第七章 10 ーー 強くない ーー
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私が羨ましい…… か。
すっと浮かび上がる声。
きっとこれは影法師の言葉なんでしょうね。
これまでの禍々しさは一切ない。
どこか寂しく、悲しげな声なのに、なぜかそう受け取ってしまった。
でも。
私はやっぱりそんなに強くはない。
それまで動こうとしなかった目蓋がピクピクと動き、視界がすっと開けていった。
飛び込んでくる光景に、もはや驚きはなかった。
そこはそれまでにいた公園とはかけ離れた場所。いえ、空間でしかなかった。
真っ白で何もない虚無の空間。
そこで立っているのか、浮かんでいるのかさえ不思議な状態でいた。
現実離れした場所に、胸はずんと重くなってしまう。
また幻なのね。
諦めに似た寂しさが目蓋を閉じさせ、溜め息をこぼしてしまう。
私が強いって、そんなの買い被りよ。
影法師の言葉を整理していると、つい口角を上げずにはいられない。本来の自分の姿が惨めになってしまう。
疑念に目蓋を開いてみるのと同時に、胸を詰まらせてしまう。
……だよね。
と、つい同意を求めてしまった。目の前に現れた人物に向かって。
目の前に現れた私自身の姿に向かって。
ただ、今の私じゃなかった。
突如現れたのは、小学校のころの私。ピンク色のランドセルを背負った私。一番胸を責められるころの私であった。
まるで狼みたいに鋭い眼光で、蛇みたいに執拗に睨んでおり、私を軽蔑しているみたいだった。
当然だよね。
私の頬は引きつってしまう。
懐かしさに暮れる暇もなく、ずっと叱責の眼差しを受けて黙っていると、急に竜巻が起きてしまったみたいに、黒い影が湧いてきた。
影は幼い私の足元から渦を巻いて、幼い私を包み込もうとしたとき、幼い私は不意に右手を差し出してきた。
あたかも私に助けを求めるみたいに差し出された腕にも、容赦なく影がまとまりついていく。
幼い私はそれでも表情を一切変えようとせず、毅然としている。
怖さを微塵にも出さず、私を責めたまま。
つい拳を握りしめてしまう。
恐れてしまった私にとって、この手を掴む資格なって…… ない。
きっとこれは影法師が責めているんだ。
ねえ、どうしたらいいの? 私は……。
―― 私は辛いのは嫌…… 誰かが辛くなるのも嫌…… ――
唐突に浮かぶ言葉。
―― それは長いトンネルよ。どれだけ進んでも、暗闇だけが自分を支配していく。それが辛いのよ ――
言葉がより響いていくと、それに呼応するみたいに影も濃くなり、より幼い私を取り込もうとしていた。
トンネルか……。
このまま影に覆われるべきなのかな。
でもさ、でもね。一言、言われてほしい。
「でもさ、トンネルっていつかは通り抜けれるじゃん」
―― ……通り抜ける ――
「そう。あんたがいるところはトンネルなんでしょ。そこが洞窟だったら行き止まりにぶつかったり、迷うかもしれない。けれど、トンネルならどれだけ長くても、いつかまっすぐ進めば抜けられる。そんな気がするんだけど」
ふと目の前の幼い私に笑いかけてしまった。
影に覆われ、顔の半分が取り込もうとしていた私に、変化が見えた。
それまで冷ややかだった眼差しを丸くして、戸惑っているように見えた。
「私はそう思うよ」
そんな幼い私に私は優しく語りかけ、右手を差し出した。
―― やっぱり、あなたは ――




