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次の日。
パパに宣言した通り、あたしはメリヌスを連れてアカデミーに来訪していた。
今日から一週間、ここでアカデミーの見学をするわけだけど、目的はアーサーくんただ一人だった。
あたしは喧騒に包まれる人混みを抜けて、すぐに剣技演習をやっている演習場へ向かう。
メリヌスよると、今日は勇者コースと戦士コースの合同演出が行われているらしい。
そこでアーサーくんの実力をしっかり見ないとだね。
「メリヌスは向こうで待ってていいよ。あたし一人で行くから」
「御意」
あたしはメリヌスを残して演習場へ立ち入った。
昨日も見学した場所だけど、アーサーくんがいるから特別だ。
「えーっと、アーサーくんはっと……あっ、いたいた! アーサーくん!」
あたしは入って早々に、演習場の隅に佇むアーサーくんの名前を呼ぶ。
彼はぴくりと肩を跳ねさせると、こちらを一瞥して目を剥いていた。
「アーサーくん、昨日ぶり!」
「……どうしてこんなところにいるんだ」
背中を叩いて微笑むあたしに対して、アーサーくんは小声で返してきた。
肌身で感じるほど周囲からの視線は冷たいし、きっとアーサーくんは普段からあまり好ましい目で見られていないんだ。
そんなの、あたしが許さないけどね。
「今日から一週間、アカデミーの演習を見学させてもらうことになったんだ。昨日ばいばいした時に言ったでしょ? また今度ねって」
「はぁぁぁ……そういうことなら、大人しくヴェルシュの元に行ったらどうだ?」
肺の底から吐いたような溜め息だった。
呆れ返っているのがわかる。
「あたしはアーサーくんを見に来たの!」
あたしは我ながら華麗なウインクを魅せたけど、アーサーくんはしらけた目つきで睨んでくるだけだった。
王族に靡かないなんて本当に変わってると思う。
普通なら、みんな目の色を変えて擦り寄ってくるのにね。
「……俺なんか見ても何もないと思うけどな」
「アーサーくんのことはあたしがこの目で見て判断するから大丈夫だよ。それより、顔色が悪いのが気になるけど……それは元々かな?」
昨日は暗かったからわからなかったけど、明らかに血色が悪い。
色白とは違う。
血の気がない不健康な感じかな。
「寝不足だ」
「えー、ちゃんと夜は眠らないとダメだよ?」
「眠れないから仕方ない」
「どうして? 夜更かししてるの?」
「違う。俺だって好きで起きているわけじゃない」
アーサーくんは瞳を伏せていた。
「んー、どういう意味?」
考えるまでもなくわからなかった。
「……毎晩、魔王と対峙する夢を見る。そのせいで数刻おきに目が覚める。使命感が強すぎるせいで、いつ何時でも、魔王討伐のことが頭から離れないんだ」
「眠りたくても眠れないってこと?」
「ああ。俺の剣は魔王に及ばない。だから、体は力を欲する。自然と力を求め、呪いのように心身を貪っていく。剣を振り続けることでしか己の真価を見出せないのは、俺が一番よくわかっているから……魔王に挑むのも、戦うのも、死ぬのも……全てが怖いはずなのに、増大する強い使命感に抗うことができないんだ」
アーサーくんは怒るでも呆れるでもなく、どこか達観した様子だったけど、強く握りしめられた拳は小刻みに震えていた。
少し……悲しそうな顔をしている。
「……レミーユちゃんも心配していたけど、あんまり無理したらダメだよ? 冒険中に体を壊したら大変だからね?」
あたしは彼の両手を自分の両手で包み込んだ。
岩みたいにゴツゴツしていて、氷のように冷たい。
「気をつけるよ」
「うんうん。何かあったらあたしに言ってね?」
「……あ、あの、セシリア様……」
アーサーくんとの話が一区切りついたところで、講師の男の人が声をかけてきた。
周りの人たちもチラチラ様子を確認してきているし、多分そろそろ演習を始めたいんだと思う。
「ごめんね。邪魔しちゃった。あたしは壁際で見てるからいつも通り進めて?」
「か、かしこまりました!」
へりくだる講師の男の人を横目に、あたしは壁に背を預けてしゃがみ込んだ。
みんな気合が入っている。昨日来た時もテンションは高そうだったけど、今日はそれ以上だね。
あたしが見てるからかな? 自意識過剰かもしれないけど、これでも王族の一人だし……お近づいになりたいと思ってる貴族家の人もいるんだろうなぁ。
まあ、アーサーくん以外に興味ないけど。
そして、剣技演習が始まる。
内容は至ってシンプルだった。
適当に選ばれた数名が木剣を持ってステージに上がり、ひたすらに斬り合うだけ。
勝敗の基準は特に定められていないみたいだけど、殺傷攻撃は禁止って言い渡されていた。
「アーサーくんはいつ呼ばれるのかなぁ……」
「——最初は、勇者コースのアーサーとレイモンド兄弟。フィールドへ上がれ」
楽しみに待つあたしの思いが通じたのか、アーサーくんはまさかの一番手だった。
彼は木剣を手にステージに上がる。
フィールド上には既に彼以外の二人の姿があった。
二人とも銀髪で顔と服装がそっくりで……あーっ! 昨日の悪い二人組だ!
