな。真正面から斬りつけても剣だけでは絶ちきれない。おまけに復元能力に優れているせいで、何度やっても倒せない。
まあ……徐々に力を奪えているし、あと三日くらいで粘り勝ちはできそうだがな」
アーサーは悩ましげな顔つきだった。
先ほど吹き飛ばされてきたのは、彼の言うたまのカウンター攻撃を浴びてしまったからなのかな。
いくら勇者様と言えど人間だ。残り三日も攻防を繰り返せば体が壊れてしまう。
でも、今は僕たち三人も一緒だ。
それぞれが補い合う事ができる。
「それなら、僕たちが協力するよ。僕はデコイとして敵の気を逸らしてチャンスを生み出す」
「私は攻撃魔法で加勢します。やっと貴方に私の攻撃魔法をお見せできそうです」
「あたしは補助魔法で俊敏性を高めてあげる! 太刀筋が速くなると思うよ!」
「……頼んだ」
アーサーは僕たちに視線を這わせて力強く頷いた。
それ以上の言葉は必要ない……みんながそう思っていた。強い信頼関係が芽生えた瞬間だった。
「それじゃあ、まずは僕がデコイになるね! セシリアさん、補助魔法で防御力を高められる?」
「もちろんだよー! はい、いいよ!」
セシリアさんは無詠唱で僕に手のひらを向けるだけで魔法の発動を終えた。
一瞬、魔法なんてかかっていないんじゃないかって思ったけど、感覚的に全身に漲る底知れない力がわかった。
今の僕はより頑強な肉体を持っている。
「……勇気が湧いてくる」
僕は敵の元へと徐々に歩みを進める。
いつもなら怖いのに、今は違う。
背中に皆がいてくれるからか、不思議と恐怖は感じなかった。
むしろ、安堵感が強い。
僕ならやれるって、強く思っていた。
「少し、追いかけっこでもしようか!」
僕は途端に駆け出して、目の前の黒い敵の注意を引く。ヤツは上級魔族にしては知能が低いのか、まんまとつられて僕のことを追いかけてくる
足は遅いけど、今くらいの耐久力を持っていれば攻撃を受けても何とかなると思う。
というより、攻撃を受ける前に、アーサーとレミーユさんが何とかしてくれるよね。
「アーサー! 私が先に光の矢を放ちます! タイミングを図って追撃してください!」
「ああ」
「あたしは先に補助魔法をかけとくね! 一番強力なやつだから、効果が切れた後は結構ダルくなるかも!」
逃げる僕を尻目に、三人は着々と準備を整えていく。
レミーユさんの周りには既に数百本の光の矢が顕現していて、矛先はもちろん僕を追随するヤツに向いている。
少し離れた位置に立つアーサーは全身に妙な淡いオーラを纏いながら、姿勢を低くして剣を構えていた。
傍目ならわかるけど、あのオーラこそが補助魔法なんだと思う。
予想はしていたけど、やっぱりレミーユさんもセシリアさんも凄まじい力を持っているみたいだ。
「——ライトニングアロー!」
レミーユさんが光の矢を一斉掃射する。数百本の矢は一直線にヤツの元へ向かい、その全身を最も容易く
貫く。
ヤツは獣のような唸り声を上げて立ち止まる。
僕は即座に距離を取って行く末を見守る。
同時にアーサーが駆け出す。
彼は僕が一つ瞬きをする間に既にヤツの懐に忍び込んでいて、縦横無尽に剣を振るっていた。
ヤツの鈍い雄叫びは途切れる事なく続いていく。
「終わりだ」
アーサーが最後の一太刀を振るうと、ヤツははらはらと空気に溶けるようにして飛散した。
あっけない終わりだった。
でも、これは力を合わせて掴み取った勝利だった。
あんなに強いアーサーでもすぐに倒せなかった相手を、僕たちは力を合わせる事でたった数分で倒す事ができた。
それは何よりも素晴らしい事だった。
「…………うんうん! これだよ、これ! あたしが求めていたのはこういうのだよ! みんなで力を出し合って脅威を討ち取る! これこそが冒険、これこそが旅、これこそが勇者パーティーだよ!」
