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勇者は生まれながらにして強大な特殊能力
を有し、高い身体能力と知性を兼ね備えていた。
心には魔王討伐への使命感を宿し、賢者、僧侶、戦士の三名と出会う。
彼らはいつしか勇者パーティーとして名を馳せていき、様々な困難に立ち向かう。
全ては魔王を討伐するために。
力をつけた勇者パーティーは魔王の元へ辿り着いたが、やむ無く敗戦を喫してしまう。
しかし、勇者パーティーは魔王軍に致命的な大打撃を与えることに成功していた。
彼らの犠牲が実り、魔王の侵略は十数年ほど停止することになる。
その間、人類が悲しみに暮れる猶予はなかった。
各国は手を取り合い、時を経て迫り来る魔王の脅威に対抗するために、新たな勇者探しに奔走した。
これまでは勇者候補の中から自然発生的に現れる勇者を探していたが、勇者育成機関——セイクリッド・アカデミーを設立することで、才能を厳選してより効率的な勇者の選定を目指したのだった。
やがて、月日が流れ、魔王は侵略を再開した。
しかし、新たな勇者は一向に現れない。
勇者候補と呼ばれる特殊能力を持った存在は生まれてくるものの、彼らの大多数は勇者になり得ないのだ。
勇者が現れない以上、仲間となる存在も意味をなさない。
今も尚、人類は魔王の脅威に怯えて暮らしている。
まだ現れぬ救世主を夢に見ながら……震えて夜を明かすのだ。
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これは勇者様と魔王の闘いを記した文献の一節です。
今では、世界の半分以上が魔王の手中にあり、人類は絶望的な状況に陥っています。
私が在籍しているアルス王国の勇者育成機関——セイクリッド・アカデミーは、危機に瀕した世界を救い出せる勇者様を見つける為の機関でした。
勇者、賢者、僧侶、戦士を目指す為に四つのコースが設けられており、勇者候補の中から本物の勇者様を見つけ出し、勇者様の仲間となる存在を育てる事を目的としています。
当初は自然発生的に現れる勇者様を待ち望んでいたようですが、それではあまりにも効率が悪いということで、各国はアカデミーの設立に乗り出したのです。
それが数十年前の話。
各国には同様の機関が幾つもありますが、中でもアルス王国は特別でした。
その理由は、アルス王国には数千年前の勇者様が残してくださった聖剣があるからです。
しかし、そんな策を講じても尚、百年前を最後に勇者様は現れていません。それはつまり一度として聖剣を抜ける人物がいなかったことを意味します。
本来、勇者様は魔王を殺せるほどの強大な特殊能力を持つ『勇者候補』という、特別な存在の中から選ばれるのが当たり前ですが、そう上手くはいかなかったのです。
というのも、勇者候補の絶対数が限られているせいで、アカデミーは慎重に慎重を重ねた生ぬるい教育ばかり続けているからです。
おかげで人材が殆ど育っていないのが現状です。
過去には未熟な勇者候補から優秀な勇者候補まで……多くの勇者候補を魔王討伐へ赴かせたこともあるみたいですが、そのどれもが失敗に終わっています。
聖剣を持たない勇者では力不足だったのでしょう。
そんな状況に私は辟易していました。
私たちエルフの英雄である賢者モルド様が百年前の勇者パーティーに所属したように、私も賢者として世界を救いたいと考えていたのに……アカデミーの現状は悲惨そのものです。
アカデミーに入学して一年になりますが、このままいけば勇者様が現れることなく人類は滅びるでしょう
そう悲観していたある日のこと……。
私はある一人の人間の姿が目に止まりました。
ふと興味が湧いたので何の気なしに声をかけてみたのです。
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「なぜ貴方は毎日剣を振るのですか」
ハイエルフである私が人間に興味を持ったのは初めてでした。
まして、こうして声をかけるのは普通ではありえません。
ですが、気になってしまったのです。
どうして、彼はそれほどまで剣に執着しているのか。