商人のレイモンド家の子息だったんだ。思い出した。
「アーサー。お前いつの間にか第二王女のセシリア様と関わりを持っていたのか。ハイエルフのヴェルシュさんもそうだが、おかしいだろ! しかも何で無傷なんだ!」
「そうだぞ! 僧侶コースの誰かに治させたのか! 昨日はあんなに可愛がってやったのに!」
あたしが心の中で驚嘆するのとほぼ同時に、二人は揃って威勢良く吠えた。
アーサーくんは素知らぬ顔で何も言葉を返さない。
良い機会だと思うし、演習の舞台でしっかりと昨日の因縁を晴らせばいい。
アーサーくんだって、こういう場なら遠慮なく攻撃できるだろうしね。
あたしは期待を胸にアーサーくんの戦いを見届けることにした。
「……始め!」
スタートの合図を切られた。
「うりゃ!」
「せいっ!」
レイモンド兄弟は二人同時にアーサーくんに斬りかかる。
足元もおぼつかない感じで、太刀筋も遅い。剣に精通していないあたしでといなせるくらいだと思う。
案の定、アーサーくんは軽く攻撃を受け止めていた。木剣を振るって上手に力を流している。
相手のスピードに合わせて何の気なしにやっているけど、動きが洗練されていて無駄がない。
さすがだね。
でも、反撃はしないのかな?
隙だらけだし、アーサーくんの速い太刀筋があれば、いくらでもチャンスはあったと思うけど……。
というか、この演習は二対一なの?
三人でフィールドに上がったんだから、一対一対一って認識だったけど違うのかな。
誰も口出ししないし、なぜかニヤニヤ笑いながら見ているし、一つも真剣さを感じさせない。
「……つまんない」
アーサーくんだって、わざと力を抑えておるのか拮抗を演じているように見える。
上手く鍔迫り合いを演じているみたいだけど、あたしにはわかる。
もしかして、アーサーくんの身分が貴族じゃないからって仕組まれていたりするのかな。
だとしたら何の意味もないね。アーサー君には本気を出してもらわないといけないんだから。
「——ストーーーーップ!!」
あたしは木剣をぶつけ合う三人の間に割り込んでいった。眼前で木剣が止まり、周囲が騒がしくなる。
今のあたしは駄々をこねる子供のように見えるかもしれないけど、色々と確かめないと気が済まない。
「もう、呆れた! ねぇーぇ、きみはアカデミーの講師なんだよね?」
「は、はい! そうでありますが!」
あたしは講師の男の人に詰め寄った。
静観しているみたいだったけど、何か隠している顔だね。
「なんでこんなつまらない打ち合いをさせてるの? アーサーくんが見るからに手を抜いているのがわからないの? それともわざと? 彼が貴族じゃないからってこんな真似をしているの? ねぇ、答えて?」
「っ……そ、そんなつもりでは……」
後退って目を泳がせるばかりで答えようとしない。図星なのかな。呆れた。まさか生徒たちだけじゃなくて、講師も身分の差に壁を作ってるの?