セシリアさんは楽しげな様子で声高らかに口にした。
満面の笑みには喜びの色しかない。まるで子供のようにはしゃいでいる。それほどまでに勇者パーティーという存在を渇望していたのかもしれない。
レミーユさんは小さく笑っている。
僕も同じだよ。さっきまではいじいじして実感が湧かなかったけど、たった一つの戦いを通す事で、僕は僕である理由がわかった気がする。
「……勇者パーティーって、何のことだ?」
当のアーサーだけは、僕たちが円満な空気なる理由がわかっていなかった。
首を傾げている。
レミーユさんが一つ咳払いを挟んでから口を開く。
「アーサー。貴方に幾つか把握して頂きたいことがあります。
まず一つ、賢者モルド様が示してくださった、勇者様を見つけ出す直感は当たるということ。
そして一つ目を踏まえて二つ、私は賢者でセシリアは僧侶、バザークは戦士だったということ。私たちは互いに運命的に惹かれ合いました。
最後に三つ、私たちは貴方を勇者様として認識し、ここに勇者パーティーを結成します。もう、貴方は一人ではありません」
「どういうことだ?」
怪訝な面持ちでアーサーが聞き返す。
「全部レミーユちゃんが言った通り、あたしたちの直感に間違いはなかったってことだよ。やっぱり、勇者はきみしかいないんだ!」
セシリアさんはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねるほど、心底嬉しそうな口振りだった。
空の暗さなんて吹き飛ばせるような底抜けの明るさがある。良い意味で王女様っぽくない。
「そういうことです。アーサー、貴方が何と言おうと、私たちは貴方についていきます。そして、魔王討伐を成し遂げます。私は賢者として」
「あたしは僧侶として」
「僕は戦士として、ね?」
「……長く険しい旅になるぞ?」
鋭い視線で睨みつけてくるアーサーだったけど、僕たちは問答無用で首を縦に振った。
「もう、大切な人に会えなくなるかもしれないぞ?」
答えは変わらない。
アーサーは少し沈黙を置いた末に……大きく溜め息を吐く。
「……わかった。どうせ、何を言ってもついてくるんだろ?」
「わぁい! やったぁー! 憧れの僧侶になれたし、勇者パーティーにも入れたー! アーサーくん、絶対に魔王討伐を成し遂げようね! レミーユちゃんとバザークくんも!」
「はい。私は元よりそのつもりです。賢者モルド様が成し遂げられなかった魔王討伐を必ずやら現実のものにしてみせます」
「僕も一生懸命頑張るよ。まだ皆に比べたら未熟者だけど、旅を通して強くなってみせる」
僕は弱い。アーサーとは比べるまでもなく、もちろんレミーユさんとセシリアさんと比較しても実力は劣る。でも、戦士に選ばれたからこそ、皆の足を引っ張らないために頑張る必要がある。
「……ふっ……」
盛り上がる僕たちを見てアーサーは小さく笑っていた。
僕が知る彼は、ずっと悲しい雰囲気を纏っていたけど、今はそれが嘘のように晴れやかだった。
彼の笑顔は、僕たちにとってはまさしく希望の象徴だった。
これまで彼が背負ってきたであろう孤独と重圧が、僕たちの支えによって少しずつ解きほぐされていくのを感じた。
長く険しい旅が待っていることは誰もが理解していたけど、僕たちは共に戦う決意を固めた。
暗雲が立ち込める空の下で、勇者アーサーを中心に結成されたこのパーティーは、どんな困難にも立ち向かい、魔王討伐という偉業を成し遂げるために団結する。これが、僕たちの新たな始まりであり、そして彼が一人ではないことを証明する旅の幕開けだった。
それぞれの役割を胸に刻み、僕たちは進む。魔王討伐を成し遂げるその瞬間まで。
——およそ百年ぶりとなる勇者パーティーは、今ここに結成されたのだ。




