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アーサーが出発してから三日が経ったけど、彼の知り合いはまだ現れていない。
容姿や性別なんかは聞き忘れちゃったけど、きっとアーサーと同じく馬を走らせてやってくるだろうから、彼がやってきたのと同じ方角を見ていればわかると思う。
「……あれかな」
僕は小高い丘の上に立って遠方を見つめていた。
すると、真っ赤な空を背に、遥か向こうから二騎の馬が近づいてくるのがわかった。
きっとあれがアーサーの言っていた知り合いだと思う。
僕は丘を下りながら、両手を広げて手を振った。
徐々に近づく二騎の馬の上にはそれぞれ一人ずつ女性が乗っていた。
片方の女性は高級そうな真白いローブを羽織るエルフで、長杖を背中に携帯しているから多分魔法使いかな。
もう片方の女性は黒っぽいローブの中に同色のワンピースみたいな服を着た金髪の人間で、武器らしきものは持ってなさそうだった。
双方、頑強な防具を装備している。
二人ともじっと僕のことを見つめている。
いや、睨み付けられている感じだ。
「——ねぇ、きみ! 黒髪の男の子って来なかった!? っていうか、戦況はどうなのよ! 魔族はどうなったの!?」
開口一番。金髪の女性は馬から飛び降ると、僕の胸ぐらを掴む勢いで距離を詰めてきた。
初対面なのに凄い積極的だと思ったけど、その女性の顔はどこか見覚えがあるような気がした。後ろにいるエルフの女性もそうだ。会ったことがないのに、記憶の奥底がこそばゆくなる感覚に陥る。
「セシリア、落ち着いてください。彼が困っているでしょう?」
僕が動揺していると、エルフの女性が間に入ってくれる。
「そ、そうね……ごめんなさい」
「えーっと……二人はアーサーの知り合いで合ってるかな?」
僕は困惑しながらも尋ねる。
「ええ。その様子だと彼はもうここにはいないのですね。魔族も既に倒した後でしょうか?」
「うん。三日前に出発したよ」
やっぱりアーサーの知り合いだった。
エルフの女性は一見冷静そうな口調だけど、挙動は少し落ち着きがない。焦っているように見える。
「そうですか。どちらへ向かわれたのですか?」
「山脈を迂回した先にある大森林だね。目的地は更にその奥かな」
「……やはり。セシリア、追いかけましょう」
「そうだね」
二人は僕から離れて馬に跨ろうとしていたけど、僕は咄嗟に呼び止める。
「あ、待って。僕も同行してもいいかな」
「はい? 貴方が?」
「うん。ダメ?」
「ダメだよ! アーサーくんが向かう先は魔王のところなの! 悪いけどきみは強そうに見えないし、あたしたちの足手纏いになるだけだから!」
強気な口調に聞こえるけど、その言葉に嫌みや棘なんかは一切なかった。
単純に弱い僕のことを案じているみたいだった。
「貴方は強いのですか?」
「ううん。僕自身は弱いよ。強いモンスターや魔族を倒せる力は持ってないからね」
強いか弱いかで聞かれれば答えは明白だった。
僕は間違いなく弱い。騎士の中でも剣の腕は真ん中くらいだし、俊敏性を持ってたり頭が回るわけでもない。
「でも、体の丈夫さには自信があるよ。見ての通り、君たちやアーサーよりも背が高くて体格がいいでしょ? こう見えても、アーサーが助けてくれるまではずっと魔族からの攻撃に耐え続けてきたしね。
それに、自分で言うのも恥ずかしいけど、性格も明るいからどこかで役に立てると思うんだ」
僕は両手を広げて胸を張る。ごく自然な言動で自分をアピールした。
人当たりの良さは自負しているから印象は悪くないと思う。
「……」
エルフの女性は顎に手を当てていた。
少し眉を顰めているから悩んでいるんだと思う。
押せ押せでなんとかなりそうだね。
「まあ、僕を連れていってくれないならそれはしょうがないことだけど、君たち二人は向こうの地理や地形を把握しているのかい? アーサーは全部頭に入ってるみたいだったけど」
「っ……も、もちろん! あたしたちもそれくらいの知識は持ってるよ! ね、レミーユちゃん?」