「なに? 誰も答えられない?」
周りを見回してみても、誰一人として反論しようとしない。
唯一、レイモンド兄弟だけが手のひらを擦り合わせながら近寄ってきてるけど。
「し、失礼ですが、セシリア様! 我々は今、この不届者に剣で制裁を加えようとしていた最中なのです! 先ほどは何やら付き纏われていたようでしたし、ここはレイモンド兄弟にお任せくださいませんか!」
「んー、きみたち二人は屋外で無断で特殊能力を使ってたから信用できないかなー」
「う、うぐっ……な、なんのことやら……」
レイモンド兄弟の片割れはあたしが微笑みかけるだけで、それ以上は何も言わなかった。
あたしにルールとかはよくわからないけど、外で許可なしに特殊能力を使うのはかなりマズイ行いらしいね。
まあ、どうでもいいけど。
誰も答えられないみたいだし、アーサーくんには悪いけど頑張ってもらっちゃおうかな。
「じゃあ、これからあたしの言う通りにして! 今から全員がアーサーくんと戦って! ルールは特にないから、とにかく本気でやってね! アーサーくんに勝った人は、あたしがパパに優秀な人材として推薦してあげるからね! 約束は守るよ!」
あたしは手を叩いて仕切り直した。
この際、ここにいる人たちの善悪はどうでもいい。
知りたいのはアーサーくんの実力だけだからね。
国王であるパパに優秀な人材として推薦するという特大級のサプライズも用意したから、本気でアーサーくんに立ち向かってみてほしいな。
「……セシリア、どういうことだ」
アーサーくんはこそこそと尋ねてきた。
不服そうだね。
「ごめんごめん。でも、まさかこんな演習だとは思わなかったからさ。イレギュラーモンスターを倒したっていう、きみの実力を見させてもらうためにこうするしかなかったんだよ。軽く全員やっつけちゃってよ。手は抜かないでね?」
「はぁぁぁぁ……勝手なことをしてくれたな」
周囲を巻き込んだ以上、既に取り返しのつかない状況になっている。
みんなが殺気立った目でアーサーくんのことを睨みつけていて、さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは大違いだ。
「じゃあ、合図は出さないから準備ができた人から勝手に始めちゃって?」
あたしはフィールドから降りてまた壁際に戻った。今度こそその力を見させてもらうよ。
「仕方ないか」
アーサーくんは木剣を握り直して感触を確かめると、眼前に立つレイモンド兄弟と向かい合っていた。
その表情は真剣そのものだって。
「お前たちは二人同時でいいぞ」
「っ!」
「なめんな!」
さっきとは違い、レイモンド兄弟も全力を出して駆け出してきた。
でも、アーサーくんにとっては遅すぎたみたい。
彼は二人の一撃を即座に回避し懐に潜り込むと、勢いのままに鳩尾目掛けて峰打ちを放った。
その間、僅か一秒足らず。
速すぎる。あたしは目で追うのが精一杯だった。
これまでに見たどの人物よりも速い。
「おー、やるねぇ! 次! 早く早く!」
興奮したあたしは手を叩いて喜んだ。
泡を吹いて倒れ伏すレイモンド兄弟はもう戦闘不能だし、早く次の相手と戦ってほしい。
それからは早かった。
フィールドに上がってきた相手を五秒以内でノックアウトしていく単純な作業が続いた。
アーサーくんの剣技は多種多様で、あらゆる方向からの攻撃を臨機応変に捌いていた。一度として体に触れさせることなく、まるで息をするかのように剣戟を浴びせていた。
もう、本当に桁違いの強さだった。
相手が弱いのもあるけど、それにしても相手にならなさすぎた。
「うんうん! アーサーくん、やっぱりきみは強いよね。その無駄のない動きとブレない体幹の軸、そして卓越した剣の技……どれをとっても、あたしが見てきた中でナンバーワンだよ」
今のあたしはそれはもう楽しげな表情だと思う。
こんなに満足な心になったのは久しぶりだよ。
「……そりゃどうも。それで、わざわざこんなことをさせた理由は何だ? まさかこんなことで俺の悪評を無に還そうって思ってるのか?」
アーサーくんは木剣を床に置くと、瞳を細めて睨みつけてくる。かなり疑われてるみたい。強引にやっちゃったし仕方ないか。きちんと訳を伝えないとね。
「それもあるけど本題は別だよ。外で話そっか。アーサーくんのこと借りるね」
「は、はい! ど、どうぞ……」
取り残されていた講師の男の人はあたふたしていた。自分が何をすればいいのかもわかっていないのかもね。
「じゃ、いこっか」
演習場の裏口を抜けたあたしは、アーサーくんを連れて建物の影に入る。
