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 明朝。既にアーサーの姿はなかった。

 彼の姿を目撃した騎士団員の話によると、彼は深夜に一人で剣を振ってから、日の出と共に馬を走らせて出発したみたい。


 あんな戦闘を終えてから一日足らずで出発するだなんて、彼の魔王討伐に対する意識の高さはどこからくるんだろう。

 家族の話をしている時の表情はとても悲しそうだったし、もしかしたらそれも関係しているのかもしれない。

 

 僕だってできることなら魔王を討伐したいけど、実力的には全く足りていないからそれは叶わない。


 だから、今は自分ができることをやる。


 村の人たちに魔王の侵攻状況を説明したり、悲観的にならないように精一杯の励ましの言葉をかけてあげたり、たまには子供たちと遊んで交友を深めたり……それは誰でもできることに変わりはないけど、僕みたいな一端の騎士にできる精一杯の事だった。


「こんな生活がこれからもずっと続くのかな」


 お昼になり休憩の時間になった。


 僕は一人で村の近くの大木に背を預けて、臭い干し肉を口に運ぶ。

 味気ない食事に休まらない環境。寝てもすぐに起こされるし、自由な時間なんて殆どない。

 仲間が死ぬのは当たり前で、数分後には自分が死んでいる可能性だってある。

 魔王の侵略が止まらない以上、騎士である僕たちはこうして最前線に駆り出されることになる。


 こんな暮らしはもう嫌だ。


 早く……魔王が滅んでほしいな。


「はぁぁぁ……」


「若いの。幸せが逃げるぞい」


 俯いて溜め息を吐く僕の隣にやってきたのは、ルイズ村の村長さんだった。

 昨日、アーサーと話していた姿を遠目で見たから覚えている。


「村長さん」


「黒髪の青年にも伝えたが、昨日は本当に助かったぞい。被害を最小限に抑えられたのは時間を稼いでくれた騎士団の方々のおかげですじゃ」


 村長さんは僕の隣に腰を下ろすと、あぐらをかいて朗らかに笑う。村の出自であるアーサーの呼び方が他人行儀すぎて気になったけど、今は自分たちの力不足を呪った。


「僕たちがもっとまともだったら、一月前に被害に遭われた二人のことも救えたのかもしれませんから……後悔ばかりですよ」


 クロノワール山脈に魔族たちがやってきた時、ルイズ村に住まう二人の男女が殺された。

 亡骸すらも残されず、僕たちの目の前で食い殺されてしまった。

 アーサーの両親だ。


「あまり気にするでない。其方らは最善を尽くしたまでじゃ。運命は変えられん」


「……」


 あまりに淡白な反応だったけど、これは村長さんの年の功なのかな。


「のう、若いの。村をあげて宴を催したいのじゃが……」


 村長さんは辺りを見回して聞いてくる。

 どうやらアーサーのことを探しているようだ。


「彼はもういませんよ」」


「はて、昨日の今日でどちらへ行かれたのかな?」


「さあ、そこまでは聞いてません」


 本当は行き先を知っている。

 でも、村長さんには悪いけど嘘をつく。

 アーサーはあまり他言してほしいような感じに見えなかったから。


「ほう。これほど早く出発なさるとは、もしかしてあの青年は通りすがりの旅人さんかのう?」


「はい? 旅人?」


 僕は耳を疑った。

 アーサーはルイズ村が故郷と言っていた。村長さんはなんでそんな赤の他人みたいな言い方をしているのか。


「旅人ではないのかのう?」


「……あの、彼はわざわざアルス王国から助けに来てくれたんですよ? 自分の故郷の村を救いたいと言ってね」


「故郷とな? 黒髪の青年はルイズ村の出自なのかえ?」


 ぽっかりと口を開ける村長さんは本当にアーサーのことを知らない様子だった。

 どちらが正しいことを言っているのかが全くわからない。でも、アーサーのあの悲しい顔に嘘はないと信じたかった。


「あのような好青年をわしは知らぬがな。名はなんと言っておった?」


 村長さんは続けて尋ねてきた。


「……すみません。僕の勘違いでした」


 少しだけ考えた末に、僕は誤魔化すことにした。

 もしかしたら、アーサーには何か隠したい事情があるのかもしれない。そう思ったからだ。


「ちなみに」


 間を置いて今度は僕が話を切り出す。


「なんじゃ」


「一月前に亡くなられたのはどんな方だったんですか?」


 唐突に気になった。

 優しそうに見える村長さんが淡白な反応を示す理由が。そして、自分の家族について聞くアーサーの追求をはぐらかした訳が。


「ごく普通の夫婦じゃよ。昔は一人だけ子供がおったが……ありゃあ、完全な忌み子じゃな」


「忌み子?」


 向こうの国や街なんかではあまり聞かない言葉だったけど、こういう小さな村ではまだそういう慣習があるのかもしれない。


「うむ。大体十五年ほど前の話じゃが……確か男の子じゃったか。赤ん坊の頃からやけに落ち着いておったんじゃ。泣かず、叫ばず、痛みに強く、常に木の棒を握り、まるで剣のように振り、時には山の小さな猪を狩ってきたこともあった。其奴の父親は剣の腕が良かったからその教えじゃろう」


「優秀で素晴らしい男の子じゃないですか。騎士団にほしいくらいですよ」


 幼児のうちからそんな実力を秘めているなんて凄まじいことこの上ない。


 でも、村長さんの面持ちは優れず、首を横に振っていた。


「その子は子供なのに子供らしい一面が一切なかったんじゃよ。しまいには、他の者とは違う奇怪なオーラを身に纏っておってなぁ……わしを含め皆が畏怖した結果、其奴を村から追い出すことにした。五つになる頃だったかのう」