「……セシリア、私もある程度は把握してますが、流石に全部がわかるわけではありませんよ」
話を振られたエルフの女性は溜め息混じりに答えた。
アーサーが規格外だっただけで安心した。
「え? そうなの? じゃあ、アーサーくんはなんで全部わかるの?」
「彼はモンスターや魔族、その他の地理や地形、天候に関する情報には詳しかったはずです。今思えば、それは魔王の元へ澱みなく辿り着くためでしょうね」
「ふーん……じゃあ、あたしたちだけじゃこの先に進むのは無理ってこと?」
「ええ。こうして地図を持って来ていますが、この先は魔王の侵略のせいで地形や天候が大きく変動しているでしょうし、私たちだけでアーサーに追いつくのは難しいかと」
二人は揃って顎に手を当てて悩ましげな表情を浮かべたので、僕はここぞとばかりに手を上げた。
「僕なら山脈を超えた先の道がわかるから案内できるよ」
「……本当ですか?」
「うん」
「セシリア、彼に案内をお願いしましょう」
「うーん、そうだねー」
「決まりかな。自己紹介が遅れたけど、僕はバザーク。クロノワール山脈を陣取る魔族対峙のために派遣された、騎士団の一員だよ。今はルイズ村の人たちを守りながら防衛拠点を展開している最中さ」
話がまとまったところで僕は二人に握手を求めた。
「騎士の方でしたか。私はレミーユです。こちらはセシリア」
「よろしく」
エルフの女性、レミーユさんと握手を交わす。
「ちょっと、レミーユちゃん! 勝手にあたしの名前を教えないでよねー」
続け様にセシリアさんも不服そうにしながらも手を取ってくれた。
わかっていたことだけど悪い人たちではなさそうで安心した。
「良いではありませんか。旅をする上で他人行儀なのは命取りになります。連携が何よりも大事なのですよ」
レミーユさんはくすくすと小さく笑う。
そんな二人の仲の良さそうなやり取りを見ていると、どこか懐かしさを感じる。面識なんかないはずなのに不思議な気分だった。
「それはそうだけどさぁ……」
「何か気になることでもありましたか?」
「うーん……バザークくん、あたしとどこかで会ったことない?」
セシリアさんはグッと距離を詰めて眼前から見つめてきた。眉間に皺を寄せて唸っているけど、それは僕も同じだった。
「それ、僕も思ってたんだ。でも、僕はアルス王国とは関係のない小さな国の生まれだし、多分勘違いなんじゃないかな?」
「そうかなー? レミーユちゃんとも面識はないよね?」
「ないね。エルフの知り合いなんて一人もいないよ。レミーユさんも僕のことなんて知らないもんね?」
「……そのはずなんですが、不思議とバザークとは初対面のような感じがしない気がします。なぜでしょうか?」
僕の予想に反して、レミーユさんもセシリアさんと同じく眉を顰めていた。訝しげな目でこちらを見ている。
知り合いではないはず、会ったことなんてないはず、なのに、僕たちは似たような感覚に陥っている。
「えー、なんだろうねー、これ」
「不思議ですね」
二人は顔を合わせて首を傾げていた。
共通の話題で会話を交わしたからか、少しばかり空気が緩んだ気がする。
でも、話はこのくらいにして、早急に出発したほうがよさそうだ。
「二人は少し休憩する?」
僕は交互に二人の顔を見やる。
「ううん、すぐにでも行けるよ。ね?」
「はい。のんびりしていられませんから」
「わかった。じゃあ、急いで準備をしてくるから少しだけ待ってて」
僕は二人にそれだけ告げて踵を返すと、駆け足で拠点へ向かいそそくさと準備を整えた。
置き手紙だけを残し、馬を一頭拝借して二人と合流する、
レミーユさんもセシリアさんも、アルス王国からここまで休まずに来たと思うから疲れているはずなのに、そんな様子はおくびにも出さないのは強い精神を持っている証拠だと思う。
僕もアーサーに助けられるまでは死を覚悟して弱気になっていたけど、今は彼に真実を伝えたいから頑張ろうと思える。
彼とは一日足らずの付き合いだけど、放っておけない感じがするんだ。
レミーユさんとセシリアさんに感じる懐かしさも同じで、モヤがかかってはっきりしないけど、どこか赤の他人とは思えないしね。