裏手側にはひと気がないからゆっくり話せそうだ。
「……それで?」
「あたしがアカデミーの見学をしている理由だよね。知りたい?」
「そりゃあな」
「わかったよ。でも、その前に一つ聞かせて」
「何だ」
「きみはどうしてアカデミーに入学したの? その実力があれば学ぶことなんてないはずでしょ?」
アーサーくんの剣技を見たら気になるのは当たり前だった。レミーユちゃんはお家柄の関係で在籍しているみたいだけど、本音を言えば今すぐにでもアカデミーから抜け出したいと思う。でも、アーサーくんがここに留まる理由がわからない。
使命感が強いなら、今すぐにでも魔王討伐に行くべきだと思う。
「実力面は別として、世間の一般常識や必要な知識は学ばないといけないし、ここは安全が担保されているからな。罵詈雑言を浴びせられ、なりふり構わない暴力を喰らうこともあるが死ぬことはない。
それに……俺には帰る場所がない」
「故郷の村はどこにあるの? 戻れないの?」
「辺境の山脈地帯の麓にある小さな村だ。できることなら村に戻って父さんと母さんに会いたいが、村近辺は今や魔族の群生地帯だ。使命感の強い俺がそんな場所に行ったらどうなるかはわかるだろ?」
アーサーくんは不敵に笑っていた。半ば何かを諦めかけたかのような笑みだった。
「……自然と魔王討伐を目指しちゃう?」
「そうだ」
「ダメなの?」
「時期尚早だ。俺はまだ弱い。勇者として魔王を討伐するには足りないことだらけだ。惨殺されるのは目に見えている」
あたしから見てみれば、アーサーくんは十分に強いと思う。
だからこそ、勇者として戦ってほしい。
「……昨日、パパと勇者についての話をしたんだ」
あたしは本題を切り出す。
「パパ……国王と?」
「そう。約百年も勇者が現れてない状況なのに魔王の侵略は進み続けていて、人類の存続は危ぶまれているでしょ?」
これは周知の事実。
侵略を止めるには親玉である魔王を倒すしかない。でも、人類は勇者という救世主が現れないからそれができていない。
「ああ」
「だから、勇者の選定は何よりも急がないといけないよね。でも、あたしが見た限りだと、勇者になって魔王を討伐したいと思う人なんてアカデミーにはいなかった。
しかも、アカデミーの育成は慎重すぎるし遅すぎるよね。まともにモンスターと対峙する機会が少ないから演習は見ての通りだったし……くだらない身分差別まで蔓延ってるでしょ? 正直、きみを除いて勇者コースと戦士コースの人たちはみんな失格だね」
賢者コースはレミーユちゃんだけじゃなくて他に優れた人もいたけど、レミーユちゃんが飛び抜けすぎていて話にならなかった。
僧侶コースも同じ。応急で働けそうなくらいの良い感じの人は見つけたけど、あたしと比べると劣るレベル。
「あたしは知りたかったんだ。たった一人でイレギュラーモンスターを討伐したのに、耳を塞ぎたくなるような酷い噂を流布されている人がどんな人なのか。そして、その人はどれほどまでに強い力を持っているのか……。それを確かめる為にさっきは少し頑張ってもらっちゃったけど、おかげではっきりしたよ。アーサーくん、きみは強いね」
あたしはアーサーくんの前に立ち塞がった。
頭ひとつ分背の高い彼を下から見上げる。
期待しているんだよ。きみは勇者なんだからね。
「過信しすぎだ」
アーサーくんは顔を背けたく。
あたしが寄せる期待なんて信じていないのか、それとも自己評価が低いのか……。
でも、いくら否定しようともあたしの考えに変わりはない。
「ううん。きみは強いんだよ。誰よりもね。きっと、その剣は魔王にも届きうる」
「俺の剣では、魔王には到底届かない。俺には分かる。魔王はそんなに甘くない」
アーサーくんは間を置かずに首を横に振った。
「どうしてそんなことわかるの?」
「勇者候補だからこそ、魔王の力がどれほどまでに強大なのか、それは何となくわかっているつもりだ」
あたしには全くわからない感覚だったけど、何も剣だけで戦う必要はないと思う。
「剣がダメなら勇者の特殊能力を使えばいいし、賢者の攻撃魔法と僧侶の回復魔法と補助魔法、戦士の防御力、精神力があれば、ピンチが起きても何とかなるかもしれないよ? 一人よりも四人いた方が強いからね!」
「俺の特殊能力は万能じゃない。使うには相応の覚悟がいるんだ。俺は最後の最後に……なす術がない時、覚悟を決めなければならないんだよ」
恬淡とした言い方に聞こえたけど。揺らいだ瞳と憂いを帯びた儚気な顔は、アーサーくんの内心を物語っているように見えた。
でも、覚悟という言葉の意味がわからない。
「……覚悟ってなんなの?」
