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僕たち連合騎士団は、約百五十体にものぼる魔族の亡骸をひとまとめにすると、そこに炎を放ち焼き払った。
クロノワール山脈を牛耳っていた魔族に勝利した瞬間だった。
ここを魔族に明け渡してしまえば人類の存続が怪しくなるとまで言われていたのに、僕たち……いや、青年はただ一人でそれを成し遂げた。
一体、誰の命を受けてこんな場所に来たのだろうか。
巨石の上に座りながら、剣に付着した魔族の血を布で拭き取る青年は酷く寂しそうな表情だった。
なぜか、膝元には一輪の白い花が置かれている。
「……君、名前は?」
僕は恐る恐る尋ねた。彼は多分、二十歳になったばかりの僕よりも年下だと思う。体格は僕より細く見えるし、身長だってごくごく平均的だ。
でも、あの洗練された動きは規格外だったし、体にはしなやかさがあった。一応、これでも僕は一端の騎士だからそれくらいはわかる。
「アーサー」
物静かに答えてくれた。
「僕はバザーク。見ての通り、この連合騎士団の一員だよ。さっきは助けてくれてありがとう」
隣に座った僕は半ば強引に彼の手を握った。
クールな見た目に反して、手のひらはゴツゴツとしている。それは剣を振り続けた努力の証明だった。
「大丈夫だ」
「君のおかげでクロノワール山脈は取り返せたし、そこの村の人たちも全員無事だったよ。アーサーは誰かの遣いで救援に来てくれたのかい?」
「……まあ、そんな感じだ」
アーサーは村の方を一瞥すると、溜め息混じりに答える。
何か村に用事でもあったのかな。
「そう。それにしても強いんだね。もしかして勇者様だったりするのかな? 不躾なことを聞くけど、こんな最前線に来たのに勇者の聖剣は持っていないのかい?」
アーサーが持つ剣のグリップに刻まれた紋様は、ここから遠く離れたアルス王国の紋様だった。
あの国には世界で唯一、数千年前の勇者様が残した勇者の聖剣があるから、勇者様として旅立つなら必ず携えているはずだ。
でも、彼が持つ剣は普通の業物に見える。聖剣を使えば目の前の山脈くらいなら一振りで両断できるって聞いたことがあるしね。
「聖剣は持ってない」
「そっか。アーサーはもう十分過ぎるくらいに強く見えたけど、聖剣があれば今よりも何倍も強くなっちゃいそうだね」
反応からして勇者様ではないみたいだった。
「……どうだろうな。聖剣なんて大したもんじゃないと思うがな」
アーサーは首を傾げていた。聖剣なんて必要ないくらい強いっていう自信の表れなのかな?
「どういう意味? もしかして、聖剣を生で見たことがあるの?」
「まあな。俺は剣のグリップを握るだけでその剣が業物かどうか見分けることができるんだ」
含みのある口振りだった。
「えーっと……つまり、どういうこと?」
「聖剣の力はその程度だったってことだ」
アーサーは不敵に笑った。
「あ、実際に聖剣に触れたことがあるからこそわかっているんだ。だから持っていないんだね」
聖剣は、空、海、大地、全てを斬り裂くって聞いたことがある。眩い光を発していて、軽く一振りするだけで山を両断するとか。
とにかく、聖剣を持ったら敵なしだって話は有名だった。
色んな文献にも同じような凄い逸話がたくさん記されているしね。
でも、アーサーの話が真実ならその噂は全て嘘ってことになる。
信憑性は不明だけどね。
「…………そんなことより、あそこの村について教えてほしい」
少し沈黙を置いてからアーサーは村を指差した。
聖剣の話をもう少し聞いてみたかったけど、今の彼の視線は村へと注がれている。
「えーっと……あそこはルイズ村だね。一応、ここから少し離れた小国の領地内なんだけど、外部との交易は殆どしていないみたいだし、村人が外に出ることもないみたい。閉鎖的な村って聞くし、教えられるような情報はあんまりないかなぁ。
何かあったのかい? さっきは村人と少し話してたよね?」
アーサーは魔族を片付けると、後処理を僕たちに任せてすぐに村へと向かっていた。焦ったような顔つきで駆け出していた。
村の入り口の辺りで年老いた村人の男性と会話を交わしているのは見えた。
凄く感謝されてるみたいで何度も深く頭を下げられていたけど、対するアーサーは浮かばない顔になっていたのは印象に残っている。
「何でもない。ただ……この村は俺の生まれ故郷だから、少し聞きたいことがあっただけだ」
