表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/65

 第一章 6  ーー 空を眺める ーー


           6



 空を眺めるのって、そんなに気持ち悪いのかな?


 これまで気にしていなかったはず。

 それなのに、昼間の圭一の態度を目の当たりにしてしまうと、どうも違和感は拭えない。

 どうもこの数日、ストレスは積もりに積もり、その発散法は私にとって、食欲に転換されてしまったのかもしれない。


 夜の十時すぎ。

 ストレスに耐えきれず、コンビニに向かっていた。


 スナック菓子にアイス。後は炭酸?


 普段から食事には気を遣い、節制してるけれど、今だけは我慢できない。


 ったく。変なストレス溜めたくないな。


 お腹を擦りながら、声にならない苛立ちを発散できず、夜の街を歩いていた。


 そういえば、空なんてまともに見上げることもないよね。


 こんなとき、幻想的な言葉を私は描けない。

 曇っていて星の一つも見えないから、幻想的もなれないな。でも。


 でも、笑ってしまう。


 どうも私は夜空を晴らす才能はなく、かぶりを振ってしまう。

 またストレスが溜まりそうだと、二の足を踏むと、ふと辺りに視線を送ってしまう。

 気にはしていなかったけれど、気づけば歩道には私だけで誰もいない。

 閑静な住宅街。

 どこの家も明かりが灯っている。

 寂しい道ではないけれど、人の姿がないだけに静寂さで耳が痛い。

 一瞬吹いた風が頬を撫でると、冷たさが忘れていた怖さを掘り起こそうとしていた。


 ……誰かに追われた。


 美月は知らない、と笑われたけれど、私には確実に刻まれている話。

 不意に足が止まり、息を呑んでしまう。

 急に恐怖が足元から忍び寄り、足に絡み出していた。

 刹那、どこかで車のクラクションが響いた。空気に反響しただけの音に、体は震えてしまう。


 どれだけ脅えてるんだか。


 情けなさをごまかすのに苦笑して頭を掻くと、硬直する足を奮起するけれど、やはり踏み出してくれない。

 仕方なくスマホを取り出し、すぐさま圭一に連絡を、と指が動く。

 しかし、すぐさま指が止まってしまう。

 期待を裏切るように、強くかぶりを振る。


 圭一には頼れない。


 きっとまたスルーされるだけと、不思議と確信を持ってしまう。


 それでも彼氏かよ。


 と内心毒づいてみたとき、悪寒が背中を走った。

 また車? と敏感な自分を嘲笑して振り返った。

 眉間は険しくなり、闇に紛れた歩道を睨んでしまう。

 街灯が微かに照らす歩道に、人影らしきものはない。

 時折、風が風をなびかせ、不安を煽るだけ。

 風がぶつかって軋む音。車のエンジン音。何気ない日常の音に紛れて、異質な音が鼓膜を刺激した。

 なんだろ、この音。普通だったら聞くことのないだろうノイズ。


「……金属音?」


 子供のころ、雨上がりの帰り道。傘の先端をアスファルトの地面につけ、引きずって歩いた姿を想像してしまう。

 その傘が長い鉄に変換したような異様な音。


「……何? 金属バット? 鉄パイプ?」


 不穏な想像が頭をよぎってしまう。

 そんな狂気的な奴がいるの?


 ーー 追われてる。


 再び美月の脅えた声が脳裏に駆け巡ったとき、全身に血が巡り、体を反転させて地面を蹴った。


 逃げなきゃっ。


 変な命令に逆らえず、静寂した街を逃げた。

 空気を切り裂く私の足音が空に慌ただしく響く。

 ここは廃墟なの、と叫びたくなるほどに、辺りの静寂と人のなさが苦しくなっていく。

 走るほどに、足が絡んで転けそうになる。走り方を忘れてしまったみたいに、歩幅がいびつになっていく。


 いるっ。 

 空耳じゃない。


 確実に地面を擦る金属音が強まり、鼓膜を締めつけていく。


 誰か、人…… 人のいるところ……。


 焦りは強まるのに、人影はない。点々と街灯が続いているだけ。


 少しでも明るい場所に。


 限界を迎えそうな足に命令を下した瞬間、頭上にあった街灯が唐突に消えた。

 私の存在を消すように、消えた街灯に足が止まり、呆然と立ち尽くしてしまう。

 驚きから目を丸くしていると、前方の街灯が次々と消えて暗闇が辺りを支配していく。

 ーーえっ?

 まだ家の明かりが残っていたはずなのに、その明かりすら奪われ、完全な闇が私を包んだ。

 ーーっ。

 急激に息が詰まってしまう。

 後ろに人の気配を感じて。

 ーー だ……。

「ーー忘れろ」


 地を這うような重苦しい声が体を蝕んでいく。

 窒息しそうななか、空気が抜けていく。


「影法師……」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=786867997&size=300
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