「決意を固めて滅びることだ。俺の剣は魔王には届かないが、魔王を必ず殺す術は持っている」
「え? それってどういう——」
「——とにかく、俺は誰ともパーティーを組むつもりはない。無論、国王の頼みでもな」
あたしの追求も虚しく、アーサーくんは言葉を畳み掛けていた。
もう聞いてほしくなさそうにしているし、今日のところは諦める。
「ふふ……いつか誘い出してみせるから!」
「はぁ? 俺の話を聞いてたか?」
「うん。レミーユちゃんも言ってたけど、やっぱり勇者はきみしかいない。パパも一目見たら信じてくれるはずだよ。アーサーくんこそ、夢にまで見た本物の勇者なんだってね! 聖剣を抜いて魔王討伐に行くのはきみなんだよ!」
あたしはアーサーくんの瞳を捉えて離さず、じっと見つめた。
聖剣を抜ければ力を手にして魔王討伐に一歩近づくのは自明だよ。
きみの剣技と隠している特殊能力、そして聖剣があれば魔王討伐は必ず成し遂げられるはずなんだ。
「どうして、そこまで俺を勇者だと信じられるんだ?」
「よくわからないけど、びびっときたんだよ。もちろん、剣技とか体つきとか……色々判断材料はあるんだけどね。でも、やっぱり一番は直感かなー?」
「……直感か。ヴェルシュと同じことを言うんだな」
「うん。レミーユちゃんは賢者モルドの遠縁だし、あたしだって百年前の勇者パーティーで僧侶だった人が祖先にいるよ。だから、直感は正しいと思うんだ!」
「……それは初耳だな」
アーサーくんはここにきて初めて驚いた様子を見せてくれた。
少しは信じてくれたかな。あたしの直感には意味があるんだよ。普段なら信じないことだって、裏付けできる理由があるからこそ、こうして信じることができている。
「あれ、レミーユちゃんから聞いてないの?」
「あまりそういう話はしてないからな」
「そっ……とにかく、あたしもレミーユちゃんも生半可な気持ちで言ってるわけじゃないってことはわかってね? 聖剣を持った勇者に怖いものなんてないよ!」
「……あまり聖剣には期待するな」
立ち去ろうとするアーサーくんは、あたしの耳元で囁く。
「どういうこと?」
「聖剣は皆が思うような優れたもんじゃないと思うぞ」
「え?」
聖剣が優れていない……? 何をおかしなことを言っているのかな。聖剣こそが勇者に最も必要なものだよ。
「それじゃあな」
「……どこ行くの?」
「部屋に戻る」
「わかったよ。また明日、きみのことを見に行くから! 絶対諦めないからねー! 必ず王宮に連れていくからねー! パパだってきみのことを認めてくれるはずなんだからっ!」
少しずつ遠くなるアーサーくんに向かって声高らかに宣言する。
絶対にアーサーくんが勇者だよ。
王宮に連れていってパパに紹介して、古の祠に眠る聖剣を抜いてもらう。
そうすれば答えがわかる。
アーサーくんも自分が勇者であることを自覚してくれると思う。
「……少し危ない感じがするかも」
ひと気のない建物裏で一人、あたしは思考を巡らせた。
アーサーくんを見ていると危機感を覚える。
彼は勇者候補としての心の葛藤を打ち明けてくれたけど、それを根本的に解決する方法は限られてしまう。
魔王を討伐するか、いっそ命を絶ってしまうか……あまりにも現実的とは思えない二択だった。
強いて言えば、魔王討伐は叶えられそうな方法だけど、彼は自分が魔王に及ばないと断言していた。きっと本当にそうなんだと思う。
「あたしはどうしてあげたらいいんだろう」
アーサーくんのことを使命感から解放してあげたい気持ちはある。魔王だって討伐したい。世界を救いたい。
そのためにはアーサーくんの力が必要だ。
でも、知らないことが多すぎる。
アーサーくんが特殊能力を隠す理由がわからない。
アーサーくんが一人で魔王討伐へ向かいたがる理由がわからない。
アーサーくんがどうして聖剣の力を信じていなさそうだったのかがわからない。
あんなに勇者候補としての強い自覚と使命感を持っていて、それでいて高い実力を兼ね備えている。それは確かだけど、彼の深層心理が何一つとしてわからない。
あたしだけじゃなくて、きっとレミーユちゃんも同じ。
はっきりしているのは、アーサーくんが本物の勇者だってことくらい。
「やっぱり、パーティーを組んで、アーサーくんのことをもっと深く知るべきだと思う」
質問を重ねたって心の距離が遠いと教えてくれないことの方が多いしね。
一週間の猶予があるし、明日からはアーサーくんにべったりくっついて、レミーユちゃんとも協力しながら頑張っちゃおうかな。
勇者はきみしかいないんだよ、アーサーくん。