「へー、じゃあさっき話してた村人は知り合いとか?」
「あれは村長だ」
「村長さんだったんだね。ちなみに、何を聞いてたの?」
初対面なのに前のめりに聞くのはどうかと思ったけど、村について話すアーサーはかなり元気がない様子だったから、話し相手になってあげたい気持ちがあった。
お節介かもしれないけど、彼は僕たちのことを助けてくれたから少しは力になれたらなって思う。
「家族の居場所だ」
「居場所? 見つかったのかい?」
「……」
アーサーはゆっくりと首を横に振る。
これが浮かばない表情になっている原因だと思う。
家族のことだから上っ面で語ることはできないけど、やっぱり大切な誰かがいなくなると寂しい気持ちなるのは僕も同じだ。
「そっかぁ。また、会えるといいね」
それ以上の事情は詳しく聞けそうもないけど、家族が見つかったのにそんな顔つきになるなんてちょっと不思議に思う。
でも、救援に来てくれたのもその為だろうし、彼と彼の家族には感謝しないといけないね。
「もう、会えない」
アーサーは顔を上げて夕焼け空を見ていた。
横顔しか見えないけど、潤んだ瞳は悲しさを纏っている。
「……亡くなっていたんだね。白い花はその為に?」
「ああ。一月前、魔族に食われたらしい」
「……犠牲者は君の家族だったんだね」
僕はアーサーとは対照的に首を垂らす。
かける言葉が見つからなかった。
今回の侵略の唯一の犠牲者が彼の両親だったなんて思いもしなかった。
「そうらしい。だが、少し不可解なんだ。元々、俺の父親は傭兵で剣の扱いが上手くて用心深い性格だったはず。しかも、母親は魔法が得意で強かだった。二人がそう簡単に魔族に食われるとは思えない」
アーサーは思慮深い面持ちだった。
彼の過去に何があったかわからないけど、その視線は村の入り口に立つ村長さんに向けられている。
まるで村長さんのことを疑っているような目つきだ。
「村長さんは何て?」
「……尊い犠牲だった、それだけだ」
「詳しいことは聞いてないの?」
「俺は真実を知りたかったが、なぜかはぐらかされた。何かを隠しているのは確実だな」
アーサーは溜め息混じりに言葉を紡ぐ。
呆れているのか、それとも悲しんでいるのかわからない。
「……家族とはずっと会えてなかったのかい?」
「最後にあったのは俺がまだ五歳の頃だった。忌み子と呼ばれ、村で迫害される俺のことを父さんと母さんだけは愛してくれた。俺は二人に会うために努力を積んできた。だから、俺は二人の最期を知りたい」
「素敵なご両親だったんだね」
「ああ」
アーサーの表情は飄々としていたけど、当の僕は可哀想な彼の話を聞いて気が落ちていた。
すると、彼は口をつぐむ僕のことを見かねてか、それとも知らずしてか、おもむろに尋ねてくる。
「ちなみに、騎士団はこれからどうするんだ?」
「僕たちは少し休んだら周辺の調査を済ませて、それからここに防衛拠点を展開するつもりだよ」
顔を上げた僕は横目で彼を見た。
既に夜になり始めているけど、もしも周辺に魔族が潜んでいたら闇討ちされちゃうから、疲れた体に鞭を打って何とか調査と探索くらいはしないといけない。
「了解。その間、俺のことは放っておいてくれて構わない。明朝には出発するからな」
「随分と早いね。急ぎの用事でもあるのかい?」
「まあな。それより、もう一つ聞いてもいいか?」
「うん、いいよ」
「山脈を超えた先に森があると思うが、その森を抜ける最短ルートを教えてほしい。わかる範囲で構わない」
アーサーはローブの懐から地図を取り出して広げると、印の付けられた位置を指で差して聞いてきた。
「……山脈を右手側から迂回すると大森林があるよ。そこには昔の人たちが使っていた開けた道があるから、馬を走らせて突っ切るのが一番早いかな。でも、魔族がたくさん蔓延っているだろうからかなり危険だね」
アーサーが印をつけていた位置は、山脈を超えた先にある大森林を更に超えた先にある危険地帯だった。
魔王城はここよりもずっと先にあるけど、この山脈を超えたらもう人類のテリトリーではなくなる。どこもかしこもかなり危険で、魔王城に近づけば近づくほど出没する魔族の数は増えていく。
「だろうな」
「こんな場所に一人で行ったらだめだよ。死にに行くようなもんだからね?」
「……単なる興味だ。ここから山脈を迂回するまでの道順をもう少し詳しく教えてほしい」