「……ご夫婦の間に生まれた子供の名前は覚えてますか? その子供は先ほどの黒髪の青年に似てませんでしたか?」


 正直、聞いてて不快感が残る話だったけど、僕は核心に迫る質問をした。

 

「ふむぅ……先の青年と同じような黒色の髪の毛じゃったが、名前も顔ももう覚えてないわい。とうの昔に死んどるはずじゃからのう」


「そう、ですか」


 アーサーが悲しみに暮れていた気持ちがようやくわかったよ。

 そして、彼の辛い過去もね。

 ここは外部との交易すらない閉鎖的な辺境の村だから、勇者候補が纏う独特な雰囲気に関する知識がないんだ。そのせいで、アーサーは忌み子とされてしまったんだ。


 仕方がないと言えば片付けるのは簡単だけど、五歳の子供を一人で村から追い出すだなんて残酷な判断……普通はできないと思う。


 更に言えば、飄々とした村長さんの反応を見る限り、まだ何かを知っていそうだった。

 そしてもう一つだけ気になることが浮かび上がる。


「……質問、いいですか?」


「なんじゃ?」


 微笑む村長さんだったが、腹の中は少し黒そうだ。

 アーサーの両親が二人揃って見せしめとして殺されたのにも、何か理由がある気がしてならない。


「一月前に亡くなったご夫婦は、どうして魔族に殺されたのですか? 僕たち騎士団が到着してからすぐに、村から飛び出してきて魔族に追いかけられてましたよね?」


「……ふむぅ、わからんな。囮になるよう命令した覚えもなければ、外の安全を確かめるよう指示した記憶もないわい。運悪く魔族に捕まり殺されてしまったがのう。誠に残念じゃ。

 強いて言えば、あの二人は魔族の気配がどうこう言って村を捨てて逃げるとか何とか抜かしておったから……その報いじゃろ。現にわしらは生きておるし、死んだのはあの二人だけじゃからのう」


 村長さんはスッと瞳を細めると、わざとらしく目頭を押さえる。

 運悪くとか記憶がないとか報いとか、村の中から犠牲者が出たのにそんな言葉を使うなんて感性がズレてるらしい。

 その所作と言動を見ていると、かなり気分が悪くなる。


 こんな人だとは思わなかった。


 アーサーが不憫でならない。


「もう、行きます。僕は用事ができたので」


 僕は干し肉を口に放り込んで立ち上がる。村長さんには一瞥もくれてやらない。


 アーサーに真実を伝えたい、

 両親の死の真相を知らずにいるだなんて可哀想だ。

 

 君の両親は殺されたんだよ。村に。村長に。


 僕が追いかけて何かできるわけではないし、むしろ足を引っ張っちゃうと思うけど、それでも何か些細な事でも力になれるかもしれない。


 僕は周囲の空気を和ませたり緩衝役になったりするのは得意だから、戦力面では及ばなくても、精神的な柱として誰かのためになりたい。


 防御力も他の人よりは秀でていると思うから……やっぱり君の力になりたいな。


 まずは、アーサーの知り合いに接触してみようかな。

 




 ◇◇◇◇◇





 子供の頃、僕は勇者の御伽話が好きだった。


 もしかしたら、自分も勇者候補の一人として勇者になれるんじゃないかって思った時期もあった。

 でも、小さな国の小さな街で生まれた僕がそんな運命に選ばれる事はなかった。


 僕は勇者がダメなら戦士になりたいと思った。

 どこかの国の勇者育成学校で文武を学んで、勇者と賢者と僧侶と戦士の僕で勇者パーティーを編成して、たくさん冒険をしてみたかった。

 屈強な肉体と鋼の精神を持ち、パーティー全体の頂点に立って皆を守る役割は凄く魅力的だった。


 でも、結局、貴族でも何でもない僕の願いは叶わなくて、今は小さな国の騎士団で騎士をやっている。


 バザークという名前は高祖父と同じ名前だった。

 さすがに曽祖父のお父さんにあたる人だから会ったことはないけど、肖像画を見たら僕によく似ていた。

 高祖父を知る人の話によると、容姿が本当に似ているみたい。すらっと身長が高くて肩幅が広くて、燻んだ茶髪と冴えない顔立ち……一つ違うのは、剣の腕があるかどうかってことかな。

 高祖父は大国の騎士団で騎士団長を務めていたけど、今の僕は一端の騎士団員だからね。

 それを知っていた僕の父さんが高祖父と同じくらい強くなるようにと願いを込めて、高祖父と同じ名前を付けてくれたらしい。


 そんな高祖父は正義感がとても強くて、騎士として国を守るために戦死したみたい。

 書き残された最後の手紙によると、当時の勇者パーティーとも深い交友があったみたいだから、かなり腕の立つ人だったってことがわかる。

 僕も死ぬならそんな最期が良いなって思うことがある。


 だって、誰かを守って死ぬなんてカッコいいじゃん。


 もしもそれが叶わなくても、誰かのためになれるならそれが本望だよね。


 決して僕は強いとは言えないけど、根が明るいから空気を和ませることができるし、高祖父譲りで体は頑丈だから誰かを助けてあげることはできると思う。

 だから、僕はルイズ村を救うために最前線に立つことを選んだ。


 そして、勇者様に出会った。


 アーサー、君のことだよ。

 


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