ひと気のない寮の裏手で、毎日欠かすことなく剣を振る彼の姿は傍目からは異常にしか映りませんでした。
表情は真剣そのもので、今も滝のように全身から汗を流しています。
また、剣のグリップからは鮮血が滴り落ち、縦横無尽に振られる剣は小刻みに震えており、既に限界を超えているのがすぐにわかります。
「……まだだっ……」
彼は私の声なんて全く届いていないのか、剣を振る手を止めませんでした。
むしろ、より凄みを持った顔つきに変わると、尚も力強く剣を振り続けます。
布切れのような黒い衣服はところどころが擦り切れていて、丁寧に手入れされたであろう剣は銀色に光っています。。
容姿はごくごく普通。少し見窄らしい黒髪に黒目、平均的な身長。何ら特徴のない人間です。
いったいどういう想定をして剣を振っているのかわかりません。
あまりにも大胆な剣の振り方はお世辞にも優れた太刀筋には見えませんし、バタバタと地面を駆け回る様子は見るに堪えません。
霊体とでも戦っているのか……そう思うくらい、がむしゃらな彼の姿は滑稽でした。
「無視ですか?」
彼の姿を見て呆れた私は続けて声をかけてみますが、そんな私に全く興味がないのかまたも無視されました。
私のことを見る殆どの方は邪な感情を孕ませた好奇の視線を浴びせてくるのに、彼は剣にのめり込んで見向きもしません。
別にそうしてほしいわけではありませんでしたが、少々不服です。
私の容姿や家柄は誰よりも優れているはずですから。
こんな扱いを受けたのは生まれて初めてです。
「貴方のような田舎者が、ハイエルフである私のことを無視するだなんていい度胸ですね」
癪に触った私は語気を強める。
もちろん本気で言ってるわけじゃない。私は庶民を見下す器の小さな方々とは違うのです。
「……はぁっ!」
しかし、彼は一瞥すらくれずに、尚も剣を振り続けます。
賢者を志す私には剣のことなど理解が及びませんが、今の彼は何を相手取っているのかわかりませんでした。
彼は勇者候補に選ばれた稀有な存在のはずですが、その姿はまるで、乱雑に棒を振り回す子供のようにしか見えません。
「もういいです。貴方と話すことなんてありません」
辟易した私は一つ息を吐いて踵を返しました。
あれほどまでに美しさに欠けた太刀筋は見たことがありません。
「……あんな剣では魔王には届かないでしょうね」
一人でに呟く。
あの人間の名前は、アーサー。
家名も何もない、ただのアーサー。
名家の生まればかりが在籍するアカデミー内において、彼だけは唯一の一般庶民でした。
それも、勉強の小さな村の出自です。
講師の方の話によれば、一般庶民から勇者候補が生まれた前例は一度としてないのだとか。
私からすればどうでもいいことですが、階級を気にする方々からすれば、彼が在籍しているのは問題なのでしょう。
そんなことよりもです。
私が気になっていたのは彼の身分なんかではなく、彼自身のことでした。
「勇者候補なのに……てんでダメでしたね」
勇者候補は生まれながらにして凄まじい特殊能力を持つ他、身体能力や知性が他者よりも目に見えて高い事実は広く知られています。
ですが、あの剣の太刀筋はそんな風には見えませんでしたし、噂によると魔法を使えないとか。
確かに全く魔力を保有していなかったので、きっとその噂は真実なのでしょう。
「なぜ、あんなにも必死になって剣を振り続けているのでしょうか?」
考えれば考えるほど、彼が剣を振り続ける理由がよくわからなくなります。
まさか、自分が勇者様になれると本気で考えているのでしょうか?
私はその夢を否定するつもりはありませんが、他の勇者候補の方々からすれば失笑ものでしょう。
必死に努力を続けてあの太刀筋だなんて、既に才能が枯渇しているとしか思えません。
「とにかく、観察を続けてみますか」
寮へ戻った私は自室で息をつく。
明日からは彼のことをより深く観察してみることにしましょう。
たまたま寮の私の部屋からは建物の裏手がよく見えますしね。
意味のないアカデミーでの生活に嫌気がさしていたので、これはほんの興味です。
貴方がそれほど必死に剣を振り続ける理由を教えてください。