そうは言うものの、アーサーの瞳は真っ直ぐだった。
多分、興味とかそんなんじゃなくて、確かな使命感を持っていそうな鋭い目つきだった。
勇者候補だからかな。いくら断っても意味はなさそうなくらい真剣な面持ちだった。
本当はこんなお願いは断ろうと思ったけど、僕は命の恩人の頼みを無碍にすることはできなかった。
たとえ彼がそこを通って魔王城へ向かい、魔王討伐を目論んでいるのだとしても、それを止める権利は僕にはない。
「んー、わかったよ……行き方はね——」
幼少期、僕は向こうに住んでいたことがある。
当時はまだ魔王の侵略が進んでいなくて、ある程度平和な区域だったんだけど、今ではもう空が闇に覆われて禍々しい雰囲気に支配されてしまっているから地形は大きく変化していると思う。
「ありがとう」
「今の説明だけでわかった?」
「魔王に侵略された土地の地理や地形は全て頭に入ってるから、今の説明だけで十分だ」
「凄いね……本当に単なる興味?」
勇者育成学校はそんなことまで学ぶのかな。
世界の地理や地形を把握するのはそう簡単じゃない思う。
「興味だよ」
「……もしも魔王討伐に行くつもりなら、そんなに焦らなくてもいいんじゃないかな? 最前線はアーサーが退けてくれたし、しばらく戦いは落ち着くと思うよ?」
彼は興味本位で向かうわけではないと思う。だから、それを止めるつもりはないけど、焦る必要はないような気がする。
十分に準備をする時間は残されているし、僕は応援を待つべきだと思う。
「いいんだ。父さんと母さんは、もういないから……」
空に視線を向けるアーサーは頬を濡らしていた。
アーサーが何を考えているのか、過去や境遇はわからないけど、家族を想う気持ちは伝わってきた。
「……そっか。僕も同行するかい?」
「必要ない。危険な目に遭わせるわけにはいかないからな」
「でも、一人で向かう方が尚更危険だよ。僕は体の頑丈さには自信があるし、アーサーがピンチになったら役に立てると思うんだ」
アーサーは強い。それは僕にもわかる。
だけど、もっと強い魔族を相手にしたら一人ではどうにもならないと思う。できるなら、僕はついていきたかった。命を救ってくれた恩もあるし、何よりも……アーサーにはどことない魅力を感じるから。
「……悪いな」
少し悩んだ末にアーサーは肩をすくめた。
「ううん。もう聞きたいことはないかい?」
「最後に一つ。これは頭の片隅に入れておくだけでいいが、もしかしたら俺の知り合いが俺のことを追いかけてくるかもしれない。出会うことがあれば引き返すように伝えてくれ。この先は危険地帯だからな」
アーサーはふと微笑んだ。
目の奥に懐かしさが浮かび、口元がわずかに緩んでいる。その表情は、彼の知り合いが彼にとって、いかに大切かを物語っていた。
「大切な人なんだね」
「いや、別に。付き合いは短いから、特に親しいわけではないな。数少ない理解者ではあると思うが……どうしてそう思ったんだ?」
「表情が明るくなっているからね」
「そうか……話し相手になってくれてありがとう。少し、気が楽になった」
「うん。こちらこそ。気をつけてね?」
「ああ」
「またね」
僕は巨石から降りると、彼に手を振り皆と合流した。
最後に横目で見たアーサーは胸の前で拳を力強く握り込んでいた。先ほどまでの優しい表情とは一転して、苦しさを噛み締めるような強張った顔つきに移り変わっていた。
手元からは鮮血が滴り落ち、下に置かれた白い花の花弁を赤く染める。
あれほどの力を込めて何を望んでいるのか、何を考えているのか、何を見つめているのか……僕には全くわからないけど、彼はきっと誰かのことを考えているんだと思う。
それは亡くなってしまった家族か、はたまた知り合いか、それははっきりしない。
でも、一つだけ確かにわかったこともある。
僕が思うに……彼は、アーサーは、多分勇者様なんじゃないかな。単なる直感だけどね。
勇者の聖剣は抜けなかったみたいだから、正式に認められた勇者様とかではないと思うんだけど、ただなぜかそんな感じがするってだけ。
そもそも、聖剣なんて要らなさそうな感じだったし、彼にとっては関係ないのかもしれない。
多分、魔王討伐に行くんだろうなぁ。
あのルートを聞いてくるってことは間違いない。
「僕も誰かのために戦いたいなぁ」
切実な呟きは夕暮れの風に流れて消えた。




